乳腺と向き合う日々に

遺伝性のがんという概念

がんは基本的にすべて遺伝子の異常によって引き起こされます。遺伝子は親から子供に引き継がれる体の設計図です。人に限らず生き物は全てもともと1個の卵細胞から、分裂して増殖した星の数ほどの細胞から構成されています。ですので、体を構成しているすべての細胞の中には同じ設計図が入っています。ただ設計図があっても、それを全て作るわけではありません。目なら目、足なら足、筋肉、血管、血液細胞など、それぞれがそれぞれの設計図を引っ張り出して都合よくパーツを作り出しているのです。

親から引き継がれた遺伝子の異常をかんがえましょう。ただここで注意してほしいのは、現在の科学では、遺伝子の個性がすなわち本当に”異常”と言い切っていいのかはまだわかりません。個性の範囲内かもしれません。われわれは黒髪ですが、金髪の遺伝子を持つ人もおられ、当然遺伝子が異なります。けれども金髪の遺伝子は、われわれと異なりますが、異常ではありませんよね。ただこれから触れていく遺伝子は、がんと関係が深いことがすでに証明されている遺伝子ですので、異常としているだけです。もしかするとそれはそうでも、引き換えに遺伝性のとても素晴らしいギフトがあるかもしれません。その意味からは異常という言葉を使うことは本来間違いともいえます。専門家はそういった理由から、異常と呼ばず、バリアントと呼びます。バリエーションの一つという意味です。難しい横文字をわざわざ使いますが、ご容赦ください。

遺伝子の中にBRCAと呼ばれるものがあります。この遺伝子はがんの遺伝子ではなく、がんを抑制する遺伝子です。ですのでバリアントがあれば、さまざまな臓器のがんになりやすくなります。体の細胞すべて同じ遺伝子ですので、BRCAの異常はすべての細胞で引き継がれています。そしてこの遺伝子のバリアントを有する方では乳がん、卵巣がん、男性では前立腺がんにかかりやすい傾向があります。BRCA遺伝子のバリアントを有して、乳がんや、卵巣がんに罹患することを、遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)と呼びます。

BRCAの遺伝子にバリアントがあれば乳がんや、卵巣がんに罹患しやすいということは触れました。
逆に乳がんに罹患しやすい遺伝子のバリアントには、現在BRCA1、BRCA2に発生した変異で引き起こされるHBOCがその代表ですが、TP53の遺伝子変異から引き起こされるリー・フラウメニ症候群、PTEN変異から引き起こされるカウデン症候群、CDH1変異から引き起こされるものが知られています。

症候群の名前 変異がある遺伝子 どの臓器のがんになりやすいのか?

HBOC
=遺伝性乳がん卵巣がん症候群

BRCA1
BRCA2
乳がん、卵巣がん、前立腺がん、
膵臓がん、 黒色腫
リー・フラウメニ症候群 TP53 軟部組織肉腫、骨肉腫、脳腫瘍、
乳がん
カウデン症候群、 PTEN 乳がん、子宮体がん、甲状腺がん、
大腸が ん、腎細胞がん
CDH1 胃がん、乳がん

ここで勘違いしやすいのは、乳がんの大部分はこうした生来の遺伝子のバリアントから引き起こされるものではなく、いわば”事故”である、ということです。乳がん患者さん全体で見たとき、それがHBOCとして発生している確率は4%前後である、とされます。
お母さんが45歳の時に交通事故にあった。だから自分も45歳の時は交通事故に気を付けよう。この考え方がおかしいように、乳がんの95%はこの事故と同じです。
お母さんもおばあちゃんも二重瞼だった、だからきっと私の子供も私と同じ二重瞼だわ、ということと同じように乳がんに罹患してしまわれることが、乳がん患者さんの20人に一人の乳がんで起こっている、ということです。
そのことからわかるように、血のつながった人で乳がんの人は一人もいない、自分が血縁者の中で初めて乳がんに罹患された、それも80歳になってから罹患された方と、お母さんも40歳台で乳がん、おばあちゃんも40歳台で乳がんで、自分も40歳台の若くして乳がんに罹患した方を比べれば、そうした遺伝子のバリアントで乳がんになってしまった確率、つまりHBOCである確率は、後者ではるかに高くなります。
またHBOCでは、乳がんは自分しかいない、けれどもお父さんは膵がん、前立腺がん、そしてその父方おじいちゃんも膵がんだった、とすれば乳がんの血縁者がおられなくても、確率は高いと考えられます。
このように、血縁者でどのような臓器のがんの方がおられるか、またそれは何歳の時に発症されているか、を調べることで、こうした遺伝性の異常がある方かどうか、ある程度確率を推測、計算できるようになります。

HBOCである、つまり遺伝性の乳がんである可能性の高い方

下記の項目の中で1つでも当てはまる場合は、HBOCの可能性が 考慮されます。

BRCA1, BRCA2遺伝子の検査を受けて、陽性であることがわかっ ている方の血縁者

ご自身が乳がんであり、かつ以下のいずれかに該当 する
45歳以下で乳がんと診断された
 両側の乳がん(同時性あるいは異時性)と診断された
片方の乳房に複数回乳がん(原発性)を診断された

46~50歳で乳がんと診断されていて、家族歴が不明であったり、血縁者 の数が少ない方
あるいは乳がんの家族歴のある方、あるいは中等度以上 の悪性度の前立腺がんの家族歴のある方
60歳以下で、トリプルネガティブの乳がんと診断された

血縁者に卵巣がん、転移性の前立腺がん、膵臓がん、50歳以下の乳がんの いずれかの診断を受けた人が1人以上いる方

 血縁者に男性で乳がんと診断された方がいる

ご自身が男性で乳がんと診断された方
ご自身が卵巣がん・卵管がん・腹膜がんと診断された方
ご自身が膵臓がんと診断された方
ご自身が転移性の前立腺がんと診断された方

ちなみにここでいう血縁者とは父母、兄弟姉妹、異母・異父の兄弟姉妹、子ども、おい・めい、父方 あるいは母方のおじ・おば・祖父・祖母、大おじ・大おば、いとこ、孫などを含みます

そして2021年6月現在、ご自身がすでに乳がんに罹患されており、下記に該当する方では、希望すれば保険をつかって、ご自身がBRCA遺伝子のバリアントを有しているかどうかを調べることができます。
もちろん自費であれば、だれでも検査を受けることは原則として可能です。
検査は体のどこの細胞でも可能です。ただもしその材料に他人の遺伝子が混ざっていれば誤った診断になります。髪の毛だと理髪師の方の遺伝子がついているかもしれません。純粋な自己細胞のみを採取するため、血液を採取して遺伝子の検査は行われます。逆に検査に必要なのは血液だけです。

45歳以下で乳がんと診断された方

60歳以下でトリプルネガティブの乳がんと診断された方

両側の乳がんと診断された方
片方の乳房に複数回乳がん(原発性)を診断された方
男性で乳がんと診断された方
卵巣がん・卵管がん・腹膜がんと診断された方
腫瘍組織によるがん遺伝子パネル検査の結果、BRCA1、2遺伝子 の病的バリアント(異常)を生まれつき持っている可能性がある場合(これは血液検査ではなく、乳がん組織を調べたらBRCA遺伝子の異常が認められた方という意味です。生来の遺伝子異常は持たれていなくても、事故として発生した乳がん組織だけにおいてBRCAの遺伝子異常を有していることがあります)
ご自身が乳がんと診断され、血縁者(これは上記と同じです)に乳がんまたは卵巣がん 発症者がいる方
ご本人が乳がんと診断されたことがあり、かつ血縁者がすで にBRCA1、2遺伝子に病的バリアントを持っていることがわかっ ている場合 

こうして遺伝子検査を受けられ、BRCA1、あるいはBRCA2陽性と診断された場合、乳がんに罹患する確率は60歳までで5割、つまり約半分の方が乳がんに罹患され、さらに80歳までには7割の方が乳がんに罹患する確率があることがわかっています。

ただここまで読んでこられた方で、疑問に思われている方がおられるはずです。
もう乳がんに罹患したのだから、それから保険が通るからと言って、遺伝子を検査することに意味はあるのか?すでに乳がんに罹患して苦しんでいるのに、さらに遺伝的のバリアントがわかったところでさらに苦しむだけのことで、なにが得られるというのか?

それについて、とくにトリプルネガティブ乳がんと診断された方を中心に、いままさに利益がある方がおられることがわかっています。
またそうでなくても、わが国ではさまざまな保険診療のサポートを受けながら、これから起こり得る病気と向き合っていけるようになるメリットもおおく享受できます。
次回話をしていきたいと思います。

なおここまで読まれて興味がある方は、ぜひ日本遺伝性乳がん卵巣がん総合診療制度機構の提示しているパンフレット 「遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)をご理解いただくために」もご参照ください。

ASCO 2021 速報 BRCA変異のある方の乳がん治療 これからの未来

この記事は、BRCA遺伝子変異を有する、と診断された乳がん患者さん向けに書かれたものです。とくにトリプルネガティブ乳がんの方には関心のある話題となるでしょう。しかしそうでない方には難解な内容が含まれます。興味のある方はこのサイトを参考にしてください。(遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)をご理解いただくために

今年も米国シカゴにて、世界最大といっても過言ではない臨床腫瘍学会、がんの基礎研究ではなく、臨床の実践における研究の発表の場であるASCOが開催されています。
乳がん分野における注目に値する最新の研究結果を患者さんにわかりやすく提示できればと思っています。特に本年ではプレナリーセッションと呼ばれる、”絶対に知らなければならない、無視はできない”と学会本部が認めた今年最も重要な研究結果の発表の中に乳がんに関するものがありました。それはBRCA遺伝子変異のある方(アンジェリーナジョリーで有名になりました)が、進行した乳がんで発見された場合、オラパリブ(商品名 リムパーザ🄬)を再発予防の目的で、1年間飲んでおけばどのような影響があるか、本当に再発はすくなくなるのか、にこたえる研究結果です。
ちなみに現在オラパリブは再発乳がんの治療に使用され、すでに大きな成果が上がっています(私が以前書いた記事を参考にして下さい。”Triple Negative乳ガンの新しい薬剤”)それならば再発をしないように、再発される可能性の高い方に、再発する前から使用しておけば、再発そのものをしないようにできるのではないか、目に見えない転移の段階で使えば、撲滅できるのではないか、という疑問に答える研究です。
 ただもちろんその中にはもともと飲まなくても再発しない方、手術で完全に治っておられる方も含まれます。そのため、それによって大きな副作用があってはなりません。生活に与える影響や副作用を含めた安全性も同時に慎重に調査されました。合計で1836名の患者さんを、予防的にオラパリブを飲む群と、プラセボ(偽薬)を飲む群にランダムに分け、予後を追跡したのです。このようにすると、患者さんも医師も、その患者さんがどちらに振り分けられているかわからないため、さまざまなバイアス(予後に与える影響)を排除し、より精度の高い純粋な結果を得ることができます。こうして完璧に準備された研究で、疑いようのない、決定的な結果が得られました。

小さい絵に情報を盛り込んだため、専門用語を使わざるを得ませんでした。上記はフローチャートと言われるもので左から右に見ます。こうした方たちを〇で囲んだところで1:1に分けて片方にオラパリブ、片方に偽薬を投与した、ということを略図を使って表現しているものです。試験のデザインですので基本となる重要なものです。
Germline:がんの部分に遺伝子異常があるのではなく、生来の異常がある方
HR:ホルモンレセプター(これがある方にはホルモン治療を行う)
non-PCR:術前化学治療をしてもがんが消えなかったという意味です。

今回の試験の対象とされたのは、まず遺伝性の異常(BRCA)を有している方で、HER2陰性で、化学治療を必要とされる比較的進行した乳がんの方、であることが示されています。現在は手術前に抗がん剤される方もおられます。もしそれでがんが消えてしまえば予後がいいことが知られています。それでもがんが残ってしまった方が試験の対象とされました。
NAC:術前化学治療
RCT:ランダム化前向き試験
PrimaryとSecondary:この試験で確認したい最大の課題、と、副次的に証明される課題
CPS+EG Score:これは彼らの独自の分類で、乳がんにおける病期(早期、末期など、数が大きければ進行がんで、かつ予後不良となる)

この試験では最終的に 平均年齢は42-3歳の方が参加されました。
BRCA1異常の方が70%前後、BRCA2異常の方が30%前後でした。
最終的にホルモンレセプター陽性の方が2割程度、8割の方がトリプルネガティブとよばれるホルモンレセプター陰性でした。HER2陽性の方は慎重に除外されています。
術前に抗がん剤を受けられた方、術後に抗がん剤を受けられた方が半々でした(この試験は、もともと抗がん剤の適応があるような進行したがんの方が対象ですので、参加された全員が何らかの抗がん剤投与を受けられています)。

結果です。
3年間追跡して調査したところ、再発は104例→65例に抑えることに成功しています。ハザードというのですが、0.61(99.5%信頼区間として0.39~0.95)と示されました。それは本来100でおこる再発を61にまで抑える、という素晴らしい成績だったのです。

遠隔転移(肺や骨、脳、肝臓への転移)はハザード0.57(99.5%信頼区間として0.39~0.83)で抑制されました。

生存率に関しても、ハザード0.68(99.5%信頼区間として0.44~1.05)で死亡される確率が抑制されました。がんの再発や、転移が認められたらもちろん治療をその後に行います。そのため、再発や転移を抑制できても、その後に行われる治療が影響するために、最終的に生存率そのものが改善することは、実は難しいのです。今回は、再発、転移の抑制効果が大きかったために、生存率でみても差があった。文句のつけようがない素晴らしい結果です。

今後 BRCA遺伝子変異が証明された方で、再発の危険性が高いと判断されて、抗がん剤治療を要した方では、その後に予防的にオラパリブを1年間飲用使用しておくことが勧められるでしょう。ただ現時点ではオラパリブを用いた予防的治療は保険収載されていませんが、近い将来には収載される可能性があります。それからはこうした治療が当然のことになる可能性があります。
この傾向はトリプルネガティブ乳がんの方でより強く認められたことも付記しておきます。

2021.05.27

乳腺にできる嚢胞(のうほう)について ~後編~

後編では様々な具体例を挙げながら、嚢胞について解説をしていきたいと思います。

以前 “高濃度乳腺とは -Are You Dense?-”(https://www.nishihara-breast.com/blog/2021/04/3/)の記事で、マンモグラフィの検査を受けても乳腺濃度が高いために非常に診にくい方がおられる話をしました。戦前のように、子供さんを4人5人とたくさん作られて、ずっと授乳もしてきた、という女性が少なくなった昨今、乳がんの好発年齢でもある40歳から60歳までの女性のマンモグラフィは”不均一高濃度”であることがほとんどです。授乳を終え、しかし閉経しておらず、生理は継続している、こうした年齢の女性の乳房を超音波検査で観察すれば、ほぼ全例に嚢胞は見つかります。嚢胞そのものはまず良性で、ほとんどの場合で内部にポリープなどは存在せず、発生もせず、ありふれた乳腺の”変化”にすぎません。ただその一部に注意が必要な嚢胞が存在するのも事実です。先に述べた理由で、乳腺に嚢胞が存在するような年齢の女性ほど、マンモグラフィだけでは嚢胞の観察は難しいのです。不均一高濃度乳腺においては、高濃度ほどではなくても、部位によっては高い濃度で乳腺が残っており、微小な病変を観察、発見することは困難です。そして嚢胞を発見できたとしても、その内部にポリープができているかどうか判断できることはできません。

IDP典型

上の写真の方では、乳腺超音波検査で嚢胞の中にポリープが見つかりました。左側の乳頭の下に6㎜大の嚢胞があり、その内部に4㎜大の隆起が存在していることがはっきりわかると思います。
ではこの方のマンモグラフィを下に提示します。ごらんのとおり、乳腺が高濃度に残存しており、不均一高濃度乳腺とされるマンモグラフィ像です。

IDP典型MMG

先に超音波検査の画像で示した通り、左側の乳腺の乳頭の下にはこの嚢胞が存在します。しかしマンモグラフィでいくら探してもみてもその嚢胞自体を見つけることは難しく、さらに内部のポリープはなおさらのこととして観察できません。

IDP典型2

この超音波検査の写真ではさらに大きなポリープが、不整な形をした嚢胞の中にあるように見えます。倍率が違うので大きく見えますが、9㎜程度です。マンモグラフィでは同様に確認できませんでした。
この症例では、乳腺超音波検査をしてポリープが見つかりました。はたしてがんなのでしょうか?
診断を付けなければ、となるのですが、ここでも難しい問題が出ます。
胃や大腸と異なり、乳腺のポリープはカメラで切除して採取することはできません。
手術をすれば採取できますが、良性であれば本来手術は不要です。こうしたポリープを手術で全て切除することなしに、良悪性を鑑別することは大変難しい問題です。この写真の患者さんは細胞診で良性と診断されましたが、切除を希望され、この嚢胞を切除して検査することになりました。
ここでもよかったら“病理検査の順序 ~がんの診断を付けるために~”(https://www.nishihara-breast.com/blog/2021/05/11/)を参照してください。
手術せずに診断を付ける方法は様々なものがありますが、その一部を採取して調べている以上、その腫瘍の”どこにもがんはないか?”にこたえることはできません。まして今はよくとも将来がんになることはないのか、には答えられません。大腸のポリープも良性とされても原則切除されているのはそのためです。乳腺ではしかしそのためには手術が必要になります。

IDP典型1A

上の写真は切除された先の嚢胞です。このように嚢胞の中に包み込むようにポリープを全て切除して検査をしました。結果は良性(乳管内乳頭腫=乳管の中にできたポリープという意味です)でした。もちろん結果として手術はせずに経過を見ていても大丈夫な方であった、という結論になります。ただ術前にそれを確信もって決定することができなかったのです。

大きさから判断するのはどうでしょうか。この方のように比較的小さなものは良性であることが多いのですが、大きくても良性であったり、小さくても悪性であることがあります。

IDP典型3

上に示した写真の方では不規則な形をした巨大な嚢胞の中に出血(黒い部分は血の塊です)を伴うポリープを認めます。見るからに悪性のもの、がんに思えますが、良性の乳管内乳頭腫でした。ただこうしたものが超音波検査で指摘された場合、細胞診などで良性と診断されていても、経過観察とするのは患者さんも、そして医師からしても勇気が必要です。

次の写真の方は大きさこそ大きく、嚢胞1.5㎝、内部のポリープは1㎝程度あるのですが、先の写真の方と比較して、形も丸く、スムーズで、あまり悪そうに見えません。良性のように見えます。ただ切除してみると、これは病理検査によって最終的にがんである、と診断されました。
嚢胞内に腫瘤を疑う隆起を認めた際に、それが広基性である(嚢胞の壁にべったりとつくように存在しているように見える、茎がないように見えることから無茎性とも言います)場合は悪性を疑い、いわゆるポリープのように茎が存在している有茎性の場合は良性を疑うという原則があります。これは胆のうポリープなどでも通用する概念です。この方では有茎性ですから良性が疑われます。

IDP典型4
IDP典型4b

このように、乳腺超音波検査による検診を受けて、嚢胞を観察し、その内に腫瘍を発見できたとしても、画像から判断できる形状や大きさからだけで、それが良性か、悪性のがんであるかを診断することは困難です。
ただ幸いなことに、こうして嚢胞の中に存在しており、周囲に浸潤していく性質を示さない腫瘍は、たとえがんであってもおとなしく、成長がゆっくりしたものが多い傾向があります。診断が難しくても、必要に応じて検査を受けながら経過観察をしていく中で、増大する、形が変わる、出血する、など悪性を示唆する所見がなければまず良性だろうと最終的に判断できることがほとんどです。

さまざまな実例を挙げることでかえって混乱された方も多いと思います。ここまで述べたことを参考としていただきながら、嚢胞があると言われたら、についてまとめたいと思います。

#1 マンモグラフィだけで嚢胞を見つけること、嚢胞であると診断すること、嚢胞の内部にポリープは存在しない、と診断することは難しく、とくにマンモグラフィで乳腺濃度の高い方では、検診の際に乳腺超音波検査を併用することが勧められる。
#2 嚢胞が見つかっても、その多くは良性で、内部にポリープを疑う隆起を認めなければまず問題はない。
#3 嚢胞が見つかった際に、その内部にポリープを疑う所見があれば、良性であると確定するまでさまざまな方法で病理検査が行われる。
#4 ポリープを認めた場合、病理検査で良性と診断されても、完全に切除されたのでなければ、定期的に乳腺超音波検査を用いて経過観察しておくことが勧められる。

2021.05.21

乳腺にできる嚢胞(のうほう)について ~前編~

乳腺超音波検査を受けると、「嚢胞があります」と言われることがよくあります。乳腺嚢胞はほぼすべての年齢層の女性に見られ、原則として良性であり、ほとんどの女性の乳房に必ずと言って認められるような、そんなとてもありふれた病態です。浸出液をたたえたただの袋のような病変で、基本的には良性ですが、注意しなければならないことがあります。ここではそれについて2回に分けて解説していきます。なおここで書かれた記事は、乳頭異常分泌についてのコラムを読んでから読まれると理解がより深まります。よかったら先に目を通しておいてください。
乳頭異常分泌について https://www.nishihara-breast.com/blog/2021/04/6/

スペース

大腸の粘膜にはポリープができます。ポリープは“茸(タケ)”という意味になります。実際の大腸内視鏡の映像を下に示しますが、左の写真のポリープはまさに茸ですね。
カサの部分があり、茎もあるように見えます。しかしこの茎はカサによって粘膜が引っ張られているだけで、茎の部分はほぼ正常な粘膜です。本体は先の傘の部分です。
そのため、先に示したまさに椎茸のようなポリープも存在しますが、時にそれが大きくなり、粘膜に広がって存在するために茎を失ってしまったように見える(広基性といいます)ポリープも存在します。下の写真の右側がその典型です。

ポリープ1
ポリープ2

内視鏡でポリープが見つかれば切除されます。ポリープは良性です。それでも見つければ原則として切除されるのは、将来そこからがんが発生する可能性があることがわかっているからです。大きくなったポリープは、小さいものと比較して、発生してから時間がたっていることが推察されます。もし時間が経っていなかったとしても、短い間に大きくなることもまた悪性度を表します。したがって写真の右で示したような茎が亡くなっているような比較的大きなポリープが見つかれば、経過観察とすることはせず、できる限り早期に切除することが計画されます。

さて大腸ファイバーは、腸管内を下剤によってきれいにし、肛門から内視鏡を挿入することで内部を観察するものです(下の図の左)。
乳腺には乳管鏡という同じく内視鏡が存在します(下の図右)。乳頭には乳管開口部、つまりミルクの出てくる孔があります。通常は閉じていて、肉眼ではほとんど確認できません。これを、時間をかけて少しずつ拡張し、そこに非常に細いグラスファイバー製の内視鏡を挿入して、内腔を観察するものです。ただ大腸は入り口一つの出口が一つの一本道ですが、乳管は枝分かれが何本もあり、さらに奥に進むと細くなります。しかも乳頭には20か所近くの乳管開口部があります。大腸ファイバーと比較しても大変難しく、時間もかかる検査です。加えて、何十分もかけてやっと病変を見つけたとしても、あまりにも細いカメラの構造上、観察はできても、そのポリープをきちんと切除して調べることができないのです。こうした理由からめったに行われない検査となっています。

大腸ファイバー
乳管鏡

これによって観察された正常な乳管と、内部で見つかったポリープを下に写真で示します。
左に示した乳管の内部はすべすべした艶のある粘膜で均一に覆われています。対して右の写真では下側から赤く発赤したポリープが不規則に内腔に飛び出してきています。

このように、普段意識されることはありませんが、乳腺の中には乳管というミルクを運ぶ管が何本も複雑に走っていて、その内部は粘膜に覆われています。そしてその粘膜には胃や大腸の粘膜と同じようにポリープができ、そしてそれががんに発展することがあります。
以前、乳頭異常分泌のところで触れましたが、こうしたポリープが乳管内にできていることが原因で乳頭から出血することがあります。そしてもしそうした症状があれば、こうしたポリープが存在していることを教えてくれていることになります。大腸がんの検診で、便に鮮血が混じていることを調べることと同じです。ただしそれは乳頭に近いところでポリープができていることが条件です。近ければ出血や浸出液が乳管を通って乳頭まで出てくることがあります。しかしポリープができた位置が乳頭から遠く、乳管内を深い入ったところにできている場合には、こうした浸出液は出てこないことが通常です。消化されたものが常に流れている腸管とは異なり、授乳中でない乳管内には何も流れていないからです。その場合はそのポリープ周辺の乳管内にたまりを作ります。乳腺内のう胞や、乳管拡張症とよばれる病変には、こうして発生した乳管内の「たまり」を捕まえた像であることがあるのです。
ただのう胞や、乳管の拡張を認めた際に、それは必ずしもポリープや、がんによって引き起こされたものではありません。乳腺に発生する嚢胞には様々な原因があることも同時に知っておいてください。
上記に述べたような理由から、のう胞や、乳管拡張を認めた際には、その内部にポリープや、がんができていないか、確認しておくことは常に重要になります。そしてその検査では乳腺超音波検査がもっとも有効です
後編では具体例を挙げながらその解説をしていきます。

乳管鏡1
乳管鏡2

2021.05.10

病理検査の順序 ~がんの診断を付けるために~

■がんの診断

 マンモグラフィや、超音波検査、MRI、PET検査、CTなど、検診や、がんが疑われた際に施行される様々な検査があります。先に述べた検査は画像を撮影し、それを専門医が見て、病変の有無を判断するものです。画像検査と呼ばれます。

 検診ではマンモグラフィや超音波検査が主に行われています。こうした検査で、がんが疑わしい病変や部位を見つけたとき、それががんであるかどうかの‟確定”診断はどうしたらつくのでしょうか。そのためにはそこから何らかの方法で細胞や、細胞の塊である組織を採取し、それががん細胞、がんの組織であることを病理医が顕微鏡検査でそれと確認しなければなりません。もちろんがんの組織ががんですと標識を出しているわけではありません。病理医がさまざまな方向から観察、検討してやっと診断に至ります。

 画像検査で発見された腫瘍から、何らかの方法でその一部を採取し、そこにがん細胞、あるいはがんの組織があるかどうかを直接観察し、診断を決定する方法を病理検査と言います。検察が証拠を集め、裁判を行い、判決を行うことによくたとえられます。病理医は裁判官です。

 病理検査のためには、腫瘍の一部に到達する必要があり、そこではやはり画像が用いられます。この二つは切っても切り離せません。ただ腫瘍を見つける画像検査は“存在診断”を付けるためのものです。病理検査のためにたとえば針を腫瘍にさす必要があれば、そこでもまた画像を参照します。ここでは病変が存在することはすでにわかっていますから、たとえば両方の乳腺を検査したりしません。画像で針の位置と腫瘍の位置関係を確認しながら、針を慎重に進め、組織を採取します。

 最初の検診、つまり存在診断の際の画像検査で、何か見つかった際に、そのままその画像を使って針を刺し、組織を採取して、病理検査まで施行してしまえば、1回の検査ですべて賄えるため、コストも節約できます。ただそれでは針を刺して、出血したり、痛みがあったりしている乳腺をさらにほかに病変が存在しないか、画像検査を継続して行わなければなりません。右の乳腺の針を刺したところから出血しているのに、左の乳腺の検査をするのが異様であることはわかると思います。したがって存在診断のための画像検査と、病理のための画像検査は通常2回に分けて行われます。病変が見つかれば画像検査が最低2回は必要になるのです。

裁判官1

■がん細胞とは

 病理検査まで行ったら、それで診断がすぐに確定するでしょうか?そもそもがんは自分の体の細胞から発生したもので、外から入り込んだものではありません。

 がんの定義は、「遺伝子変異によって無制限に増殖するようになった細胞のうち、元の臓器を離れても増殖を続けることのできるもの」を指します。

 ある限界で止まることなく、つまりがんの患者さんが健康を損ねるレベルになっても止まることなく、増殖を続け、そして元の臓器を離れて転移し、そこでもまた無限に増殖する、それをがんと呼びます。

 ただどんながん細胞であっても、体から取り出してしまえば、増殖も、転移もしません。

 がんの定義は、取り出してしまえば観察できない性質であり、そこに難しさがあります。病理医は、増殖し続けそうな、そして転移できそうな細胞を同定してがんと診断します。それゆえ、そこには“あいまい”な部分がどうしても残ります。

 しかしそんな病理であっても、これは絶対にがんだ、と診断できる特徴的な所見があります。それはその細胞が、元の組織からほかの組織に“浸潤し”、転移を始めたところを認めたときです。つまり組織を大きく採取し、一部であってもそういう性質を示しているところを認めれば診断は確定します。

 したがってがんの診断のためには、採取してくる組織が大きければ大きいほど情報が増えて有利になります。良性のものを手術してしまわないよう、逆に悪性のものを小さく見つけてすべて取り切れるよう、一部を前もって取って調べるのが、がんの検査ですが、できればそれ全体を取って調べれば一番いい、という矛盾があります。

 実際にはまず細胞単位で小さく採取する、小さな組織を採取する、大きな組織を採取する、全て切除して調べる、という風に少しずつ段階を上げて調べていきます。先の裁判のたとえで言えば、最初から決定的な大きな証拠があれば最初の裁判で判決が出るでしょうが、しっかりした証拠がなければ最高裁判所まで争われるイメージでしょうか。

 したがって病理検査も1回ではなく、検査方法を変えたり、機会を改めたりして、何度か行われる必要が生じる可能性があるのです。

組織結果A

この写真では、病理の先生が、ここががんだよ、と赤いインクで囲ってくれています。それでもどうしてそこががんで、他のところは逆にがんでないのか、一般の方はわからないでしょう。

 病理医は様々な学問や研究の結果を自分の経験に落とし込んで訓練を重ね、診断を付けますが、”だれがみてもすぐわかるものではない”ことは写真からもわかります。そもそも自分の細胞であるがん細胞を正常細胞と区別して、がんである、と診断することは非常に難しい作業なのです。

 裁判で無罪の人を牢屋に入れてはいけません。病理診断も同じです。患者さんはそのことによって乳腺を切除されることになり得るのですから、良性のもので乳腺を手術することは、たとえ小さな切除であっても、可能な限り避けなければなりません。

病理検査の“順序”

 ここでは順序と言いましたが、順序通り行われるとは限りません。先に述べたように最初から決定的な証拠が出ることもあれば、最高裁まで行っても判決がつかずに争われることはあります。

 病理検査を侵襲が小さい順に列記していきます。

1. 吸引細胞診 採血などに用いられる注射の針を使って、組織から細胞を吸いだして調べる検査です。ばらばらの細胞を採取できますが、その細胞が“浸潤”しているかどうかはわからないなど、情報量は限られます。下の写真のように、レゴのブロックに例えれば、たくさんのブロックをばらばらに集めてきて、これは何のブロックか?と尋ねるようなものです。

生検-1

2. 針生検 絵のような特殊な形状をした針を使い、針の中の空隙に組織を小さく切り取って採取します。イメージとしては5㎜くらいのシャーペンの芯程度の組織が取れます。レゴのイメージからすれば、その一部を小さく採取して、全体を想像するようなものです。患者さんも負担からも、診断に至る可能性からも最もバランスが取れていますが、悪性度が低い比較的おとなしいがんなど、針生検でも診断がつきにくい場合もあります。

生検-1M

3. 吸引式組織生検 細いパイプ状の針をがんに突き刺し、そのパイプの中にがん組織を吸い込みます。吸い込んだうえで切り取って採取します。イメージとしては太さ2-3㎜長さ1㎝程度の鉛筆の芯程度の組織が採取できます。2と異なり、何度もさすことなく、写真のようにそのままいくつでも標本を採取できます。レゴの方も、大きいうえに数があれば、車のブロックなんだな、とすぐにわかりますね。

生検-1L

順を追って説明しました。

 1の細胞診は、細胞のみで判断しなければならないため、がんかどうか、それのみの判断に用いられます。ただ現在この細胞診の結果だけで、手術まで施行する施設はほとんどなく、多くの手術を行う病院では2,あるいは3まで施行し、診断をより詳細に確定してから手術を行っています。つまりがんであれば2,あるいは3はいずれ手術前に必要になります。

 2、3と段階を上げれば、採取される組織が大きくなるため、がんの診断は容易になり、さらにその確定診断後に様々な検査を加えることで、たとえばそのがんがどういう性格をもっているのか、ホルモン剤は効くのか、抗がん剤が必要になる可能性があるか、など、詳しい検査が手術前に可能になります。

 ただその分、針も太くなり、出血もしやすくなり、保険がきいてもよりコストがかかるようになります。3の方法は使われる機器も高額で、手技もほぼ手術に準じるため、保険がきいても高額になります。その分、診断がもともと難しい病変であっても、手術から得られる標本とほぼ変わらない情報量を前もって得ることができると考えられています。

 いずれの方法も、検査時間に差はなく、15分程度です。もちろん日帰りでできます。

 ただしその日は原則として安静を守っていただき、激しい運動、そして出血しやすくなる理由で飲酒は避けていただきます。内出血して青くなっても心配は不要です。念のため、化膿止めの抗生剤、痛み止めを処方させていただきます。

 コストを抑制するには、上から順を追って検査することが理想ですが、たとえば進行がんが予想され、治療を急ぐなど、3から検査をすることもあり得るでしょう。主治医と相談しながら決めていきましょう。

さらに興味のある方へ
現在2の検査方法と3の検査方法の優劣に関しては、3の検査が比較的新しいため、結論が出ていません。1、2、3の検査のいずれを施行したとしても、たとえば乳腺が非常に薄い、あるいは逆にひじょうに厚く、病変が深い、など、条件が悪ければ診断は難しくなります。針の進みのコントロールが難しくなるからです。いずれにせよ、しっかりと腫瘍の”いいところ”がとれれば、診断は確実につきます。
1と2に関しては、以前からある検査ですので、多くのデータが残されており、解析がなされています。下記にそれを示します。ただコスト面での違い、出血のしやすさ、診断までに要する期間、などそれだけで優劣がつけがたいことだけは繰り返し強調しておきます。

検査方法 がんをがんと診断できる確率 がんでないものを
がんでないと診断できる確率
1 穿刺吸引細胞診 74%(95%CI 72‒77%) 96%(95%CI 94‒98%)
2 針生検 87%(95%CI 84‒88%) 98%(95%CI 96‒99%)

( )の中は95%の確率で、この範囲内に収まる、という意味になります。
この数値は、我々のものではなく、日本乳がん学会が医師用のガイドラインの中で提示している、たくさんの施設のデータを総合して出された数値です。

がんをがんと診断できる確率、が意外と低い、と感じられた方も多いかもしれません。だからこそ3の検査が存在し、また1や2で良性と診断されたとしても、画像上どうしてもがんが疑われた際には3を行うことがあり得る、ということなのです。
がんの診断は難しいのだな、とわかっていただければ幸いです。

2021.05.10

乳腺線維腺腫とは ~どう扱えばいいのか~

■線維腺腫の組織発生

 線維腺腫は、細胞が異常な増殖を示すことによる病変ですが、顕微鏡で見ても正常の乳腺細胞となんら変わりはありません。がんでは、悪性の細胞が出現し、それが増殖して固まりを形成していますが、線維腺腫では正常な乳腺の一部分がただ“異常に腫れた”状態であることが分かっています。したがって自然な経過で消えることがあります。10~20歳代の女性に好発します。もちろん一人の方に両側にわたって数個存在することも珍しくありません。手術して摘出すると、下の写真のような固まりなので、腫瘍と思われていることが多いのですが違います。

■線維腺腫の自然経過

 線維腺腫は基本的には2~3cmの大きさになると増殖が止まります。そして線維腺腫のほぼ半分は自然に消えていきます。

 10~20歳代の女性が検診を受けると、線維腺腫はよく見つかります。もちろん悪性ではないので原則切除はされません。そして40~50歳代と年齢が進むにしたがって、線維腺腫をもった患者さんの数は減っていきます。線維腺腫は年齢とともに、自然に退縮して消えていくと考えられています。線維腺腫のこのような経過は、病変の本質が腫瘍ではなく過形成(ただ腫れているだけ)であるということを裏づけています。

■線維腺腫の診断

 触診では、線維腺腫は周囲乳腺組織とはっきり異なり、コロコロとよく動く固まりとして触ります。

 超音波検査では、境界が明瞭で、内部が均一な硬い塊として描出されます。多くは角のない楕円形ですが、写真のように凸凹があるものも珍しくありません。

 マンモグラフィでは線維腺腫はよくわからないことがほとんどです。正常な乳腺細胞と差がほとんどないため、描出されないのです。一部で石灰化していたり、閉経後で乳腺が柔らかくなった方に珍しく線維腺腫が残っていることがあったりすれば見えることがあります。

 針で腫瘍を穿刺し、細胞を採取して調べる細胞診では、もちろん悪性細胞は認められません。

 手術で腫瘍を切除すれば確実に診断できますが、ほとんどでその必要はないでしょう。

乳腺線維腺腫 Ver20210419
乳腺線維腺腫 Ver20210419_2

 写真左は、切除されてすぐの状態の写真です。多くはこのように球形や楕円で、コリコリと硬いものです。表面や内部はつやのある白色です。

 写真右は、ホルマリン固定されており、色が変わっています。一人の方から切除された多数の線維腺腫です。様々な形があり、形だけで良性悪性を診断することは難しいことがわかります。この方のように同側、あるいは両側の乳腺に多発することもよくあります。しょうがのようにごつごつしていますが、基本的に周囲組織に“浸潤”していくことはまれで、手術で容易に摘出できます。

 線維腺腫はそれ自体が乳がんになることは稀です。ただそれが存在することで、あるいはその知識があることで、自分で乳腺を触っていて、しこりを見つけた患者さんが、「たぶんまた線維腺腫ができたのだろう」と思い込んでしまうことが恐ろしいのです。「オオカミが来た」のイソップ童話のようです。自己判断しないことが重要です。

 10~20歳代の女性に発生している、線維腺腫では、専門の医師であれば触診だけでも高率に線維腺腫と診断することが可能です。ただそう診断したとしても、ほとんどの場合1回の診察で良しとせず、経過観察して変化のないことを確認していることがほとんどです。

 ごくまれに線維腺腫によく似た触診所見を呈する乳がんも存在します。また線維腺腫が乳腺の細胞からできている以上、そこから乳がんが発生することもあり得ないとは言い切れません。たとえ年齢が10~20歳代であっても、それだけでよしとせず、専門の医師の判断によって、針で突いて細胞をとって調べる穿刺細胞診などの病理学的な検査で確定させる必要があることはあり得ます。

■線維腺腫の治療方針

 医師によって線維腺腫と診断され、かつ腫瘤の大きさが3cm以下のときは通常、切除は不要で経過観察で問題ありません。大事なことはたとえ良性と診断されても定期的に検査を受けていくことです

 ここでは医師が線維腺腫と診断していても手術を検討しなければならない場合について述べます。

 腫瘤が3cmを超える場合は、葉状腫瘍とよばれる線維腺腫とよく似た悪性疾患である可能性が高くなるので切除したほうがよいと思われます。また、腫瘤が3cm以下の場合でも、患者の年齢が40歳を超えると葉状腫瘍の可能性および乳がんを線維腺腫と誤診している可能性が無視できなくなるので、組織を一部で採取して診断確定させる、思い切って切除して診断確定させるほうがよいと思われます。
 手術をし、腫瘤を摘出したら、穴が開いてしまうのですか?そこにへこみができますか?とよく聞かれますが、経験的にはよほど大きなものでない限り、摘出した傷は残っても、乳腺の変形はほとんどありません。クッションに落ちた文鎮を拾ったように、へこみは周囲の正常な部分が持ち上がって消えてしまいます。

 逆にこれから述べる3つの条件を満たしていれば経過観察で十分です。(1)細胞診が陰性、(2)腫瘤径が3cm以下、(3)年齢が40歳以下、の場合は、経過観察(6~12ヵ月に1回)で十分です。

 線維腺腫は妊娠にともなって増大することがありますが、妊娠の継続や授乳に影響を与えるほど大きくなることはまずありません。また通常、授乳が終われば乳腺の退縮にともなって腫瘤も自然に退縮することが多いので、妊娠時の腫瘤の増大は一般的には経過観察でよいと思われます。

■葉状腫瘍

 線維腺腫と鑑別を要する疾患として葉状腫瘍があります。葉状腫瘍は、線維腺腫が良性の細胞の異常な増殖であるのと異なり、良性と悪性の中間の性質をもつ腫瘍です。線維腺腫が通常、2~3cmの大きさでその増殖が止まるのとは対照的に、葉状腫瘍はしばしば短期間で10cmを超える巨大な腫瘍に成長します。

 悪性度が高い葉状腫瘍では、肺、骨などに遠隔転移することがあります。したがって葉状腫瘍は切除による治療の対象です。しかし小さい段階での葉状腫瘍は、線維腺腫と画像上も、検査所見上も、そして細胞や組織を採取して調べても、いろいろな意味でよく似ていて鑑別することは容易ではありません。

 そのことからも線維腺腫と診断された腫瘍であっても、原則経過観察が必要になります。

 そして3㎝を超えて増大してくるようであれば葉状腫瘍の可能性が高いと判断して最低でも針による組織診、あるいは切除を検討するという方針が一般的です。

トリプルネガティブ乳がんと免疫チェックポイント阻害剤 その2

続き(この記事は乳がん術後、とくにトリプルネガティブ乳がんについてある程度知識を持っておられる方を対象に書かれているため、一般の方には難解です。また知識がおありの方も、できれば姫路赤十字病院ホームページで私が書いたトリプルネガティブ乳がんの記事を読まれた後で読んでいただくことで理解が深まると思います。

http://himeji.jrc.or.jp/category/diagnosis/nyusengeka/topics/20170912_1.html

 ここまで免疫チェックポイント阻害剤(ICI)がトリプルネガティブ乳がん、それもPD-L1をがん細胞が提示していて、リンパ球の攻撃から逃れている可能性があれば、いままでの抗がん剤のみの治療と比較して、効果があることが証明されたことの話をしてきました。

 再発、転移乳がんの治療は、しかし延命治療のニュアンスがあるため、皆さんの中には数か月余命が伸びたところでと思われる方が多いかもしれません。ただ、たとえば手術前後の治癒する可能性が高い患者さんに、こうした新薬を使って万が一でも今までの治療よりも結果が劣ることになれば、そのことはすなわち治癒するべき方を治癒できなくした、ということになります。順序として再発・転移の進行した乳がん患者さんで延命効果が証明された薬剤でなければ、手術前後の治癒を狙った治療には応用されにくいのです。

 前置きが長くなりました。

 こうしてICIは再発・転移乳がん患者さんの延命効果が証明されました。次は手術前後でこの薬剤を使用して、“治癒率”が上がるかどうかです。今までの治療では5割の方が治癒していた、それがICIを使用することによって6割、7割の方が治癒できるのか。その結果が2020年2月に発表されました。

https://www.nejm.org/doi/pdf/10.1056/NEJMoa1910549?articleTools=true

 この試験 KEYNOTE-522では、ステージ2あるいは3の比較的進行したトリプルネガティブ乳がん患者さんをランダムに2:1に分け、従来の化学治療(この試験ではパクリタキセル+カルボプラチン → EC あるいはACです)にICIとしてキィトルーダを加えたもの、そしてプラセボを加えた群に分けました。

 注意が必要なのは、この試験は手術前の抗がん剤(Neoadjuvant chemotherapyと言います)として行われ、その後に行われる手術でがん細胞が完全に死滅しているかどうか、その割合の高いのはどちらか、という観点で行われました。

 手術前化学治療はほぼ半年間で行われます。手術はその後、時を置かずに施行され、摘出された標本はこれもすぐに病理検査されます。つまり半年あれば一人の方のデータが取れます。

 術後 治癒したといえるにはトリプルネガティブ乳がんでは最低3年、通常5年間再発がないことが証明されなければならず、治癒した割合を比較する試験は結果が出るのが遅れてしまうのです(これも将来発表されることはわかっています)。

 さてその結果です。

 ICI投与群では64.8%の方のがんが消失していました。非投与群では51.2%であり、有意(p<0.001)に投与群で成績が良いことが証明されました。副作用は、先日のデータと変わらず、ICIに特徴的な皮膚の変化、そして甲状腺機能異常、副腎機能異常が認められましたが、投与を中止しなければならないレベルの副作用はまれでした。

 この試験ではPD-L1の発現条件を加味せずにエントリーが行われたため、PD-L1の発現の強弱で効果が異なるかどうかは結論が出ませんが、発言が強ければ強いほど、効果が期待できることは簡単に予想できることでしょう。

 ついに補助化学治療においても、ICIの効果が証明されました。つまり進行したトリプルネガティブ乳がんを治癒に導くことのできる可能性が、ICIによって今後高まることが示されたと言えます。

 今まで乳がんは大きく4つに分けられていました。ルミナールA ルミナールB HER2エンリッチ、そしてトリプルネガティブ乳がんです。この分類がそのがん細胞のもつ標的と、その治療によって分けられていたことは皆さんもご存知の通りです。下の図を見てください。

サブタイプ1

 ルミナールBタイプは発言の強弱があってグレーゾーンであり、この4つは実際にはこれほど厳密には分けられない部分もあります。しかしトリプルネガティブ乳がんに関しては、両方とも発現が0であるガン細胞として特徴的です。ホルモン剤も、そしてハーセプチンをはじめとするHER2への標的薬剤も効果が期待できず、抗がん剤に関しても使用してみないと効果はわからないのが原則でした。

 しかし以前 姫路赤十字病院のホームページでお話ししたPARP阻害剤(現在リムパーザ®が保険適応になっています)に関しての効く、効かない、そしてそれに加えてICIの効く、効かない、が加わったため、これからはトリプルネガティブ乳がんも4つに分けられることが明らかです。(下の図を参照してください)

サブタイプ2

 以前書いた6つの分類とは異なる分類ですが、おそらくBRCA mutation+ PD-L1-はBasal like 1タイプのトリプルネガティブ乳がんに、BRCA mutation- PD-L1+はIMタイプのトリプルネガティブ乳がんに相当すると考えられます。そして以前お話ししたとおり、トリプルネガティブ乳がんの6つの分類は、研究室のみで可能な話でしたし、現状はその域を出ていませんが、この4つの分類は今の日本の保険適応の検査でも分類可能です。つまりもはや実践段階なのです。

 BRCA mutation- PD-L1-のトリプルネガティブ乳がんのなかのトリプルネガティブ乳がんについても、もちろん研究と治療の開発が進んでいます。6つの分類のうちに薬が揃っていないPI3K阻害剤はすでにたくさんの薬が開発済みで試験が始まっています。

 憎きトリプルネガティブ乳がんの包囲網は狭まりつつある、そういえるようになってきています。皆さんの治療に役立つ段階なのです。始まりの終わり、黎明期は終わりました。つかみどころのないトリプルネガティブ乳がん、のイメージは変わりつつあります。これからは実践投入の中でさまざまな喜びと、そして学びの中から更なる課題が出てくるでしょう。

トリプルネガティブ乳がんと免疫チェックポイント阻害剤

 以前 私が勤務していた姫路赤十字病院のホームページでは、乳がんに関していくつか記事を書かせていただいていました。幸いご好評いただき、たくさんのアクセスを頂いた記事もあります。その中でTriple negative(トリプルネガティブ)乳がんの記事は飛びぬけてアクセス数が伸びており、関心の高さを感じさせていただいたとともに、このがんで苦しんでおられる患者さんの多いこともまた実感として感じていました(http://himeji.jrc.or.jp/category/diagnosis/nyusengeka/topics/20170912_3.html)。

 その記事の中で“トリプルネガティブ乳がんは一種類ではない”ということを述べました。大きく6つに分けられており、それぞれに対応する治療法もまた開発が進んでいると述べました。6種類のタイプ分けはがんの遺伝子の解析から導き出されたものであり、研究段階であるため、いま病院で治療中の方にはまだまだ応用できるもの、できないものがあります。2021年現在、DNAプロファイリングと呼ばれる手法が、実地臨床にも導入されつつありますが、それでもそれによってきれいに6つに分類できるものではなく、もちろん対応するとされる治療法もそのタイプであれば必ず効いたり、それ以外のタイプには全く効かなかったりするものではありません。トリプルネガティブ乳がんという、特徴のないことが特徴のがんに対して、すこしでも特徴を見つけ、タイプ分けできれば理解が進み、治療の標的を決めやすくなることから、仮にそのように分類された、と考えておいた方がよいでしょう。

 さてその記事の中で、IMとされた分類、別名 髄様がん(Medullary breast cancer)について述べました。この種類のトリプルネガティブ乳がんの腫瘍部分を顕微鏡で観察すると、腫瘍浸潤リンパ球(TIL)と呼ばれるがんをやっつけようと集まってくるリンパ球がたくさん観察されます。私たちの体に備わっている免疫細胞が戦ってくれているので、もともとトリプルネガティブ乳がんの中では予後が良いことが知られていました。

 ただがんとして、しっかり成立しているのだから、このがん細胞はこうして集まってきているリンパ球を無力化する力を持っていることもわかります。まして転移再発を来してどんどん病状が進んでいればなおさらです。

 最近、この働きをつかさどるPD-1、PD-L1と呼ばれるシステムが見つかりました。京都大学特別教授の本庶佑先生が発見したたこの免疫の監視から“逃げる”機能の発見は、のちに様々な方法で“逃がさない”方法を開発することにつながり、がんの治療、特に肺がんの治療方法を画期的、かつ完全に書き換えてしまいました。この功績によって本庶先生は2018年のノーベル賞を受賞されています。

 このシステムをわかりやすく描くと上の図のようになります。がん細胞をやっつけようと集まってきたリンパ球に、がん細胞はPD-L1を使って賄賂を渡し、お目こぼしを図る。リンパ球がPD-1でそれを受け取ってしまうと、集まってきても何もしなくなり、攻撃をやめてしまうのです。この賄賂のやり取りの現場は免疫チェックポイントと呼ばれています。免疫チェックポイント阻害剤(ICI)と呼ばれる薬剤はこの現場をブロックしてしまいます。これによってがん細胞をやっつけに来た免疫細胞が本来の役割を取り戻し、攻撃を始めます。これにより、抗がん剤に強い抵抗性を持つがん細胞を破壊することが可能になり、いままで難治とされたがんの治療にも大きな成果が上がっています。

 乳がんもその例にもれず、少しずつこのICIが効果を上げるものが見つかってきました。

 その一つが先に述べたトリプルネガティブ乳がん、髄様がんであり、またその分類に属さないタイプの乳がんであっても、そのがん細胞が細胞表面にPD-L1を多く表出しているものではICIが効果を発揮することがわかってきました。

 2020年米国臨床腫瘍学会(ASCO)で発表され、12月にLansetで論文発表されたKEYNOTE-355は転移性のトリプルネガティブ乳がんに対するICIの効果を証明したものとして大きな話題になりました。(https://www.thelancet.com/action/showPdf?pii=S0140-6736%2820%2932531-9

 この試験ではPembrolizumab(日本名 キイトルーダ)というICIを使用します。

 再発・転移を抱えるトリプルネガティブ乳がん患者さんを治療するにあたって、医師が選んだ抗がん剤のみ(プラセボを上乗せ)で治療する群と、抗がん剤に加えてキイトルーダを上乗せする群に分けて、効果(どれくらいの期間進行を抑えることができるのか?)、そして副作用の内容や出現率を比較しました。

 まず、PD-L1を強く表出している群、そして弱いけれどもわずかでも表出している群、そしてしていない群に分けます。その上でそれぞれの群をランダムにキイトルーダを使用する群と使用しない群に振り分けたのです。ここでは髄様がんかどうかではありません。がん細胞がPD-L1を出しているかどうか、が問題でした。

 下のグラフは、強くPD-L1を表出していたトリプルネガティブ乳がんに対するキイトルーダの上乗せ効果を示した結果です。

 このグラフの見方は、50%の患者さんで進行を4.1か月遅らせることに成功した、と読みます。青色の線は常に赤の上にあり、治療期間全体にわたって、キイトルーダを併用した群はしなかった群よりもがんの進行が抑制されました。

 治るのではないのか、たかが4か月なのか、とわずかな効果に見えるかもしれませんが、キイトルーダなしで化学治療を行った場合、つまり今まで通りの治療であれば、50%の方は5.6か月で再び進行が始まることが示されています。キイトルーダはそれを9.7か月と倍に伸ばしたことになります。その計算倍率からすれば、今までの治療で1年間有効であった方はそれが2年に延びます。素晴らしい結果だったのです。

 一方で副作用はどうでしょう。いままでさまざまな“サプリメント”が“免疫を改善する”、”免疫を増強する”と歌って発売されました。先日もある患者さんと、そういえば水素水も免疫がどうしたこうしたと言われていましたね、と話をしました。免疫の難しいところは、上がったにせよ、下がったにせよ、その機能を測定できない、ところにあります。たしかに白血球が少なくなれば免疫が落ちている可能性がありますが、それも免疫がまったく正常の方でもなんらかの感染がなければ低い数値になっていることはよくあります。逆に感染症を起こして高熱にうなされ、重症になっていれば白血球は上昇していますが、そもそも感染を起こしているのですから、免疫がしっかり働いて、などと感じないはずです。

 副作用から見たとき、このICIの恐ろしいところは、がん細胞が免疫から逃げるために使っているPD-L1という分子は、正常細胞も必要な時に使う大切な機能のひとつである、そこを阻害してしまう、ということです。つまりICIが働けば、免疫細胞はがん細胞の攻撃を始めるだけではなく、それを使って免疫から攻撃されないようにしている正常な細胞も攻撃を始めるのです。

 キイトルーダを使用したこの試験でのその代表が甲状腺機能低下、あるいは亢進です。橋本病(甲状腺機能低下)、バセドウ病(甲状腺機能亢進)はいずれも免疫の異常によって引き起こされます。これがICIによって引き起こされるのです。それ以外にも、ICIには抗がん剤では見られない特徴的な副作用があることがわかってきています。アトピーに似た皮膚の炎症はよく見られる合併症です。副腎機能異常、心筋炎といった重篤な副作用も報告されています。

 ICIを使って治療を行っている医師の間では、免疫のお薬だから、効果は高く、副作用は軽い、だから抗がん剤よりも気楽に使える、と考えるのは早計だということがもうわかっています。ただいままで抗がん剤で治療してきても効果が今一つ得られなかったがん患者さんには、選択肢が確実に増え、朗報であることは間違いありません。

 長くなりましたので、次回と2回に分けて、トリプルネガティブ乳がんと免疫チェックポイント阻害剤について、さらに解説していきます。

2021年4月28日 新聞の記事から 2008年にがんと診断された人の10年後の部位別生存率

 4月27日 国立がん研究センターが、2008年にがんと診断された人の10年後の生存率を発表しました。といってもこれまでも発表はなされてきたので、最新のデータに更新されたというのが本当です。各新聞報道も大きく扱ったようです。

 紙面では、” 胃や大腸など、がん全体で、10年後の生存率は59・4%” と発表されています。専門的ながん医療を提供している全国240施設の約24万症例を対象にした調査で、これまでに発表された10年生存率の統計で、最も大規模なものです。がんは不治の病とされていましたが、実際には半分以上の方が生還されているということは驚きをもって迎えられたと思います。

 ちょっとひっかかったことです。私が読んだ新聞数紙では、”胃がんや大腸がんなど” と書かれていることが多かったのですが、皆さんの新聞ではどうですか?すでに女性は大腸がん、肺がんの順で亡くなる方は多いので、すでに4位に落ちた胃がんをトップに述べるのは“古いな”という印象です。いまでも胃がんががんの象徴なのかな、と推測できます。マスコミの方々の頭脳の刷新をしてもらいたいものです。 

 がんの種類別では、10年生存率が最も高いのは前立腺がんで、98・7%。女性の乳がん(87・5%)、子宮内膜がん(83・0%)、子宮頸(けい)がん(70・7%)、大腸がん(67・2%)と続きました。私の就任のあいさつでも書かせていただいたとおり、乳がんの生存率の高さが際立ちます。(前立腺がんだけは統計の処理の違いで、少しおかしなデータになっています。)

 ただここまでは新聞でも描かれている記事ですので、私は別の視線から記事を深堀してみたいと思います。毎日新聞のサイトには部位別がんの5年、10年生存率のグラフと数値が出されていました(https://mainichi.jp/articles/20210427/k00/00m/040/039000c)。だれでも見られるので参考にしてみてください。

 例えば大腸がんではそれぞれ72.6%そして67.2%です。100からマイナスしてみます。すると大腸がんでは最初の5年で27.4%なくなり、その後の5年間でさらに5.4%なくなる計算になります。

 胃がんは72.1%、66.0%ですので、27.9%、6.1%となります。子宮内膜がんは84.4%、83.0%ですから15.6%、1.4%、子宮頸がんは75.2%、70.7%なので24.8%、4.5%になります。こうして5年間で亡くなる方、その後の5年間で亡くなる方を計算して、グラフ化してみました。

 下、左のグラフがそうです。そのままではわかりにくいので右に計算しなおしました。右のグラフでは最初の5年間で亡くなる方を100とし、そこからの5年間で何人が亡くなるか、揃えてみました。乳腺で赤が飛びぬけて高いと感じませんか?

 これが乳がんの特徴です。子宮内膜がんやすい臓がんはその逆で低い。つまり最初の5年間を生き抜けば、その後はずいぶん安心と言えます。ところが乳腺では60%相当の方が次の5年で再発されるため、油断できません。

 乳がんの患者さんでホルモンレセプター陽性乳癌として、毎日ホルモン剤を飲まれている方がおられます。2008年の段階ではこれらの方のほとんどがホルモン剤を5年で終了していました。現在では患者さんによりますが延長され、10年、15年継続して飲まれている方もおられます。さて乳癌の患者さんの中でホルモン剤を飲まれている方の割合はどれくらいかご存知ですか?60から70%なのです。それらの人が5年間無事に過ごされて、その時点でホルモン剤を完了している。もしその時点ではがん細胞は消えておらず、ホルモン剤によって抑え込まれていただけだったとしたら…

 もちろんホルモン剤を5年で終了したすべての方がその後の5年間で再発するのではないので、60%で一致しているのはただの偶然です。ただ相当に不気味であることは事実でしょう。実際、乳がんならでは特徴である、5年の経過だけでは安心できない、その原因にホルモン剤の影響があることは間違いない事実です。

 このことを解説した記事を4月23日に書きました(https://www.nishihara-breast.com/blog/2021/04/4/)。ここでもう一度参考にしていただければ、さらに理解が深まると思います。ホルモン剤を飲まれている乳がん術後の方はここでもう一度、深堀して考えていただければと思います。

2021_04_28グラフA
2021_04_28グラフB

乳頭異常分泌について

 ■「乳頭からの異常分泌」についてお話します。

 通常、乳腺は人生の中で授乳期以外にはあまり役割がありません。そのため乳腺は妊娠し、授乳を行って初めて完成する、体の中ではもっとも遅く成熟する臓器といわれています。

 乳頭には目には見えませんが、非常に小さな穴が開いていて、“乳管”と呼ばれる管で乳腺に連絡しています。妊娠がきっかけで初めてこの乳管は完全に開通し、乳腺で作られた乳汁を乳頭に運びます。

 下の写真では、授乳期ではないのに、乳頭からさまざまな分泌液が出てきたことで来院された患者さんの写真を示しています。このように普段は意識をしていなくても、乳頭にはきちんと穴が開いています。授乳が始まればそこからミルクがでてくるのは当たり前ですが、そうではない時にミルクではないものが出てくるのは異常です。

 しぼると赤ちゃんもいないのに乳頭からおっぱいが出てくる、知らない間にブラジャーなどの下着にしみができている、じくじくして気持ちが悪い、下着にできたしみをよく見ると出血しているなど、乳頭異常分泌にはさまざまな訴えがあります。こうした訴えは妊娠し、授乳経験がある方に多い傾向がありますが、妊娠経験がない方でも認められることがあります。

乳頭異常分泌の原因

 原因には、ホルモンの異常、乳管(乳腺から乳頭まで乳汁を運ぶ管)の感染や炎症、そして乳管の良悪性腫瘍などが考えられます。

 こうした異常分泌が見られる際に、写真の左側のような、両方、あるいは片方であっても乳頭のさまざまな部位から出てくるミルク状の分泌、黄色を帯びた透明な液体は、その多くが問題ない所見と思ってかまいません。もしこれらがすべてがんからの出血であれば、乳腺全体ががんに侵されており、まして両側であれば両方の乳腺がいっぺんに乳がんに侵されていることになります。そんなことはめったに起こりません。したがって写真のようにいろいろなところから出てくる分泌物は、がんが原因でないと考えるほうが自然です。

 そのことから逆に問題になるのは、「血液を混じた分泌物」が、「片方の乳頭(もっといえば乳頭のいつも同じ穴、乳管開口部」から、「持続性」に認められる場合です。写真で言えば右側がそれにあたります。こうした分泌物は、乳管にできた腫瘍が原因となっていることがあり、早めの精査が勧められます。

 写真でははっきりとした出血ですが、こうした例はむしろ外傷や、術後に認められるもので、ほとんどの症例は出血といっても、真っ赤な血液が出てくることは少なく、赤み、あるいは茶色みを帯びたどちらかといえば透明な液体が出てくることが多いようです。その分泌液に血液が混じっているかどうかは、反応液をしみこませた試験紙を使うことで簡単に調べられます。

そして実際に血液が混じっているとなれば、さらに詳しい検査になります。

 大腸がんの検査で、便潜血を調べ、血が混じっていることがわかれば大腸ファイバーをして、がんがないかどうか調べますね。それに考え方は似ています。

乳頭異常分泌

左側の写真の患者さんでは、乳頭のいろいろな部位から黄色の浸出液が出ている。明らかな出血は認めない。

乳頭出血

右側の写真の患者さんでは一つの孔から、明らかな出血が認められる。この方では絞らなくても持続的に出血しており、入浴すると、お湯に糸のように血が流れているのが見えたと言われていた。

乳頭異常分泌の検査

 乳頭異常分泌を主訴に来院された患者さんであっても、通常通り、マンモグラフィと乳腺超音波検査が行われます。この二つの検査は乳腺の検査のゴールデンスタンダードです。それで何か異常があれば、それから異常分泌の原因が推察されますので、それを優先的に検査します。

 問題は、マンモグラフィと超音波検査のどちらにも異常が認められない場合です。

 今までのお話の中にも出ましたが、乳頭には乳汁を出すための穴があります。非常に細く、また普段は閉じているため肉眼ではなかなか確認できません。ただ技術的にはその細い管を探し当て、挿入し、中を観察することのできる「乳管鏡」という内視鏡が開発されています。右の写真はその実際の風景です。細い針のようなカメラですが、決して「刺して」いません。挿入されています。もちろん局所麻酔も使って痛みのないように検査されます。そういうところまでは便潜血が認められた時、大腸ファイバーを挿入し、検査する、流れとそっくりです。しかし乳管内視鏡は、あまり普及しておらず、特定の施設でなければ持っていません。われわれも持っていません。

 乳管内視鏡はその構造上あまりにも細く、かろうじて観察のみ可能で、たとえ何か病変を認めたとしても、その一部を採取したり、調べたりすることがほぼできません。がんと診断をつけるためには、結局ほかの検査方法に頼らざるを得なくなることが原因です。

 つまり乳頭から異常分泌があり、乳管鏡で何かが見えたとしても、それがマンモグラフィや、超音波検査で捕まらないのであれば、それは数㎜大の極小な病変であり、それがすぐに命にかかわるような事態にかかわることはほとんどないのです。経過観察し、その他の検査で認められるようになってから、確定診断がついたとしても、それで十分治癒させ得る、と考えられているのです。

乳管鏡実際

乳管鏡を実際に施行しているところ。

カメラなので先は針ではありません。細いグラスファイバーを乳管の中に挿入して、内部を観察します。ただほぼ観察しかできません。

乳管鏡シェーマ

図にすると こういう感じで検査は行われています。

乳管鏡1

実際の乳管鏡の画像から、この乳管は正常な粘膜におおわれています。なめらかでつるつるしており、きれいなピンク色です。

乳管鏡2

少し離してみてください。赤くて丸いポリープがあることがわかります。この病変は乳管内乳頭種と呼ばれる良性のものでした。

乳頭異常分泌への対応

 先に述べましたが、マンモグラフィ、超音波検査、場合によってはMRI検査まで行われますが、それでも異常が認められない場合には原則、経過観察で問題ない場合がほとんどです。

 乳管内視鏡をして何かを見つけても、その検査だけで診断を確定することはできず、そして結局主訴である異常分泌をとめることもできないため、この検査は普及していません。我々の施設でもこの内視鏡はできません。

 ただ患者さんにとって、ずっと継続している出血や分泌は、下着も汚れ、場合によっては衣服も汚れるので不快なものでしかありません。ましてやポリープや、場合によっては極小だといっても、乳がんが潜んでいる場合もあるとなければ気にもなります。

 最終的には全身麻酔下に行われる「選択的腺葉区域切除術」によって、この原因を排除し、根治させるとともに、診断を確定させることができます。(手術の内容はここでは触れません)

 もちろん全ての患者さんにこの手術を受けることは勧められません。先述の通り、

1. 血液を混じた分泌物が、

2. 片方の乳頭、もっといえば乳頭のいつも同じ穴、乳管開口部から、

3. 持続性に認められ(我々のデータでは平均3か月観察しています。出血が多い、ご高齢、MRIで所見がある、などがあれば、観察期間を短くして手術に踏み切る傾向があります)

4. マンモグラフィや超音波検査で所見がない、あるいは診断が確定できない場合に勧めています。

 私が部長をしていた姫路赤十字病院では、実際にこの方針にのっとって手術を行っていました。昨年末にこうして最終的に手術を行った133例の患者さんの解析を行いました。結果 85.1%の患者さんに良性悪性を含めて何らかの腫瘤が発見され、37.6%で乳がんが発見されました。もちろんそのすべてで乳頭出血の主訴は消失しました。そして乳がんと診断されたほぼすべてがステージ0から1の早期がんで、実際乳がん症例の73.7%はステージ0の非浸潤性乳管がん(DCIS)と呼ばれるほぼ治癒が期待できるものでした。

 したがって乳頭異常分泌を認める方はこの基準にのっとって経過観察し、定期的に検査をし、その過程で手術をする、しないを決定していくことで問題はない、と言い切れると思います。不安や疑問があれば時々に応じて相談しながら、検査と経過観察に付き合ってください。

■セカンドオピニオン

 それでも、もし他の病院で検査を受けてみたい、意見を聞きたいと思われたら、遠慮せずにおっしゃってください。だまって行かれたら、全ての検査がそちらの病院でもやり直しになります。気になされることはありません。紹介状を書き、今までの検査結果をお貸しいたしますので、おっしゃってください。そのことで患者様の今後に不利益があることは決してありません。

にしはら乳腺クリニック院長 渡辺直樹