乳腺と向き合う日々に

2024.03.08

センチネルリンパ節生検って 必要なのかなぁ

がんは進行すると転移をします。そしてその多くはリンパの流れに乗って、所属リンパ節と呼ばれるその臓器に最も近いリンパ節に最初に転移します。乳がんの場合はそれは腋窩(わきの下)のリンパ節になります。乳腺と一緒に切除されたとしてもリンパ節はリンパ節であり、乳腺とは異なる臓器です。

腋窩リンパ節に転移があれば、それは「この乳がんは転移する能力がある」ということになります。がんは「無限に増殖する細胞で構成された腫瘍」とは定義されますが、転移するかどうかはそのがんによります。とはいえ進行すればたいていの乳がんは転移をきたします。

骨、肝臓、肺など様々な臓器に転移しますが、それら臓器をすべて切除して調べるわけには行けません。そこでまずPETやMRI、CTなどの機械を駆使して手術前に転移があるかどうか調べます。ただこれらの機器では小さな転移巣は捕まえられません。今でも胃カメラや大腸内視鏡を行うのはなぜか。これらの機械では早期がんをほぼ発見できないからです。臓器や機械によりますが小さな病変を見つけるのは原則苦手なのです。

そこで乳がんの手術の際には、乳腺を切除するのと同時に腋窩のリンパ節を郭清といって根こそぎすべて取って、転移があるかどうか調べる、ということが行われてきました。

前述しましたが、腋窩の所属リンパ節に転移があれば、このがん細胞は転移をする能力がある、ということになります。それはすなわち検査で捕まらなくても肺や肝臓などどこかに転移したがん細胞が潜んでいる可能性が高い。だから手術が終わったら念のため、全身に向けて抗がん剤を投与しておく、という治療方針を立てるのに役立ちます。

転移があるリンパ節は切除する必要があります。それは治療です。ただ腋窩のリンパ節を切除することには検査の意味も含まれていたのです。

ただ早期がんの患者さんまですべての方に、腋窩のリンパ節を、しかも全部取って調べる必要があるだろうか、とはだれでも考えるでしょう。手術前に超音波検査や、PET、MRIなどでどう見ても転移はなさそうに見える早期がんの患者さんに、腋窩のリンパ節を根こそぎとってまで調べる必要があるようにはおもえません。しかも腋窩のリンパ節を根こそぎとってしまうと、リンパ浮腫という合併症を覚悟しないといけなくなります。

そこで考え出されたのが、センチネルリンパ節生検という手法です。詳細は省きますが、乳がんに特殊なインクを注射し、それを追いかけ、最初にそれが流れ着いたリンパ節を採取して調べる、そこに転移がなければそれ以上の腋窩の郭清は避ける、という考え方です。

センチネルリンパ節生検 (SLNB) は、早期乳がん患者における腋窩リンパ節転移の有無を調べ、病期(ステージ)を正確に診断することができる、とすでに証明されており、いまでは標準の手術方法になっています。この技術は数個のリンパ節を採取して調べるだけで、腋窩リンパ節を根こそぎとって調べることと同じ結果をもたらします。この技術はがんの外科治療をできるだけ縮小し、侵襲を小さくできる画期的な発明でした。

さらに米国外科学会腫瘍学グループ Z0011 (ACOSOG Z0011) のランダム化臨床試験の結果から、たとえセンチネルリンパ節生検の技術を用いた結果、センチネルリンパ節転移が陽性であっても、それが2個までであれば腋窩郭清をする必要はなく、腋窩郭清をしてもしなくても生命予後に違いがないことが明らかになっています。よほど大量に転移をしていないかぎりは腋窩のリンパ節を根こそぎとるような手術をしても意味はないのだから、術前にはっきりした転移が画像上指摘できないような患者さんにはセンチネルリンパ節生検をしておくだけで十分だ、とわかります。

スペース

画像上にはっきりしたリンパ節転移が腋窩に認められないような早期がんの患者さんはセンチネルリンパ節生検をしておくことで腋窩郭清を省略していい。たいていは本当に転移はなく、またあっても2個までなら抗がん剤はしたとしても手術でそれ以上根こそぎとってしまうことに意義はない。

だとしたらどうでしょう、早期がんで、画像上も腋窩のリンパ節転移がなさそうな患者さんには、そもそもセンチネルリンパ節生検そのものもしなくてもいいんじゃないのだろうか、そうなるのも当然です。

今回この疑問に対する大規模ランダム化臨床試験が行われ、結果が出ました。SOUND (Sentinel Node vs Observation After Axillary Ultra-Sound) 試験は、イタリア、スイス、スペイン、チリで実施された前向き非劣性第 3 相ランダム化臨床試験です。2012年2月6日から2017年6月30日までに、乳がんが2cm以下術前の腋窩超音波検査で腋窩リンパ節転移陰性と診断された、任意の年齢の女性計1,463人が登録されました。これらの症例はSLNB を受ける (SLNB 群) か、腋窩手術を受けない (腋窩手術なし群) に 1:1 の比率で無作為に割り付けられました。
Gentilini OD, Botteri E, Sangalli C, Galimberti V, Porpiglia M, Agresti R, et al. Sentinel Lymph Node Biopsy vs No Axillary Surgery in Patients With Small Breast Cancer and Negative Results on Ultrasonography of Axillary Lymph Nodes. JAMA Oncology. 2023; 9: 1557.

結果

5年間 遠隔転移無しで生存できる確率はSLNB群で97.7%、腋窩手術なし群では98.0%でした。

SLNBを省略しても、治療成績に影響がないことが証明されました。 (ハザード比、0.84、90% CI、0.45-1.54、非劣性P  = 0.02)。

5年間再発無し生存期間は、SLNB群では94.7%、腋窩手術なし群では93.9%でした。
5年間生存率は、SLNB群で98.2%、腋窩手術なし群で98.4%でした。
これも差がありません。

遠隔転移の5年間累積発生率は、SLNB群で2.3%、腋窩手術なし群で1.9%でした。
腋窩再発の5年間の累積発生率は、両グループとも0.4%でした。
これも差がありませんでした。

ぜひ論文も参照していただければと思いますが、グラフで見ても驚くほど差がありません。
苦労してセンチネルリンパ節を探し出して生検しなくても結果は変わらないとわかりました。

今後実際に臨床で試され、結論が浸透していくのでしょうが、センチネルリンパ節生検そのものも必要な症例は限定されることになるでしょう。早期発見されれば乳腺のその腫瘍の部分だけを切除して終わり、そうなれば患者さんもずいぶん楽になります。ただ大前提が早期発見されていること、ですからそこは注意が必要です。どこまでいっても早期発見に勝るものはない、ということでしょう。