乳腺と向き合う日々に

2023年09月

2023.09.30

乳腺痛について・・・その3

がんはどうでしょうか。

乳がんのほとんどは皆さんもご存じの通り痛みません。
少なくとも早期がんであればほぼ自覚症状はありません。

がんの進展は、早期であればあるほど、小さければ小さいほど、大きくなる速度が遅いからです。1mmが2mmになれば倍ですが、1mmしか違いません。1cmが2cmになれば同じく倍ですが、1cm違います。
神経が引き延ばされる長さは、10倍にもなります。
おなじ1か月で起こる変化であれば、がんが大きくなってからの変化の方がより大きいので痛みは出やすいのです。したがって触って気づけないほどの早期がんであれば、そのしこりが原因で痛みが出現することはほぼない、と言っていいのです。

乳腺痛の多くは、乳腺組織の短い期間、1日単位での急激な変化によって発生します。
生理前の乳腺組織の発達、増大。
授乳中の乳腺組織の張り。
生理後のリンパの流れの活性化によるリンパ管、リンパ節の増大。これは乳腺の外上からわきの下にかけて感じることが多いでしょう。
更年期障害、不妊治療などに用いられるホルモン剤による乳腺組織の刺激による増大。

これらはすべて乳腺痛の原因になります。そしてその多くは1-2の痛みになります。

それを乳腺症と呼んでいるのです。

乳腺以外を原因とする痛みについて

ある患者さんは、1か月前から続く3から4の痛みが左側乳腺から肩に抜ける、と言われてこられました。精査を行ったところ、狭心痛、つまり心筋梗塞の手前の状態でした。

2-3日前から腋窩に3から4の痛みがあり、刺すようなちくちくした痛みが継続している患者さんが来られました。帯状疱疹でした。

気管支喘息をお持ちの患者さんで、1週間前に発作があった後、右側乳腺に3程度の痛みがずっと継続してある。内科で胸の写真を撮ってもらったけれど、異常なしとされた(これ実は重要で、肺の写真では肋骨はチェックしきれないのです)。これは肋骨にひびが入っていました。

このように過去にはあまり経験したことのない3以上の痛みが、継続して発生しているときは何らかの乳腺以外の病気が発生し、隠れている可能性があります。

日本における”開業医”、つまり町のお医者さんは、かかりつけといってもいわゆる“何でも診てくれて、どんな病気でも診断でき、治療できる”ホームドクターはまれです。たいていは専門性をもっておられます。上記の狭心痛を例に挙げれば、本来乳腺外科を受診するべきでないことは明らかであり、すぐに循環器専門の医療機関を受診しなければならない救急性があります。しかし先に述べたとおり、一般の医療知識のない方では痛みから病名診断は当然できません。だからと言って医師も専門外の疾患は暗いことがほとんどです。
開業医といってもほとんどの医師は救急を経験しており、研修していますが、救急も専門医がおられます。町のお医者さんは基本救急疾患は専門ではありません。乳腺外科に行ったら狭心痛を診断できなかった、は残念ながらあり得ます。

したがって「過去にはあまり経験したことのない3以上の痛みが、乳腺に継続して発生しているとき」に、乳腺科を受診して、乳がんではありません、乳腺症でしょう、と診断されても、何らかの乳腺以外の病気が発生し、隠れている可能性を考えて、痛みの原因がわかるか、痛みそのものが消えてしまうまで安心せず、内科(循環器や呼吸器科)、整形外科に受診する必要があると思います。

逆に生理周期に一致して、過去に何度も似たような痛みが発生し、その多くが1-2程度の痛みであれば、乳腺の生理的な変化に伴う痛みであることが多いと思います。
少なくとも痛みがあれば気になるはずです。その部位にしこりがないか、自分なりにでも乳腺を触って探してみましょう。何もなければまず乳がんは考えにくいと思います。

もちろん気になればいつでも受診してください。
少なくとも自覚症状があるようながんであれば、それは乳腺科で確実に捕まえられます。
受診して、がんを否定しておくのが最善でしょう。

繰り返しになりますが、乳がんを否定し、それでも痛みが続くようであれば、他の疾患を疑うことも重要です。それに応じて検査を受けられるように他科の受診を指導、必要があれば紹介します。

2023.09.30

乳腺痛について・・・その2

痛み

なぜ乳腺が痛むのですか?にこたえるために、まず痛みそのものについての知識が必要になると思います。遠回しになりますが、お付き合いください。

そもそも我々が痛みを感じるとき、痛みの情報を作り出し、それを脳にまで届けてくれるのは“神経”です。神経には大きく運動神経と感覚神経がありますが、痛みを伝えるのは後者の感覚神経です。

神経細胞はどのようにしてその痛みを感知し、それを脳に伝えるのでしょうか?

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上記は神経細胞のイラストです。一つ目一本足の火星人みたいですね。

この神経細胞の長い脚や根っこの部分に“引っ張り力”が働いた時、信号が発生します。

強い力で急激に引き延ばされた時、信号が送られ、それを脳が処理して痛みを感じるのです。

でもゆっくり引っ張られると信号は出ません。たとえば身長が伸びれば神経も一緒に延ばされていくはずですが、痛みは感じません。もっと典型的なのは妊娠ですが、あれだけお腹の皮が延ばされているのに痛みません。

急に引き延ばされた時に信号を出します。それはしかし病気とは限りません。痛み=病気ではないのです。その痛みが病気なのか、けがなのか、何かが当たっているだけなのか、それを判断するのは脳の働きです。痛みがある、その情報だけだと脳は原因を判断できません。ですので乳腺痛があると「がんではないか」という不安の元になります。

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乳腺について

この図は乳腺を臓器としてとらえて図に起こしたものです。

乳腺の内部に脂肪で包まれたミルクを作る袋が存在しています。そしてそこから流れ出る老廃物を受け取るリンパ管、リンパ節が緑色で示されています。

乳腺スケッチ

痛みを伝える感覚神経はこうした臓器の間にくまなく存在しています、その神経は、乳腺から流れ出るリンパ管の周辺にも非常に多く分布しています。

このミルクを作る袋は生理の周期によってダイナミックに変化します。

まず第二次性徴で乳腺が大きく発達するとき、こうした変化はゆっくりです。ゆっくり引き延ばされるときには神経はあまり信号を出しません。

乳腺は生理前には硬く張っていますし、生理が終われば柔らかくなります。

これは短い期間での変化で1か月、それも生理前後の数日で大きく変化します。代謝によって壊されたり、吸収されたりした老廃物は生理前後には大量にリンパ管に流れ込むことでしょう。これらの変化は急激です。だから痛みます。しかしぶつけたり、切れたりした痛みほどの強い痛みにはなりません。

痛みを5段階に分けて考えると、生理前後で経験される乳腺の痛みは1-2です。これは乳腺が完成し、しかし授乳経験がない20歳前後にピークになります。時に3を超えるでしょう。そして何度か授乳を経験すると乳腺は張りを失い、少しずつ柔らかくなっていきます。そうすれば生理前後の痛みは改善します。授乳経験がなくても、40歳近くになればホルモン分泌が落ちてくるので、やはり痛みは改善します。ただ当然授乳経験がなければ痛みは後年まで長引く傾向があります。

何かにぶつかった、乳腺に何かが落ちてきた、そんな痛みは3-4でしょう。

授乳中に乳腺が張ってきた。1-2でしょう。子供が吸ってくれなくて、乳腺が張って痛む。3を超えるでしょう。

細菌感染を伴って化膿性乳腺炎になった、4以上になります。

2023.09.29

乳腺痛について・・・その1

当院を初診で来院される方の多くは乳腺の痛みを主訴としておられます。まずその原因の診断が必要です。原因がわかって初めて効果的な治療法が決まります。

“乳腺痛”が主訴であるとき、多くの方が自分は乳がんではないか、と心配しています。

[乳がんか] ↔ 「乳がん以外の原因か」

この診断は容易です。痛みを呈するほどのがんであれば発見が難しい極小の早期がんであることは考えにくいからです。問題は痛みの原因が乳がん以外にある場合です。

[乳腺からの痛みか] ↔ [乳腺以外からの痛みか]

前者の乳腺からの痛みであれば、生理前後に規則正しく起こる乳腺痛、閉経前後に不規則に起こる乳腺痛があります。この詳細は後述します。ここでは「乳腺症」と呼ばせてください。これには腋窩の痛みも含まれます。
他に乳腺の打撲、乳腺炎(細菌の侵入による化膿性のもの、糖尿病による無菌性のもの、特発性乳腺炎など)、のう胞が張って圧力が高い、などあります。
意外と多いのは、不妊治療、更年期障害の治療の際に用いられる婦人科処方の薬剤による副作用としての乳腺痛です。
後者の、乳腺以外からの痛みには、帯状疱疹が乳腺にまで及んでいる、肋骨骨折が乳腺の下で起こった、肋軟骨の石灰化に伴う痛み、自然気胸による痛み、草抜きを頑張った後の大胸筋の筋肉痛、心筋梗塞の一歩手前の狭心痛、などがあります。

もちろんここに書いた以外の原因もあります。

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痛みを分析する

痛みを主訴として来られた際に、それを診断に結び付けるには痛みを分析する必要があります。たとえば1年以上変化しない乳腺痛であれば、乳がんではありません。がんによる症状は時間経過とともにかならず増悪するからです。青色で塗った部分に〇をつけてみましょう。あくまでも目安に過ぎませんが、ご自身でもだんだんと病名が絞れてきます。

痛みを分析すれば病名の候補がわかります。傾向があるのです。

・まず“痛み”を5点満点でレベル分けしてみましょう。
想像しうる最高痛み、たとえば陣痛による痛みを5、虫歯による耐えられない痛みを4、腰痛など針で刺されるような痛み止めが欲しくなるような痛みを3として、あなたの痛みは5点満点で何点ですか?

スライド1

・痛みはどれくらいの期間続いていますか?
あったりなかったり、それが結局2週間以上続いている、も左に含まれます。

スライド2

・閉経の有無
ここでは更年期として自覚されている人は真ん中と思ってください。また閉経したかどうかわからない人もこの時期に入られると思います。60歳を超えれば既閉経と考えてくださって結構です。
年齢とも関係しますが、不妊治療は若年者ですし、更年期の薬は更年期に使用されます。
打撲や、筋肉痛に年齢はあまり関係しません。乳腺痛はやはり生理と関係します。

スライド3

・出産・授乳経験
しっかり授乳した乳腺は“枯れて“しまい、硬さや張りを失っています。これは年齢とは関係しません。授乳したかしないか、です。逆に50歳近くの方でも、授乳経験のない方は乳腺がしっかり残っており、生理のたびに張る感覚は残っていることが多いと思います。

スライド4

・ホルモン補充療法の有無
代表的なものは不妊治療、そして更年期障害の治療です。女性ホルモンの使用の有無、量、期間、中止してからの経過期間、それぞれ関与します。
乳腺症は直接関係しませんが、ホルモンバランスが悪い方が発症しやすいため、乳腺症がある方がホルモン補充療法を受けている傾向があります。

スライド5

分析してみると、たぶん自分はこれだな、とわかります。
もちろんこれだけで決まるものではなく目安です。かならず医師の診察の元で一緒に乳腺の痛みについて考えていく基準になります。

ここでは触れませんでしたが、もう一つ重要な指標があります。

その痛みは 改善している ↔ 変わらない ↔ 悪化している

この指標は 右に行くほど何らかの疾患が存在していることを示唆します。
もし悪化していれば いったん何らかの診断がつき、治療を始めていたとしても油断してはなりません。ほかの病気が隠れている可能性もあるからです。
医師に必ず相談してください。乳腺症の場合はほとんど “変わらない”に入ります。逆にがんはかならず悪化してきます。

乳腺症だな、そう決まったとして、乳腺症、つまりホルモンの影響で乳腺や腋窩が痛む、それはなぜか、それを別の機会に解説します。