乳腺と向き合う日々に

2024.12.24

乳房インプラント関連のがん は心配すべきでしょうか?

インプラント(シリコンバック)を留置する乳房再建術が保険適応とされて10年以上が経過しました。
シリコンバックは保証期間が10年とされ、それ以降には入れ替えが勧められています。すでに最初に留置したインプラントを、新しいものに入れ替えておられる方もいるでしょう。乳がんで乳房全切除が必要になる方は依然多くおられます。私も大変多くの患者さんにインプラントを用いて再建術を施行してきました。例えば20歳代で結婚適齢期の女性に乳房全摘が必要とされた時、その衝撃は想像するに余りあります。もちろんできるだけ温存切除で対応するのですが、全摘が避けられない方もおられます。20歳代で乳がんに罹患され、全摘が必要であった患者さんでは、もちろんほぼ全員が再建希望です。

ただその場合、その後に妊娠から出産があること考慮するので、腹直筋はもちろん、広背筋など自己組織を用いての再建術はできるだけ避けるべきと考えます。インプラントでの再建が原則です。

私が治療施設に勤務していた際に担当させていただき、乳房再建を施行した20歳代の患者さんは5名おられます。その5名の方は全員がその後結婚が決まりました。もちろんそれだけが重要ではないですが、主治医としては大変うれしかったのを覚えています。先日もその方が二人目の子供さんを見せてくださり、幸せのおすそ分けをいただいてその日1日幸せな気持ちで過ごせました。

さてこのインプラントですが、2019年前後に乳房インプラント関連未分化大細胞リンパ腫(ALCL)が話題になりました。米国食品医薬品局(FDA)は、安全性に関する情報を発行しましたが、それが2023年3月22日にさらに更新され、乳房インプラントの被膜または瘢痕内に扁平上皮がん(SCC)やさまざまなリンパ腫が発生したという報告があったことを一般に知らせました。

これらのリンパ腫は、2020年以降、すべての生理食塩水バックおよびシリコンバックのインプラントに対して「ブラックボックス」警告の対象となっている乳房インプラント関連未分化大細胞リンパ腫(ALCL)とは異なり、あらたに加えられたものになります。
(ちなみに、「ブラックボックス警告(black box warning)」は、アメリカ食品医薬品局(FDA)が医薬品や医療機器に対して発行する最も厳しい警告です。この警告は、製品の使用により重大または生命に関わるリスクがある場合に出されます。具体的には、ブラックボックス警告は製品の添付文書の一番目立つ場所に黒い枠(ブラックボックス)で囲んだ形で記載され、医療従事者や消費者にその重大なリスクを明確に伝える役割を果たします。名前の由来もこの黒い枠にあります。)

これは、乳房インプラントを使用している、または使用を希望する女性にとって何を意味するのでしょうか。私の20歳代の患者さんも、再建術後10年経過しています。そろそろ入れ替えも視野に入っています。コナー・J・キンスロー医学博士がまとめてくれていましたので、これを参照しながらまず、インプラント関連の悪性腫瘍の歴史を簡単に振り返ってみましょう。

簡単な歴史

乳房インプラントが癌やリウマチ性疾患を引き起こすのではないかという懸念は、シリコンインプラントが普及し始めた1980年代にまで遡ります。インプラントの安全性を証明する証拠が不十分だったため、米国食品医薬品局(FDA)は1992年にシリコン充填インプラントの使用を一時停止し、再建手術または管理された臨床試験でのみ使用できるようにしました。結局シリコンインプラントとリンパ腫を含むさまざまな癌のリスク増加との関連性は、その後、いくつかの疫学研究によって反証されました。ただこれらの研究では、当時は乳房インプラント関連未分化大細胞リンパ腫(ALCL)についてあまりよく知られていなかったため、この疾患のリスクを具体的には調査していませんでした。最終的にシリコン充填インプラントの使用停止は2006年に解除されました。ヨーロッパではそのような一時停止は行われなかったため、ヨーロッパ人はシリコンインプラントを使用し続けていました。

1998 年、乳房インプラント関連未分化大細胞リンパ腫(ALCL)に関する最初の医学文献が発表されました。

この腫瘍は、インプラントを除去することにより治癒しました。加えて乳房インプラント関連未分化大細胞リンパ腫(ALCL)はしかし大変まれな疾患であり、もともと極めてまれな乳房リンパ腫の、さらに 3% 未満程度です。その後、同様の症例報告が続き、病理学者は乳房インプラント関連未分化大細胞リンパ腫(ALCL)の遺伝子が体の他の部位の ALCL (多くの場合ALK陰性) の遺伝子と異なることを発見し、別の病因があることを示唆していました。

2008 年、JAMAという雑誌に、乳房インプラントと ALCL の関連性を示す初めての疫学的証拠を示す重要な論文が発表されました。このオランダの人口ベースの研究では、ALCL のリスクが約 40 倍に上昇していることがわかりましたが、発生頻度は依然として非常にまれでした。

その後、FDA は 2011 年に乳房インプラントと ALCL との関連性に関する安全性通知を発行しました。この関連性は、米国およびオーストラリア/ニュージーランドでの疫学研究で確認されました。乳房インプラント関連の ALCL は、ほとんどの場合、マクロテクスチャ インプラント (天然組織への接着を助けるテクスチャ表面を持つインプラント) に関連して発生しました。多くの症例は、Allergan/Biocell 社が製造した特定のインプラント モデルに関連して発生しました。

2019年、FDAはアラガン社に製品の自主回収を要請し、同社は全世界でこれに応じました。2020年、FDAはすべての生理食塩水およびシリコンインプラントに「ブラックボックス」警告を出し、ALCLとの関連を警告しました。世界中の他の政府規制機関の対応はさまざまです。オーストラリア、フランス、カナダは、特定のブランドのマクロテクスチャインプラントまたはすべてのマクロテクスチャインプラントを一時停止または禁止しています。ヨーロッパおよび世界中の他の国々では、具体的な禁止や規制は実施されていません。

そして2023年になり、FDAは乳房インプラントの被膜に関連する追加の悪性疾患として、扁平上皮癌(SCC)の発生と「(ALCL以外の)さまざまなリンパ腫」を発表しました。この発表は、インプラント関連のSCCに関する医学文献の19件の症例に基づいています。

乳房インプラント関連未分化大細胞リンパ腫(ALCL)の症例は世界中で約1,400件報告されていました。

乳房インプラント関連未分化大細胞リンパ腫(ALCL)は、アラガン社の表面にざらざらになるような加工がされている(テクスチャアドと言います)インプラントに比較的特異的に発生します。

インプラントには表面がつるつるしているスムースタイプと、ざらざら加工がなされたテクスチャアドタイプがあります。もともと体の中に表面がつるつるした生体組織はあまりありません。表面がざらざらしている方が入れた場所の組織としっかりなじむので、留置後の移動が少なくなることから好まれました。

アラガン社のインプラントは、このざらざら加工がある特殊な薬品で行われ、ランダムなざらざら(目がそろっていない)になっていることから、より生体になじむとされていました。

リンパ腫が報告され始めた当初は、その加工に使う薬品が残っていて原因になる、ざらざらな表面が組織を刺激して発症する、などいろいろな説がありました。結局 現在までなぜそれがリンパ腫を誘発するのか、わからないままになっています。発生することは間違いないけれど、なぜなのかまではわからない、という状況です。

そんな状況でさらに、乳房インプラントに関連しているかもしれない悪性疾患が報告されたことになります。

インプラント関連扁平上皮がんのリスクは何ですか?

報告された症例が少なく、経験から来る証拠も不足していることから、私たちのグループはインプラントと乳房に発生する扁平上皮がん(SCC)の関連性を測定することにしました。つまりもともと乳腺にどれくらい扁平上皮がんが発生するのか?(乳がんはほとんど腺がんであり、扁平上皮がんではありません)それがどれくらいインプラントと関連しているのか?を調査したのです。

私たちは、乳がんまたはかこの乳がん治療のためにインプラントによる再建を伴う乳房切除術を受けた約57,000人の女性を特定し、その後の乳房に発生するSCCについて「追跡」しました。ほとんどの女性は約6〜7年間追跡され、乳房SCCの症例が2件特定されました。SCCのリスクは予想よりも約2倍高かったのですが、そのリスクは統計的に検討してみても有意ではなかったため、こうしたリスクの増加が単なる偶然以上のものであると合理的な確信を持って言うことはできませんでした。

いずれにせよ、乳房SCCのリスクは、乳房インプラント関連未分化大細胞リンパ腫(ALCL)同様に極めて低いという結果でした。

私たちの研究には次のような注意点があります。

1. ほとんどの女性は 6 ~ 7 年間追跡されました。対照的に、乳房 SCC のほとんどの症例は、インプラント留置後 約 20 年で診断されます。女性をより長く追跡すれば、乳房 SCC の症例をさらに発見できる可能性があります。それでも、約 16,000 人の女性が 10 年以上追跡されましたが、追加の症例はありませんでした。

2. すべての女性は乳房切除後に再建手術を受けた方でした。私たちの研究結果が美容目的のインプラント手術を受ける女性にも当てはまるかどうかは不明です。

3. インプラントの種類に関する情報はありませんでした。ただし、マクロテクスチャインプラントを持つ女性にほぼ限定して発生する乳房 ALCL とは異なり、SCC はスムースインプラントとテクスチャインプラントの両方に関連することが報告されています。

ALCL のリスクはどうですか?

SCC のリスクについてはまだ結論が出ていないかもしれません。しかし、ALCL とマクロテクスチャ インプラントの関連性は十分に確立されています。より大規模な疫学研究では、リスクは 30,000 人に 1 人から 3,000 人に 1 人の範囲であると報告されています。ただある小規模な機関の研究では、リスクは 600 人に 1 人という高い数値でした。

私たちの意見ではありますが、最も優れた研究はオランダのグループによって実施されました。この研究では、リスクはおよそ 12,000 人の女性に 1 人であることがわかりましたが、これはインプラントの種類と追跡期間によって異なります。オーストラリア/ニュージーランドの研究では、テクスチャ インプラントに関連するリスクは、メーカーによって異なりますが、およそ 3,000 人に 1 人から 86,000 人に 1 人であることがわかりました。スムース インプラントに関連するリスクはないようです。

再建インプラントと美容インプラントのリスクが異なるかどうかもわかっていません。再建手術を受けた女性の方がリスクが高いかもしれないと示唆する研究者もいます。しかし、私たちはこのことを研究し、リスクは依然として非常に低く、おそらく同じくらいであることがわかりました。さらに、私たちのグループと他のグループは、米国と世界中で毎年診断されるALCLの症例数が急増していることを発見しました。したがって、ALCLのリスクは以前の研究で過小評価されていた可能性があり、将来的にはリスクが以前考えられていたよりも高いことが判明する可能性があります

ALCLのリスクはどんなに見積もっても1000人に1人もおこらないということです。
それはご存じな方もおられますが、タモキシフェンを飲んでいる方に起こりえる子宮体がんのリスクよりも低いものになります。タモキシフェンを飲んでおられる方が、ALCLを心配して再建をやめるのは少し理にあいませんよね。がんの再発を防ぐ薬の副作用と、整容面でのインプラントのリスクを同列に述べるのも抵抗はありますが、少なくともそれほど心配しなくてもいいことは間違いないといえるでしょう。

インプラントを希望する女性にとっての臨床的影響は何ですか?

インプラント関連SCCは悪性疾患であり、時には致命的となることもあります。幸いなことに、こうした症例は非常にまれであり、現在、インプラントを持つ女性でリスクが著しく高まるかどうかは不明です。一方、ALCLは、インプラントを除去することで治癒することがほとんどです。死亡例はほとんど報告されていませんが、これはリンパ腫が乳房被膜外のリンパ節や体の離れた部位に広がった場合に起こりえます。

乳がんの治療または予防のために乳房切除術を受ける女性にとって、再建はQOL(生活の質)において重要です。再建手術を受ける女性の ALCL リスクは極めて低いです。私たちは以前、再建手術を受ける女性 (大部分は約 7 年間追跡) の ALCL リスクがおよそ 10,000 人の女性に 1 人であることを発見しました。これに対し、乳がんの再発または新たな乳がんのリスクは 5% から 15% です。

美容インプラントに関心のある女性の場合は、それぞれの女性ごとにいろいろと話し合って方針を決めていく方がいいでしょう。この手術は純粋に美容目的であるため、多くの女性は、たとえわずかでも悪性腫瘍のリスクを許容したくないかもしれません。しかし留置して20年後の結果を報告する研究はほとんどありません。20代、30代、または40代でインプラントを受ける女性の場合、数十年後の長期的なリスクを考慮しなければなりません。もし考慮すれば思いとどまる可能性があります。

美容インプラントに関心があるがALCLのリスクを心配している女性は、スムースインプラントについて外科医と話し合うといいでしょう。スムースインプラントによるALCLのリスクは、おそらくゼロに近いです。

すでに乳房インプラントを入れている女性はどうでしょうか?

インプラントをすでに留置している女性の場合、米国や他の国では、私たちの知る限り、インプラントを予防的に除去すべきという推奨はありません。その代わりに、女性は担当外科医または他の医師による定期的な経過観察を継続する必要があります。乳房のしこり、腫れ、痛み、赤み、皮膚の変化など、新たな症状があれば、医師に報告する必要があります。