この記事は、BRCA遺伝子変異を有する、と診断された乳がん患者さん向けに書かれたものです。とくにトリプルネガティブ乳がんの方には関心のある話題となるでしょう。しかしそうでない方には難解な内容が含まれます。興味のある方はこのサイトを参考にしてください。(遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)をご理解いただくために)
今年も米国シカゴにて、世界最大といっても過言ではない臨床腫瘍学会、がんの基礎研究ではなく、臨床の実践における研究の発表の場であるASCOが開催されています。
乳がん分野における注目に値する最新の研究結果を患者さんにわかりやすく提示できればと思っています。特に本年ではプレナリーセッションと呼ばれる、”絶対に知らなければならない、無視はできない”と学会本部が認めた今年最も重要な研究結果の発表の中に乳がんに関するものがありました。それはBRCA遺伝子変異のある方(アンジェリーナジョリーで有名になりました)が、進行した乳がんで発見された場合、オラパリブ(商品名 リムパーザ🄬)を再発予防の目的で、1年間飲んでおけばどのような影響があるか、本当に再発はすくなくなるのか、にこたえる研究結果です。
ちなみに現在オラパリブは再発乳がんの治療に使用され、すでに大きな成果が上がっています(私が以前書いた記事を参考にして下さい。”Triple Negative乳ガンの新しい薬剤”)それならば再発をしないように、再発される可能性の高い方に、再発する前から使用しておけば、再発そのものをしないようにできるのではないか、目に見えない転移の段階で使えば、撲滅できるのではないか、という疑問に答える研究です。
ただもちろんその中にはもともと飲まなくても再発しない方、手術で完全に治っておられる方も含まれます。そのため、それによって大きな副作用があってはなりません。生活に与える影響や副作用を含めた安全性も同時に慎重に調査されました。合計で1836名の患者さんを、予防的にオラパリブを飲む群と、プラセボ(偽薬)を飲む群にランダムに分け、予後を追跡したのです。このようにすると、患者さんも医師も、その患者さんがどちらに振り分けられているかわからないため、さまざまなバイアス(予後に与える影響)を排除し、より精度の高い純粋な結果を得ることができます。こうして完璧に準備された研究で、疑いようのない、決定的な結果が得られました。
小さい絵に情報を盛り込んだため、専門用語を使わざるを得ませんでした。上記はフローチャートと言われるもので左から右に見ます。こうした方たちを〇で囲んだところで1:1に分けて片方にオラパリブ、片方に偽薬を投与した、ということを略図を使って表現しているものです。試験のデザインですので基本となる重要なものです。
Germline:がんの部分に遺伝子異常があるのではなく、生来の異常がある方
HR:ホルモンレセプター(これがある方にはホルモン治療を行う)
non-PCR:術前化学治療をしてもがんが消えなかったという意味です。
今回の試験の対象とされたのは、まず遺伝性の異常(BRCA)を有している方で、HER2陰性で、化学治療を必要とされる比較的進行した乳がんの方、であることが示されています。現在は手術前に抗がん剤される方もおられます。もしそれでがんが消えてしまえば予後がいいことが知られています。それでもがんが残ってしまった方が試験の対象とされました。
NAC:術前化学治療
RCT:ランダム化前向き試験
PrimaryとSecondary:この試験で確認したい最大の課題、と、副次的に証明される課題
CPS+EG Score:これは彼らの独自の分類で、乳がんにおける病期(早期、末期など、数が大きければ進行がんで、かつ予後不良となる)
この試験では最終的に 平均年齢は42-3歳の方が参加されました。
BRCA1異常の方が70%前後、BRCA2異常の方が30%前後でした。
最終的にホルモンレセプター陽性の方が2割程度、8割の方がトリプルネガティブとよばれるホルモンレセプター陰性でした。HER2陽性の方は慎重に除外されています。
術前に抗がん剤を受けられた方、術後に抗がん剤を受けられた方が半々でした(この試験は、もともと抗がん剤の適応があるような進行したがんの方が対象ですので、参加された全員が何らかの抗がん剤投与を受けられています)。
結果です。
3年間追跡して調査したところ、再発は104例→65例に抑えることに成功しています。ハザードというのですが、0.61(99.5%信頼区間として0.39~0.95)と示されました。それは本来100でおこる再発を61にまで抑える、という素晴らしい成績だったのです。
遠隔転移(肺や骨、脳、肝臓への転移)はハザード0.57(99.5%信頼区間として0.39~0.83)で抑制されました。
生存率に関しても、ハザード0.68(99.5%信頼区間として0.44~1.05)で死亡される確率が抑制されました。がんの再発や、転移が認められたらもちろん治療をその後に行います。そのため、再発や転移を抑制できても、その後に行われる治療が影響するために、最終的に生存率そのものが改善することは、実は難しいのです。今回は、再発、転移の抑制効果が大きかったために、生存率でみても差があった。文句のつけようがない素晴らしい結果です。
今後 BRCA遺伝子変異が証明された方で、再発の危険性が高いと判断されて、抗がん剤治療を要した方では、その後に予防的にオラパリブを1年間飲用使用しておくことが勧められるでしょう。ただ現時点ではオラパリブを用いた予防的治療は保険収載されていませんが、近い将来には収載される可能性があります。それからはこうした治療が当然のことになる可能性があります。
この傾向はトリプルネガティブ乳がんの方でより強く認められたことも付記しておきます。
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