2021.08.23
まずは乳がんの検診を受けてください。
検査を受けて”乳がんではない”と診断されました、話はそれからです。
「乳がんではありませんでした。」
「ではなぜ乳腺が痛いのですか?」
外来診療をしていてよくあるやり取りです。たしかに痛いのが気になって受診したのに、乳がんではありません、では答えになっていません。
乳がんは基本的に痛みはありません。痛みがないというよりも、自覚症状としていきなり痛みは出てこないということです。進行すれば痛みは出てきますが、少なくとも検診を受けて見つからないような、1㎝以下の早期乳がんが痛むことはまずありません。もし乳がんが早期から痛みがあってくれれば、進行するまでには耐えられなくなって受診してくださるでしょうから、手遅れになることがありません。したがって検診がいらなくなります。乳がんは痛まないのです。
10人に1人が乳がんに罹患する時代なので、皆さんの周囲に乳がんになられて、元気になった後も、乳腺を痛がっておられる方をご存じかもしれません。ただ乳がんは手術されるまで痛くなかったはずです。尋ねてみてください。
「私の乳腺のしこりは痛む、だから乳がんじゃないよね。」
これも間違いです。乳腺痛と乳がんの関係は深いのです。乳がんそのものは痛まない。でも痛みがあるような乳腺に乳がんはできやすい、のです。いやらしいですね。だから最初に言いました。まず検診を受けて乳がんはない、でも乳腺が痛む、なぜだ、です。
一般に、乳房痛は、出現時期と月経の有無などから ①周期性乳房痛、②非周期性乳房痛、に分類されます。
月経黄体期から出現し、月経開始まで持続ないしは増強するのが特徴で、持続期間は7日以上、痛みの程度は中等度以上で睡眠障害(10%)や通勤や通学などの社会生活への影響(6~13%)、不快感・苦痛感(36%)、性生活への影響(48%)などを伴います。また、月経前緊張症の一症状として出現しますが、その頻度は低くて、16%前後とされています。内分泌変化によるものが主な原因とされています.
病的な現象としての周期性乳房痛は、乳癌の発症・増殖、発育に関する危険因子の1つで、乳癌リスクの有意な増加が認められています。
月経周期と関係なく出現する痛みで、周期性乳房痛よりもまれです。閉経前よりも、閉経後に多く出現します。痛みの性状は、局所性から乳房全体に及ぶようなものまで多彩です。後述するような外傷、炎症などのはっきりした原因があれば別ですが、はっきりとした乳房痛の原因を特定することは困難です。しかしさまざまな研究から、非周期性乳房痛もホルモン変化か原因と考えられています。
非周期性乳房痛には、たとえば糖尿病性乳腺症といって、血糖値の持続する異常によって引き起こされる乳腺の炎症のこともあります。また、乳汁を運ぶ管である乳管が拡張し、中に浸出液をため込んでいる、のう胞と呼ばれる袋が感染をきっかけに痛むこともあります。たとえば帯状疱疹と呼ばれるウィルスによるものや、その関係で肋間神経痛として存在する乳腺痛もあります。こうした乳腺痛であれは、受診によってほとんど診断がつきます。
こうしたなんらかの疾患が存在しないのに、片側性、局所的で持続する乳房痛は、ホルモン変化との関与が示唆されていることはすでに述べました。ホルモンのバランスが悪くなってくる閉経前後に発生する非周期性の乳房痛は、乳癌の発生との関連性が認められています。
非周期性乳房痛がある方で、乳がんである確率は高いものではありません。それだけでがんとは言えません。逆に、乳がんの方に非周期性乳房痛を伴う頻度はある程度分かっていて2~7%前後とされています。つまり乳がんそのものが痛くなくても、乳がんの方の20人に1人くらいは乳腺に痛みがあるということです。これは高いですよね。注意を要します。
視・触診と画像検査などから炎症を含む乳房の器質的疾患が否定されたならば、頑固な乳房痛についてはホルモンを中心とした検査が必要となります。
たとえば感染を伴う乳腺炎、糖尿病性乳腺症、帯状疱疹など、疾患が関与していればその治療が先に必要です。
こうした疾患が否定され、それでもなお引き続く乳腺痛に対して、ホルモンバランスの調整を目指した治療がなされることがありますが、こうした治療に用いられるホルモン剤などは、いずれも副作用があるので、産婦人科医との連携治療が必要となります。
ここまでの説明で、乳腺痛と乳がんには関係性がある、というところは理解していただいた、と思います。しかし、なぜ痛むのか、についてまだ話をしていませんよね。
たとえば生理痛として重い下腹部痛に悩んでいる方がおられます。ひどい時には婦人科で低用量ピルを処方されて、飲用しておられる方もいるでしょう。ホルモンを調整することで痛みは改善する、ということはホルモンのバランスを崩すことで生理痛が出現し、調整できれば痛みは消える、ということになります。
その際不思議と、子宮がんではないか、とは心配されないようです。
でも乳腺が生理の時に痛むと、乳がんを心配される方がいます。
同じように痛みが出ても、なぜ子宮と乳腺で、心配する、しないが異なるのでしょうか。 子宮は生理の時には出血します。壊して作り直している、だから痛むことがあるだろう、そう理解されているのではないでしょうか。でも生理の時に壊して作り直されているのは実は子宮だけありません。子宮内膜ほどではありませんが、乳腺もダイナミックに修繕されています。そうしなければならない理由があるのです。
皆さんは使わない臓器はだめになることをご存じですか。たとえば大切な眼、視力がなくなれば大変です。でもたとえば健康な眼であっても3年間眼帯で覆ってしまえば、3年後、眼帯を外しても元のようには見えません。白内障になった眼を放置していれば、手術をしてレンズを入れ替えても、神経が痛んで弱視になってしまい、元には戻らないのです。
でも乳腺や子宮はどうでしょうか。1人目の子供を授かり、その後10年間事情があって妊娠しなくても、10年後に機会があればちゃんと妊娠し、授乳できます。使わないでいればだめになる、そうならないのです。たとえ使われていなくても、毎月周期的に更新されているから、に他なりません。
ただそれは体にとって大きな負担です。痛みを伴うことなのです。
子宮では使われなかった子宮内膜は出血とともに排出されます。乳腺では古くなった組織はアポトーシスと言って自ら壊れ、再利用のために体に吸収されます。その際にはたくさんの老廃物が産生されます。それはリンパを中心とする様々な体の下水道を通って排出され、吸収され、再利用されます。そしてまたいつでも利用できるよう再生されるのです。
逆に授乳の際を考えましょう。その際には基本乳腺は破壊と再生を行う必要があまりありません。栄養をミルクに変えて分泌する、本来の働きをただ継続していればいいからです。組織にかかる負担は破壊と再生よりも軽いことが想像できます。 周期性に起こる乳腺痛はしたがって子宮の生理痛に相当するものです。非周期性に起こる乳腺痛も、ただ不規則になった、あるいは生理にまで至らなくなったホルモンのバランスの崩れによって起こるものなので、原則それに類するものだ、と考えられます。規則正しいホルモン周期によって、規則正しく破壊再生を行っている乳腺と異なり、バランスの悪くなった状態で破壊再生が行われているとしたら、乳がんが発生する危険性と関与することも理解しやすいのではないでしょうか。したがって非周期性の乳腺痛がある方では、定期的な乳がん検診がより強く勧められます。
まとめます。
・ホルモンのバランスが崩れれば子宮の生理痛と同様に、乳腺に痛みが出ることがある。
・ホルモンバランスが崩れが関与するので、乳腺痛と乳がんの関与はあり得る。
・ただ乳がんそのものが痛みを初発症状とすることはめったにない。
・乳腺痛、特に生理と関係なく非周期性に発生する乳腺痛があれば、定期的に乳がん検診を受けることがより勧められる。
・痛いから検診を受ける、痛いからがんではない、は両方とも正しくない。
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