乳腺と向き合う日々に

2022年10月

2022.10.28

術前化学治療で、病理学的完全奏功(pCR)が得られた乳がんについて

近年の抗がん剤の進歩は素晴らしく、たとえ進行して見つかった乳がんであっても、大幅に縮小させることができたり、場合によって画像上は抗がん剤治療後に消失してしまったりすることも珍しくなくなりました。

がんの種類によって、化学治療を行う必要がある、と判断されれば、手術に先行して化学治療を行うことで、抗がん剤が効くかどうか直接的に判定でき、さらに効いてくれれば手術の規模を小さくすることもできる可能性があります。

比較的早期のHER2陽性またはトリプルネガティブ乳がん(TNBC)に対して術前化学療法を施行し、少なくとも画像で確認する限り、がんが消えてしまったように見える際に、患者さんから手術は必要なんですか?と尋ねられることもよくあります。

こうした際に私は「画像上は消えて見えても細胞1個まで消えているかを判断する検査がありません。ですので、もともと腫瘍があったと思われる部位は切除して、がん細胞が残っていないかは確認しておく必要があります。」と説明していました。

ただこの説明は少し矛盾をはらみます。もしその理屈が成り立つのであれば、

乳がん検診を受けて“異常なし”としていることはどうなのか?細胞1個のがんを見つける方法がないのなら、異常があるかもしれないではないか。それを確認するには乳腺をすべて切除しないといけないなら、検診は成り立たないではないか?

さらにいえば、針でついて病理検査をして悪性所見なし、と診断された。でもそれは先の理屈から言えば成り立たないではないか?針で突いただけで、みえる腫瘍のすべてを採取しなくても、がんではない、と診断できたではないか?それは矛盾していないか?

そこで、最近 こうした術前化学治療を施行し、画像上がんが消失している患者さんに対して、もう一度、がんがあった部分に針生検を施行し、少なくとも撮った標本上は病理学的にがんは消えている(病理学的完全奏効(pCR)といいます)ことが証明された場合、手術を受けないでいるとどうなるか、臨床試験が行われ、その結果が公表されました。

今回のお話は専門的なので、興味がある方のみ読んでください。

MDAndersonがんセンター  Henry M Kuerers先生のお仕事です

まず術前化学治療にて画像上がんが消失した50 人の患者さんのうち、 31 人 (62%) の女性において、US-VAB(いまもっともしっかりとした病理検査ができる針生検方法です。その分大量に組織が切除されます) 病理学的にがんが残っていないと診断されました。

その31人全員が、手術を施行せず、標準的な全乳房放射線療法を受けました。

追跡期間の中央値 26.4 か月後(平均2年間の経過観察をして)、手術を施行しなかった患者さんで乳房内の乳がん再発はありませんでした。

スペース

・もともと術前化学治療後、手術による乳房切除を施行して、その標本内にがんが残っていなかった場合(pCRが達成されていた場合)は、それ以外の症例に比較して予後がいいことがわかっていました。つまり手術で切除されなかった部位にがん細胞が残っており、それがのちになって出現するのが再発であるので、乳房内でがんが消えるくらいであればその他の部位のがんも消える、消えない場合は他の部位のがんも消えない、と言えるのです。
ですので、明らかにがんがあったはずの部位を、化学治療後に針生検してがんが消えて入れば、ほぼ全部消えた、としていいのではないか、という考え方が生まれます。

・乳癌の全身療法の進歩により、早期 TNBC および HER2 陽性乳癌の 60% 以上で pCR を達成できる化学療法の投与方法がそれぞれ開発されています。

・研究デザインにおける 3 番目の重要な要因は、US-VAB の使用でした。標準的な生検技術を採用した予備研究では、6つの標本が得られましたが、これでは不十分であることが判明し、容認できない率の偽陰性結果につながりました(がんは残っていないとされたのに、実は残っていた)。US-VAB を使用すると、研究者は 12 個の生検標本を得ることができ、精度が向上しました(がんが本当に残っていないときに残っていないと診断できる確率)。

研究の詳細

Kueer らは T1-2 N0-1 M0 疾患の 58 人の患者を評価し、そのうち 50 人が術前化学治療、そしてその後にUS-VABを受けた。対象は21 人の TNBC 患者と 29 人の HER2 陽性乳癌患者で構成されていた。

術前化学治療を完了した後、患者はマンモグラフィーと乳房の超音波検査を受け、放射線科医は US-VABに最適な方法を模索しつつこれを施行し、最低 12 個の標本を得ている。がんが残っている可能性があれば、手術を容易にするため、検査の際に腫瘍床にクリップを配置した。

主要評価項目は、術前化学治療後の US-VABで残存腫瘍が認められなかった女性における、6 か月後および 1、2、3、5 年後の再発率でした。50人の患者はすべて女性で、年齢の中央値は62歳でした。治療前の平均最大腫瘍サイズは2.28cmでした。

術前化学治療後のUS-VAB検査で、19 人の患者に残存病変があることがわかり、この方々は通常通りの手術を受けられました。

pCR の割合は、TNBC で 71% (患者 21 人中 15 人)、HER2 陽性乳がんで 55% (患者 29 人中 16 人) でした。ホルモン受容体 (HR) 陽性/HER2 陽性の 18 人中 7 人 (39%) の患者が pCR を示したのに対し、HR 陰性/HER2 陽性の腫瘍では 11 人中 9 人 (81%) でした。

TNBC および HER2 陽性の乳がんは、全乳がんの約 35% を占めています。この研究の有望な予備結果が、はるかに多くの ホルモン感受性陽性患者集団に適用されるかどうかは、まだ分からないと Kuerer 氏は述べています。ホルモン感受性陽性乳がんは、術前補助ホルモン療法を含む術前補助療法に対する感受性が低く、pCR は TNBC および HER2 陽性腫瘍と比較して発生頻度が低くなります。

早期HER2陽性またはトリプルネガティブ乳がん(TNBC)に対する術前化学治療に対する病理学的完全奏効(pCR)後に手術を受けないことを選択した女性は、追跡調査の最初の2年間で再発がなかったことが、小規模な前向き研究で示されました。

2 年間のフォローアップは結論付けるには短いですが、TNBC および HER2 陽性の腫瘍は早期に再発する傾向があるため、短期であっても再発がないことは重要な意味があるといえるでしょう。

ただこの研究では、患者は慎重に選択され、専門のセンターで治療を受けました。
手術をしないという結果が乳がん患者の一般集団に適応されるにはまだ早急な段階であることに注意が必要です。「これは非常に有望で非常に励みになると思いますが、一般病院で対象患者すべてに適応するには準備が全くできていないことは間違いありません」と Attai 氏は付け加えました。

2022.10.21

HER2陽性乳がんの脳転移について

HER2陽性乳がんに対しては、今日の分子標的薬剤の躍進の先駆けとなったハーセプチン🄬(トラスツヅマブ)の大成功をはじめ、パージェタ@(ペルツヅマブ)、タイケルブ@(ラパチニブ)、カドサイラ@(トラスツズマブ エムタンシン)、エンハーツ@(トラスツズマブ デルクステカン)と、さまざまな薬剤が開発され、それぞれ臨床において大きな躍進をもたらしてきました。

その進行の速さと、転移のしやすさから、発見時にはそのほとんどがステージII、IIIと進行がんとして発見されるため、治癒が困難で、こうした薬剤が開発されるまでは多くの患者さんが抗がん剤に苦しみ、そして命を奪われてきた歴史があります。

HER2陽性乳がんは、しかしHER2陽性であるがゆえに、これを“標的”とした薬剤が開発され、そしてそれが期待通りの強い抗腫瘍効果があったため、“薬で治る乳がん”として期待が持てるほど予後が改善しています。手術は切ったところしか治せません。ですので、がんの範囲がひろがれば“切りきれない”事態が起こります。しかし薬で治せるようになれば、早期がんだろうが、進行がんだろうが、関係なくなります。どこにどのように存在しても、薬で消えてしまうのであれば、関係ないからです。そして進行して発見されたHER2陽性乳がんは、それでも治せるという期待が持てるがんとなり、その通りの成績を残してきました。

HER2陽性乳がんが、リンパ節に累々と転移をした状態で見つかった。肝臓に転移がある。それでももしかすると治せるかもしれない。分子標的薬剤で治療した。腫瘍が消えてしまった。治ったか!? これは珍しくなくなりました。

乳がんがよく転移する臓器はリンパ節を覗けば、代表的なものは骨ですが、肺、肝臓に加えて、脳にも転移します。

こうした転移を手術で治療するのは難しいため、それこそ分子標的薬剤の出番となるのですが、他の臓器と異なり脳だけは、治療をするにあたって特殊な事情があります。

脳

HER2を標的とする分子標的薬剤は、薬剤として分子量が大きいという特徴があります。

普通の薬をパチンコ玉(タモキシフェン 約564)だとしたら、分子標的薬剤はバスケットボールくらい(分子量, 148,000)の大きさがあるのです。

脳は他の臓器と異なり、血液から“守られて”います。

妙な言い方になりますが、血液から栄養や酸素を大量にもらうのですが、特別なバリア(BBB ブラッドーブレインーバリアといいます)によって、たとえばどこかから血液の中に細菌や毒が入っても、簡単に脳には届かないように守られているのです。

そして分子量が大きい分子標的薬剤はこのバリアが突破できないため、脳に転移した乳がんには届きにくいのです。

分子標的薬剤が開発された当時、HER2陽性乳がんは脳転移しやすい、という噂が立ちました。実際は分子標的薬剤で、リンパ節をはじめ、ほとんどの転移したがん細胞が死滅してしまったのに、脳に転移したがん細胞にだけは薬の効果がなく、生き残り、それだけがのちに転移として出現するため、こうしたうわさになったのです。

HER2陽性乳がんにとって脳転移をいかに治療するか、すでに全身に散らばってしまったがんを根治するにあたって大きな障害になりました。前述しましたが、それさえなければ薬剤だけで乳がんを治せる可能性もすでにあったからです。

最近 米国の臨床腫瘍学会(ASCO)の方から、HER2陽性乳がんの脳転移症例の治療についてガイドラインが出されました。下記にその翻訳を示しますが、難しいと思います。気になる人は参考にしてください。

ただここから読み取れることで今回皆さんに伝えたかったことを抜粋します。

1 原則として、脳転移への治療は“放射線治療”であること。分子標的薬剤の治療は継続でいいのですが、それではコントロールできないから脳転移が出てきているのですから、それ以外の治療が原則になります。この場合、放射線治療が主となります。

2 脳転移が広い範囲に及んでいたり、数が多かったりすれば、全脳照射と言って局所にあてるのではなく、脳すべてに照射を行うことになります。その際、認知症の発症を防ぐために、記憶をつかさどるといわれる海馬(脳の一部分の名前)への照射を可能なら避けること、そして認知症の薬剤であるメマンチンを用いること、を推奨しています。

(3 新しい分子標的薬剤である ツカチニブを用いる可能性について言及していますが、これは、ここでは触れません。日本では未認可で、2022年現在 臨床試験中です)

特に2に関してです。

驚かれた方もおられるかもしれませんが、脳転移に対して脳全体に放射線治療を行うと、脳の代謝が障害され、長期的には認知症を発症する可能性があるのです。もちろん治療をしなければ命にかかわるのですから命と引き換えです。私が治療に携わっていた際も、最後の手段として考えておりましたが、患者さんとも何度も話し合った末、全脳照射に至った方もおられました。

でもいくら命がかかっているとはいっても、記憶がなくなり、認知を発症してまで延命したいと望む方は少ないのが現状でした。

しかしその原因が、海馬への照射によるものであり、それをできるだけ避け、そして予防的に薬剤を投与することで防げるのであれば、そうすべきではないか、そう思います。ただこのメマンチン@(メマンチン塩酸塩)に関しては、日本でも注目されており、様々な学会が取り組んでいますが、現在保険適応外になります。したがって今できる対策は“海馬への照射を(可能であれば、つまりそこにがんがなければ)避ける“ことのみのようです。

それによって記憶がなくなっていくという最悪の合併症が防げるのであれば、その治療を積極的に受けられる方も増えるし、どうしても受けなければならなくなったとしてもためらう理由が軽減されます。

現在 緩和医療に関する学会、脳神経外科関連の学会、さらに放射線治療に関する学会において注目されているようです。そのつもりで探すと山ほど記事が出てきました。薬剤が今は使えなくても近く使えるようになる可能性も高そうです。

対象の患者さんには大きな朗報と思います。私が治療をしていたころには知られていなかった概念ですので、ここで紹介しました。

進行性HER2 陽性乳癌および脳転移の管理: ASCO ガイドラインの更新
*難しいと思います。これを理解しなくても記事はわかると思います。興味がある方のみご参照ください。

生存予後が良好で、1個の脳転移を有する患者の場合、治療オプションには、術後放射線による手術、定位放射線手術 (SRS) 単独、全脳放射線療法 (WBRT) とメマンチン (WB-M) および海馬回避 (HA; ± SRS)、少数分割定位放射線療法、および転移のサイズ、切除可能性、および症状に応じて、無症候性 脳転移を有する選択された患者における全身療法の議論。治療後、局所再発または新しい脳疾患を監視するために、2 ~ 4 か月ごとのMRIやCT検査を施行する場合があります。

生存予後が良好で転移が限定的(2 ~ 4 個)である患者の場合、治療の選択肢には、サイズが大きく、症状の原因となるような病変の切除と、術後放射線療法、追加の小さな病変に対する SRS、SRS(± WB-M および HA)、少分割定位が含まれます。 3~4 cm を超える手術不能な転移には、放射線療法、または WB-M および HA (± SRS)を施行します。

転移が 3 ~ 4 cm 未満の場合、治療オプションには、術後放射線療法による切除、SRS 単独、WB-M および HA (± SRS)、少分割 (SRS)、および無症候性の 脳転移を有する一部の患者における全身療法の検討が含まれます。どちらの場合も、利用可能な選択肢は切除可能性と症状によって異なります。

びまん性疾患および/または広範囲の転移があり、予後がより良好な患者、または脳に症候性軟髄膜転移を有する患者には、SRS または WB-M および HA が提供される場合があります。

症候性の脳軟膜転移を有する患者には、WBRT とメマンチンが提供される場合があります。

予後不良の患者には、WB-M および HA、最善の支持療法、緩和ケアなどの選択肢があります。

初期放射線療法にもかかわらず進行性頭蓋内転移を有する患者の場合、オプションには、SRS、手術、WB-MおよびWB-M、全身療法の試験、臨床試験への登録、および/または初期治療に応じた追加の緩和オプションが含まれます。

脳転移の診断時に全身疾患が進行していない患者については、全身療法を現在のHER2標的療法レジメンから切り替えるべきではありません。

脳転移の診断時に全身疾患が進行している患者の場合、臨床医はHER2陽性転移性乳がんの治療アルゴリズムに従ってHER2標的療法を提供する必要があります。

ツカチニブ + カペシタビン + トラスツズマブの HER2CLIMB レジメンは、HER2 陽性の転移性乳癌患者で、症候性質量効果のない脳転移があり、転移性疾患に対する 1 つ以上の HER2 に向けられた治療で疾患が進行した患者に提供される場合があります。これらの薬剤を使用する場合、頭蓋内での進行が確認されるまで局所療法を延期することがあります。

ツカチニブ + カペシタビン + トラスツズマブの HER2CLIMB レジメンは、局所療法または頭蓋内疾患の進行後に安定した脳転移を有する患者に提供される可能性があります。これは、全身療法ガイドラインの更新版で推奨されている二次治療でのトラスツズマブ デルクステカンのオプションに加えてです。

患者に脳転移の既知の病歴または症状がない場合、MRIによる定期的なサーベイランスの実施を推奨または反対するにはデータが不十分です。

臨床医は、脳の関与を示唆する神経学的症状がある状況では、迅速に診断用のMRI検査を実施する必要があります。

2022.10.14

80歳のおばあちゃん

先日 80歳の女性が検診に来られました。
この方は10年来 毎年健診に来られています。
でも今年はこんなことを言われたのです。

「先生、わしは今年で80歳になった。」

おめでとうございます。米寿までもうすぐですね。

「周りを見ても若いもんばかりじゃ、わしは恥ずかしい。」

え?

「そもそも乳がんなんて若い者がなるんじゃろう。わしくらいの年になってもそりゃがんにならんとは思うとりゃせん。けど進むのも若いもんに比べたら遅いだろうから、そんなにマメにこんでもええじゃろう?4年に1回くらいにしとけばそのうち寿命じゃ。」

今回 この質問に答えてみたいと思います。

1

上は年齢別罹患率のグラフです。がんセンターがHPで発表している最新のデータになります。
罹患率とは、その年齢の方の何%が乳がんにかかっているのか、を表します。
これのグラフで見てみると、100歳以上の方が乳がんに罹患する確率は40歳の女性とほぼ同じです。10万人に100人ですから1000人に1人。
さほど多くないように思うかもしれません。しかし累積で考える必要があります。最終的に女性の9人に1人が乳がんに罹患します。つまり40歳という年齢のその1年で乳がんになる確率は0.1%ということです。
そしてグラフを見るとわかるのですが、山のピークはどこにありますか?
そうです、65歳から75歳が最も乳がんに罹患している年齢なのです。
驚きませんか?若い人がなる、そう思っておられる人も多いと思います。でも多いのはむしろ定年後、60台70台なのです。

「わしもがんにならんとは言うとらん。ただがんの進みも遅いだろうから若い人みたいに検診せんでもええじゃろう、というたんじゃ。乳がんで命を取られておるんは若い人なんじゃないんか?」
おばあさんの疑問は続きます。

年齢別死亡率

上のグラフは年齢別の乳がんによる死亡率です。
そうです、年齢が高いほど、乳がんで亡くなっているのです。
驚きませんでしたか?

これは理由は一つでは言えません。
たとえば40歳で乳がんになられた方がそのまま40歳で亡くなることはまずないので、山がずれる、そういう効果もあるでしょう。でも85歳以上でのグラフの上がり方がそれでは説明できないですよね。

理由はおばあさんご自身がすでに口にしています。
「検診に来とるのは若い人ばかり・・・」
これです。若い方は子育ての真っ最中、乳がんはもっとも恐ろしい脅威です。
当院にも若い方はきちんきちんと検診に来られます。
逆に高齢の方はあまり来られません。乳がんは若い人がなる、乳がんで亡くなるのは若い人、そういう根拠のない常識が広まっているから、そう思います。実際ニュースになるのは若い芸能人の方だからでしょう。ただお年を取られた方もがんで亡くなっているし、乳がんで亡くなっています。ニュースとして注目されていないだけなのです。
円楽さん、アントニオ猪木さん、有名な方が最近も亡くなられました。けれど、病名を覚えておられる方は少ないと思います。でも若い方が亡くなった時には病名が気になる。それだけなのです。ご高齢な方も乳がんに罹患され、亡くなられています。

さらにご高齢な方には知っておいていただきたいことがあります。

ご高齢な方の進行した乳がんの治療はより難しい、という事実です。
ご高齢な方は心機能をはじめ、肝機能、腎機能など、様々な体の機能が低下しています。化学治療(抗がん剤による治療)はもともと元気な方の元気な臓器ですら負担になります。こうした臓器の機能低下が理由で化学治療が十分にできないこともあるのです。
加えてご高齢な方は多く既往疾患を持っておられます。たとえば糖尿病、高血圧、心疾患など。こうした既往があれば、大きな手術に耐え、そこから回復する力も衰えています。手術、化学治療、放射線治療と次々とやってくる大きな負担に耐えられないこともあり得ます。

つまり、若い人よりもより早期で発見しなければ治療は難しい、のです。

最後に
「いや、わしはもうええんじゃ。長生きして若い者に迷惑をかけたくない。」
その方もそう言われました。ただそれは優しいように聞こえて優しくないと私は思うのです。子供の立場から言えば、親が重い病気になっていれば、放っておけるはずがありません。通院が必要になればご高齢な親御さんであれば送り迎えも必要になるでしょう。長期になり、頻回になれば大きな負担になります。
自分のことが自分でできるうちは、大事にならないよう検診をきちんとしておく、方が若いもの思いだと思います。できる限り自分の健康を守っておく、それが結局は”若いもの思い”なのです。

2022.10.10

ピンクリボン ブレスト・アウェアネスについて

先日のピンクリボン講演会にご参加いただいた方、また聴講してくださった方ありがとうございました。
まずは御礼申し上げます。

自分が企画にあたって最初に意識したのは、もともと検診に興味がない方に、受けたこともない方に、いかにして興味を持ってもらうのか、そして受けようと考え始めていただくのか、そのきっかけをどうしたら作れるだろう、その点でした。
ただ検診を受けようと思い立っていただいたとして、今年受けてみられたとして、それきり興味を失ってしまっては意味はありません。検診はできるだけ規則正しく受けてくださらなければ意味はないのですが、それは検診を受けたことがない、興味もない、そんな方にとってはるか先の目標です。

そこでまず自己検診をしてほしい、と訴えることから始めようと思いました。

ただ今回の講演を聞いてくださるような方はもともと検診は受けておられるし、興味も持っておられます。定期的に検診されている方も多いことでしょう。そして意外ですが、検診を施設で受けているのだから、自分は自己検診しなくてもいい、そう考えておられる方は多いのです。
その方々にまず自己検診の意味、意義をわかってもらおう、そう考えました。そしてその方々が周囲の人に自己検診の必要性を伝えてもらうしかない、そう思ったのです。
そこで私はブレスト・アウェアネスという言葉を用いて、まずこの講演を聞いてくださるような方、そしておそらくは定期的に検診されておられる方に、もう一度、自己検診は必要なんだ、そして自己検診をする意味はあるんだ、とわかってもらおうと考えました。

伝えきれたか? あまり自信がありません。もう一度書いてみたいと思います。

1.まずはマンモグラフィ検査を受ける(せっかくのクーポンを使おう)

タイトルなし

まず通常はマンモグラフィ検査を受けられると思います。
ここで”異常なし”で安心して終わりではいけないのです。
まず自分の乳腺の状況を知りましょう。
”高濃度乳腺あるいは不均一高濃度乳腺”とされた方
これらの方はマンモグラフィで検査しにくい部位がある、という
ことになります。つまりそれだけで油断してはいけないのです。
超音波検査を追加しておくことが理想ですが難しい。
その場合は自己検診が極めて重要になります。

マンモグラフィで異常なしとされても、自分の乳腺の濃度は高くないか? を知っておく必要があります。これが自分の乳腺の状態を知ろう≒ブレスト・アウェアネスなのです。

2.超音波検査を受ける

マンモグラフィで濃度が高い、あるいは異常が疑われた、
そうした方は乳腺超音波検査を受けられることになります。
ここでも異常なしとされて安心できるのですが、ここでも
自分の乳腺の状態を知ることが必要です。
たとえば嚢胞と呼ばれる分泌液をためた袋、線維腺腫、
福乳などさまざまな良性病変を持っておられる方がおられます。
可能ならその場所を聞いて、その時に自分で触れる、触って
わかるものかどうか、試しておきましょう。

超音波検査で異常なしとされても、自分の乳腺には自己触診の際に邪魔になるものはないか、あるとしたらそれはどこにあるのか、知っておくのです。

3.次回はどれくらいの期間で受けるのが理想なのか、確認を。

異常なし、と診断されました。何よりです。
ただそれでいつまで自分は安心なのでしょうか?
1年、2年、それとも半年?
自己検診はするに越したことはないでしょう。しかし、3か月後
再検査をします、その際には自己検診は必要ないでしょう。
しかし2年に1回の検診を受けようと思います、その際には
自己検診はしておいてください、そういわれるはずです。
たとえば血縁者にたくさんの乳がんの方がおられる、しかも
非常に若くしてなられた方がいる、男性乳癌の方がおられる、
それこそ遺伝性乳がん卵巣がん症候群と診断された方がおられる、
こうした方はもちろんそれ以外の方と同じ検診では危険です。

異常なしとされても、自分はどれくらいのペースで検診を受けていくのが理想なのか?医師に確認しておきましょう。そしてそのペースが自分には難しい場合には、例えば半年おきと言われてもできない、そんな場合には自己検診の仕方も一緒に指導を受けておくべきなのです。

4. 自宅に帰ったら、かならず自己触診しておこう(最重要)

検診に行かれて、あるいは検査を受けられて異常なしとされた、一番安心な今日、今日こそ入浴の際、あるいは就寝前に徹底的に自己検診しておきましょう。

正常と診断された今日が、自己検診における正常な自分の乳腺の状態を把握しておく、最高のチャンスなのです。そしてそれこそが究極のブレスト・アウェアネスなのです。

普段は逆に今日ほど意識しなくても構いません。検診を受けた今日との違いに気を付ければいいだけです。でも今日の状況は時間とともに記憶から消えていきます。だから今日の状況はしっかり覚えておく必要があります。超音波で異常ありとされ、自己触診でも触ることができる、蝕知できる病変は、位置、大きさをしっかりメモしておくことを勧めます。何かの際に気になったら、今日の状況と比較するためです。メモが面倒な場合は携帯電話の録画を使います。声に出してここに1㎝位のしこりを触るけれども、良性と診断された、と残しておくのです。そうすれば大きさも一も変わりなければ無視しても構いません。
逆に検査を受けた日に記録されていないもの、気が付かなかったものはすべて異常と考えるべきです。

このように検診を受けた日に徹底的に自分の乳腺の状況を覚えておくこと、これがブレスト・アウェアネスの理想の形なのです。

5. 月に1回は自分の手で乳腺を触ってみよう

月1回、もちろん週に1回でも構いません。
スポンジやタオルをつかわず、乳腺を手で洗うようにしてみて
ください。隅から隅まで意識的に行いましょう。
生理がある方では終了後1週間など、時期をそろえたほうが
理想です。授乳中の方はしっかり授乳した後に触りましょう。
大切なのは、検診を受け、正常と診断された時との”違い”です。
その時になかったもの、それは痛みの有無、動く動かない、
固い柔らかい、大きい小さい、関係なく異常と考えましょう。
正常な時にはなかったのですから。それは異常です。
がんかどうかの診断は触るだけではできません。
1週間程度様子を見ることは問題ないですが、数か月以上待つこと
はとても勧められませんし、危険です。

この繰り返しが理想の検診になります。
読まれればわかると思うのですが、検診を受けられた方にも、いえ方こそ自己検診を勧めています。
何より検診を受けなければもっとも重要な 4.正常な自分の乳腺を把握する過程が抜け落ちてしまいます。正常な状態がわからない方が異常を探すから、いままで自己検診は難しい、わからない、とされてきたのです。
逆に1.から5.まできちんとこなしてきて、また1年、あるいは2年後に1に戻る際、検診を受ける前日に自分でもう一度触ってみて、「よし!絶対に前回検診を受けたときと同じ状態だ、ちがうところはない!」と言い切れるなら、2㎝を超える乳がん、つまり大きさから診断される進行がんはない、と言い切れます。これは私の臨床上の経験した5500例の症例の検討から見つけ出したデータです。

検診に興味を持っておられない方、その方に受けてみようと思わせてくださるきっかけはおそらくこれを読んでおられる方、あるいは講演を聞いておられたような方でしょう。

その方は、検診を受けておられないお友達にこう言っていただきたいのです。

「まあ検診を受けたくないならそれでもいいよ。今でも9人に8人までは一生乳がんにはならない。だから検診はいらない。でも9人の中の一人になった時、診断が遅れたらやっぱり人生が変わってしまう。
だからせめて自分では時々乳腺を触って気を付けようよ、私もそうしているよ。
ただね、自分で検診するにしても1回は検診受けないと何が正常で何が異常かわからないでしょう。1回検診を受けておけば、何か気になった時にどこに行けばいいか、そしていったらどんな検査をされるのかもわかるじゃない。クーポンもあるんだから一度は受けておこうよ。」