2026.09.30
今回の内容はかなり限定された方向けになります。乳がん、卵巣がんと診断された方、あるいは近しい肉親にそう診断された方がおられ、ご自身が遺伝的にそういう疾患に罹患しやすいと診断された方に向けて書いています。こうした方では予防的に乳腺、あるいは卵巣を摘除することが保険で認められています。ただ、何歳までに施行するべきかに関して、まだ議論が続いているのです。
BRCA1、BRCA2という遺伝子の名前を聞いたことがある方もいるかもしれません。
これらは、細胞のDNAに生じた傷を修復する働きを持つ重要な遺伝子です。がん抑制遺伝子と呼ばれます。誤解のないように言っておきますが、この遺伝子はがんを引き起こす遺伝子ではなく、その反対です。だからこの遺伝子に生まれつき病的な変化(以降 病的バリアントと呼びます)がある女性では、乳がんだけでなく、卵巣がんや、その他のがんを発症する危険性も一般女性より大幅に高くなります。
今回、医学雑誌「JAMA Surgery」に、BRCA1またはBRCA2に病的バリアントを持つ女性について、「何歳までに卵巣・卵管を予防的に摘出するのがよいのか」を考えるうえで重要な研究が発表されました。
JAMA Surg Published Online: September 23, 2026 doi: 10.1001/jamasurg.2026.4356
BRCA1・BRCA2に病的バリアントを持っていても、必ずがんになるわけではありません。そしてがんは早期発見されればきちんと治ります。だから病的バリアントを持っておられる方は必要な時、必要な内容で、検診をされることが勧められますが、それ以外では全く健康な人生を享受できるのです。
乳がんの場合には、MRIやマンモグラフィなどを定期的に行い、がんが発生したら早期に発見するという方法が比較的一般にも知られており、病的バリアントの有無にかかわらず、実践されておられる方も多いはずです。
ところが卵巣がんでは事情が異なります。
超音波検査や腫瘍マーカーなどを用いた検診が研究されてきましたが、現在のところ、乳がん検診のように「定期的に検査していれば早期発見できる」という確実な方法は確立されていないのです。
そこで、BRCA1・BRCA2に病的バリアントを持つ女性では、がんが発生する前に両側の卵管と卵巣を摘出する手術が、乳がんと比較しても重要な予防法とならざるを得ません。この手術を「リスク低減卵管卵巣摘出術」(RRSOと略されます)と呼びます。

現在、予防的な卵管卵巣摘出術は、一般にBRCA1にバリアントがある方では35~40歳頃、BRCA2では40~45歳頃までに行うことが推奨されています。
しかし実際には、これは簡単な決断ではありません。
卵巣を摘出すれば、その後の卵巣がんの危険性を大幅に減らすことができます。一方、閉経前に卵巣を摘出すれば妊娠することができなくなり、女性ホルモンも急激に低下します。そのため、妊娠・出産の予定、仕事や家庭の事情、閉経による身体への影響などを考えて、手術を遅らせたいと考える女性もいます。
それでは、
「手術を45歳まで待ったら、どのくらい危険なのか」
「50歳まで待つと、どのくらい危険なのか」
「すでに60歳、70歳になっている場合でも、今から手術する意味があるのか」
という疑問が生じます。
今回の研究は、まさにこの問題を検討したものです。
研究には、世界24施設から集められたBRCA1またはBRCA2病的バリアント保有女性5,713人が参加しました。
その内訳は、BRCA1 4,286人 BRCA2 1,427人 という膨大なものでした。
研究開始時の年齢は30~74歳、平均42歳でした。平均約4.4年間追跡し、その間に249人が卵巣がんを発症しました。4年間で約5700人中約250人が発症していると考えれば、4%の方が発症しているのでそれだけでも警戒しなければならないことがよくわかります。
研究者はこれらの実際のデータをもとに、年齢ごとの卵巣がん発症率と、他の原因によって死亡する可能性も考慮して、「現在何歳で、何歳まで手術を延期した場合、その後一生のうちに卵巣がんを発症する危険性がどのくらい残るのか」を計算しました。
手術を行わなかった場合の生涯の卵巣がんリスクは、
BRCA1:約55%
BRCA2:約24%
と推計されました。
つまりBRCA1の場合には、卵巣・卵管を残したまま生涯を過ごすと、非常に高い割合で卵巣がんを発症する可能性があります。
BRCA2でも一般女性に比べれば明らかに高いリスクですが、BRCA1とは発症する年齢や危険性の大きさが異なります。
したがって、「BRCA陽性」と一括りにするのではなく、BRCA1なのかBRCA2なのかを分けて考えることが重要です。
最初の前提で述べましたが、現在の基準では、「予防的な卵管卵巣摘出術は、一般にBRCA1にバリアントがある方では35~40歳頃、BRCA2では40~45歳頃までに行うことが推奨」されています。
今回の研究で特に重要なのは、BRCA1とBRCA2では、卵巣がんが増えてくる年齢がかなり違うことです。たとえば30歳の女性が現在金純とされる年齢で、予防的な卵管卵巣摘出術を行わず、閉経が期待される、つまりほぼ妊娠することがない50歳まで手術を延期した場合、それまでに卵巣がんを発症するリスクはどうなるのか、
BRCA1では23.9%
BRCA2では3.5%
と推計されました。
BRCA1では、およそ4人に1人に近いリスクです。一方、BRCA2では50歳までのリスクは比較的低く、両者には大きな違いがありました。
BRCA2では、手術をさらに延期するとリスクが次第に上昇し、30歳からみて、55歳まで延期すると7.7%、60歳まで延期すると12.8%、65歳まで延期すると17.2%、と推計されました。この段階でもBRCA1の50歳に届きません。
つまりBRCA1では40歳代から卵巣がんの危険性が急速に高くなるのに対し、BRCA2ではその上昇がより遅いのです。
この違いは、現在、予防的卵管卵巣摘出術がBRCA1ではより若い年齢、BRCA2ではそれより遅い年齢で推奨されていることとも一致します。
したがって、「BRCA遺伝子に変化があるから、全員同じ年齢で手術する」と考えるのではなく、BRCA1なのかBRCA2なのか、現在何歳なのか、そして何歳まで手術を延期したいのかによって、その間に負うリスクを個別に考えることが重要です。
もう一つ、この研究が扱った重要な問題があります。閉経し、高齢になれば、少なくとも妊娠を期待することはないため、その意味で手術をためらうことはないはずです。でも「もうさすがに70歳を超え、それでも卵巣がんになっていないのだから、今さら予防手術をしても意味がないのではないか」という問題です。
研究では、75歳の時点でも、その後一生の間に卵巣がんを発症する残されたリスクは、
BRCA1:約8.4%
BRCA2:約3.7%
と推計されました。
したがって、高齢になったからといって、卵巣がんの危険性が完全になくなるわけではありません。
特に健康状態が良好で今後も長い余命が期待できる女性では、高齢であっても予防手術について検討する余地がある、と研究者らは指摘しています。
今回の研究は、「全員が35歳で手術すべき」「50歳を過ぎたら必ず手術すべき」という新しい年齢基準を決めた研究ではありません。むしろ、「手術をあと何年待つと、その間にどの程度の卵巣がんリスクを負うことになるのか」を、BRCA1・BRCA2の違いや現在の年齢に応じて具体的に示そうとした研究です。
これは患者さんが手術の時期を考える際に非常に重要な情報になります。
予防的な卵管卵巣摘出術には、卵巣がんのリスクを減らすという大きな利点があります。
しかし一方で、閉経前の女性では妊娠・出産への影響や、卵巣機能を失うことによって急激に女性ホルモンが失われ、更年期症状や骨粗しょう症をはじめとした身体への悪い影響もあります。また、BRCA1かBRCA2かだけではなく、現在の年齢、卵巣がんの家族歴、これまでに乳がんを発症しているか、全身状態などによっても判断は変わります。
したがって、「BRCAだから何歳で手術」と機械的に決めるのではなく、
自分が現在何歳で、手術を何年延期すると、その間にどの程度の卵巣がんリスクを負うのか
を理解したうえで、遺伝診療、婦人科、乳腺診療などの担当医と相談することが重要です。
今回の研究は、そのような個別化された意思決定を行うための、具体的な数字を提供した研究といえるでしょう。
参考論文
Giannakeas V, Apostol AI, Diella C, et al. Projected Benefit of Bilateral Salpingo-Oophorectomy by Age in BRCA Carriers. JAMA Surgery. Published online September 23, 2026. doi:10.1001/jamasurg.2026.4356.
今回の内容はかなり限定された方向けになります。乳がん、卵巣がんと診断された方、あるいは近しい肉親にそう診断された方がおられ、ご自身が遺伝的にそういう疾患に罹患しやすいと診断された方に向けて書いています。こうした方では予防的に乳腺、あるいは卵巣を摘除することが保険で認められています。ただ、何歳までに施行するべきかに関して、まだ議論が続いているのです。
BRCA1、BRCA2という遺伝子の名前を聞いたことがある方もいるかもしれません。
これらは、細胞のDNAに生じた傷を修復する働きを持つ重要な遺伝子です。この遺伝子に生まれつき病的な変化(病的バリアント)がある女性では、乳がんだけでなく、卵巣がんを発症する危険性も一般女性より大幅に高くなります。
今回、医学雑誌「JAMA Surgery」に、BRCA1またはBRCA2に病的バリアントを持つ女性について、「何歳までに卵巣・卵管を予防的に摘出するのがよいのか」を考えるうえで重要な研究が発表されました。
BRCA1・BRCA2に病的バリアントを持っていても、必ずがんになるわけではありません。
乳がんの場合には、MRIやマンモグラフィなどを定期的に行い、がんが発生したら早期に発見するという方法があります。
ところが卵巣がんでは事情が異なります。
超音波検査や腫瘍マーカーなどを用いた検診が研究されてきましたが、現在のところ、乳がん検診のように「定期的に検査していれば早期発見できる」という確実な方法は確立されていません。
そこで、BRCA1・BRCA2に病的バリアントを持つ女性では、がんが発生する前に両側の卵管と卵巣を摘出する手術が重要な予防法になります。この手術を「リスク低減卵管卵巣摘出術」と呼びます。
現在、予防的な卵管卵巣摘出術は、一般にBRCA1では35~40歳頃、BRCA2では40~45歳頃までに行うことが推奨されています。
しかし実際には、これは簡単な決断ではありません。
卵巣を摘出すれば、その後の卵巣がんの危険性を大幅に減らすことができます。一方、閉経前に卵巣を摘出すれば妊娠することができなくなり、女性ホルモンも急激に低下します。
そのため、妊娠・出産の予定、仕事や家庭の事情、閉経による身体への影響などを考えて、手術を遅らせたいと考える女性もいます。
では、
「手術を45歳まで待ったら、どのくらい危険なのか」
「50歳まで待つと、どのくらい危険なのか」
「すでに60歳、70歳になっている場合でも、今から手術する意味があるのか」
という疑問が生じます。
今回の研究は、まさにこの問題を検討したものです。
研究には、世界24施設から集められたBRCA1またはBRCA2病的バリアント保有女性5,713人が参加しました。
その内訳は、
BRCA1 4,286人
BRCA2 1,427人
です。
研究開始時の年齢は30~74歳、平均42歳でした。平均約4.4年間追跡し、その間に249人が卵巣がんを発症しました。
研究者はこれらの実際のデータをもとに、年齢ごとの卵巣がん発症率と、他の原因によって死亡する可能性も考慮して、「現在何歳で、何歳まで手術を延期した場合、その後一生のうちに卵巣がんを発症する危険性がどのくらい残るのか」を計算しました。
手術を行わなかった場合の生涯の卵巣がんリスクは、
BRCA1:約55%
BRCA2:約24%
と推計されました。
つまりBRCA1の場合には、卵巣・卵管を残したまま生涯を過ごすと、非常に高い割合で卵巣がんを発症する可能性があります。
BRCA2でも一般女性に比べれば明らかに高いリスクですが、BRCA1とは発症する年齢や危険性の大きさが異なります。
したがって、「BRCA陽性」と一括りにするのではなく、BRCA1なのかBRCA2なのかを分けて考えることが重要です。
今回の研究で特に注目されるのが、この数字です。
30歳のBRCA1病的バリアント保有女性が、予防手術を50歳まで延期すると、その間に卵巣がんを発症するリスクは**約23.9%**と推計されました。
およそ4人に1人です。
もちろん、これは「50歳になったら24%の人が突然がんになる」という意味ではありません。30歳から50歳まで手術を行わず卵巣・卵管を残した場合、その期間に積み重なっていくリスクを表しています。
この結果は特にBRCA1では、「閉経する50歳頃まで手術を待てばよい」と単純に考えることには、かなり大きなリスクが伴うことを示しています。
もう一つ、この研究が扱った重要な問題があります。
「もう70歳を超えているから、今さら予防手術をしても意味がないのではないか」という問題です。
研究では、75歳の時点でも、その後一生の間に卵巣がんを発症する残されたリスクは、
BRCA1:約8.4%
BRCA2:約3.7%
と推計されました。
したがって、高齢になったからといって、卵巣がんの危険性が完全になくなるわけではありません。
特に健康状態が良好で今後も長い余命が期待できる女性では、高齢であっても予防手術について検討する余地がある、と研究者らは指摘しています。
ここは、この研究を理解するうえで非常に重要です。
今回の研究は、
「全員が35歳で手術すべき」
「50歳を過ぎたら必ず手術すべき」
という新しい年齢基準を決めた研究ではありません。
むしろ、
「手術をあと何年待つと、その間にどの程度の卵巣がんリスクを負うことになるのか」
を、BRCA1・BRCA2の違いや現在の年齢に応じて具体的に示そうとした研究です。
これは患者さんが手術の時期を考える際に非常に重要な情報になります。
予防的な卵管卵巣摘出術には、卵巣がんのリスクを減らすという大きな利点があります。
しかし一方で、閉経前の女性では妊娠・出産への影響や、卵巣機能を失うことによる身体への影響もあります。また、現在の年齢、BRCA1かBRCA2か、卵巣がんの家族歴、これまでに乳がんを発症しているか、全身状態などによっても判断は変わります。
したがって、「BRCAだから何歳で手術」と機械的に決めるのではなく、
自分が現在何歳で、手術を何年延期すると、その間にどの程度の卵巣がんリスクを負うのか
を理解したうえで、遺伝診療、婦人科、乳腺診療などの担当医と相談することが重要です。
今回の研究は、そのような個別化された意思決定を行うための、具体的な数字を提供した研究といえるでしょう。
参考論文
Giannakeas V, Apostol AI, Diella C, et al. Projected Benefit of Bilateral Salpingo-Oophorectomy by Age in BRCA Carriers. JAMA Surgery. Published online September 23, 2026. doi:10.1001/jamasurg.2026.4356.
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