乳腺と向き合う日々に

2026.09.30

肥満と乳がん

今までこのブログの中でなんどか 肥満と乳がんについて触れてきました。肥満が乳がんにとって、不利に働くことはもはや疑いようはない事実です。ただ今日ここで触れる内容は、皆さんに紹介することはためらわれる、化学が証明していない、確定していない事実です。それでも書くのは、体重のコントロールがいかに乳がんという疾患に大事か、多くのことを考えさせることになるからです。

その前置きで読んでくださることをお願いします。

スペース

私はいままで乳がんの患者さんに、体重の適切なコントロールをお願いしてきました。

その際、患者さんから「なぜ 太ると乳がんによくないのですか?」はよく聞かれます。
私がこうした場面でよくする説明をここで書きます。

「野生の動物は、基本的に毎日の食事をとることそのものが命がけです。何もしないでも餌がやってくるなんてことはありません。ライオンは百獣の王ですが、それでも大変です。餌になる動物も必死ですから。ライオンといえど、反撃されてけがをすることもしょっちゅう、命を落とすこともあるでしょう。だから肉食獣は、おなかがいっぱいなら基本、目の前をインパラがゆっくり草を食んでいても、興味を示しません。

そんなライオンでも、おなかがそれほど減っていなくても積極的に獲物を襲う時期があります。

子育てをしているときです。

子育てをしているとき、哺乳類はミルクを出さないといけません。
ただミルクは空腹だと出てきません。野生では、母親の死は、すなわち子供の死です。母親が元気で生きていることが、子供が大きくなることには必要不可欠、つまり母親が先、子供が後なのです。

だから母親が十分栄養が取れて、はじめてミルクが出せます。つまり母親は常に、自分のために10の栄養を餌から取らないといけないなら、子育てのタイミングでは常に11,12と食べないといけないのです。

だからお母さんなら知っています。お父さんはどんなにおいしいおいしいと言って食べていても、急にもう腹いっぱいだからいらん、とそっぽを向きます。そうなったら何を言っても食べてくれません。おいしいかどうかは別。オスはおなか一杯になると敵に襲われても戦えません。だから動けなくなるほど食べない本能があります。

でもそうなったら、もうしかたないわね、とおなか一杯のお母さんが残りを食べます。お母さんはおなか一杯でも11、12、13と食べられるのです。それはそういう風にできているからです。

ここで人間と動物が違うのは、人間は簡単にえさが手に入る、ということです。加えて野生の動物は避妊しません。たくさんえさが取れるときはたくさん子供を産みます。必要があって、供給があります。

ところが人間は子育てしていないときでも12、13と食べることが簡単で、食べてしまうのです。

それではどうなるか、肥満になります。

ここから逆にこうも考えられます。少なくとも子供を産める状態の女性が、12、13と食べれば、そのあまりの2、3はかならず乳腺を刺激している、でも乳腺が使わないから、皮下にため込むことになる。

だから肥満していく過程は、かならず乳腺を刺激している。

この話は 血糖値を下げるホルモンがインシュリンしかないこと、そしてそのインシュリンが乳がん細胞を刺激できること、こうした生物学的特性を絡めるともっと深堀できるのですが、ここまででやめておきます。

でも納得できるのではないでしょうか。
太るほど食べることは乳腺を、そして乳がん細胞を”刺激”する。おそらくそれは間違いないことなのです。

じつはここからが本題です。

近年、画期的な ”やせ薬”が開発されました。

GLP-1というホルモンがあります。これは、食事をすると腸から分泌されるホルモンの一つです。血糖値が上がるとインスリンの分泌を促し、血糖を下げる働きがあります。また、胃から食べ物が送り出される速度を遅くし、満腹感を長く保ちます。さらに脳にも作用して、食欲を抑える働きがあります。

この作用を利用した薬が「GLP-1受容体作動薬」です。もともとは2型糖尿病の治療薬として開発されました。その後、強い体重減少効果が分かり、現在では肥満症の治療にも使用されています。代表的な薬にはセマグルチド(ウゴービ®など)があります。チルゼパチド(マンジャロ®、ゼップバウンド®)は、GLP-1に加えてGIPにも作用する薬です。
主な副作用は、吐き気、嘔吐、下痢、便秘、腹痛などの胃腸症状で、特に開始時や増量時に起こりやすくなります。まれですが、胆石・胆のう炎、膵炎、脱水などにも注意が必要です。
また、薬を中止すると食欲を抑える作用がなくなるため、体重が再び増える「リバウンド」が起こりやすいことが分かっています。
そのため、短期間だけ使用する「やせ薬」ではなく、食事・運動を含めた長期的な体重管理の一部として考える必要があります。

そしてこのやせ薬、効きます。それはもうしっかり効きます。
副作用も恐れず、リバウンドも無視して、個人輸入して飲んでいる猛者もいます(決して勧めません。医師の管理下でなければ危険です)。

だから、どうしても医師であればこう考えます。
「GLP-1受容体作動薬によって体重を減らすことが、乳がんの予防にもつながるのではないか」

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乳がんの発症が少なかったという報告

2026年の米国臨床腫瘍学会(ASCO)では、肥満があり、遺伝や家族歴などから乳がんリスクが高い女性約8万人を調べた研究が報告されました。

GLP-1受容体作動薬を使用した女性では、使用しなかった女性と比較して、乳がんになる割合が低い傾向が認められました。統計学的な解析では、乳がんの発症リスクが約16%低いという結果でした。

特に、BMI(計算方法はネットでたくさん出ています)が40を超える高度肥満の女性や、乳がんの家族歴がある女性などで、その傾向が強くみられました。

また、閉経後の女性では乳がんリスクの低下がみられましたが、閉経前の女性では明らかな差は確認されませんでした(これ以外ですよね)。

別の約11万人を対象とした研究でも、GLP-1受容体作動薬を使用していた女性では、乳がんが見つかる割合が低いという結果が報告されています。

乳がんになった後にも効果がある?

すでに乳がんと診断された患者さんについても興味深い報告があります。

約13万7千人の乳がん患者を調べた研究では、GLP-1受容体作動薬を使用していた患者さんの5年生存率は95.8%、使用していなかった患者さんでは91.3%でした。

たしかに使っていた人のほうが、確率からだけ見れば長生きされていた。ただし、この差が「GLP-1受容体作動薬そのものによって乳がんの予後が改善した」ことを意味するわけではありません。体重減少や糖尿病の改善、心血管疾患の減少など、乳がん以外の健康状態が改善した影響も考えられるためです。

では、乳がん予防のために使ったほうがよい?

現時点では、乳がん予防を目的としてGLP-1受容体作動薬を使用する段階ではありません。

今回報告された研究はいずれも、すでに治療を受けている人たちのデータを後から比較した「観察研究」です。そのため、「薬を使ったから乳がんが減った」と証明されたわけではありません。

例えば、薬を処方された人と処方されなかった人では、年齢、肥満の程度、糖尿病、生活習慣、医療機関への受診状況などに違いがある可能性があります。こうした違いが結果に影響している可能性もあります。

研究者自身も、乳がん予防効果を確認するには、今後、より厳密な臨床試験が必要だと強調しています。ただ理論的に、”効果があるに違いない”という魅力があります。おそらくこれからも詳しく調査され、いつかは実践導入されるかもしれません。

ここで私が述べたかったのは、新しい薬の紹介ではありません。
やせるのに、必ず薬をつかわなければならないのではない、自分の努力でもやせれます。少なくとも太らない努力はできるし、するべき。そう思いませんか?

参考文献:DISCLOSURE: Dr. Gotera, Dr. Jones, Dr. McDonald, Dr. Hung, and Dr. Jackson reported no conflicts of interest. Dr. Sukumar has received honoraria from Amplity; has held a consulting or advisory role with NEJM Group; and has received research funding from The Bristol Myers Squibb Foundation.
REFERENCES
1. Gotera NP, Jones C, Gelfond J, et al: GLP-1 receptor agonists for primary prevention of breast cancer in high-risk women: A real-world analysis of efficacy and safety. 2026 ASCO Annual Meeting. Abstract 10520. Presented June 1, 2026.
2. McDonald ES, Gillis L, Gabriel P, et al: Association of GLP-1 agonists with breast cancer incidence in women. 2026 ASCO Annual Meeting. Abstract 10506. Presented June 2, 2026.
3. Sukumar JS, Niu J, Jackson I, et al: Real-world treatment patterns and mortality associated with GLP1-RAs in breast cancer patients. 2026 ASCO Annual Meeting. Abstract 629. Presented June 1, 2026.