乳腺と向き合う日々に

2024.03.02

遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)とMRIについて

JAMA Oncology誌に発表された2件のコホート研究の結果によると、卵巣がんに対する両側卵管卵巣摘出術(BSO)や乳がんに対するMRI監視などのリスク管理戦略は、BRCA1/2配列変異を持つ女性の死亡率の大幅な減少と関連していました。

Lubinski J, Kotsopoulos J, Moller P, Pal T, Eisen A, Peck L, et al. MRI Surveillance and Breast Cancer Mortality in Women With BRCA1 and BRCA2 Sequence Variations. JAMA Oncology. 2024.

米国では、 BRCA1またはBRCA2配列変異を持つ女性は、25歳または30歳から70歳まで毎年MRIによるスクリーニング(乳癌検診)を受けることが推奨されています。MRIによる監視は乳がんの早期発見に役立つことが示されてはいますが、死亡リスクとの関連は十分に定義されていない、とNarodらは指摘しました。彼らの研究には、 BRCA1 (n=2,004) またはBRCA2 (n=484) の配列変異を持つ 11 か国の 59 施設の女性 2,488 人 (研究登録時の平均年齢 41.2 歳) が参加しました。これらの参加者のうち、70.6% が少なくとも 1 回のスクリーニング MRI 検査を受けていました。

平均9.2年間の追跡調査の後、患者の13.8%が乳がんを発症し、1.4%が乳がんにより死亡していました。

MRIによる監視を受けなかった女性の調査開始から20年後の乳がん死亡の累積リスクは14.9%であったのに対し、MRIサーベイランスを受けた女性では3.2%でした。これらの女性は平均MRIによる検診を平均4.7回受けていました。

さらに、30歳から75歳までの乳がんにより死亡する累積リスクは、MRI検査を受けなかった人の20.5%に対し、受けた人は5.5%まで減少していました(P <0.001)。

著者らは、この研究はMRIとマンモグラフィーを比較するように設計されたものではなく、MMGよりもMRIが優れていることをしめすものではない、警告しています。

しかしMRIによる監視を受けていなかった女性の86.7%が少なくとも1回のマンモグラフィー検診を受けており、MRIによる監視を受けた女性の乳がん死亡率のハザード比が、マンモグラフィーのみで監視された群と比較して割合にして0.27 (95% CI 0.12-0.58、P <0.001)まで下がっていたと報告しています。

Lubinski J, Kotsopoulos J, Moller P, Pal T, Eisen A, Peck L, et al. MRI Surveillance and Breast Cancer Mortality in Women With BRCA1 and BRCA2 Sequence Variations. JAMA Oncology. 2024.

この研究では平均10年近くのフォローをしているわけですから、この図において10年の地点で比較してみましょう。No MRIつまり MRIで監視しなかった群が5%前後亡くなられていますが、MRI監視を受けた群ではそれが少なくとも2/3,つまり3%前後まで落ちています。

MRI監視が、遺伝性乳がん卵巣がん症候群の患者さんにとって、統計学的にはっきりと、死亡率の抑制につながるものである、有意な差であると証明された、というのがこの論文の主旨の一つです。

スペース

この論文は重要なものであり、今後の遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)の女性たちの乳がん検診において、指導される際の根拠となるでしょう。そしてそれはHBOC陽性であれば原則 ”毎年”MRIによる監視を勧める、となるはずです。

ただこの論文を自分たちに当てはめるにはいくつか注意点があります。

まず一つ目ですが、MRI による監視は、BRCA”1”配列変異を持つ女性 (年齢調整 HR 0.20、95% CI 0.10-0.43、P <0.001) の乳がん死亡率の有意な減少とのみ関連しており、 BRCA”2”配列変異を持つ女性 (年齢調整後) では関連しませんでした(HR 0.87、95% CI 0.10-17.25、P = 0.93)。

これはとても不思議です。MRIがMMGでは見つかりにくい早期がんを発見する効果があるのであれば、それは遺伝子変異の場所、つまりBRCA1が変異していようと、BRCA2が変異していようと、死亡率を下げることにつながっていないといけません。というよりもそもそも遺伝子変異のない方、一般の方でも同じことが言えないといけません。しかしそうなっていない。
まさかBRCA1が変異されている方ではMRIだけで見つかるような特殊な乳がんができる、なんてことはないでしょう。
これは論文にあるのではなく私の考えですが、もしかするとBRCA1の変異陽性の方の乳がんは発生してから転移を起こすまで、つまり進行してしまうまでの時間経過が、一般の方やBRCA2の方に比べて特別早いのではないか、だからより早期で見つけることが求められるのではないか、という仮説を考えています。だからMRIをすることも重要でしょうが、マンモグラフィにせよ、乳腺超音波検査にせよ、MRIをするにせよ、むしろ検診の頻度、間隔を検討する必要はあるのでは、と思うのです。

二つ目です。海外では乳がんの検診をMMGのみで施行しています。しかし日本では、乳腺濃度の高い方では会社からの補助を受けられてUSでチェックを加えることがよくあります。実際高濃度乳腺の方では石灰化を除いて、早期乳がんの発見にMMG検査がほぼ役に立たないことが次第に知られてきており、そうした方では自分からUS併用を望まれたりします。
MRI検査は、造影剤の使用が必須になります。造影剤にアレルギーがある方では検査が受けられません。また実は閉所恐怖症でMRIができない方も珍しくありません。
また検診で施行するとなると自費になりますが(HBOC陽性の方は大丈夫です)、MRI検査はUS検査に比て高価です。毎年となると職場の補助が受けられるかどうかは疑問です。
ですので、USを併用したMMG検診と、MRIを併用したMMG検診、その比較の結果が出ないと、日本の検診にそのまま当てはめることは無理があるように思うのです。

3つ目は、3%という差を大きいとするか、小さいとするか、です。
前述しましたが、毎年のMRI検査は結構な負担です。どの病院でもMRI検査は常に予約待ちの状況でいっぱいです。検診に回せる余裕があるところはまれです。そういった病院側の負担も無視できません。加えてご本人も、コスト、検査にかかる時間、そして予約から検査、結果説明と何度も受診しなければならないこと、これを毎年しなければならないこと、そういうデメリットと、乳がん死を下げる恩恵を受けられるのは100人に3人であることを天秤にかける必要はあると思います。

まとめ

今後 HBOCの女性には原則年に1回のMRI検診が勧められることになると思います。

しかし BRCA2陽性の患者さんには乳がん死の抑制効果が証明されていないこと、マンモグラフィーに加えて超音波検査を受けている方ではMRI検査の上乗せ効果は証明できていないこと、乳がん死の抑制効果は1/4にもなる、とはいえ、恩恵を受けられるのは陽性の方100人に3人に過ぎないこと、を加味して、定期的なMRI検査を受けるかどうか、個別に検討する必要があると考えます。