2024.07.19
メディケア(米国の保険制度)患者を対象とした遡及的研究によると、乳がんを患う高齢女性に対するホルモン療法を施行した場合、その後のその患者さんの認知症リスクの低減と関連していることが示唆されました。サウスカロライナ大学コロンビア校のチャオ・カイ博士らがJAMAネットワークオープンで報告しています。Cai C, Strickland K, Knudsen S, Tucker SB, Chidrala CS, Modugno F: Alzheimer Disease and Related Dementia Following Hormone-Modulating Therapy in Patients With Breast Cancer. JAMA Network Open 2024, 7(7):e2422493.
ホルモン療法を受けた乳がん患者は、ホルモン療法を受けなかった患者と比較して、平均12年間の追跡期間中に認知症のリスクが7%低かったとのこと。(HR 0.93、95%CI 0.88-0.98、P =0.005)しかしその効果は年齢によって反対の効果にもなっていたようです。
認知症のリスク低下は、65~69歳の乳がん患者群で最も顕著に認められました(HR 0.48、95% CI 0.43~0.53)。しかしこの関連性は加齢とともに減少しました。
80歳になると、ホルモン療法の使用は認知症リスクとの正の関連性に移行し(HR 1.40、95% CI 1.29~1.53)、90歳以降までその傾向が続きました。
またこの効果は人種によっても異なる結果になっており、ホルモン療法を受けた65~74歳の黒人乳がん患者では、相対リスクが24%減少しました(HR 0.76、95% CI 0.62~0.92)。同じ年齢層の白人乳がん患者では、相対リスクが11%減少しました(HR 0.89、95% CI 0.81~0.97)。
「ホルモン治療のような特定の治療法から、認知症リスクの低減という恩恵を受ける可能性のあるのは、特定の一群であり、全員には当てはまらない」と、Cai氏は語っています。「結果を最適化し、リスクを最小限に抑えるためには、患者の年齢や人種などの個人的要因を考慮するべきである。」
薬剤ごとの認知症への影響も、人種によって異なるようです。
65~74 歳の黒人女性の場合、アロマターゼ阻害剤の使用は、SERM(タモキシフェンなど)(HR 0.80、95% CI 0.57~1.11)よりもわずかに強い関連性を示しました(HR 0.73、95% CI 0.59~0.91)が、SERMに関する知見は有意ではなかった。
65~74 歳の白人女性では、SERMによりリスクが有意に減少しました(HR 0.81、95% CI 0.70~0.94)。
多くの乳がんはホルモン受容体陽性で、エストロゲン(女性ホルモン)ががん細胞の増殖に及ぼす影響を阻止するためにホルモン療法で治療されています。ホルモン療法は乳がんの生存率を高める可能性があるが、認知機能の低下との関連も報告されていると、カイ氏と共著者らは指摘しました。過去の研究では、ホルモン療法との関連はないという反対の結果もあり、逆にホン論文のようにホルモン療法による予防効果があるとするもの、または認知症リスクの増加が示されたなど、一定した結果は出ていませんでした。
話はそう単純ではないようです。
Chai氏らは、がん登録データとメディケア請求を組み合わせた監視、疫学、SEERとメディケアの連携データベースを使用して、2007年から2009年の間に新たに乳がんと診断された65歳以上の女性を特定してかいせきしました。認知症の既往歴がある患者や、乳がんの診断前にホルモン調節療法を受けていた患者は除外しています。彼らは、がん治療のためにホルモン療法を受けた女性と受けなかった女性を比較し、乳がんの診断から2019年末まで最低10年間追跡調査しました。ホルモン療法を受けているかどうか、の定義に関しては乳がんの初回診断から3年以内に、タモキシフェンなどのSERM、アロマターゼ阻害剤、ゾラデックスなどの選択的エストロゲン受容体分解薬など、少なくとも1種類のホルモン調節薬の投与を開始したことと定義しました。合計で 18,808 人の女性がこの研究に含まれ、そのうち 65.7% がホルモン療法を受けていました。最も一般的な年齢層は 75 ~ 79 歳で、女性の 80% 以上が白人、約 7% が黒人でした。ほとんどの女性 (76.1%) がアロマターゼ阻害剤によるホルモン療法を開始していました。
衝撃的な内容だったので、ここで紹介しました。ホルモン療法と認知症リスクには何らかの関係がありそうではあるのですが、実際の治療で認知症リスク改善を狙って投与することは時期尚早でしょう。そもそも人種ごとに差があると書いているのに、アジア系の人の調査は行われていません。
ホルモン剤が投与されていない乳がん患者さんはトリプルネガティブ乳がんが、HER2エンリッチ乳がん症例のはずです。投与されているひとはルミナールタイプです。こうした乳がんのサブタイプごとの発生リスクと遺伝の関係は絶対ではありませんが、0ではありません。ホルモン剤が直接認知症を抑えているのではなくて、ルミナールタイプの乳がんになりやすい遺伝子を持った方が認知症になりにくいのかもしれません。またホルモン剤を投与されている方は投与されていない方よりもどうしても医療機関を受診する機会が増えます。そのため高血圧や、糖尿病など、認知症リスクに直結する疾患が早く見つかり、治療されているからなのかもしれません。
ホルモン療法と認知症に関するさまざまな研究は以前から行われているようです。しかしこういうテーマで研究を行う場合、遡及的研究(いままでの過去の症例をさかのぼって検索すること)設計では、なかなか思うような結果には至らないことが多いのが現実です。
あえて認知症の発症に研究対象を絞って、健康な人を、ホルモン剤を投与した群としなかった群に分けて調査する必要があります。それだと本来ホルモン剤が必要でもなんでもない人に何年も投与することになってしまうことを考えると、真の答えを見つけるのは難しいかもしれません。
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