2021.09.13
2021年9月6日 産経新聞電子版に サラ・ハーディングさんの訃報が掲載されました。39歳という若さでした。
記事よれば、「サラ・ハーディングさん(英国の女性ポップグループ「ガールズ・アラウド」の歌手)5日、乳がんのため死去、39歳。母親が写真共有アプリ、インスタグラムで明らかにした。
81年、ロンドン郊外アスコット生まれ。グループは02年に英テレビ番組で結成された。デビューシングル「サウンド・オブ・ザ・アンダーグラウンド」など複数の曲が全英シングルチャートで首位を飾るなど、英国を代表するポップグループとなった。いったん活動を休止、12年にデビュー10周年を記念し再結集したが、13年に解散した。英メディアによると、昨年夏に病気を公表。今年3月に発売した自伝で、胸のしこりに気付いたが、新型コロナウイルス流行で受診を先送りしてしまったと打ち明けていた。(共同)」とあります。
ご冥福をお祈りいたします。
ただ恐れていたことが起こっている、ということを改めて現実として知らされた感が否めません。
なんのことを言っているのか、と思われるかもしれません。
これもまた新聞からの記事ですが、9月1日付の日本経済新聞の記事になります。
昨年度の医療費は、コロナのこともあり、跳ね上がったのか、と思う方もおられるかもしれませんが、さにあらず、実は1.4兆円という過去に例のないほどの減少だった、という記事です。
日本経済新聞 9月1日付記事より
この二つの記事を読み合わせると、私が書かなくても、皆さんも一つの推論にたどり着くでしょう。そうです。それが私の恐れていたことです。受診控えと呼ばれることです。
確かに2020年度の医療費は大幅に削減されています。
この記事は、受診控えと医療費の減少の因果関係について、慎重に考察されています。(中身はきちんと新聞で読んでください。全文の引用は許されていません。)
幼稚園、学校が休みになれば、そこから引き起こされる集団感染(インフルエンザやはしかなど)は発生しにくくなり、特に小児科では医療費の大幅な改善が見込まれます。それでも子供の感染症や、高齢者の整形外科受診、これらの受診が減っただけにしては減少が大きすぎます。様々な分野で、受診を控える動きがあったことは十分推察されます。
とくに心配されるのは、症状がなく、本人が行こうと思わなければ行くことがない検診については、もっとも大きな影響があったはずです。今年はコロナがあったので、ということで人間ドックを毎年されている方でも受けなかった方は多いのではないでしょうか。もちろんドックは自費なので医療費には反映されません。
しかし症状があってから受診されれば、どんな病気でも余計に医療費がかかります。つまり今年度下がった医療費は、より利子をつけて大きくなって帰ってくる恐れがあるのではないか、ということなのです。
小児科に関しても、それでよかったと思わないご両親も多いはずです。学校に行かず、すべてリモートワークで授業ができる時代が来ているとしても、それをよしと思わず、学校に行くこと、友達と一緒に学ぶことに意味がある、と考えておられるご両親も多いでしょう。
医師からしても、学校に通うことでさらされるこうした様々な感染症は、将来社会で生活していく際に必要な免疫を獲得する機会であり、必要悪だと考えます。風疹のように年齢に応じて免疫を確保しておかなければならない感染症も存在します。たしかにすべてをワクチンで獲得する方法もあるでしょうが、それさえ学校で接種されなければ、子供全員に均等に機会があるとは思えません。子供さんは自分で判断できないので、ご両親の気持ちや都合で受けたり受けなかったりされるはずだからです。
もちろんワクチン接種は個人の自由です。ただワクチンの考え方は、集団免疫と言って、全員に一気に免疫が付加されれば、その感染症は地球上から消え去ります。天然痘がその一例です。(ちなみに天然痘ウィルスも研究目的で特定の施設がいまでも保管しています。国際機関がきちんと倫理規定を守らなければ何が起こるのか、恐ろしいことです。)
しかし一部であっても、その感染症が生き残っていれば、その過程で変異を起こし、再び感染力を得て、免疫を持っている方にまた感染が広がり始めます。そうなれば今までの努力は一気に吹き飛びます。ワクチンは有効なものを、全員が、一気に受けなければ有効性が落ちてしまうのです。今まさにコロナで起こっていることです。
そう書きましたが、ワクチンを受けない方を、まるで”非国民”かのように批判する動きがあることを、私は好しとは思っているのではありません。
新聞に関しても、医療費が少しでも削減されれば、私たちの子供たちの税金にかかわることなので、良いことです。受診控えが原因とばかり言えないことはすでに触れました。
ここではどんなことでも2面性がある、ということを考えてほしくて、示唆に富む2つの記事を紹介させていただきました。ご自身の今後の検診、そしてもし気になることがあるのに、コロナがあるからと受診を控えておられる方がおられましたら、これを考える機会にしていただければ幸いです。
最近 ヨーロッパの臨床腫瘍学会(ESMO)から研究発表がありました。
「Two-month stop in mammographic screening significantly impacts on breast cancer stage at diagnosis and upfront treatment in the COVID era」
マンモグラフィ検診をCOVIDの影響で2か月間中止したところ、その後に発見された乳がん症例のステージ(早期、末期などの病期)に明らかに影響がありました」
この研究は、「2ヵ月間のマンモグラフィ検診中断後の2020年5~7月に乳がんと診断された177例(女性174例、男性3例)と、定期的に検診を実施していた2019年の同時期に乳がんと診断された223例(女性221例、男性2例)とを比較した」という内容になります。以下がその結果です。
「RESULTS : The 2-month stop in mammographic screening produced a significant decrease in in situ BC diagnosis (-10.4%) and an increase in node-positive (+11.2%) and stage III BC (+10.3%). A major impact was on the subgroup of patients with BC at high proliferation rates. Among these, the rate of node-positive BC increased by 18.5% and stage III by 11.4%. In the subgroup of patients with low proliferation rates, a 9.3% increase in stage III tumors was observed, although node-positive tumors remained stable. Despite screening interruption, procedures to establish a definitive diagnosis and treatment start were subsequently carried out without delay.」
これも日本語に訳します。
我々の研究結果から、マンモグラフィ検診を2か月間中止することにより、ステージ0の非浸潤性乳管がん(DCIS、超早期がんでほぼ100%近い治癒が望める)の患者さんは10.4%減少し、逆にリンパ節転移陽性症例は11.2%、そしてステージⅢ(進行がん症例)は10.3%増加しました。
特に増殖能が高い(進行速度が早い=MIB1(Ki67)の値が高値)乳がんでは大きな影響がありました。こうした群ではリンパ節転移は18.5%増加、ステージⅢは11.4%増加していました。増殖能が低い群ではステージⅢの割合は9.3%増加していたものの、リンパ節転移は増加は認めませんでした。
検診は中断されていましたが、確定診断までの確立した過程と、治療の開始は、今まで同様に遅滞なく行われていました。(筆者注:日本では、コロナによる病床圧迫で、がん患者さんの病院受診、入院までの待ち時間が増加し、治療開始に遅延が生じていると報道されています。)
わずか2か月の検診中断でこれが起こるのですから、日本のように検診受診率が低い場合には、さらに検診中断期間は長くなっている可能性があります。そしてそれによる乳がんの早期発見に与える悪影響はさらに大きくなるのではないか、そう思えるのです。
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