乳腺と向き合う日々に

2021.08.23

ホルモン剤を飲んで、治療するということを、もう一度考える。第2回

ホルモン剤はなにをしているのか?

女性ホルモンの働きをブロックすることで、乳がん細胞の分裂を抑制する、あるいは止める。
この考え方に間違いはありません。乳がん細胞の中には女性ホルモンに”依存”しているものがおり、女性ホルモンが枯渇すると増殖を止めてしまうものがいます。乳がん患者さんのほぼ6割以上がそうであるとされており、女性ホルモンを抑えるための薬を飲んでおられるのはそのためです。

注射で行われる薬を除けば、その薬は大きく二つに分類されます。

SERMと呼ばれるタモキシフェンと、

アロマターゼ阻害剤と呼ばれるアリミデックス、アロマシン、フェマーラ(この3種類のうちどれかを飲まれていると思います)です。

ここでSERMですが、初めて聞かれた方も多いでしょう。”選択的エストロゲン受容体調整薬”の略語です。SERMでネット検索をすると、しかしタモキシフェンもヒットしますが、同時に骨粗鬆の治療薬がヒットします。このことで分かるようにエストロゲンは骨に関係が深く、エストロゲンの働きを抑えれば骨はもろくなり、刺激することで骨は丈夫になります。(ここではきわめて簡単に言ってしまっていますが、その機構はもっと複雑です。)ここで矛盾に気が付かれた方も多いはずです。タモキシフェンは女性ホルモンの働きをブロックするはずですが、骨に対しては女性ホルモンのようにふるまうのです。したがってむしろ骨は丈夫になる働きをします。

ではアロマターゼ阻害剤では骨は丈夫になるでしょうか?
いえ、アロマターゼ阻害剤では骨はもろくなり、骨粗鬆が進みます。
なぜそのような違いが生じるのでしょうか?

エストロゲンブロック

上の絵を見てください。
女性ホルモンをカギに、そしてそのホルモンの信号を受け取る”レセプターを鍵穴に例えました。
女性ホルモンは共通ですが、鍵穴のほうが骨、子宮のものと、乳腺のものでは微妙に異なっているのです。女性ホルモン(エストロゲン)は両方を開けることができます。鍵が開くと、刺激がそれぞれの臓器を構成する細胞に入り、増殖が始まります。

SERM、ここではタモキシフェンは大変特殊な働きをします。女性ホルモンに似ていますが、微妙に異なる鍵であるため、骨や子宮の錠前は開けることができるのですが、乳腺の錠前には刺さったきり、開けることができません。この刺さるけれども開かないところがミソなのです。
エストロゲンがやってきても、タモキシフェンが鍵穴を塞いでいるので、乳腺の錠は開かないのです。タモキシフェンは女性ホルモンの1000倍以上の強さをもって乳腺の鍵穴に引っ付いてしまって、これをエストロゲンからブロックしてしまうのです。

ではアロマターゼ阻害剤はどうなのでしょうか。

Aiのブロック

上の絵を参考にしながら読んでください。

女性ホルモン、この場合エストロゲン、は主に卵巣で作られます。若い女性(閉経前女性)では、この卵巣で作られるエストロゲンの働きによって、性徴がおこり、女性として体がつくられ、排卵し、妊娠し、子供を授かることができるようになります。
閉経後は、この卵巣からのエストロゲンの供給がほぼなくなりますが、それによって女性ホルモンが0になってしまうのか、と言えばそうではありません。副腎という腎臓の上のところに存在している小さな臓器が男性ホルモンをつくっており、それが脂肪細胞によって女性ホルモンに変換されます。これによってわずかですが、エストロゲンが体には供給されているのです。もちろんこれは男性にも起こりますので、男性にも女性ホルモンは流れています。量がわずかなだけ、はるかに男性ホルモンが多いだけです。
脂肪細胞に存在し、男性ホルモンから女性ホルモンを作り出す物質がアロマターゼであり、これをアロマターゼ阻害剤はブロックするのです。
これによって閉経後にわずかに供給されていた最後の命脈を絶たれたエストロゲンは、体の中で文字通り”枯渇”します。タモキシフェンとはレベルの違う女性ホルモンの抑制が起こるのです。骨も、子宮も、乳腺も、エストロゲンが枯渇しているわけですから、刺激が一切来なくなります。

ただ注意が必要なのは、アロマターゼ阻害剤は、脂肪細胞におけるアロマターゼの働きを阻害しますが、卵巣は抑制しません。そのため、閉経していない、つまり卵巣が働いていれば、全く効果がありません。
逆にタモキシフェンは女性ホルモンが卵巣から供給されようが、脂肪細胞から供給されようが、そもそも鍵穴自体がふさがっているので、ブロックできるのです。

したがってアロマターゼ阻害剤は閉経後、それも間違いなく閉経していることが条件となります。
そしてタモキシフェンは閉経前であっても、閉経後であっても、効果はあるのです。

なるほど、たしかに閉経前がタモキシフェン、閉経後がアロマターゼ阻害剤、という風に単純にいかないことはわかった。でも、それだと逆にタモキシフェン一択でいいのではないか?
なぜ閉経後はアロマターゼ阻害剤を使われることが多いのか?

それを次回に触れていきましょう。

ホルモン剤を飲んで、治療するということを、もう一度考える。第3回
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