乳腺と向き合う日々に

2023年11月

2023.11.09

マンモグラフィ検診で異常有りとされたのに、実際には何もなかった…

世界的に見ても、乳がん検診はマンモグラフィによって行われています。

しかしマンモグラフィも万能ではなく、皆さんが思われているように、どのような小さながんでも確実に発見し、診断することができるわけではありません。

その証拠にマンモグラフィ検診は、医師であればだれでも施行していいわけではありません。マンモグラフィ読影には資格認定試験があり、その難しい試験をパスした医師や放射線技師でなければ検診に従事できることは原則できません。それだけマンモグラフィで乳がんを発見することは難しいのです。

したがって“異常あり”とされても、精査の結果、乳がんではありませんでした、どころか何もありません、ということもあり得ます。最悪の場合 “異常なし”とされても乳がんであることもあり得ます。というよりもそもそも細胞1個であってもがん細胞が存在すればがんですが、それを発見し、診断する方法を人類は、そして医学はまだ見つけていないのです。

我々の施設は、他の検診施設で検診を受けられて“異常有り”とされた方が精査に訪れる施設です。ですので、我々自身がマンモグラフィで異常有り、と診断して乳がんではないことも日常経験しますし、他施設で“異常あり”と診断されて、乳がんではありません、と診断することもまた経験します。

2023年11月 JAMAという雑誌にこれに関する非常に興味深い論文が掲載されました(Mao X, He W, Humphreys K, Eriksson M, Holowko N, Yang H, et al. Breast Cancer Incidence After a False-Positive Mammography Result. JAMA Oncology. 2023.)

題名は「マンモグラフィ検査結果が偽陽性となった後の乳がんの発生率」です。

偽陽性とは、マンモグラフィ検診を受けて“異常有り”とされ、精査をした結果”異常なし“となった、ということを指します。それを経験された方がその後乳がんを発症する確率はどうなのか、検討した論文です。

以下にその内容を紹介しながら、私の得た感想を解説として述べていきます。
難しいと感じられる方は青色で書いた私の要旨だけ読まれてもいいと思います。
また こうした研究は統計が非常に重要で、今回の論文でも紙面の多くをその方法に割いています。ここでは省略しますが、興味がある方はぜひ原文を参照してください。

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マンモグラフィによる定期的な検診によって、乳がんによる死亡率は20% 以上減少します。しかしマンモグラフィ検診にも害があり、その一つとして、マンモグラフィ検査の偽陽性結果が発生することがあげられます。米国では、1回でもマンモグラフィ検査を受けた女性の11%が、その1回で偽陽性の結果を受けます。ヨーロッパでは、偽陽性とされる確率は約 2.5% です。ヨーロッパでは偽陽性の発生率が低いのですが、累積すると大きなリスクとなります。ヨーロッパの女性の約 5 人に 1 人が、10 回のマンモグラフィの検診を受ければ少なくとも 1 回のマンモグラフィの偽陽性結果を経験します。

偽陽性の結果が心理的苦痛や不安を引き起こす可能性があることを考えると、その後に検診を継続して受けてくださるかどうか、その参加率に影響を与え、検診のプログラムの成功を危うくする可能性もあります。したがって、偽陽性の結果は決して無視できない公衆衛生上の問題なのです。

この研究では、ストックホルムのマンモグラフィ検診のプログラムのデータとスウェーデン全国登録簿との連携を利用して、マンモグラフィ偽陽性結果後の長期転帰を調査しました。具体的には、マンモグラフィ検査結果が偽陽性となった女性の間で乳がんのリスクが長期的に増加するかどうか、またこのリスクが、たとえば乳腺密度(濃度)が高い低い、年齢が高い低いなど、個人の特徴によって異なるかどうかを調査しました。さらに、マンモグラフィの偽陽性結果と死亡率との関連性も調査しました。

スウェーデン、ストックホルムのマンモグラフィ検診プログラムは 1989 年に開始され、50 歳から 69 歳までのすべての女性に 2 年ごとの検査を受けるよう呼びかけました。

2005 年から 2012 年まで、40 歳から 49 歳の女性を 18 か月間隔で検査するよう依頼しました。

2012 年以降、これは 2 年間隔に変更されました。さらに70 歳から 74 歳の女性を検査の対象にしました。

各女性のマンモグラフィは検診時に 2 人の放射線科医によって独立して読み取られ、詳しい精査が必要かどうか判断し、そうした検査が必要であればその女性を呼び戻すかどうかを決定しました。意見が異なる場合は常に、放射線科医は合意に達するまで議論しました。通常、こうして精査を受けるように指導された女性は 1 週間以内に手紙を受け取りました。私たちの統計結果は、これらの女性の 99.3% がきちんと精査を受けたことを示しています。

今回の統計では1991 年から 2017 年の間にストックホルム地域でマンモグラフィ検査を受けたことのある 40 歳から 74 歳の女性 596,270 人から抽出されました。1991 年以前に乳がんの診断を受けた女性 (n = 2384) を除外した後、私たちの最終研究は人口には593,886人の女性が含まれ、のべ2,635,668件のスクリーニング記録が含まれています。平均して、各女性は研究期間を通じて 4 回の検査を受けていました。

私たちは、最初の偽陽性結果を受けた乳がんではない女性 45,213 人を特定しました。

偽陽性の結果が得られた女性の乳がんの 20 年間の累積発生率は 11.3% (95% CI、10.7% ~ 11.9%) でした。偽陽性の結果がなかった女性における対応する累積発生率は7.3%(95% CI、7.2%-7.5%)でした(下図)。乳がんリスクと偽陽性結果との関連性は、共変量を調整した後でも明らかでした。偽陽性の結果が得られた女性については、偽陽性の結果が得られなかった女性と比較して、調整後ハザード比 (HR) が 1.61 (95% CI、1.54-1.68) と推定されました。→ これはマンモグラフィ検診で陽性とされたことがある女性がその後本当に乳がんを発症する確率は、そうでない方の1.6倍であることを示しています。このことと下のグラフがこの論文でもっとも重要な指摘です。

偽陽性結果と乳がんリスクとの関連性は、40~49歳の女性と比較して60~75歳の女性の方が統計的に有意に高いことがわかりました(HR、2.02; 95% CI、1.80~2.26)。→ 偽陽性とされる確率は、乳腺密度の高い若い女性の方が高いはずです。マンモグラフィの読影そのものが難しいからです。したがって高齢女性の、密度の低い女性が仮にも陽性とされたなら、たとえ乳がんはなくとも何らかの変化が起こっている確率が高い、と考えるべきだということになるでしょう。

偽陽性

このグラフはX軸に時間の経過、Y軸に乳がんが発生した割合を示します。
時間の経過とともに、検診を受けた女性に乳がんが発生していきますが、偽陽性とされたことのあるオレンジのグラフは明らかに、その経験がない女性より高くなっています。
いま日本人女性の9人に一人が乳がんに罹患しますが、スウェーデンにおいても、偽陽性とされてもされなくても、20年たてば7%の方に乳がんが発生することもまた驚きです。

Mao X, He W, Humphreys K, Eriksson M, Holowko N, Yang H, et al. Breast Cancer Incidence After a False-Positive Mammography Result. JAMA Oncology. 2023.

乳房密度が高い女性 (不均一高濃度) と比較して、乳房密度が低い女性 (脂肪性、乳腺散在) のリスクが統計的に有意に高いこともわかりました (HR、4.65; 95% CI、2.61-8.29)。 →これも上記と同じことを意味します。

生検を受けた女性は生検を受けなかった女性(HR、1.51 ; 95% CI、1.43-1.60)よりも乳がんのリスクが高い(HR、1.77; 95% CI、1.63-1.92)ことが観察されました。→生検にまで至っているということは、がんではないとされても、何か異常が起こっており、その中では将来がんのリスクになる変化もある可能性が高いということを意味します。

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偽陽性結果と同側に乳がんがある場合の調整後ハザード比は、偽陽性結果のある女性とない女性と比較して、1.92 (95% CI、1.81-2.04) でした。これは、対側に乳がんがある場合の推定ハザード比 1.28 (95% CI、1.20-1.37) よりも統計的に有意に高いという結果になりました。→ これが意味することはマンモグラフィで偽陽性とされた乳腺側に、その反対よりも乳がんがよく発生することを意味しています。結果として偽陽性は、将来の乳がんを予言していることになります。このことが意味するところは、偽陽性は何らかの偶然が生み出すヒューマンエラーではなく、将来その部位に乳がんが発生するリスクを捕まえているものである、ということになります。

偽陽性の結果が得られなかった女性と比較して、偽陽性の結果が得られた女性はより大きな腫瘍(≧20 mm)を有する可能性が高かった。推定された調整後 HR は 1.78 (95% CI、1.64 ~ 1.93) で、腫瘍が小さい (<20 mm) 場合の HR 1.47 (95% CI、1.38 ~ 1.56) よりも高かった。→ 偽陽性とされた乳腺には将来より大きな乳がんが発見されることになる、つまり発見が遅れる傾向がある、ということです。偽陽性とされた乳腺は、将来の危険性が高く、警戒しなければいけないことは明らかなのに、そうなっていません。

偽陽性の結果が得られた女性は、乳がんによる全死因死亡および死亡のリスクが高く、ハザード比はそれぞれ1.07 (95% CI、1.04-1.11) および1.84 (95% CI、1.57-2.15)でした(表2)。偽陽性の結果があった場合とない場合の乳がん患者の予後を比較すると、HR は 1.05 (95% CI、0.89-1.25) でした。→ 大きさに関することから導かれる結論と同じです。偽陽性とされた乳腺は、将来の乳がんの危険性が高く、警戒しなければいけないことは明らかなのに、そうなっていない。そのことによってむしろ死亡率が上昇しているということになります。実際 本研究によって 偽陽性結果が出た女性はそうでない女性に比べて次回のスクリーニング受診率が低いことが判明しています。偽陽性結果が出た後に検診を受けることをためらった結果、腫瘍が大きくなってみつかる可能性があります。

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偽陽性結果後の乳がんリスクの増加は、2つのメカニズムで説明できる可能性があります。1つ目は、リスクの増加は、以前のマンモグラフィで小さな腫瘍が見落とされたことによる可能性があります。もう一つは偽陽性の結果をもたらした女性の増殖性良性乳房疾患が存在していた可能性があるということです。

偽陽性とされた 同側の乳がんのリスクが上昇し、時間の経過とともに減少し、追跡調査の最初の 4 年間で最も高かったことを示す我々の結果は、この仮説を裏付けています。

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偽陽性といったん診断されたことは、がんでない、とされても、やはりなんらかの異常があることを示唆していることがあります。たとえば偽陽性の診断を受けた側の乳腺は、対側よりも乳がんの発生率は高い傾向があります。偽陽性と診断された乳腺ではその後4年間、乳がんの発生リスクが高まり、その後差異がっていきます。それはその根拠となります。
偽陽性とされた変化は、将来がんに変化する、それを母地にして乳がんが発生する、こうした危険性を示唆していることがあり得ます。

少なくとも偽陽性結果が出たからといって、次回の検診を受けることをためらうことは非常に危険をはらんでいるといえるでしょう。

2023.11.02

血液で、尿で、唾液で がんを早期発見する、ことについて

最近 血液や唾液、尿など、体液を送るだけで遺伝子チェックをし、それによってがんに罹患している可能性をチェックします、という宣伝が目立つ。

遺伝性のがん、つまりがんになりやすいかどうか、を調べるのであれば理解できる。お母さんが乳がん、おばあさんも乳がん、いとこにも乳がんの人がいる。こうした遺伝的な生まれついての性質は検出できる。でもそれだとよほどコンタミネーション(ほかの人の遺伝子が混じってしまうこと)に気を付けないといけない。唾液や尿が不向きなのは理解できるはずである。

今回考えたいのは、血液、尿、唾液で早期がんの検診ができるのか、である。これだってコンタミネーションが起こるとまずいのだが。

膀胱がんの細胞が尿から、白血病細胞が血液から検出されるなら理解できる。しかしたとえば大腸がんのがん細胞が血液から証明されればそれは由々しき事態だ。どう考えても早期がんよりもすでに全身転移しているのではないか、と考える方が自然だ。まして乳腺である。乳がん細胞が血液の中から証明されるなら、当然骨髄中にも浮遊しているだろう。転移病巣として確立しているかどうかはさておき、当然骨転移を有する進行がんを想定する。

これに対して“ctDNAを調べる”という考え方がある。

ctDNAはcirculating tumor DNA (ctDNA)の略である。血液中に循環しているがん細胞の、がん細胞のDNAという英語である。当然血液中には正常な細胞のDNAは山ほど流れているので、それを調べても仕方がない。

DNAは記号なので、現在の研究室ではその情報さえあればその遺伝子を作成できる。まして少量でも回収できれば、それを無限に増幅し複製できる。これを利用して、がん細胞によく認められている遺伝子の異常配列をいくつかピックアップしておき、それが血液中にDNAの“破片”として流れていないか、チェックするという方法である。

がん細胞のような大きなものがそのまま血液に流れていればもはや末期癌だろう。しかし遺伝子の“断片”であれば、小さなものなので早期がんであっても血液中には流れているのではないか、そしてそれを検出できればスクリーニングできるのではないか。

まあ、わかる。発想としてはわかる。

ただその遺伝子のかけらはどこから来るのか?当然がん細胞だろう。そのがん細胞がどこにあるのか?乳がんであるのならば、乳腺の内部にとどまっているのか?それともすでに血液中、骨髄中にあるのか?後者であるのなら、がん細胞を探すことと同様、早期発見には役立たない可能性が高い。早期発見に役に立つには、乳腺内にとどまっていて、血液中や骨髄中にがん細胞が移行していない状態で、がん細胞のDNAを検出する必要がある。

がん細胞が、血液、骨髄に浮遊していても、転移病巣を形成していなければ、まだ早期である可能性がある。がんは形成された早期から血液、そして骨髄に移行し、浮遊している、という説がある。見かけ上早期がんであっても、血液の供給を受け、栄養や酸素をもらっている以上、それはあり得る。つまりがんは発生すればすぐに血液や骨髄に移行する。転移しているかどうかは、転移巣を形成しているかどうか、他臓器に定着しているかどうか、その違いに過ぎない、そういう考え方がある。がんは発生した時から全身病、という考え方である。Fisherらによって提案された。詳細はここでは省くが、近藤誠先生が言われた「患者よ、がんと闘うな!」の著書の根拠もここにある。

ただそれを推し進めてしまうと、早期がんという概念が崩壊してしまう。

がんが治療できないのは、切除しても消えないから。つまり全身転移しているから、とされてきた。全身転移していればがんを完全切除できないから、当然治せない。

早期発見が必要なのは、転移する前に見つける、つまり切除で完全にとり切ることができるうちに見つけようとしているのである。もしできるや否やすでに転移は発生しており、血液、骨髄中に生きているがん細胞が浮遊しているのであれば、がんが治るかどうかはどのがん細胞が病巣を形成できる能力を持っているかどうかで決定することになる。早期で発見してもしなくても、治るもの、転移巣を形成する能力のないがん細胞で形成されたがん、は最初から治ると決まっているのであり、治らないもの、転移巣を形成する力を持っているがん細胞で形成されたがんは、手術では治らない。そうなれば、がんを小さく見つける意味はほぼなくなってしまう。つまり早期がんの概念そのものが成り立たなくなるし、そもそも早期がんを発見するためにctDNAを調べる意味も崩壊してしまう。治るがんは治る、治らないがんは治らない。「患者よ、がんと闘うな!」となってしまうのである。

ctDNAを調べるのであれば、したがってがん特有の遺伝子配列の検出に重きをおいても意味がない。“がんは早期から全身病“説が正しいなら、がん患者から検出されなければおかしい。原則としてがんの患者さんすべてから発見されるはずである。そしてctDNAが検出されることでがんかどうかはわかっても、少なくとも早期発見ではない。“がんは早期から全身病“説が正しいのであれば、がんかどうか、検出するのではなく、そのがんが転移病巣を形成する能力を持っているかいないか、を検出することに方向性を変えるべきだろう。

ひるがえって “がんは早期から全身病“説が間違っているとしても、それでもおそらくctDNAを調べることで早期発見はできない。

ウィルスはDNAであったり、RNAであったりするが、ほぼ遺伝子そのものである。

遺伝子そのものが細胞内に入り込み、自分に必要なものそして自分の複製を作らせて、他の細胞に移動する。物質が生物のような振る舞いをしているのがウィルスの遺伝子である。
しかし人間の体はそれほどウィルスに寛容ではない。すべての細胞に遺伝子は存在するが、ウィルスを代表とする体に不要な遺伝子が血液中に入り込むことはそう容易ではない。そうでなければ人間は簡単にウィルス感染してしまう。それなりに血液中に移行させる仕組みが必要である。

DNAは断片だけでは機能しない。なので断片だけを血液中に熱心に送りこむウィルスはなく、ましてそれをがん細胞が熱心に行うことなどはあり得ない。つまりがん細胞自体が血液中に入り込んで壊れない限り、ctDNAは出現しない。ましては血液中に入り込んだ遺伝子が、血液から出て、今度は唾液、尿の中にがんのDNAが出現してきたら、もはやそれは感染症である。体内で形成されたDNAがその形をたもったまま排出されているのだから、それはがんの性質ではなく、ウィルスの性質に近い。血液中に入り込むことも容易ではないのに、その形を保ったまま排出されるとなればもはや感染症だろう。したがって、もし“がんは早期から全身病“説が間違いであるのなら、血液、まして尿や唾液からは検出されない。それはもはや早期がんとは言えなくなる。

ctDNAの検査は、そのがんが転移病巣を形成する能力をもっているかどうか、を調べることができるならば大きな意味を持つ。

たとえばがんがすでに治療され、完治した、とされる患者さんの血液を調べてctDNAを検査する。もしそれが検出され、さらにそのがんが転移病巣を形成する能力をもっているとされれば術後補助抗がん剤を施行しておく、そうでなければ大きながんであっても施行しない、という使い方である。この場合リンパ節転移があればもはや意味はない。そのがんは転移病巣を形成する力があることが証明されているからである。

結論として、ctDNAは早期がんのスクリーニングには役立たないのではないか、そう考えた。皆さんはどう思われるだろうか。