乳腺と向き合う日々に

2022年01月

ホルモン剤を飲んで、治療するということを、もう一度考える。第4回

乳がん術後の再発抑制効果はアロマターゼ阻害剤がタモキシフェンよりも強い。

乳がん術後の再発抑制効果はアロマターゼ阻害剤がタモキシフェンなどのSERM薬剤よりも強い。そのことは紛れもない事実です。

先に触れたとおり、代表的なアロマターゼ阻害剤はハザード比にして0.8前後の再発抑制効果を持ちます。ハザード比 0.8というのはどういうことか。

タモキシフェンががんの再発を抑制しないというのではないのです。
乳がん学会のガイドラインでも「タモキシフェンは,浸潤性乳癌の術後,転移・再発乳癌に対してのみならず,非浸潤乳癌の術後,乳癌発症高リスク例の乳癌発症予防にも有効性が示されている」とあります。

ホルモン剤を使用しない、ことと比較してタモキシフェンの無病生存期間(DFS)に与える影響は HR 0.64です。つまりタモキシフェンは、その使用によってホルモン剤を使用しない人と比較してハザード比にして0.64前後の再発抑制効果を持ちます

何も治療しなければ100人再発するとすればタモキシフェン使用(0.64)でそれが64人にまで減ります。

再発が64人起こることが予想される患者さん群に対して、そのホルモン剤をタモキシフェンではなく、アロマターゼ阻害剤(HR0.82で計算します)を用いることにより、52人に減らすことができる、ということです。AIは、タモキシフェンよりも12人とより多く救うことができる。これは文句なく素晴らしいことです。それは否定しようもありません。

ただここでもう一つ考えてほしいことがあります。

乳がんの患者さんには早期発見された患者さんもおられれば、進行して発見された患者さんもおられます。もちろん再発は、早期だろうが、進行していようが防げるものなら防がないといけないし、何としても避けなければいけない。しかしその確率に差があるのは事実です。ホルモン剤が効果がある方は、原則として効果のない方、トリプルネガティブタイプやHER2エンリッチタイプの方より、予後は良好です。

現状ステージ I の早期乳がんの方で再発せずに5年間無事経過される方は98%です。つまりステージ1の早期がんの患者さんであれば、5年後に100人に2名の患者さんが再発されます。

ハザード比が0.82では、タモキシフェンをアロマターゼ阻害剤に変更しても、アロマターゼ阻害剤をタモキシフェンに変更しても、現状では影響を受けるのは1名もおられない、という計算になります。早期がんであればタモキシフェンであっても再発される方はもともと少ないので、タモキシフェンをAIに変更しても恩恵を受けられる方はそれほど多くないのです。

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命がかかっていることで、多いも少ないもないだろう。

それはそうです。ただお薬ですから副作用も考える必要があります。
たしかに性ホルモンですから、インシュリンのように0になっても生命に直接は関与しません。ただ女性ホルモンが減少し、更年期で苦しんでおられる方が多いことでもわかるように、ただただ0を目指せばいいものでもありません。

ここで思い出してもらいたいことがあります。
アロマターゼ阻害剤は、女性ホルモンの働きをすべてブロックするのに対し、タモキシフェンは”骨”と”子宮”に対しては、むしろ刺激する方に働きます。

エストロゲンブロック

これは第2回の復習になりますが、アロマターゼ阻害剤は女性ホルモンというカギそのものをすべて抑え込んでしまいます。タモキシフェンは偽カギです。乳腺の鍵穴に刺さって、塞いでしまうので、女性ホルモンが働かなくなります。ただ骨と子宮の鍵穴には刺さって”回せる”ので、刺激してしまうのです。
骨に対してはこれはしかしいい効果になります。
アロマターゼの副作用で、骨粗鬆はよく知られています。しかしタモキシフェンはむしろ逆に骨粗鬆を防ぐ働きをします。
ただ子宮に対しても刺激することは、いいことばかりではありません。本来閉経して痩せていくはずの子宮内膜が、刺激されて厚くなってしまうので、子宮体がんの検診が難しくなります。さらにわずかですが子宮体がんの率が上昇することが知られています。

先ほどハザード比という話をしました。骨粗鬆の最悪のイベントは骨折です。
ご高齢の女性にとって、骨折する場所によっては長期臥床につながる恐れもあります。AIは閉経後女性が対象ですから、高齢の方が多く、問題になることも多くなります。
これに関してはアリミデックスについて行われたATAC試験で詳細な結果が示されています。

5年後にホルモン剤を中止すれば、両群で差はなくなっていきますが、飲用が継続されている5年間では常にアリミデックス(アロマターゼ阻害剤)を飲んでおられる方の骨折の発生率が、タモキシフェンを飲んでいる方を上回っています。平均すれば年に3%前後、と2%前後の差がある、と言い切っても賛成していただけるでしょう。もしハザードにすればこれはタモキシフェンを飲むことで、アロマターゼ阻害剤によって引き起こされる骨折とハザード比で0.66の差がある、と言い直せると思います。

つまり、アロマターゼ阻害剤はタモキシフェンよりもハザード比0.8で再発を抑制するが、タモキシフェンはアロマターゼ阻害剤よりもハザード比0.66で骨折を抑制する、と言えてしまうのです。

「おいおい、再発と骨折を一緒にするのか?再発は命に直結するけれど、骨折しても直せばいいじゃないか」そういう声もあるでしょう。
ただ、ご高齢の方にとって、もし長期臥床、そして寝たきりになってしまわれれば、長生きできてもうれしくない、と言われる方もおられるかもしれません。また骨折にまで至らなくても、膝痛、腰痛など、動作時に痛みが継続すれば日常生活がつらいものになります。あるかどうかわからない再発よりも、この関節痛を何とかしてくれ、そう言われる方もご高齢になればなるほど増えていくことは理解できます。

その意味から、少なくともご高齢、かつ早期乳がんの方に関していえば、一律 アロマターゼ阻害剤が一択だ、とは言えなくなります。

子宮体がんについてはどうなんだ、増えるのだろう?
そういう声もあるでしょう。再発の抑制効果に劣り、子宮体がんの確率がわずかながら上昇する。
どちらも命に係わるものなので、深刻に見えます。ただそれならばタモキシフェンを飲まれておられた方は、アロマターゼ阻害剤を飲まれていた方よりも、なんだかんだで長生きできていない、という結果になることが予想されます。

これもATAC試験に答えが示されています。

このデータはこのアリミデックスとタモキシフェンを比較するこの試験において、亡くなられた方をすべて調査したものです。つまり再発して乳がんで亡くなった方、それ以外の原因で亡くなられた方すべて調査したものです。
全体ではアリミデックスの群では23.5%、タモキシフェンでは24.0%の方が亡くなりました。
再発して亡くなった方はそれぞれ 12.6%、14.2%ですので、やはりアリミデックスが優れています。
しかしそれ以外で亡くなった方を見ると、それぞれ10.8%、9.8%でタモキシフェンが優れています。
その原因も調査されていますが、”Other cancer” つまり 乳がん以外のがんで亡くなられた方はそれぞれ3.5%と2.6%ですので、タモキシフェンのほうが多いとは言えませんでした。

全体の生死で見たときにはタモキシフェンが圧倒的に劣る、とはやはり言い切れないのです。

このデータは5年間の投与で示されたものです。しかし現在ホルモン治療は、期間が延びており、10年間、あるいはそれ以上、飲まれる方も少なくありません。そうなればより微妙なバランス調整が必要になることが予想されます。60歳の方と70歳の方、80歳の方では人生について、余命についての考え方と、日常生活における”痛み”に対する考え方は異なって当たり前だからです。
「先生、膝が痛くって痛くって…整形外科に言ったら骨粗鬆と言われて薬が出ました。痛み止めも出してもらっています。」
「いやでも、ちょっとでも再発しないほうがいいに決まっていますからね。」
これを60歳の方にも、70歳の人にも、80歳の人にも全く同じように説明していたら、やはり木を見て森を見ず、病を見て人を見ず、ではないでしょうか。メリットデメリットを説明して選択するのは、患者さんの意見も聞いてからのことと考えます。

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こうしたことが示していることは、すべての患者さんに、共通して同じように同じ治療が最善とは限らないということです。当たり前といえば当たり前で、そのためにわれわれ”主治医”が存在しています。

患者さんには、だれだれさんはアロマターゼ阻害剤を飲んでいるのに、なぜ私はタモキシフェンなのですか?という疑問を持たれる方がいます。ここではそれに対して答えになる一つの根拠を示しました。
抗がん剤はほぼすべての乳がん患者さんに再発抑制効果があります。抑制効果が0、ということはまずありません。ではすべての方に抗がん剤を勧めるか、答えはNoです。効果だけから判断するものではないからです。すべての治療、薬にはメリットデメリットのバランスがあります。そしてそこにAIではなく人間が主治医である意義があると思っています。

疑問を持ってはいけないのではありません。そこに主治医がその患者さんを診て、選択した理由と、医師としての意思が存在していることを知っておいてほしいのです。
尋ねてみてください。きっと答えてくださると思います。

タモキシフェン VS アロマターゼ阻害剤 閉経前であればどうなのか?
(ここをクリックすると 第5回にジャンプします)

参考文献
1.               Cuzick J, Sestak I, Baum M, Buzdar A, Howell A, Dowsett M, et al. Effect of anastrozole and tamoxifen as adjuvant treatment for early-stage breast cancer: 10-year analysis of the ATAC trial. Lancet Oncol. 2010;11(12):1135-41.
2.               Early Breast Cancer Trialists' Collaborative G. Aromatase inhibitors versus tamoxifen in early breast cancer: patient-level meta-analysis of the randomised trials. Lancet. 2015;386(10001):1341-52.
3.               Regan MM, Neven P, Giobbie-Hurder A, Goldhirsch A, Ejlertsen B, Mauriac L, et al. Assessment of letrozole and tamoxifen alone and in sequence for postmenopausal women with steroid hormone receptor-positive breast cancer: the BIG 1-98 randomised clinical trial at 8.1 years median follow-up. Lancet Oncol. 2011;12(12):1101-8.