乳腺と向き合う日々に

その他

2024.04.15

"乳管内乳頭腫”と診断されたら・・・2 恐怖のアップグレード

基本的に乳管内乳頭腫は、細胞診で診断されることはほぼあり得ません。最低でも針生検、あるいはUS-VAB(吸引式組織診)など組織の“一部”を採取することで初めて診断がなされます。

もちろん乳管内乳頭腫は”良性“であるので、原則として切除は不要です。

問題は一部を採取した検査においては良性と診断されたのに、後に全体を切除して生検すれば一部にがんがあった、悪性であった、いわゆるアップグレードと表現されるものです。それがしょっちゅう起こるのであれば、いくら検査で乳管内乳頭腫、つまり良性と診断されても安心できないということになります。
結果として偽陰性であったということになりますが、それが起こる確率はどれくらいのものなのでしょうか、そして偽陰性を防ぐ手立てはあるのでしょうか。 

まず知っておいていただきたいことに、病理医は針生検の診断時に、乳管内乳頭腫に“異型がある”、“異型がない”を区別しているときがあります。当然針生検標本で異型があるとする場合は、乳管内乳頭腫と診断していても全体を切除してみればがんである可能性が高い、つまりアップグレードする確率が高いと判断していることの裏返しになり、臨床の現場ではより警戒することとなります。それもあわせて検討してみましょう。

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針生検や吸引式組織審など、腫瘤の一部を採取して行う検査では乳管内乳頭腫、つまり良性と診断され、全体を切除してみたら悪性だった、とされるアップグレードの確率はどれくらいなのか?

論文1:針生検で乳管内乳頭腫と診断された55症例において、69.1% (n = 38) が異型性のない乳管内乳頭腫を有し、30.9% (n = 17) が異型性のある 乳管内乳頭腫を有していました。
切除生検で、良性と診断されたすべての乳管内乳頭腫のうち、切除生検でグレードアップとなったのは 55 人中 4 人 (7.3%)でした。
これらすべてのグレードアップした症例は最初の針生検で異型を証明できませんでした(つまり生検時に異型があるかどうかは関係しない)。[1]

論文2:166 人の乳管内乳頭腫と診断された女性が 手術による摘出生検を受けました。アップグレード率は 2.3% (171 件中 4 件) でした。[2]

論文3:異型性がないとされた 126 人の乳管内乳頭腫の症例が特定されました。アップグレード率は1.58%(2/126)でした。[3]

論文4:44の論文から7016例の乳管内乳頭腫の症例を集めて検討しました。 ”異型性のある“乳管内乳頭腫のアップグレード率は36%!(95% CI 32.7–39.2%)、 ”異型性のない“乳管内乳頭腫のアップグレードの確率は5%(95% CI 4.4–5.5%)でした。[4]

論文5:13 件の研究論文を集めて総合して検討をし直している(メタ解析)。癌腫の過小評価率(いわゆるアップグレード率)の統合推定値は 1.4% (95% CI: 0.8%-2.0%) でした。[5]

こうした研究を行う際に問題になるのは、その研究対象になった患者さんの主治医は、乳管内乳頭腫と診断された病変のすべてを手術に回していない、という点になります。

もし針生検で乳管内乳頭腫と診断された、そのすべてを手術で生検すれば当然アップグレード率は下がります。そのうち多くは本当に乳管内乳頭腫でしょうから。そこで主治医が何らかの基準をもって“選択”して手術を施行すればアップグレード率は上がります。その一つは病理医の指摘する“異型を伴っている”乳管内乳頭腫です、とする診断でしょう。

こうして論文間でアップグレード率に大きな差が生じています。

乳管内乳頭腫は“異型度を伴う”ものと“伴わない”ものを区別する病理診断が下りることがあるのも事実です。諸説ありますが、異型度を伴うとされればがんの合併率は高いと考えるのが普通です。しかし論文4だけを特殊として検討する限り、他の論文からはそれだけを根拠に生検するべきとは言えないでしょう。

針生検で乳管内乳頭腫と診断された際には、生検ではその全体を診ているわけではない、という問題点があります。乳管内乳頭腫と診断されたものをすべて切除によって全体を見直してみたら、やはり悪性だったと診断されるいわゆるアップグレードの確率は、1~5%前後と考えるべきでしょう。

アップグレードを防ぐ方法はあるか?自分がアップグレードの悲劇に逢わないために

乳管内乳頭腫、すなわち良性と診断されても、病理は異型の有無を検討します。それはアップグレード、つまり偽陰性を防ぎたいからです。またたとえば大きさはどうでしょうか? たとえば1cmを超えていれば、アップグレードが起こる可能性は高まるのではないか?そういう考え方もあります。論文からこの問題を考えてみましょう。自分が調べた範囲内ではメタアナリシスを施行した論文は3つ見つかりました。[4-6]

以下はX Zhang(2021年 7016例の乳管内乳頭腫)のレポートを参照しました

1 50歳以上か: 高い方が2.3倍アップグレードしやすい。
2 乳頭から血性分泌がある: ある方が3.1倍アップグレードしやすい(血性でなければ関係ない)
3 乳管内乳頭腫を触知できる:ある方が3.3倍アップグレードしやすい
4 乳管内乳頭腫とされた腫瘤が1cmを超えている:超えていれば5.4倍アップグレードしやすい
5 マンモグラフィ検査で乳管内乳頭腫が見える:見えれば2.5倍、さらに石灰化を伴えば5.7倍アップグレードしやすい
6 MRIで所見がある:カテゴリー3から4Aを基準とすれば、C4Bでは5.9倍、C4Cでは16.5倍、C5では27.4倍とアップグレードしやすい。
7 乳腺の端にある方が乳頭近くにあるよりも3.1倍アップグレードしやすい

以下はKeating(2024年 1587例の乳管内乳頭腫)のレポートから参考とした

1 50歳以上か: 有意差はない。
2 乳管内乳頭腫を触知できる:有意差はない。
3 乳頭から分泌がある:有意差はない
4 MMGで所見がある:有意差はない
5 乳頭からの距離:有意差はない

以下はWen(2013年 2236例の乳管内乳頭腫)のレポートから参考とした[7]

1 50歳以上か: 50歳以下を基準とした際に、以上であれば有意差をもってアップグレード率は高い
2 乳管内乳頭腫を触知できる:ある方が3.7倍アップグレードしやすい
3 マンモグラフィ検査で乳管内乳頭腫が見える:見えれば5.8倍アップグレードしやすい
4 乳頭からの距離によって有意差はない
5 大きさによって有意差はない
6 病理的に異型を伴っていれば、5.3倍アップグレードしやすい

論文間で差があるので確定的ではありませんが、より多くの患者さんで検討した大規模な検討であればより信頼性が高いといえます。それからいえることとしては

1 触診、マンモグラフィ、MRIなどで、がんを疑う所見があれば乳管内乳頭腫と診断されても手術による摘出生検を検討すべき(かもしれません)

2 病理医が、乳管内乳頭腫ですが異型があります、と診断すれば、手術による摘出生検を検討すべき(かもしれません)

3 どちらにしても、手術しないのであれば厳重な経過観察は必要です。

1.Gillani M, Idress R, Afzal S, Khan M, Shahzad H, Sattar AK. Management of Breast Intraductal Papilloma Diagnosed on Core Needle Biopsy: Excision or Follow-up? Cureus. 2024.

2.Pareja F, Corben AD, Brennan SB, Murray MP, Bowser ZL, Jakate K, et al. Breast intraductal papillomas without atypia in radiologic‐pathologic concordant core‐needle biopsies: Rate of upgrade to carcinoma at excision. Cancer. 2016; 122: 2819-27.

3.Genco IS, Tugertimur B, Manolas PA, Hasanovic A, Hajiyeva S. Upgrade rate of intraductal papilloma without atypia on breast core needle biopsy: A clinical, radiological and pathological correlation study. Am J Surg. 2020; 220: 677-81.

4.Zhang X, Liu W, Hai T, Li F. Upgrade Rate and Predictive Factors for Breast Benign Intraductal Papilloma Diagnosed at Biopsy: A Meta-Analysis. Ann Surg Oncol. 2021; 28: 8643-50.

5.Keating N, Cevik J, Hopkins D, Lippey J. Malignant upgrade rate and associated clinicopathologic predictors for concordant intraductal papilloma without atypia: A systematic review and meta-analysis. J Surg Oncol. 2024.

6.Wen X, Cheng W. Nonmalignant breast papillary lesions at core-needle biopsy: a meta-analysis of underestimation and influencing factors. Ann Surg Oncol. 2013; 20: 94-101.

7.Limberg J, Kucher W, Fasano G, Hoda S, Michaels A, Marti JL. Intraductal Papilloma of the Breast: Prevalence of Malignancy and Natural History Under Active Surveillance. Ann Surg Oncol. 2021; 28: 6032-40.

2023.09.30

乳腺痛について・・・その3

がんはどうでしょうか。

乳がんのほとんどは皆さんもご存じの通り痛みません。
少なくとも早期がんであればほぼ自覚症状はありません。

がんの進展は、早期であればあるほど、小さければ小さいほど、大きくなる速度が遅いからです。1mmが2mmになれば倍ですが、1mmしか違いません。1cmが2cmになれば同じく倍ですが、1cm違います。
神経が引き延ばされる長さは、10倍にもなります。
おなじ1か月で起こる変化であれば、がんが大きくなってからの変化の方がより大きいので痛みは出やすいのです。したがって触って気づけないほどの早期がんであれば、そのしこりが原因で痛みが出現することはほぼない、と言っていいのです。

乳腺痛の多くは、乳腺組織の短い期間、1日単位での急激な変化によって発生します。
生理前の乳腺組織の発達、増大。
授乳中の乳腺組織の張り。
生理後のリンパの流れの活性化によるリンパ管、リンパ節の増大。これは乳腺の外上からわきの下にかけて感じることが多いでしょう。
更年期障害、不妊治療などに用いられるホルモン剤による乳腺組織の刺激による増大。

これらはすべて乳腺痛の原因になります。そしてその多くは1-2の痛みになります。

それを乳腺症と呼んでいるのです。

乳腺以外を原因とする痛みについて

ある患者さんは、1か月前から続く3から4の痛みが左側乳腺から肩に抜ける、と言われてこられました。精査を行ったところ、狭心痛、つまり心筋梗塞の手前の状態でした。

2-3日前から腋窩に3から4の痛みがあり、刺すようなちくちくした痛みが継続している患者さんが来られました。帯状疱疹でした。

気管支喘息をお持ちの患者さんで、1週間前に発作があった後、右側乳腺に3程度の痛みがずっと継続してある。内科で胸の写真を撮ってもらったけれど、異常なしとされた(これ実は重要で、肺の写真では肋骨はチェックしきれないのです)。これは肋骨にひびが入っていました。

このように過去にはあまり経験したことのない3以上の痛みが、継続して発生しているときは何らかの乳腺以外の病気が発生し、隠れている可能性があります。

日本における”開業医”、つまり町のお医者さんは、かかりつけといってもいわゆる“何でも診てくれて、どんな病気でも診断でき、治療できる”ホームドクターはまれです。たいていは専門性をもっておられます。上記の狭心痛を例に挙げれば、本来乳腺外科を受診するべきでないことは明らかであり、すぐに循環器専門の医療機関を受診しなければならない救急性があります。しかし先に述べたとおり、一般の医療知識のない方では痛みから病名診断は当然できません。だからと言って医師も専門外の疾患は暗いことがほとんどです。
開業医といってもほとんどの医師は救急を経験しており、研修していますが、救急も専門医がおられます。町のお医者さんは基本救急疾患は専門ではありません。乳腺外科に行ったら狭心痛を診断できなかった、は残念ながらあり得ます。

したがって「過去にはあまり経験したことのない3以上の痛みが、乳腺に継続して発生しているとき」に、乳腺科を受診して、乳がんではありません、乳腺症でしょう、と診断されても、何らかの乳腺以外の病気が発生し、隠れている可能性を考えて、痛みの原因がわかるか、痛みそのものが消えてしまうまで安心せず、内科(循環器や呼吸器科)、整形外科に受診する必要があると思います。

逆に生理周期に一致して、過去に何度も似たような痛みが発生し、その多くが1-2程度の痛みであれば、乳腺の生理的な変化に伴う痛みであることが多いと思います。
少なくとも痛みがあれば気になるはずです。その部位にしこりがないか、自分なりにでも乳腺を触って探してみましょう。何もなければまず乳がんは考えにくいと思います。

もちろん気になればいつでも受診してください。
少なくとも自覚症状があるようながんであれば、それは乳腺科で確実に捕まえられます。
受診して、がんを否定しておくのが最善でしょう。

繰り返しになりますが、乳がんを否定し、それでも痛みが続くようであれば、他の疾患を疑うことも重要です。それに応じて検査を受けられるように他科の受診を指導、必要があれば紹介します。

2023.09.30

乳腺痛について・・・その2

痛み

なぜ乳腺が痛むのですか?にこたえるために、まず痛みそのものについての知識が必要になると思います。遠回しになりますが、お付き合いください。

そもそも我々が痛みを感じるとき、痛みの情報を作り出し、それを脳にまで届けてくれるのは“神経”です。神経には大きく運動神経と感覚神経がありますが、痛みを伝えるのは後者の感覚神経です。

神経細胞はどのようにしてその痛みを感知し、それを脳に伝えるのでしょうか?

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上記は神経細胞のイラストです。一つ目一本足の火星人みたいですね。

この神経細胞の長い脚や根っこの部分に“引っ張り力”が働いた時、信号が発生します。

強い力で急激に引き延ばされた時、信号が送られ、それを脳が処理して痛みを感じるのです。

でもゆっくり引っ張られると信号は出ません。たとえば身長が伸びれば神経も一緒に延ばされていくはずですが、痛みは感じません。もっと典型的なのは妊娠ですが、あれだけお腹の皮が延ばされているのに痛みません。

急に引き延ばされた時に信号を出します。それはしかし病気とは限りません。痛み=病気ではないのです。その痛みが病気なのか、けがなのか、何かが当たっているだけなのか、それを判断するのは脳の働きです。痛みがある、その情報だけだと脳は原因を判断できません。ですので乳腺痛があると「がんではないか」という不安の元になります。

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乳腺について

この図は乳腺を臓器としてとらえて図に起こしたものです。

乳腺の内部に脂肪で包まれたミルクを作る袋が存在しています。そしてそこから流れ出る老廃物を受け取るリンパ管、リンパ節が緑色で示されています。

乳腺スケッチ

痛みを伝える感覚神経はこうした臓器の間にくまなく存在しています、その神経は、乳腺から流れ出るリンパ管の周辺にも非常に多く分布しています。

このミルクを作る袋は生理の周期によってダイナミックに変化します。

まず第二次性徴で乳腺が大きく発達するとき、こうした変化はゆっくりです。ゆっくり引き延ばされるときには神経はあまり信号を出しません。

乳腺は生理前には硬く張っていますし、生理が終われば柔らかくなります。

これは短い期間での変化で1か月、それも生理前後の数日で大きく変化します。代謝によって壊されたり、吸収されたりした老廃物は生理前後には大量にリンパ管に流れ込むことでしょう。これらの変化は急激です。だから痛みます。しかしぶつけたり、切れたりした痛みほどの強い痛みにはなりません。

痛みを5段階に分けて考えると、生理前後で経験される乳腺の痛みは1-2です。これは乳腺が完成し、しかし授乳経験がない20歳前後にピークになります。時に3を超えるでしょう。そして何度か授乳を経験すると乳腺は張りを失い、少しずつ柔らかくなっていきます。そうすれば生理前後の痛みは改善します。授乳経験がなくても、40歳近くになればホルモン分泌が落ちてくるので、やはり痛みは改善します。ただ当然授乳経験がなければ痛みは後年まで長引く傾向があります。

何かにぶつかった、乳腺に何かが落ちてきた、そんな痛みは3-4でしょう。

授乳中に乳腺が張ってきた。1-2でしょう。子供が吸ってくれなくて、乳腺が張って痛む。3を超えるでしょう。

細菌感染を伴って化膿性乳腺炎になった、4以上になります。

2023.09.29

乳腺痛について・・・その1

当院を初診で来院される方の多くは乳腺の痛みを主訴としておられます。まずその原因の診断が必要です。原因がわかって初めて効果的な治療法が決まります。

“乳腺痛”が主訴であるとき、多くの方が自分は乳がんではないか、と心配しています。

[乳がんか] ↔ 「乳がん以外の原因か」

この診断は容易です。痛みを呈するほどのがんであれば発見が難しい極小の早期がんであることは考えにくいからです。問題は痛みの原因が乳がん以外にある場合です。

[乳腺からの痛みか] ↔ [乳腺以外からの痛みか]

前者の乳腺からの痛みであれば、生理前後に規則正しく起こる乳腺痛、閉経前後に不規則に起こる乳腺痛があります。この詳細は後述します。ここでは「乳腺症」と呼ばせてください。これには腋窩の痛みも含まれます。
他に乳腺の打撲、乳腺炎(細菌の侵入による化膿性のもの、糖尿病による無菌性のもの、特発性乳腺炎など)、のう胞が張って圧力が高い、などあります。
意外と多いのは、不妊治療、更年期障害の治療の際に用いられる婦人科処方の薬剤による副作用としての乳腺痛です。
後者の、乳腺以外からの痛みには、帯状疱疹が乳腺にまで及んでいる、肋骨骨折が乳腺の下で起こった、肋軟骨の石灰化に伴う痛み、自然気胸による痛み、草抜きを頑張った後の大胸筋の筋肉痛、心筋梗塞の一歩手前の狭心痛、などがあります。

もちろんここに書いた以外の原因もあります。

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痛みを分析する

痛みを主訴として来られた際に、それを診断に結び付けるには痛みを分析する必要があります。たとえば1年以上変化しない乳腺痛であれば、乳がんではありません。がんによる症状は時間経過とともにかならず増悪するからです。青色で塗った部分に〇をつけてみましょう。あくまでも目安に過ぎませんが、ご自身でもだんだんと病名が絞れてきます。

痛みを分析すれば病名の候補がわかります。傾向があるのです。

・まず“痛み”を5点満点でレベル分けしてみましょう。
想像しうる最高痛み、たとえば陣痛による痛みを5、虫歯による耐えられない痛みを4、腰痛など針で刺されるような痛み止めが欲しくなるような痛みを3として、あなたの痛みは5点満点で何点ですか?

スライド1

・痛みはどれくらいの期間続いていますか?
あったりなかったり、それが結局2週間以上続いている、も左に含まれます。

スライド2

・閉経の有無
ここでは更年期として自覚されている人は真ん中と思ってください。また閉経したかどうかわからない人もこの時期に入られると思います。60歳を超えれば既閉経と考えてくださって結構です。
年齢とも関係しますが、不妊治療は若年者ですし、更年期の薬は更年期に使用されます。
打撲や、筋肉痛に年齢はあまり関係しません。乳腺痛はやはり生理と関係します。

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・出産・授乳経験
しっかり授乳した乳腺は“枯れて“しまい、硬さや張りを失っています。これは年齢とは関係しません。授乳したかしないか、です。逆に50歳近くの方でも、授乳経験のない方は乳腺がしっかり残っており、生理のたびに張る感覚は残っていることが多いと思います。

スライド4

・ホルモン補充療法の有無
代表的なものは不妊治療、そして更年期障害の治療です。女性ホルモンの使用の有無、量、期間、中止してからの経過期間、それぞれ関与します。
乳腺症は直接関係しませんが、ホルモンバランスが悪い方が発症しやすいため、乳腺症がある方がホルモン補充療法を受けている傾向があります。

スライド5

分析してみると、たぶん自分はこれだな、とわかります。
もちろんこれだけで決まるものではなく目安です。かならず医師の診察の元で一緒に乳腺の痛みについて考えていく基準になります。

ここでは触れませんでしたが、もう一つ重要な指標があります。

その痛みは 改善している ↔ 変わらない ↔ 悪化している

この指標は 右に行くほど何らかの疾患が存在していることを示唆します。
もし悪化していれば いったん何らかの診断がつき、治療を始めていたとしても油断してはなりません。ほかの病気が隠れている可能性もあるからです。
医師に必ず相談してください。乳腺症の場合はほとんど “変わらない”に入ります。逆にがんはかならず悪化してきます。

乳腺症だな、そう決まったとして、乳腺症、つまりホルモンの影響で乳腺や腋窩が痛む、それはなぜか、それを別の機会に解説します。

2023.06.20

変わった乳腺炎 ー肉芽腫性乳腺炎ー

肉芽腫性乳腺炎という?な病気

肉芽腫性乳腺炎という病気があります。
この病気は乳腺を専門とする我々のような医師にとって決して珍しい病気ではありません。われわれも1年に1-2例程度経験しています。
この疾患は、同じ疾患であっても、その病変が小さな時と大きくなった後では様々な点で異なります。

まず患者さんの主訴です。

小さな時の主訴は乳がんの疑い、乳腺腫瘤として来院されます。調べてみてもがんではもちろんありません。触ると少し痛みがある硬いしこりで来院されることがあります。
大きくなった後の主訴は、痛み、発赤、腫れです。乳腺炎として来院されます。もちろん授乳中ではありません。また打撲や、けがなど、目立った外傷はありません。はっきりした誘因なく急に乳腺が痛み出し、ばい菌が入った、感染した、と言われて来院されます。

通常通りマンモグラフィ、超音波検査を施行します。
小さな時、この疾患は乳がんとよく間違われます。その病変が小さく、症状がほぼ軽いか、ないときに特に鑑別が難しくなります。しこりとして自分で見つけてきた、痛くもかゆくもない、少しずつ大きくなる、それは乳がんの症状そのものですし、まして画像も似ていれば鑑別は難しくなります。
しかし大きくなった後は、画像上は疾患名通りの乳腺炎に見えます。多くの乳がんはあまり痛みません。乳がんは、患者さんが訴えられるように、「2-3日でみるみる腫れて赤くなり、ひどくうずく」ことはまずありません。しかしこの疾患は大きくなってくるとさすがに炎症らしい症状を呈してきます。しこりの中には液体として膿がたまっていることが確認されることが多く、実際穿刺すると膿が抜けてきます。もちろん触ると腫れていて、局所に熱感もあり、痛がります。穿刺内容として、リンパ球や好中球など、炎症細胞ばかりでがん細胞はもちろん確認されません。それは病変が小さくても同じです。

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肉芽腫性乳腺炎は1972年に Kesslerと Wolloch先生らによって最初に報告されました[1]。この病気の多くは、患者さんの訴えも、画像も、経過も、化膿性乳腺炎とほぼそっくりです。ただ異なるのはその部位に細菌感染が証明されません。つまり原因がわからないのです。膿がたまっていることも多く、そこから膿を吸い出す、あるいはドレナージ(切って排膿する)を行うことも、治療や診断目的でよく施行されていますが、感染は証明されません。ただ何に反応しているのかわからない、炎症がそこにあるだけです。したがって抗生物質を処方して細菌を殺す処置をしても効果はないのです。原因がわからない、けれども細菌感染し、化膿したみたいに見える乳腺炎、それこそがこの病気の逆に定義になっています。原因がわからないから治療法も確定できないのです。

さらに診断もややこしい。針で突いても、組織を一部調べても少なくともがん細胞は証明されません。そして細菌もいない。ただ炎症だけがある。経過を見ていたら大きくなります。よくなりません。そうするとがんがどこかに隠れていてそうなっているのではないか、という疑問が払拭できません。結局診断を兼ねて大きく切除されることも珍しくないのです。

我々がこの病気を扱う際には、Carmalt先生が1981年に提案した論文[2]が参考にされます。Carmaltはこの疾患を 1)最終出産より5年以内の妊娠可能な年齢の女性に多い 2)好中球やリンパ球の浸潤と異物型・ラングハンス型巨細胞を伴う肉芽腫を認める 3)膿瘍を認め,しばしば肉芽腫の中心に形成される 4)病変の主体は小葉中心である 5)乾酪壊死巣,抗酸菌・真菌を認めない、という診断基準を提唱しました。

1)については疫学について書かれています。それ以外はこの疾患の病理学的な特徴について書かれています。まとめると細菌感染そっくりだけれども、結核菌や真菌(カビ)感染によるものとは異なり、通常の細菌感染に似ている。それでいて原因菌は同定されない、ということになります。

まとめると この疾患は化膿性乳腺炎とそっくりで、症状も画像上もそのまま化膿性乳腺炎です。ただ原因だけがわからない。だからこうすれば治せるという治療法が確立していません。逆に化膿性乳腺炎の治療は、物理的にたまった膿を流しだしてとり除き、細菌を殺せる適切な抗生物質を投与することです。多くの肉芽腫性乳腺炎の患者さんも、それに準じた治療をされていることが多いと思います。そしてそれで治ってしまう方も多いようです。膿の中に原因となった細菌は証明されなかった、けれども治った、という経過です。もしかすると抗生剤で治癒するなら、それは通常の化膿性乳腺炎だっただけかもしれません。
原因がわからないまま、少しずつ硬い部分が大きくなってくれば、医師であってもがんが頭をよぎります。小さいうちにはなおさらです。だからこの疾患は恐ろしい。しょっちゅうあるものでもないことも嫌な要素です。診断がつけられない、つけにくい、だからがんではない、と言い切るのが難しいのです。

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現在一般的に認識されている肉芽腫性乳腺炎の治療は、ステロイド投与です。

ただし乳がんではない、化膿性乳腺炎でもない、と診断された場合に限定されます。この場合はステロイドで増悪させることもあり得るからです。裏を返せばステロイドで反応するようであればまず乳がんではない。肉芽腫性乳腺炎だった、とも言えます。

2011年 一本杉聡先生の論文によれば、本邦でこの疾患と診断され、ステロイド投与を受けた19例中18例に病巣縮小が確認され、6例で病巣消失、4例が PSL減量後に悪化して病巣摘出を受けていたと報告があります。

もともと原因の分かっていない疾患ですから治療法も確立されたのではありません。炎症があるのは確実なので炎症を抑える薬を出したら治った、治る症例もある、ということです。いわば対症療法、症状に応じて症状を抑える治療です。将来原因がわかれば変更されることもあると思います。私も何例か経験し、8割はステロイドに反応して治りましたが、2割程度で長引いた記憶があります。もしかすると同じ肉芽腫性乳腺炎であっても、違う疾患だったのかもしれません。

今後の研究が待たれるところです。

宣告されてから、治療が始まるまでの間に 麻央さんの記事から

今回の記事は、宣告を受けられた方が、治療開始となるまでの期間、それをどのように過ごすか、について書いたものです。そのため、この記事の対象になる方は大変少ないかもしれません。
その人の仕事や家庭の事情、そして医療施設のアクセス、かかられている医療施設の事情によって、短期間になったり、長期間の待機期間があったりすると思います。それでもそのどうしようもない不安な時間に、こうしたネットを当てもなく読み続けている方も多いと思いますので、ここで記事にすることを思い立ちました。

というのも文春のオンライン記事で、麻央さんのことについて海老蔵が語った記事が載っていたのですが、その内容にどうしても触れておきたいことがあったのです。申し訳ありませんが有料です。気になった方は全文を読んでみてください。ただ私が触れている部分はぎりぎり無料で読める部分です。

我々の施設は検診や二次精査を受け持っています。つまりがんを見つけるのが仕事ですが、がんを見つけても、診断を付けても、治療ができません。したがって治療施設と呼ばれる施設に紹介することになります。最初から治療ができる施設で検診すればいい、そうすれば無駄はない、確かにそうですが、大きな病院、つまり治療施設は紹介状がないと原則受診できません。受診された方のほとんどががんではない検診をしている時間は治療施設にはないのです。ですのでたとえ自分でしこりを見つけて気になる、となったとしても大学病院や、がん専門施設に直接受診することは原則できません。我々のような施設や、どこかかかりつけ医に相談して、紹介状をもらって受診することになります。ですからどうしても診断がついてから、治療施設の受診ができるまで、時間のロスが生じます。
ただ我々の施設は自分のところで診断を付けるところまで行えます。そのため、かかりつけ医が乳腺の施設ではない場合(ほとんどがそうですが)、紹介状をもって治療施設を受診し、まず診断を付けてもらうことになります。それよりは時間の節約になります。治療施設であっても診断がつかなければ治療は始まりません。気軽に何でも相談できるかかりつけ医は大変ありがたい存在で、皆さんの健康にとても大切ですが、我々の施設に来て診断がつけば、実は時間的には少し得になります。

ただ治療施設の事情によっては、せっかく診断を付けても、それから初診まで待ち時間が生じることがあります。いわゆる予約待ちです。長い時で2か月近く待たされることがあります。
「え、がんなのに、2か月も待たされるの!?死んでしまう!」
たまらない時間です。ただでも不安で仕方がないのに、何もできないまま時間だけが過ぎていく。そうしている間にもがんは進んでしまうかもしれないのに。

内情を話すと、日本と同じく国民皆保険制度があるイギリスでは6か月以上待ちがほぼ当然、とのことですから、世界的な事情からはまだそれでもましな方なのです。たとえばフランスでは保険で受診できる、その代わり待期期間がとんでもなく長い施設、と、すぐ診てくれて医療レベルも高い、けれども全額自費、の施設とがあるそうです。英国もいざとなれば隣の国の自費診療に受診するそうです。それから言えば、自分の命も金次第、とはなっていないだけ日本はましともいえます。私の知る限り、いつでもなんでも診ます、でも自費です、という病院はまだありませんから。産油国のように贅沢にお金をつぎ込めばなんだってできますが、必要最低限で節約しながら医療費を分配している日本では、1-2か月待ちで優秀ながん治療にアクセスできることはほぼ奇跡ともいえるのです。

話を戻します。上記の事情はわかったとしてもそれでも不安です。
「なにか、この時間でできることはないの?」
誰しもそう思うと思います。
我々の施設では、この待期期間を過ごさなければならない方に、小冊子を渡して読んでもらっています。
この時間にできることはないのか、の疑問に答えるためです。ここでその内容を全て載せると紙面が足らないので、かいつまんで書きます。

1 いままでの普段の生活を極端にかえないこと。食事制限や極端なダイエットをしない(この記事を参考にしてください) 

2 仕事を辞めてしまうのは、必要に迫られてから。多くの場合で仕事をつづけながら治療は可能です。入院も1週間程度がほとんどです。生活習慣を極端に変えると体調を崩しがちですし、なにより仕事を辞めてまで作った時間でやらなくてはならないほどのことが今のタイミングではありません。上司に相談しておく程度にしておきましょう。

3 できるだけ適正体重に近づけておいた方がいいため、規則正しい運動を無理のない程度に初めておく。これは抗がん剤を使用することになった際に、主に体重で投与量が計算されるからです。皮下脂肪の分、余計にしんどい思いはしたくありません。ただ食事制限で痩せると体力も落ちます。ですので運動を勧めているのです。 

4 歯科受診をしておきましょう。これはがんに罹患し、抗がん剤が必要になるかもしれないので、ときちんと歯科主治医に伝えたえで受診してください。

これは現在、私が宣告した患者さんが治療施設を受診されるまでの待期期間のために渡していますが、私が治療施設で勤務していた時も、初診から手術予定日の間の待期期間のために渡していました。私の患者さんは皆さん読まれた記憶があると思います。特に4について強調していたので、覚えてくださっている方も多いでしょう。

文春の記事を読んで、そうだったんだ、と驚かされた記載がありました。

海老蔵さんのインタビューによると、気功を含む民間療法に頼って治療が遅れた、などいろいろなところで書かれているけれども、麻央さんは普通に抗がん剤治療を含めた標準治療を受けることが決まっていたのだそうです。ただその予定日の直前に、抜歯をしてしまっており、治療が2週間遅れたのだそうです。その2週間の間にいろいろなことがあって、治療の方針が大きく変わってしまった、あの2週間がなかったら、運命は変わっていたかもしれない、そう書かれていました。

海老蔵さんに関してはいろいろなところでいろいろと書かれているのでよく思っていない方もおられるかもしれませんが、この内容は、実際に経験していない方はまず言えませんし、思いつかないでしょう。事実だと思います。

私が乳がん患者さんに、治療開始前の歯科受診をこのように勧め始めたのは20年近く前からです。

もともとの話をします。
40代後半の患者さんが、乳がんの診断後に治療を地元にかえって受けられることになり、K大学病院に紹介状を書きました。残念ながら抗がん剤が必要な方で、それも手術より優先的に(先に)抗がん剤をされることになることはわかっていた方でした。
「やっと治療開始です」
紹介状をお渡しし、1カ月後、ご挨拶に来てくださった患者さん、
でしたが、なんとすべての歯が抜歯されていました。繰り返しますが、全部、一本残らず抜歯、40歳代後半です。
治療前に調べたら虫歯が3本あって、治療していたら時間がかかるから、と、全身麻酔 1泊2日で全部抜かれたのだそうです。まだ入れ歯ができていなくて、マスクを外したお顔を見たときそのあまりの変わりように絶句しました。

ああ、私は甘い、そう思いました。

私の患者さんでも、歯科受診を話をすると、「先生、虫歯くらい我慢しますから、がんの治療を優先してください」そう言われる方も多いです。皆さん痛みなら我慢する、そう思っておられる。でも怖いのは痛みではないのです。

抗がん剤をすると免疫が落ちます。感染に弱くなる。齲歯、つまり虫歯は細菌感染によって引き起こされます。歯髄は骨髄につながっています。重症化すると骨髄炎になる可能性があります。虫歯がなくても歯槽膿漏があれば細菌が関与しています、ですので同様です。
歯は頭蓋骨に埋まっています。つまり骨髄炎は頭蓋骨に起こる。そう細菌性髄膜炎、そして脳炎になる可能性もあるのです。事実K大学病院で、以前一人それが原因で亡くなっているのだそうです。以来K大学では抗がん剤が必要な患者さんに口腔管理が徹底されているとのこと。実は歯は細菌の住処であり、口腔内は歯がなくなると清潔が保たれやすくなるのです。おそらく麻央さんの治療施設でも、抜歯したばかりで歯髄がむき出しになり、感染に弱くなっている状況で、抗がん剤の導入によって免疫が急激に下がる状況を恐れたのでしょう。抗がん剤は最初の1回目がもっとも白血球が下がりやすく、生体の環境が激変するため、何が起こるか予想がつきにくいのです。

それ以来 私は自分の患者さんが治療が始まるまでの待ち時間に対して、不安を訴えられるたびにお話ししてきました、「やっておかないといけないことはあります」

麻央さんに関しても、海老蔵さんがあれがなければ…と話されていたことが歯科処置だったことに改めて驚かされました。そしていままでそれを勧めてきたことで、何人かの患者さんの運命が、良い方向に変わっていたのではないか、とうれしく思った次第です。

皆さんも、もしその立場の方は受診しておきましょう。損はないはずです。
そしてその立場にない方も頭の片隅に置いておいてください。乳がんに限らず、がんの治療の際には役立つ知識のはずです。