乳腺と向き合う日々に

2026年05月

つくづく乳房全摘はいらなくなったんだな・・・

私が医者になった30年前ごろと比較して、本当に乳房全摘は行われなくなりました。日本乳がん学会が出しているガイドラインにも腫瘍径が3㎝以下でなければ温存してはいけない、と書かれていましたが、それも徐々に緩和され、今では要するに取り切れていればいい、にまで緩和されています。

ちなみに乳がんは2㎝以下が早期がん、つまり ステージ I とされますので、早期がんだろうがそうでなかろうが、手術そのものは取れればいいのであって、必ずしも全摘する必要はない、ということになります。いまでは1.5㎝以下であればラジオ波といって、がんに針を刺し、焼き切ることで手術そのものを行わないことも標準治療の仲間入りしています。

乳房全摘は本当に行われなくなりました。それでも治療成績は変わらない。もちろん温存すれば、ラジオ波で切らないようにすれば、治療成績が上がるわけではありません。治療成績が変わらないだけ。ただこれが非常に重要なのです。

つまり乳がんだからと言って、乳房を全摘する必要はない。そういうことになるからです。

がんの大きさ

図の解説

がんは細胞1個であっても発生すればがんです。ただそれを発見する方法はありません。それが2個 4個 8個と増えていっても同じです。最低限5mmないと現状の検査で見つけることは困難であるとされます。

5mmを超え、1.5cmまではラジオ波といって腫瘍に針を刺し、電磁波で焼き切ることで手術をせずに治すことができます。これはすでに標準治療です。(大きさ以外にも条件はあります)

2cmまでは早期がんである、とされます。(これも大きさ以外に上限がありますが、原則として2cmを超えていればDCISを除いて早期がんとされることはありません。)

3cmまでは温存切除で対応可能である、とされますが、実は腫瘍を取り切れていれば何cmあっても温存できます。皆さんにとって、術後に乳頭が残っていて、乳房の形がまだ保たれていれば温存したことになると思います。今では同時再建も可能なので、その意味からは乳頭そのものががんに侵されていない限りは ほぼほぼ全例で温存できるともいえます。

そしてそのどの方法を採用したとしても、治療成績に差がないこともわかっています。

「私は若いし、子供も小さい。絶対に死ぬわけにいかない。温存は選びません。乳房は全摘します。」

そういわれる患者さんはたくさんおられます。それは医師も同じ気持ちを持っており、特に若く、悪性度の高い乳がんの患者さんに対しては、今までより積極的な手術、つまり全摘が主流でした。

ただ乳房切除術は、高リスクの局所進行乳がんの若い女性の生存率を改善しなかったことが近年明らかになりました。2010年から2022年にかけて、45歳以下の女性の60%が乳房切除術を受けましたが、全生存率に有意差は認められませんでした(ハザード比0.74、95%信頼区間0.40~1.38)。手術時に40歳未満の女性も、乳房切除術による生存率の向上は見られませんでした。むしろ、腫瘍の生物学的特性と全身療法への反応、つまり術前に施行された抗がん剤やホルモン剤が効いたか効かなかったか、それが生存率を左右する唯一の重要な要因でした。

カリフォルニア州アーバインにあるシティ・オブ・ホープ・オレンジカウンティのジェニファー・ツェン医師は、米国乳腺外科医協会のシアトルでの会議の中で、今回の研究結果は、高リスクの早期乳がんを患う若い女性における乳房切除の必要性に関する従来の考え方に疑問を投げかけるものだと報告しました

「手術でどれだけの範囲を切除するかは、患者の生存期間や乳房および周囲組織のがん再発の有無に影響を与えませんでした」とツェン氏は記者会見で述べた。「組織学的グレードと、全身療法後であっても残存したがんの総量は、患者の生存期間と乳房および周囲組織のがん再発の有無に影響を与えました。つまり、腫瘍の生物学的特性と薬物療法への反応は大きな違いをもたらしますが、温存するか、全摘するかを含めた乳房の手術範囲の選択は違いをもたらすことはないのです。」

ミネソタ州ロチェスターにあるメイヨー・クリニックのティナ・ハイケン医師(記者会見の司会者)は、「乳房温存を重視する若い女性にとって、この研究は朗報です。特に、人生において乳房温存が非常に重要となる時期にある女性にとってはなおさらです」と述べました。発表された論文には、患者と治療の特徴に関するより詳細なデータが掲載されており、乳がん専門医と患者が現在の診療状況を踏まえて研究結果を解釈するのに役立つでしょう。

「全身療法における進歩によって、若い女性が乳房を温存できる可能性が出てきたことは、本当に喜ばしいことです」とハイケン氏は述べました。

乳房手術の選択には、腫瘍の大きさ、がんの再発に対する患者の懸念、家族歴、遺伝的素因など、複数の要因が影響しますが、歴史的に見ると、乳がんを患う若い女性は、高齢の女性よりも乳房切除術を受ける頻度が高いのです。

「しかし、特に術前に抗がん剤やホルモン剤の補助療法を受けている患者にとって、より広範囲に乳房を手術で切除したからと言って、それが治療の成功にどれほどのメリットをもたらすかは明らかとは言えないのです」とツェン氏は述べた。「より広範囲な手術は、胸壁の感覚の永久的な喪失、身体イメージや自尊心の問題、性的な幸福感や興奮への影響、運動能力の低下、経済的負担の増加など、女性に大きな負担をかける可能性があるため、大規模な切除を加えることには慎重でなければなりません。」

乳房温存手術(BCS)と乳房切除術後の転帰を比較するため、ツェン氏らはI-SPY2臨床試験のデータを遡及的に検討しました。

I-SPY2臨床試験は、もともとは乳がんの治療成績を向上させるために、新規の術前補助療法を評価することを目的に設計されたものです。現在標準治療とされている抗がん剤による治療群と、新しい抗がん剤が出て、それが効きそうなら加える群に分けるもので、データ分析には、2010年4月から2022年6月までにI-SPY2に参加した1,737人の患者が含まれました。45歳以下の女性は、研究対象集団の約40%を占めました。つまり別の目的で組まれた臨床試験のデータを、流用してほかの分析に使ったわけです。

この臨床試験に参加された方を年齢で2つのコホート群に分けました。人種/民族、ホルモン受容体サブタイプ、腫瘍/リンパ節の特徴、組織学的グレードなど、患者または腫瘍の特徴に有意な差は認められませんでした。さらに、術前補助療法後の残存癌量(RCB)の分類分布も両群間で差はありませんでした。

結果:しかし予想通り、若い患者は45歳以上の女性(51.5%)に比べて乳房切除術を選択する頻度が高(症例の63.2%)かったことがわかりました。

2010年には症例の25%未満だった乳房温存手術(BCS)の割合は、2022年までの時間の経過とともに変化して、若い女性であっても増加していました。腋窩手術の範囲は、若い患者と高齢の患者で差はありませんでした(センチネルリンパ節生検65.0%対65.4%、腋窩リンパ節郭清35.0%対34.6%)。

追跡期間の中央値は5.4年です。全生存期間(OS)イベントは45歳以下のグループで80件、45歳以上のグループで120件発生し、局所再発は、若年患者で58件、45歳以上のグループで75件発生しました。多変量解析では、生存率( P =0.346)または局所再発のない期間に、手術の種類による差は認められませんでした。

生存率に有意な影響を与えたのは、組織学的グレード(III vs I/II、HR 2.46、95% CI 1.08-5.58、P =0.031)とRCB(RCBの範囲が広がるにつれてハザードが増加、P =0.003~P <0.001)のみでした。

「乳がんの手術方法の選択は心情的なものも含めて、様々なものがあることは分かっていますが、今回の研究は、若年であることだけでは必ずしも乳房切除術が必要ではないことを裏付けています」とツェン氏は述べました。

まとめ: 若い方、さらに抗がん剤を必要とする悪性度の高いがんであれば、心情的にも乳房全摘を選びがちになります。しかし ただ若いから、という理由だけで全摘を選んでも、結局生存率も、局所再発率も差は出ない、ということが今回わかりました。

実際にDCISと診断され、手術をどうするか、悩まれている方へ

私はこのブログの中で、DCISは前がん病変であって、皆さんの認識している命の危機に直結するがんとは異なる、という立場の論文をたくさん紹介してきました。もちろん今でもそう思っています。
これについてはぜひ先にこのブログを参照ください

そして実際にDCISと診断され、これから手術を受けようとする患者さんにとって、これが悩まれる原因になりえることも認識しています。しかしだからと言って情報を発信するのを控えるのであれば、最初からブログなど書かなければいい。情報の選択はしますが、正しいと思ったことは責任もってこれからも発信していくつもりです。

DCISの問題以外でも、様々な患者さんから、セカンドオピニオンとして問い合わせをいただくことがあるのですが、その中でもやはり、相談される方に時間的にも余裕がなく、説明も難しい問題が、題名でも触れた、「実際にDCISと診断されたのですが、本当に手術を受けないといけないのでしょうか?」の問題です。今回のブログでは、患者さんとの間で実際に行われたやり取りを紹介しながら、これを悩まれている患者さんの意思決定の助けになればと考えています。

スペース

まず患者さんの訴えについて、疑問について紹介します。

患者さんは以下のような考えをお持ちでした。
1 DCISであれば急いで手術しなくてもよいのではないか(前述のとおり、たしかに私はCOMET試験の結果としてそのことをブログで紹介しています)
2 ホルモン療法(例:タモキシフェン)で様子を見たい
3 切除せずに経過観察する、あるいは低侵襲治療の可能性を探りたい 

これに対して私が述べたのは

「経過観察」という選択肢について 近年、DCISに対して手術を行わず経過観察をしても大丈夫だとする結果を出した、臨床試験も存在し、またそう考えておられる乳腺専門医も多いと思います。

ただしまず最初に、すべてのDCISがそれに当てはまるわけではありません。つまりDCISにも低リスクのものと高リスクのものがあるのです。高リスクの場合、これはつまり”偽の”DCISの可能性があるもの、となります。有名なCOMET試験においては、臨床所見上浸潤性疾患の証拠がない、核の異型度が低く、Grade 1-2である、ホルモン受容体陽性、HER2 陰性の低リスクの DCIS を持つ 40 歳以上の女性を低リスクと定めていました。つまり切除しないという選択肢は、一定条件を満たすDCISの場合に限って検討されたもの、ということになります。

加えて、現時点では論文の発表の段階であって、一般的な標準治療として確立されていません。だから経過観察は保険診療として認められないのです。 たとえば経過観察を選んだとしても、その経過観察をたとえばマンモグラフィだけですればいいのか? MRIを併用するのか? 超音波検査で行うのか? そしてそれは1年おき? 半年おき? 決まっていません。だからもしMRIで経過観察してもらおう、と患者さんが決めたとしてもそれは保険適応にすらなりません。医師がMRIでの経過観察を選んだとしても基本それは同様です。

先のブログでも述べたとおりです。

1 DCISと診断はされました。しかし5%は含まれていると思われる”偽の”DCIS、実は浸潤がんだった時の責任はだれがとるのか?

2 シェリー・ファン先生が真のDCISは経過観察をしても大丈夫だということを明確に示した、とはいえ、それは確定はしていません。そんな状況で、たとえ2年間であっても、あるいはその後の一生であっても、だれが責任もって”積極的モニタリング”を行っていくのか?(近くにファン先生がいれば別ですけれども)

この二つの答えはまだ出ていません。研究結果が出たとしても、それを実践するには解決しなければいけない課題があります。たとえこの1,2が解決できたとしても、わが国においては、積極的モニタリングを選択したときに、そのための保険診療報酬まで整備されていなければ、医療機関では実施できません。

新しい抗がん剤が開発され、学会で効果が証明されても、明日から使えるわけではない、それと同じ構図です。

法的・現実的な問題

上記の赤枠で囲んだ文章の1、2が非常に重要なポイントになります。これを法的、さらに現実的な観点から述べればこうなります。

現在 標準治療(手術)とされている治療を行わずに病状が悪化した場合、 医療訴訟では不利になる可能性が高いです。医療は「患者と医師の信頼関係」で成り立つが、医療訴訟の現場では、最終的に残された家族との係争になることが多いため、信頼関係はそこでは存在しません。

そのため医師個人の判断で、標準治療ではない、「手術しない方針」に積極的に協力することは難しいのです。

ホルモン療法の限界

患者さんはホルモン療法への期待を持たれていましたが、ホルモン剤は「増殖を抑える薬」であり、がんを消す薬ではありません。確かにDCISから浸潤がんへの移行を防ぐ効果は期待できますが、それを行うことは標準治療として確立されていないのです。腫瘍内部には多様な細胞が存在しすべてが同じように反応するとは限りません。そのため長期的に安全とは言い切れません。COMET試験の結果も2年間に限定されていました。

ただ微妙ではありますが、ホルモン剤の投与そのものはDCISが証明されていれば保険適応になります。その運用が標準ではないことになりますが、保険診療としては認められるでしょう。術前ホルモン療法は保険適応だからです。患者さんが手術を納得されるまで、できるだけ悪化を防ぐ目的で医師が使用するのなら問題はないからです。

ただし、ここでも、標準治療ではない治療法として、ホルモン剤でDCISを長期で経過観察をしていて、もし悪い経過となった時、だれがどう責任を取るのかの問題が出てきます。加えてCOMET試験が標準治療に組み込まれても2年までです。結局2年後にはどうするかの問題が出てきます。

全適後の再建も含めた治療戦略

患者さんは再建も視野に入れていました。

残念ながらDCISは、早期乳がんであるにもかかわらず、切除の際に全摘の適応になることも珍しくないのです。これが患者さんにとってさらに抵抗感の原因になります。

ただ現状、DCISを切除して、全適後に限らず乳房再建を行うことは標準治療であり、保険適応です。そして浸潤がんではなく、DCISの段階で治療すれば 再建の選択肢が広く、結果も良好になりやすい。つまり早期であればあるほど、治療は美容面で有利になります。

DCISに対する治療選択

ここまで述べてのべてきたように、DCISに限らず、医療行為はすべて「医学的に可能か」だけでなく、「社会的・法的に許容されるか」 「将来の不利益をどう考えるか」 まで含めて判断する必要があります。

医師としての結論はシンプルです。経過観察を希望する場合、 厳密なフォローとリスク理解が必須になります。そして 改善がない、または不変であれば早期治療を強く推奨します。かといって現状2年間の経過観察をすることは標準治療とは言い難く、またフォローする方法も確立していません。保険適応かどうかも疑問があります。だから主治医は常に1日でも早く手術を勧めるのです。

理由は明確です。DCISの段階で治療できるか 浸潤癌になってから治療するか この差は極めて大きいからです。

ただ手術には患者さんの同意が必須とされています。たとえ医療において確立された標準治療ですら、患者さんの同意なしには施行できないのです。どこまで行っても、患者さんがその治療方針を、納得して選んだか、それがもっとも重要な要素になるのです。

ですから、医師がどれだけ勧めたとしても、患者さんが納得し、手術同意書にサインしない限り、手術は行われず、結果として見かけ上は経過観察されることになります。ただこの際に医師から「命の保証はできません」と言われることがあるでしょう。しかしこれは決して冷たい言葉ではなく、「この選択はあなた自身の判断になります」という意味です。

学会では・・・

最後に、現在日本乳がん学会ではDCISの手術についてどのように記載されているか、引用したいと思います。興味があられたら、医師用に書かれた文章ですが、読んでみられることを勧めます。
2026年5月現在 ここから読めます。

「安全に非切除を行うことが可能な群を探索する前向き試験が世界で行われているが,どのような非浸潤性乳管癌に非切除を安全に行うことができるかは明らかではない。」

「患者の中には手術を希望しない方も存在する。しかし現時点では,非浸潤性乳管癌に対して安全に非切除を選択できる群は明らかではないため,基本的に切除が勧められる。」

私が最初に述べたとおり、そういった選択肢が正当であることは医師も認めている。ただ標準治療として確立しているとはいいがたく、現状では手術が第一選択であり、標準治療である、とする立場になります。