2021.06.28
この記事は、「遺伝性のがんという概念」の記事を読まれた方を対象にしています。
また乳がんの診断がついておられる方であっても、今まさに術前で主治医の先生と治療の相談をされている方は対象としません。疑問があれば主治医と納得いくまで話し合うべきだからです。
「遺伝性のがんという概念」記事の最後に述べましたが、BRCA1、そしてBRCA2の遺伝子バリアント検査は、乳がんをすでに罹患された、遺伝性の乳がんの可能性の高い方に限り、保険適応が認められています。
そして患者さんにとって、自分はすでに乳がんに罹患したのに、その上乳がんの遺伝子バリアントを持っていることを調べることに意味はあるのか、は大変な疑問だと思います。
たとえどんな検査であっても、たとえそれが病気の治療であっても、われわれは希望されない方にそれを行うことはできません。まして保険が適応されていたとしても、保険を支払っている皆さんが希望もされない検査や治療を施行できません。そして保険が適応されたとしても、少なからず検査や治療には自己負担があります。したがって検査を提示するにはそれによってどんな利益があるのか、患者さんが納得しなければ誰も検査は受けません。
そこでこの記事では、遺伝子バリアント検査を受けることのメリットを中心に触れていきたいと考えます。
ちなみにだれでも思いつくメリットの一つに、温存切除を受けられた方であれば残された乳房、そして全摘をされていても対側の乳房の乳がんの発生リスクがわかる、というメリットがあります…①
ただこのメリットは患者さんはあまり魅力がないようです。というのも、最初の乳がん以降は定期的に乳がん専門医に通院しつつ、診察や検査、もちろん対側の検診も受けておられる方がほとんどだからです。ちなみにBRCA遺伝子バリアントを有する方では予防的に乳房を切除することが保険で認められています…②。これもメリットの一つになりますが、片方の治療を受けたばかりで、今のところは異常も認められていない状況で、すぐに対側の切除を希望する方は少ないでしょう。(この記事の対象ではありませんが、もし貴方が手術前であれば、そして乳房を温存するか、全摘するか、悩まれているとすれば、その決定に影響する可能性があります。もしBRCA遺伝子バリアントを有することが術前に判明していれば、思い切って全摘して、再建を視野に入れる、そうした考えを持たれる方もいるでしょう。)
BRCA遺伝子のバリアント検査を受ける際には、保険収載の際の決まり事として、検査の前に専門の資格を有する医師、あるいは認定看護師にカウンセリングを受ける必要があります。カウンセリングでは、検査の内容、かかる費用や日数、もし陽性と診断されればどうすればいいのか、陰性ならもう何も心配はないのか、など、多岐にわたって説明が行われます。場合によってはBRCA遺伝子以外のがん遺伝子のバリアントの可能性についても指摘され、専門医に紹介してくれることもあるでしょう。
私自身は、遺伝の専門知識をもつ医療従事者からカウンセリングを受けることができる…③、このことが最大のメリットである、と信じて疑いません。
今すぐ検査を受けようと思われない方であっても、もし陽性だったらいつかは困ったことが起こるかな、とちょっと不安に感じることがあるではないでしょうか。なにより、もし自分の身近な血縁者、ご姉妹や娘さん、姪御さんが乳がんと診断されたらどうしよう、やっぱり遺伝なのかな、と折に触れ、不安に感じておられるのではないでしょうか。なによりすでにそう思われて、「遺伝の検査なんて受けなくても、娘には毎年検診を受けるように口酸っぱく言っています」そういわれる方もおられます。でももしご自身がBRCA遺伝子バリアントを有していて、娘さんも同じようにBRCA遺伝子バリアントを有していたとしたら、娘さんの検診はどのようにするのが適切なのでしょうか。クーポンで2年に1回は検診を受けている?それで大丈夫でしょうか?
危険な山、エベレストを登るときと、そのあたりの山、増位山を登るときでは準備が全く異なるように、BRCA遺伝子バリアントを有する方では、乳がんの検診を始めるべき年齢も、回数も、そして内容もバリアントのない方とは異なります。そして乳がんの検診だけを考えていても不十分なのです。
「私は医者じゃないのだから、そんなことを言われてもわからない!」
もっともだと思います。それでも娘さんのことは心配なはずです。検査をしたほうが良ければ正しく検査を受けてほしいはずです。ですので、ご自身が専門の医療従事者のカウンセリングを受けられる際に、その娘さんと一緒に受診されればいいのです。一石二鳥です。
確かに娘さん(姪御さんやご姉妹に置き換えてもらって構いません)は乳がんになっていないので、カウンセリングだけであっても保険は適応されません。ただお母さんに付き添って話を聞く分には問題ありません。出て行け、とは言われません。もちろん質問しても無視される、なんてことはありません。
そうしておけば、いつか娘さんになにか困ったことがあった時、どこに相談すればいいのか、貴方がいなくてももう悩むことはなくなります。検査を受けたいと思ったらどこに相談すればいいのかも、もう悩みません。その意味からは、もう私は年だから、この先乳がんになろうが、どんながんになろうが構わない、そうおっしゃられるご高齢の方であっても、このメリットは共通です。今後、遺伝関係で困った時にどこに相談すればいいのか、ご自身もご家族も知識として得ることができる…④ このことはおそらくすべての方に共通のメリットになるはずです。そして実際には検査を受けなかったとしても得られるメリットです。
その意味からはせめてカウンセリングだけは受けておきましょう。
陰性と診断された際のメリットはわかりやすいと思います。
今後の検診は、今回の乳がんに関するものを除けば特別なものは必要ありません。今まで通りで問題ありません。今回の乳がんは偶然のなせる事故であって、遺伝からくる必然ではなかったのですから。
そして血縁者の方にとっても、同様に大きなメリットがあります。
現在たとえ健康な方が受けられるドックや健診であっても、家族歴の聴取は重要とされています。たとえば貴方が40歳で両側の同時乳がんに罹患されたとします。現在4親等の親族までは血縁者として家族歴聴取の対象ですので、従兄妹、姪御さんも検査や健診を受診されると、貴方の存在が注目されます。そして特に乳がん、卵巣がん、そして男性であっても前立腺がんなどについて、より若くから検診を始める、頻度を年1回から2回にするなど、厳重な検査と経過観察が勧められることになり得ます。おそらくそれは貴方が寿命を終えられたとしても終わりません。担当する医師としては、貴方の陰性が証明されていない限り、血縁者に関して、BRCA遺伝子バリアント陽性を念頭に置いてリスクマネージメントすることがほとんどだからです。
逆にもし陰性と診断されていたのなら、たとえば娘さんは「母親は40歳で両側乳がんに罹患しました。ただHBOCに関する検査は完了していて、陰性と診断されています」と表明することで過剰な検査を避けることができる可能性があります。それによって生じるコスト削減効果は将来にもわたるため、最終的に貴方が支払う遺伝子バリアント検査費用よりもいずれ大きくなるでしょう。
つまり陰性と確定していれば、貴方、そしてあなたの血縁者は、本来は不要である、より密度の高い検診を受けなくてもよくなる…⑤のです。これも貴方の年齢や、今まさにがんであるかどうかに関係しないメリットになるでしょう。
陽性と診断された場合、いままさにトリプルネガティブ乳がんと診断された方、のメリットは次回にさらに掘り下げたいと思います。
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