2023.09.29
当院を初診で来院される方の多くは乳腺の痛みを主訴としておられます。まずその原因の診断が必要です。原因がわかって初めて効果的な治療法が決まります。
“乳腺痛”が主訴であるとき、多くの方が自分は乳がんではないか、と心配しています。
[乳がんか] ↔ 「乳がん以外の原因か」
この診断は容易です。痛みを呈するほどのがんであれば発見が難しい極小の早期がんであることは考えにくいからです。問題は痛みの原因が乳がん以外にある場合です。
[乳腺からの痛みか] ↔ [乳腺以外からの痛みか]
前者の乳腺からの痛みであれば、生理前後に規則正しく起こる乳腺痛、閉経前後に不規則に起こる乳腺痛があります。この詳細は後述します。ここでは「乳腺症」と呼ばせてください。これには腋窩の痛みも含まれます。
他に乳腺の打撲、乳腺炎(細菌の侵入による化膿性のもの、糖尿病による無菌性のもの、特発性乳腺炎など)、のう胞が張って圧力が高い、などあります。
意外と多いのは、不妊治療、更年期障害の治療の際に用いられる婦人科処方の薬剤による副作用としての乳腺痛です。
後者の、乳腺以外からの痛みには、帯状疱疹が乳腺にまで及んでいる、肋骨骨折が乳腺の下で起こった、肋軟骨の石灰化に伴う痛み、自然気胸による痛み、草抜きを頑張った後の大胸筋の筋肉痛、心筋梗塞の一歩手前の狭心痛、などがあります。
もちろんここに書いた以外の原因もあります。
痛みを主訴として来られた際に、それを診断に結び付けるには痛みを分析する必要があります。たとえば1年以上変化しない乳腺痛であれば、乳がんではありません。がんによる症状は時間経過とともにかならず増悪するからです。青色で塗った部分に〇をつけてみましょう。あくまでも目安に過ぎませんが、ご自身でもだんだんと病名が絞れてきます。
痛みを分析すれば病名の候補がわかります。傾向があるのです。
・まず“痛み”を5点満点でレベル分けしてみましょう。
想像しうる最高痛み、たとえば陣痛による痛みを5、虫歯による耐えられない痛みを4、腰痛など針で刺されるような痛み止めが欲しくなるような痛みを3として、あなたの痛みは5点満点で何点ですか?
・痛みはどれくらいの期間続いていますか?
あったりなかったり、それが結局2週間以上続いている、も左に含まれます。
・閉経の有無
ここでは更年期として自覚されている人は真ん中と思ってください。また閉経したかどうかわからない人もこの時期に入られると思います。60歳を超えれば既閉経と考えてくださって結構です。
年齢とも関係しますが、不妊治療は若年者ですし、更年期の薬は更年期に使用されます。
打撲や、筋肉痛に年齢はあまり関係しません。乳腺痛はやはり生理と関係します。
・出産・授乳経験
しっかり授乳した乳腺は“枯れて“しまい、硬さや張りを失っています。これは年齢とは関係しません。授乳したかしないか、です。逆に50歳近くの方でも、授乳経験のない方は乳腺がしっかり残っており、生理のたびに張る感覚は残っていることが多いと思います。
・ホルモン補充療法の有無
代表的なものは不妊治療、そして更年期障害の治療です。女性ホルモンの使用の有無、量、期間、中止してからの経過期間、それぞれ関与します。
乳腺症は直接関係しませんが、ホルモンバランスが悪い方が発症しやすいため、乳腺症がある方がホルモン補充療法を受けている傾向があります。
分析してみると、たぶん自分はこれだな、とわかります。
もちろんこれだけで決まるものではなく目安です。かならず医師の診察の元で一緒に乳腺の痛みについて考えていく基準になります。
ここでは触れませんでしたが、もう一つ重要な指標があります。
その痛みは 改善している ↔ 変わらない ↔ 悪化している
この指標は 右に行くほど何らかの疾患が存在していることを示唆します。
もし悪化していれば いったん何らかの診断がつき、治療を始めていたとしても油断してはなりません。ほかの病気が隠れている可能性もあるからです。
医師に必ず相談してください。乳腺症の場合はほとんど “変わらない”に入ります。逆にがんはかならず悪化してきます。
乳腺症だな、そう決まったとして、乳腺症、つまりホルモンの影響で乳腺や腋窩が痛む、それはなぜか、それを別の機会に解説します。
2023.08.15
今年7月27日 京都大学が乳がんの遺伝子変異に関して画期的な研究結果を発表しました。見れなくなる前にぜひ見ておいてほしい内容です。まだここから見れます。
とはいえ、この内容はかなり衝撃的なもので、ここで触れるかどうか、今の今まで悩んでいました。
乳がんの一部は、診断される数十年前、患者が10代前後の時点で、がんのもとになる最初の遺伝子変異が起きていたとみられることが遺伝子解析でわかったと、京都大学などの研究グループが発表しました。乳がんの早期発見や治療につながる可能性があると注目されています。
京都大学大学院医学研究科の小川誠司教授などの研究グループは、特定の遺伝子変異が原因とされる乳がんの患者9人からがんの組織などを採取して遺伝子解析しました。
変異の数から変異が起きた時期を推定したところ、いずれも、がんと診断される数十年前、患者が10代前後の時点で、がんのもとになる最初の遺伝子変異が起きていたとみられることがわかったということです。
今回の発表で、私が最も恐ろしいと感じたのは下の一文です。
一方、こうした遺伝子の変異は出産を1回経験するたびに55個減る計算になったということで、研究グループでは、妊娠や出産によって乳腺の細胞が置き換わることが影響している可能性があるとしています。
女性は、生理が始まる10歳台から時限爆弾のように乳がんの遺伝子変異の蓄積が始まる。それが出産、授乳を行えば巻き戻しが起こり、回復する。
どうも授乳が終わると、それまで使っていた乳腺の細胞が新しく次に備えて入れ替わるようです。しっかり授乳して、しっかり乳腺の細胞を使って、ボロボロになるまでミルクを与える。そして次に備えて作り直させる。そうすると変異した遺伝子をもつ乳腺細胞が減って巻き戻される。
巻き戻せるのなら、授乳しなくても生理のタイミングで巻き戻してくれればいいのに、なぜかそうはしないようです。授乳しない個体を”早死に”させたいかのように遺伝子の変異はただただ蓄積していく。これは不思議です。
第二次性徴を境に生殖に関する臓器にエストロゲン(女性ホルモン)の働きで遺伝子変異が蓄積し始める、同じことは生理が始まった子宮内膜にも言えるはずです。
でもそうはならない。なぜでしょうか。
子宮は、妊娠しないと生理になって内膜が剥がれ落ちて、排出されます。そしてまた新しく次の内膜が用意されます。ですので子宮内膜では先に述べた生理による遺伝子変異の巻き戻しが起こります。ですので原則として子宮内膜がん(子宮体がん)は閉経後に気を付ける必要がありますが、原則閉経前にはあまり警戒する必要がありません(稀ですがしかし”ありえます”ので注意してください)。
ただ乳腺は、実際に妊娠出産して授乳が行われないと破壊と再生が起こらない、と考えられます。確かに生理になったら張っていた乳腺が、乳頭から出血して出てきて、張りがなくなる、なんてことはないですから。
子宮は例えばサメなどの魚類にも同じ働きが認められる臓器があります。進化の過程では子宮は古くからある臓器です。でも乳腺は哺乳類から現れる臓器です。進化の過程では比較的新しい臓器なのです。ですのでそういう遺伝子変異から守る働きが進化していないのかもしれません。まして元気で、栄養状態もよく、異性も豊富に存在している、それでいて、出産しない、授乳しない、そんな哺乳類は人類しかいませんから。今後もなかなか進化しないでしょう。
”なぜ乳がんはこんなに増えているのでしょう?”
これはよく言われる質問です。しかし今回の京都大学の発表はこれにゆるぎない回答を与えたことになります。そう”少子化”が原因なのです。授乳する機会が減っていること、そして減り続けていること、それが原因なのです。食べ物、食事内容、たんぱく質を多くとる、それらは直接的には関係ないのです。
少子化が原因である、それを裏付ける根拠はいくらでもあります。
一つ例を出しましょう。乳がんは40から50歳代の若い女性がなる、そう考えておられる方が多いのではないでしょうか?
このグラフは 年齢別に 乳がんに罹患する確率を10年ごとに示したものです。
1995年(黄色の線) 乳がんが40-50歳で爆発的に増加しています。いまから30年前のことです。”乳がんは40歳から50歳くらいの若い人がなる” この考え方はこのころ形成されました。
でもそれは”若い人に多い”のではなく”高齢者で乳がんが少ない”だけなのです。
実は1995年に50歳前後の方は、団塊の世代に相当します。団塊の世代(だんかいのせだい)とは、日本において第一次ベビーブームが起きた時期に生まれた世代を指します。第二次世界大戦直後の1947年(昭和22年)4月2日〜1950年(昭和25年)4月1日に生まれています。1995-1950=45なのでわかりますね。
つまり団塊の世代から若年者の乳がんが急増し始めました。それは団塊の世代こそ、少子化が始まった最初の世代だからです。団塊の世代を生み出した、その親、祖母の時代は子供をたくさん産んでおられた、だから乳がんが少なかったのです。団塊の世代は自分たちの人数が多いので、子供をあまり作らなくなったのです。ですので急に乳がんの罹患率が増えた。そのとき”乳がんは若い人のがん”という認識が作られたのです。
少子化はしかしそこで止まっていません。一人の女性が生む数は減り続けました。現在では特殊出生率(女性一人が一生で産む数)は1.3まで減少しています。もちろんその40歳から50歳の乳がんの罹患率は 黄色からピンク、赤と時間経過とともに増加の一途です。
ただ団塊の世代もまた、10年おきに60歳、70歳と高齢になっていきます。そして高齢者の乳がん罹患率の伸びもまた明らかに認められるようになりました。つまりじわじわと乳がんは若い女性のがんではなくなってきたのです。
上記はがんセンター発表の最新データです。
乳がん罹患率の年齢階級別分布ですが、もう40歳から50歳がピークではありません。
現在の乳がん罹患率のピークは65歳から75歳なのです。中止してほしいのは、この数値は数ではありません、率です。乳がんに罹患する確率が高いのは今は”高齢者”なのです。
ただこのグラフ、まだ不自然ですよね、何か山の頂上がかけたような形になっている。
乳がんを引き起こす遺伝子異常が年齢依存性に蓄積するなら、このグラフの形はなだらかに頂上をつくらなければおかしい。いくら閉経すると蓄積するスピードが落ちるとは言ってもです。閉経は50歳から60歳で起こりますしね。
ちなみに他のがんだとどうなんでしょう。
上記のグラフは大腸がんの年齢別罹患率です。自然なカーブだと思いませんか?
年齢に伴って 遺伝子異常の蓄積が起こるなら、この形が自然なはずです。
年齢が上昇するほど、遺伝子異常が限界に達する確率が上がるからです。
乳がんも本来上の図のようなグラフでなければ変ですよね。こんな形は不自然です。
つまり 現在もまだ、高齢の方の乳がんは抑制されていると考えた方が自然です。
上のグラフは日本以外の先進国も含めた、乳がんの年齢別罹患率のグラフです。
そういう自然な形になっています。ヨーロッパや米国では日本よりも早くから平均出生率の低下が起こり落ち着いています。ですので歴史上その形に早く到達しているのです。
対して中国(China)で有名な一人っ子政策は1979年からです。日本のベビーブームは1975年です。不気味なくらいグラフの形が似ています。この頂上の欠けた形は、どこかの年齢をきっかけに急激に少子化が進んだ国の特徴的なグラフなのです。日本も中国も、また戦前のようにたくさん産むようにはならないでしょう。ですのでヨーロッパ先進諸国の形に重なるようになってくると予想されます。
ただ米国やヨーロッパの国々の出生率はそれでも1.7程度です。日本は1.3、中国は一人っ子なので1前後です。となればこのグラフの上に行く可能性もあり得ます。
結論から言えば、日本でも乳がんは高齢者のがんになる、そして現在の50歳以上の方と比較して、これからの50歳以上の方の乳がん罹患率は単純に見積もっても”倍以上になる”可能性が高いのです。
2023.07.27
乳癌の術後に、タモキシフェンや、アロマターゼ阻害剤といった飲み薬を飲まれている方は多いと思います。ホルモン感受性陽性と呼ばれる乳がん細胞は、女性ホルモン(エストロゲン)を抑制すると、増殖もそれに反応して抑制されるため、これを目的として処方がなされます。
ただこれと一緒に、ゾラデックス🄬、リュープリン🄬といった卵巣機能抑制のためのお薬を注射で併用されている方も多いと思います。注射なので痛みもあり、また値段も高価であることから必要性に関して疑問を感じておられる方も少なくないでしょう。
なぜ2種類も薬を使うのか?タモキシフェンだけではだめなのか?
これは正直、簡単に説明をすることが難しく、何度かこのブログでも説明をしてきました。よければこの内容も理解されたうえで、今回の記事を読んでいただければ幸いです。
ランダム化試験のメタアナリシス、と呼ばれる研究手法があります。
お薬が開発されたり、新しい投与方法が感がられた際に、それが本当に有効なのか、を調査することは大変な困難が伴います。たとえば皆さんの関心の高い”認知症”ですが、ある薬が開発され、これが効果があるか調査したいとなったとします。もちろん効果だけではいけません。副作用もその内容によっては効果を上回ることもあるでしょうから、合わせて調査が必要です。
その薬を飲まれた1000人の認知症の患者さん、飲まれなかった1000人の患者さんを比較することは最低限必要です。
ただこの際に飲まれた患者さんは、その製薬会社の指名した病院で手厚い介護をされ、リハビリもされていた、飲まれていない患者さんはそのままとされた、としたらどうでしょうか。結果はおそらく影響されるでしょう。
こうしたことを防ぐために様々な工夫をして、初めて信頼性のたかい結果が得られます。
ホルモン感受性の、閉経前の女性における乳がんの再発予防において、卵巣切除または抑制が有益であることが今回の研究でも確かめられました。
この調査結果は、数十年にわたる約15,000人の女性を対象とした研究に基づいており、2023年のASCO年次総会で英国オックスフォード大学名誉教授のリチャード・G・グレイ修士、修士によって発表されました。グレイ博士は、早期乳がん臨床試験協力グループ (EBCTCG) を代表してこの研究を発表しました。
「エストロゲン受容体陽性腫瘍を患う閉経前の女性にとって、卵巣抑制と卵巣切除には実質的かつ持続的な利益がある」とグレイ博士は報告しました。「以前に化学療法を受けており、化学療法後も閉経前のままである女性にも、化学療法を受けなかった女性と同様の効果が見られました。」
今回の検討の一つのポイントですが、乳がんの治療はホルモン剤を使用している方も、同時に抗がん剤をうけておられる場合があります。閉経前女性であっても、抗がん剤治療をうけると、その毒性によって卵巣機能が破壊されてしまって、医原性に閉経してしまうことがあるため、こうした女性ではあえて薬剤を付加してまで卵巣抑制を行う必要は本来ないはずです。その点に注目して今回の検討は行われています。
化学療法を受けていない女性、または化学療法後に閉経しなかった女性 (n = 7,213)の検討では
15 年時点での再発率は対照群で 39.3%、卵巣切除または抑制群では 29.5% で、絶対利益は 9.8%であった。(RR 0.71: P < 0.00001)。
化学療法前は閉経前だが、化学療法後の閉経状態が不確かな女性(n = 7,786)の検討では
15 年時点での再発率は対照群で 44.4%、卵巣切除または卵巣抑制群では 43.1% で、絶対利益は 1.3%であった(RR = 0.91; P = 0.02)。
化学療法を受けていない患者、または化学療法を受けても閉経しなかった患者では、その利益は時間の経過とともに大きくなり、絶対差で見た際に5年で約6%、10年で8%、15年で10%に増加しました。
一方、残りの半数の患者(つまり閉経してしまった患者で)の違いは「ほとんど識別できなかった」とグレイ博士は述べた。研究は数十年に及んだが、研究結果には一貫性があり、試験間に大きな異質性はなかったと同氏は付け加えました。
年齢の影響は、化学療法を受けていない患者集団で最もよく観察されます。これは化学治療によって卵巣機能が抑制、あるいは破壊されることを考えれば当たり前ですが、今回の検討では年齢は利益に明確な影響を及ぼさなかったようです。
45歳未満(n = 4,437)の患者さんでは
15年間の再発率は対照群で41.3%、卵巣切除または卵巣抑制群では30.4%で、絶対利益差は10.9%であった(RR 0.66: P < 0.00001)。
45~54歳(n = 2,776)の患者さんでは
15年間の再発率は対照群で36.1%、卵巣切除または抑制群では28.6%で、絶対利益差は7.5%であった(RR 0.82: P < 0.02)。
グレイ博士は年齢に応じた分析について説明し、まず化学療法を受けた集団のデータを提示した。同氏は、閉経前の「高齢」患者のほとんどは化学療法により無月経になると指摘しました。したがって、追加の卵巣切除や抑制は彼らにとって何の利益ももたらしません。若い閉経前の患者の約 50% も無月経になります。メタ分析の結果はこれを反映しており、39 歳未満の女性では「わずかな利点」(RR ≈ 0.80)があり、それ以上の女性では実質的な利点がないことが示されました。同氏は、このグループの試験は閉経前女性の卵巣切除を真に試験していないとして「却下」されるべきだと述べました。
(これはわかりにくいですが、解説します。いままで40歳以上の閉経前女性が、化学治療を受けていた場合、過去の試験結果がどうであれ、それは薬によって閉経している影響を除外できないので、採用できない、つまり、卵巣機能を抑制する意味は証明されていない、と述べています。)
化学療法を受けていない患者、または治療後に閉経しなかった患者では、卵巣の切除または抑制は乳がん関連死亡率および全死因死亡率の大幅な減少と関連していました。
20年時点での絶対利益差は、乳がん関連死亡率で10.9%(RR = 0.71; P < 0.00001)、全死因死亡率で11.6%(RR = 0.75; P < 0.00001)でした。(つまり乳がんによる死亡を20年間で10%も抑制する)
「これは乳がんによる死亡率の減少において非常に目覚ましい成果であり、非常に重要です。そして、これらの試験の多くで非常に長期にわたる追跡調査が行われ、その利点が少なくとも 20 年間持続することがわかります」とグレイ博士はコメントしました。
リンパ節転移陰性疾患の女性 (RR = 0.70; P < 0.00001) とリンパ節転移陽性疾患の女性 (RR = 0.72; P = 0.00005)はどちらであっても、ほぼ同じような利益が見られました。しかし、当然のことながら、リンパ節転移陽性の患者さんでは、もともと15 年再発率が高い(54.5%)ため、したがって卵巣切除または抑制による絶対利益も大きくなりました (11.9%)。
大きな違いをもたらした要因の 1 つはタモキシフェンの使用でした。タモキシフェンの併用がない場合、早期再発リスクは非常に高く、5年で40%を超えましたが、タモキシフェンを投与された患者の5年再発リスクは14%未満でした。「タモキシフェンには大きな利点があることがわかります。再発リスクが最初の 5 年間で 50%、次の 5 年間で 30% 減少します」とグレイ博士は述べました。
そのような状況では、タモキシフェンがすでに保護効果を発揮しているため、卵巣切除または抑制の利益は少なくなるでしょうが、卵巣機能の抑制を自然閉経期である50歳前後まで拡張することには価値があるように見えました。
タモキシフェンを受けていない女性では、卵巣切除または卵巣抑制により15年間の無再発生存率が17.5%向上しました(RR = 0.61; P < .00001)が、タモキシフェンで治療された女性の場合、その向上はわずか4.5%でした(RR = 0.80; P = 0.002)。
筆者注
日本では、タモキシフェンやアロマターゼ阻害剤に加えて、ゾラデックス🄬 リュープリン🄬を使っておられる方が多いと思います。したがって日本では卵巣抑制は多くの場合でタモキシフェンへの”上乗せ”効果で考えなければいけないので、それほど高いものではなくなります。
しかし私は5%程度であっても再発抑制の上乗せ効果があるならばそれはそれで意味があるとは思います。
今回の発表を踏まえて思うのは、化学治療を受けてなお閉経しなかった女性、こうした方はリンパ節転移がある、細胞分裂が盛んだったなど、再発リスクが高い、それで化学治療になっているはずです。それでもなお閉経しなかったのですから、卵巣をしっかり抑制しておいた方がいい、タモキシフェンとゾラデックス🄬、リュープリン🄬の併用がいい、ということは確実に言えそうです。
2023.07.18
表現型を詳しく見る
「病理学者は、小葉がんの病理的表現型の特徴が、CDH1 遺伝子によってコードされる E-カドヘリンの機能の喪失であることを長い間知っていました。小葉がんにおいて、がん細胞の結合力を消失したかのような異常な増殖パターンの原因となるのは、このタンパク質の喪失です。」
ほとんどの小葉がんはルミナール表現型、主にルミナール A、つまりエストロゲン受容体陽性、HER2 陰性であり、増殖率(Ki67であらわされるがん細胞中に見られる分裂中の細胞割合)が非常に低いです。
Cancer Genome Atlas データセットにおけるルミナール Aの浸潤性小葉がんと、ルミナール Aの浸潤性乳管がんの比較では、小葉がんにおけるCDH1変異の「驚くべき」高さが示されました。実際には小葉癌で68%、乳管がんでは 2%に過ぎませんでした。
FOXA1異常は小葉がんでも多く見られ、小葉がんにおける FOXA1 活性はエストロゲン受容体シグナル伝達に重要な影響を及ぼし、治療に影響を与える可能性があると最近報告されました。(FOXA1遺伝子の主な機能は、エストロゲン受容体の制御です。エストロゲン受容体は、女性ホルモンであるエストロゲンに対して感受性を持ち、細胞内でエストロゲンのシグナルを受け取ることで特定の遺伝子の発現を調節します。)
筆者注: 難しく書かれていますが、以前から乳管がんと小葉がんの現れ方の違いは、CDH1遺伝子の変異によって引き起こされるE・カドヘリンという細胞間接着因子の異常に起因すると考えられるのです。
レゴのブロックを細胞にたとえると、ブロックにはブロック同士を引っ付けるために表面に出っ張りが並んでいますが、あれがなくなっていたり、おかしくなっている状況です。当然ブロックで何も作れません。
小葉がんではそれが原因で組織への浸潤性が高く、塊を作りにくい、と考えられてきました。
ですので、切除においてはできるだけ温存せず全摘されてきました。
術前の画像診断における考慮事項
「病気の進行度、あるいはひろがりを判断することについての懸念をよく聞きます。乳房温存手術における適切なマージンは? 術前療法の役割は何ですか?」
結節の管理については、乳管がんの管理と変わらないため、彼女は議論しませんでした。しかし、小葉がんの患者はリンパ節に微小転移を伴っている可能性が高いようであり、超音波ガイド下の針吸引はこれらの病変では感度が低下する可能性があります。(小葉がんは先に述べたように細胞単位で浸潤し、転移すると考えられているため、温存するにあたっては断端距離を大きくとる、あるいはあきらめて全摘する、などの対応がとられがちです。でも実際にさまざまな検討が行われましたが、実臨床においては乳管がんと小葉がんで取り扱いを変える必要はない、という結果しか出ていないのです。)
小葉がんに限らず、がんの乳腺内での広がり、つまり腫瘍サイズを決定するための最良の画像診断法は磁気共鳴画像法 (MRI) です。他のアプローチよりもはるかに高い精度を反映しています。
「しかし、私たちの画像診断法がすべて完璧であるわけではないことはわかっています」とキング先生も認めています。メイヨークリニックでMRIを受けた59人の患者を対象に、サイズと最終的な病理学的腫瘍サイズの一致率、過小評価、過大評価の割合を検討してみた結果、注目すべきことに、今まで通りの臨床における乳房検査による乳がんサイズの推定値は、MRI で得られた推定値と同じでした。(つまりMRIをしてもしなくてもあまり差は出ないということになります。)
「画像診断法についてはまだ課題が残っていますが、一般的に、浸潤性乳がんの結果を評価するために術前 MRI を使用すると、乳房切除術の利用が増加することがわかっています」と彼女は述べた。(筆者注:つまり最初から臨床上3.5㎝と判断された乳がんがあったとして、MRIを使用して検査をすればやはり3.5㎝と診断されるのだけれども、なぜか全摘が選択される確率が高くなる、ということになります。外科医がMRI以外の臨床検査で大きさを判断しても、実際はもっと小さいから温存してみるか、病理結果を待ってみるか、と決断し、MRIで大きさを示されるとこれは確実だから全摘しかないな、と決断しているということになるでしょうか。)
約86,000人の患者を対象とした、浸潤性乳がん(小葉がんおよび乳管がん)における術前MRI使用に関するメタアナリシスでは、手術結果のオッズ比が計算されています。
MRI の使用によって乳房切除術を選択する確率は有意に増加していましたが、断端陽性率(最終病理でとり切れていないと診断される確率)や再手術の必要性は減少しませんでした。
MRI の使用は、対側の予防的乳房切除術をほぼ 2 倍に増やします。
「したがって、小葉がん患者においては、MRIを使用すべきとして施行が増加する傾向があることはよく知られているが、実際には手術成績の改善は実証されていない」とキング先生は指摘しました。
(つまり小葉がんは、その病理学的な特徴から、”塊を作らない”ことが予想されていました。ですので、臨床上は2㎝と考えられても、顕微鏡で見てみると3㎝、4㎝とがん細胞が広がっていることが多いのではないか、と外科医は考えたのです。ですのでより正確に浸潤範囲が検討できるMRIを施行し、できるだけ全摘を選択し、と努力してきたわけです。しかしそうしたほうがいい、という具体的な結果はいままで何一つ得られていない、とキング先生は指摘しているわけです。)
治療後の再発リスク
2004年から2015年までに発表された一連の研究では、局所再発率が非常に低く「許容できる」率であり、乳管がん患者の再発率と何ら変わらないことが判明しました。2011年のGalimbertiらによる最大規模の研究では、局所再発率は追跡期間中央値8.4年で5.7%、乳腺内手術と同じ範囲内では3.9%、それ以外の部位で1.8%であったことが示されました。同氏は、「より広範囲に明瞭な断端」(断端幅が10mmを超えると定義される)を有する患者では、局所領域再発に差はなかったと付け加えました。
(乳腺外科医は、浸潤性”小葉”がんに対して温存切除術を選択すれば、残された乳腺から再発しやすいのではないか、と考えていました。しかし実際にはそんなことがなく、8年追いかけて6%程度、そしてもしかすると再発ではなく、新しいがんかもしれないものも2%で含まれている、と考えられる、と述べられています。)
(浸潤性小葉がんに対して温存切除をする際に、普段 乳管がんに対して取っているよりも、断端距離を多めにとった方がいい、画像で考えられている範囲よりも大きめに切除したほうがいい、と考える外科医も多く存在していました。)
小葉がんにおける辺縁幅の問題は、キング博士の施設であるブリガム・アンド・ウィメンズ病院/ダナ・ファーバーで1997年から2007年に治療を受けた一連の736人の患者で評価されました。小葉がん患者の半数が乳房温存手術を受け、全員が少なくとも 5 年間追跡調査されました。中央値72か月(6年)の追跡調査では、乳房温存術と乳房切除術の間で局所領域再発率に差はなく、それぞれ5%未満でした。また、局所領域再発は腫瘍サイズ、悪性度、最終断端の状態と関連していましたが、最終断端の幅とは関連していませんでした。(つまり大きめに切除したほうが、取り残しが減る、ということはなかった、結論付けています。小葉がんだからと言って大きめに切除する必要はない、と言われているのです。)
術前補助療法の考慮事項
(浸潤性小葉がんも乳管がんも発見が遅れて進行して見つかることはあります。そうした際に、なんとか小さくできないか、あるいは抗がん剤に反応するかどうか確認しておきたい、そう言った理由で手術に先行して抗がん剤を施行することがあります。しかし小葉がんはホルモン感受性があることが多く、またホルモン感受性のがんは抗がん剤に対しては反応が鈍い傾向があります。小葉がんではどうでしょうか?)
小葉がん患者に術前化学治療を施行しても、病理学的完全寛解率は非常に低く、公表されているシリーズでは 1% ~ 6% であり、エストロゲン受容体陽性の乳管がん患者で見られる 9% ~ 20% よりもさらに低いです。(小葉がんは抗がん剤に反応しにくい傾向があると考えられています。)
Loiblらは、術前化学療法に対する反応を評価する最大規模の研究として、エストロゲン受容体陽性乳がん患者を対象としたドイツの9件の試験の結果をまとめたものを発表しています。全体として、小葉がん患者 1,051 人の病理学的完全寛解率は 6% であったのに対し、乳管がん患者では 17% でした。
注目すべきことに、病理学的完全寛解(術前化学治療によって、手術を施行してもがんが乳腺内から完全に消えていると診断された)が得られていても、小葉がん患者さんではそれが遠隔無病生存率(PFS)や全生存率(OS)とは関連していませんでした。
対して非小葉がん患者さんでは、病理学的緩解が得られた方ではその後の経過もやはり良好であった、という結果が得られました。
(つまり小葉がんでは、術前抗がん剤によって乳房内のがんがたとえ消えたという結果になっていても、消えなかったという結果の患者さんと比較してその後の予後に差がありませんでした。こうした小葉がんの特殊性を理解するために遺伝子の観点から研究が始まっていますが、これからの結果を待たないといけない、とキング博士はまとめています。)
細胞間の結合タンパクに異常があって、細胞がばらばらになりやすい特徴のある小葉がんの予後はやはり悪いのが事実でしょう。小葉がんの多くはホルモン感受性がありますが、あったからといって予後が良くなるのでもないようです。
しかし抗がん剤、化学治療への反応性も決して良いとはいえない。
だから手術で大きくとる、思い切って全摘する、としても結局は転移によって予後は決められてしまうのであまり影響はないようです。
何か新しい治療法が見つからない限り、一般的な乳管がんと同じ治療方針でよく、特別に意識してしなければいけない何かはない、という結論になるでしょう。
ただこの論文では触れられていませんが、小葉がんは塊、つまりしこりを作りにくい特徴があります。レゴブロックが綺麗に積み上がらないからです。そのためマンモグラフィはもちろん、さまざまな検診方法を併用してもなお発見が難しい特徴があるのも事実です。
しこりというよりぼんやりと板状に固くなり、乳腺が縮こまるイメージです。自己チェックの際にはそういう顔があることを少し意識していてもいいでしょう。
2023.07.15
乳がんのなかには,病理学的に分類されている、粘液がん,管状がん,腺様(せんよう)囊胞(のうほう)がんと呼ばれる特殊型があります。こうした特殊型の中には通常の乳がんとは予後や薬物療法の適応基準が異なるものがあります。それぞれの病態に応じた治療方針がガイドラインで示されています。
ここでは小葉癌と呼ばれる特殊型乳がんの中では比較的頻度の高い乳がんについて、その管理にどのような違いがあるのか、2023年のマイアミ乳がんカンファレンスで、FASCOのタリ・A・キング医師が、特徴、予後、最適な管理の観点から、より一般的な乳管がんとの違いについて説明してくれています。
キング博士は、ダナ・ファーバー/ブリガムがんセンターの集学的腫瘍学の副議長および乳房外科部長であり、ハーバード大学医学部の女性がん分野の外科学の教授でもあります(日本で言えば東大医学部の教授であり、東大附属病院の部長もしておられるような方、凄い…。でも今回は皆さんにもわかりやすいように不肖私が少し説明を足しながら触れていきます。)。
小葉癌は接着タンパク質とよばれる細胞同士をくっつける働きをするE・カドヘリンという物質を持っていないことが特徴です。
古くから理解されている浸潤性小葉がんは、顕微鏡で見たときに小さな丸い核を持つ単形細胞を特徴とします。そして、細胞間の接着因子であるE・カドヘリンを持たないことから推察できるように、しっかりした構造を構築せず、乳房を通してびまん性に広がる浸潤性の成長パターンをとります。(対して乳管癌は、E・カドヘリン陽性でそのタンパクを発言しており、その名前の通り、乳管構造を取りながら発育します。”浸潤性が高い”、ことは しみこみやすい、ということと同じです。つまり小さながんであっても転移しやすいのではないか、広がりやすいのではないか、と考えられたのです。)
1970 年代から 1980 年代にかけて、小葉がんという乳がんが存在し、その組織学的な特徴がよりよく認識されるようになると、当時の外科医は小葉がんを乳管がんとは別に治療すべきかどうかを疑問視し始めました。この悪性腫瘍をより深く理解するために、過去にさかのぼっての研究が行われましたが、最初の前向き研究は 2008 年まで発表されませんでした。(過去の小葉癌を見直してみて、どのように治療し、どういう経過をたどったか、を調べてみたということ。小葉癌であることを意識して治療しているわけではない。前向き研究では小葉癌を認識したうえで治療を行ってどうだったか、を調べるものになるので、内容的には異なる結果になる)。
組織学的サブタイプの比較
国際乳がん研究グループ (IBCSG)によって、中央病理検査が組織され、そこで組織像が記録された 13,000 人を超える患者を対象とした 15 件の試験の結果が得られています。それをまとめました。
IBCSG は、小葉がんは乳管がんと比較して、より高齢者に多い、より大きな腫瘍で発見されることが多い、および乳房全摘で対応されることがより多い、ことを発見しました。これは過去の症例の検討からすでに指摘されていました。
新たな発見もありました:乳管がんであるか、小葉がんであるか、はその初期にはあまり差がないものの、時間経過に伴って差が出てきます。具体的には再発無しで生存されている割合(PFS)、そして全生存割合(OS)ともに差が出ます。小葉がん患者のPFSは術後6年まで、乳管がん患者よりも著しく低いです。10年のOSで見たとき、小葉がんは乳管がんに有意に劣っていました。(小葉がん患者さんは乳管がん患者さんと比較して、術後6年間は再発しやすい傾向があります。さらに10年後に見たとき、亡くなってしまわれる方も小葉がんの方の方が確率が高いことがわかっています。つまりやはり予後は悪いのです。)
また、ほとんどの小葉がんはエストロゲン受容体陽性であり、そのような患者ではあまり術後早期には再発せず、何年もたってからの晩期再発がより一般的であることが知られています。しかし小葉がんではそれがそうではありませんでした。
「曲線の形状は、エストロゲン受容体陽性患者とエストロゲン受容体陰性患者で類似しており、予後に対する時間依存的な影響がエストロゲン受容体の状態とは無関係であることを示唆しています」とキング博士は述べました。(これはつまりホルモン受容体陽性の小葉がんと、稀ではありますが、陰性の小葉がんで予後が変わらない、ということを意味します。乳管がんではこれは全く異なります。術後早期の再発は圧倒的にホルモン受容体陰性乳がんで多い傾向があります。)
また、局所再発率(温存ならば残された乳腺、切除後の皮膚や腋窩のリンパ節での再発)は小葉がんと乳管がんで同様でした。しかし頻度で見たとき乳管がん患者では局所再発>遠隔転移です。小葉がん患者では局所再発<遠隔再発です。ゆえに局所再発率が同じであるならば、遠隔転移は小葉癌で明らかに多いということになります。乳がんが遠隔転移する場合、乳管がんは骨に広がる傾向があったのに対し、小葉がんは腹膜、卵巣、消化管に広がる傾向がありました。小葉がんでは肺への再発はあまり一般的ではありませんでした。
小葉がんは乳管がんと比較して、
1 高齢者に多い
2 大きな腫瘍で発見されることが多い
3 乳房全摘で対応されることがより多い
4 術後6年間は乳管がんよりも再発しやすい
5 10年後に見たとき、亡くなってしまわれる方も小葉がんの方の方が確率が高い
6 ホルモン感受性の有無によって予後があまり変わらない
7 乳管がんが骨に転移しやすいのに対して小葉がんでは腹膜、卵巣、消化管に転移しやすい。
乳がんの発症リスクに関しても異なる可能性がある
小葉がんの危険因子も、乳管がんに関連する危険因子とは異なる可能性があります。
ホルモン曝露に関する25件の観察研究のメタアナリシスでは、小葉がんと乳管がんについて、ホルモン補充療法、初潮年齢、閉経年齢とのより強い関連性が見られました。
ホルモン補充療法を以前または現在使用している人の中で、小葉がんの相対リスクは 2.0 であったのに対し、乳管がんの相対リスクは 1.5 でした。いくつかの個別の研究では、小葉がんに関連するリスクが 3 倍増加することが判明しました。(つまり女性ホルモンへの暴露とより強い関係があります)
小葉がんの最も強い危険因子は、上皮内小葉がん(LCIS)と以前の診断されたことがある、です。
上皮内小葉がん(LCIS)は浸潤性小葉癌と同じ細胞学的特徴を共有しますが、細胞は末端管小葉単位に限定されています。サーベイランス、疫学、および最終結果のデータによると、上皮内小葉がんの診断後のその後の乳がんのリスクは、10 年で 11%、20 年で 20%、つまり年間約 1% です。上皮内小葉がんは乳管がんと小葉がんの両方の危険因子ですが、このグループでは小葉がんが圧倒的に多く、その後発生するがんの約 30% が純粋な小葉がん、または乳管がんと小葉がんの混合です。
(筆者注: 乳管がんが周囲の組織に診断せず、乳管内にとどまっている場合は、非浸潤性乳管がん(DCIS)と呼ばれます。転移をしないという特徴があり、切除で完全に根治せしめることが可能なので、ステージも0とされます。いわば”前がん状態”ともいえる状態と思います。
同じく小葉がんにも浸潤性と非浸潤性の分類があり、DCISに対してLCISと呼ばれます。当然転移せず、ステージも0扱いです。
たとえば温存切除後に、DCISと診断された場合は、断端陰性でとり切れていることが必須であるとされ、残存乳房へ放射線治療も施行されます。対してLCISは断端の追求は厳密ではなく、放射線治療も施行せず、経過観察とされる傾向が強いです。臨床的には扱いに差があります。
この論文では、しかしそうして放置されている乳腺には後に年間1%で乳がんが発生しますよ、と注意しているわけです。)
これも続きます・・・(最近長いものが多くてすいません)
2023.07.11
ここからは残された疑問に関して、この論文のまとめを引用していきます。
私が多少の解説を加えて医師以外でも読みやすくしています。ただPFS OS IDFSなどの言葉がわからないと、まずちんぷんかんぷんになるでしょう。その1から3までを読んでから挑戦してください。IDFSは我々にも少しなじみがない指標ですが、乳房以外の二次悪性新生物、乳房内であっても乳管内がんでの局所再発が発生しても再発とせずに統計を行い、再発無しでの生存期間を調査したという値になります。
1 すべてのCDK4/6阻害剤は ホルモン感受性ありHER2陰性の閉経後転移性乳がんのPFSを延長する。しかし転移性乳がんのOSの延長効果と、術後補助療法での無再発生存期間における効果はイブランス🄬にだけ認められないのはなぜか。
筆者はこの問題に焦点を当てながら 2-5の疑問点への回答を探っていきます。
CDK4/6阻害剤は3剤ともほぼ1年PFSを延長しました。つまりいままでのホルモン剤単独であれば1年程度で効かなくなっていたものを2年程度まで効果を持続させることに成功したのです。であるならば、乳がんが再発してから亡くなるまでの最終な生存期間であるOSも1年延長していてもいいはずです。PALOMA-2の90か月(8年間)の経過観察で、結局イブランスはOSの延長を証明できませんでした。実際にはホルモン剤単独51.2か月のOSを、ホルモン剤にイブランス🄬の併用で53.9か月としたのみです。
たいしてキスカリ🄬は51.4か月を63.9か月まで延長しています。ベージニオ🄬の最終結果は2023年発表ですが、54.5か月を67.1か月に延長しそうです。残り2剤はPFSを延長した分、OSもきちんと延びていそうだ、と言えます。
しかしなぜイブランスだけOSを延ばせなかったのでしょうか?
現在はキスカリ🄬だけが、閉経後、そして閉経前ホルモン受容体陽性HER2陰性転移性乳がんにおいてもゾラデックス🄬などのLH-RH阻害剤併用を行うことによって、一次治療において、OSに有意差を証明しています。
二次治療ではどうでしょう。転移再発後、一次治療をおこない、それが効果がなくなった後であっても、キスカリとフェスロデックス🄬の併用療法は12.8か月を20.5か月までOSを延長しました。ベージニオとフェスロデックス🄬の併用は9.4か月延長しました。
要約すると、キスカリ🄬 とベージニオ🄬 はホルモン剤と併用することで、ホルモン感受性HER2陰性転移再発乳がんのPFSが延長した分の OS も改善しますが、イブランス🄬では PFSは延長しますが、OS での利点は実証されませんでした。
さらに加えて転移が想定される環境では一貫して PFS を改善する薬剤が、術後補助治療環境では OS も IDFS も改善しないのはなぜかという大きな疑問が残っています。CDK4/6阻害剤はホルモン剤に反応する転移再発乳がんの治療において、一律にPFS=無増悪期間を延長します。しかし高リスク乳がんと呼ばれるたとえ早期発見されていても、微小転移が存在していることが予想される乳がんに対して、予防的に術後に投与しても効果が一律には得られないのです。現在その目的で保険収載され、使用されているのはベージニオ🄬だけですが、キスカリ🄬もその効果が認められました。
IDFS には乳房以外の二次悪性新生物が含まれることが制限されていますが、パルボシクリブ🄬はIDFSを他薬剤ほど改善しませんでした。
これらのデータは、治療にあたる主治医が 数種類あるCDK4/6阻害剤を、同等のものとして互換的に処方すべきではないことを示唆しています。 患者には慎重にカウンセリングを受け、副作用プロファイルとOSに関して観察された一貫した差異に基づいて治療法を個別化して受ける必要があります。
残された疑問2から6に関与して、CDK4/6阻害剤を使用後 もしその効果が得られず、あるいは得られなくなり、再進行開始後にホルモン剤単剤治療は効果があるのでしょうか?
これに対する回答としてCDK4/6阻害剤併用のホルモン治療後に、転移性乳がんが再進行した後、標準的なアプローチは現在ありません。
オプションには alpelisib (日本未認可、ホルモン剤併用) 、アロマシン🄬とmTOR 阻害剤エベロリムス(アフィニトール🄬)などがあげられます。ただ複数の研究で、ホルモン受容体陽性HER2陰性の進行あるいは転移性乳がん患者のCDK4/6阻害剤(主にパルボシクリブ🄬)併用による内分泌療法治療後、再燃した場合のホルモン剤単独療法群におけるPFSが驚くほど短いことが確認されました。現在日本では保険未収載の強力な臨床抗腫瘍活性を示した経口選択的エストロゲン受容体分解剤の多くもまた、残念ながらCDK4/6阻害剤による治療後は限定的な臨床活性を示しました。
イブランス🄬使用後、再進行が始まった後の二次治療ホルモン剤単剤療法では急速な進行が起こることが知られています。この急速な進行の1つの説明は、CDK4/6阻害剤の中止後に、それまでせき止められていた細胞分裂回転(G1/S)の遮断が急激に解放された腫瘍細胞が放出されることだと考えられています。 注目すべきことに、この現象は、キスカリ🄬投与後の進行後治療の統合解析では観察されませんでした。
イブランス🄬投与によって達成された PFS の改善は、二次治療に入った段階では維持されず、むしろ増悪速度が上昇するため、これが OS の利点の欠如に寄与している可能性があることを示唆しています。
筆者注:ここまで書いていて怖くなりました。ちなみにこの論文の筆者のO'Sullivan先生の研究はLily社から資金提供を受けています。たくさんの製薬会社から受けておられますが、筆頭はLily社でした。日本ではイーライリリー社です。
ベージニオはイーライリリー社の薬剤です。
キスカリ🄬はノバルティス社です。
イブランス🄬はファイザー社です。
あとはお察しください。ただこの論文はいま医師たちによく読まれていることは事実です。
私はどの会社からも資金提供は受けていません。
2 CDK4/6阻害剤は基本的に高価である。そして副作用もある。ホルモン感受性ありHER2陰性の閉経後再発乳がん患者さんは、全員にCDK4/6阻害剤を併用したほうがいいのだろうか?としたらどのCDK4/6阻害剤を選べばいいのだろうか。ホルモン感受性が非常に高い再発の一次治療の際、いままでホルモン剤単独療法で対応して、必ずしも悪い結果ではなく、何年もそれだけで問題なかった症例は存在していた。そういう患者さん、つまりとりあえず一次治療は今まで通りホルモン剤単独でいい患者さんを見分けるマーカー、指標のようなものはないのだろうか?ホルモン剤による一次治療に反応しなくなった際に初めてCDK4/6阻害剤の使用を勧める、これを見分ける指標はあるのだろうか?
Lum AとLum Bタイプで比較した際、HER2の陽性細胞の比率が高いほど、ホルモン剤単剤での治療と比較してキスカリ🄬の併用が有意に優れたPFSを示しています。(この研究はHER2陰性を対象に行われましたが、HER2陽性細胞が0というわけではなく、少ない、あるいは発現が弱いものも陰性としています。一般にLumBタイプの方がLumAタイプの方と比較してHER2にわずかながらでも発現している乳がん細胞が多い傾向があります。)
→ HER2陰性であっても、わずかでも発現していればそれが強ければ強いほどCDK4/6阻害剤の併用を勧めた方がいい。
内臓転移、特に肝転移をともなう閉経後転移性乳がん症例では、ホルモン剤単剤よりも、ベージニオ🄬併用のほうが効果が期待できることが示されています。
De novo Stage IV乳がんではホルモン剤単独療法と比較して、最初からキスカリ🄬を併用することで予後が改善することがわかっています。
(「De novo Stage IV」という用語は、がんのステージング(進行度分類)に関連しています。ステージIVは、がんが最も進行したステージであり、他の臓器や組織に広がっていることを示します。「De novo」は、ラテン語で「新たに」という意味です。したがって、「De novo Stage IV」は、「最初からステージIV」という意味で、がんが最初の診断時点で既に他の臓器に広がっていることを指します。これは、初めてがんが見つかった段階でがんが進行転移していることを示す用語です。通常、がんは初期ステージで発見され、進行するにつれてステージが上昇していきます。しかし、De novo Stage IVの場合、がんが最初の診断時点ですでに進行しており、他の臓器に転移していることが明らかになっています。)
副作用について
ホルモン剤単独療法と比較して、CDK4/6阻害剤を併用すると、副作用が増加する可能性がありますが、全体的な生活の質の低下は観察されていません。
イブランス🄬とキスカリ🄬の場合は、最もみられる比較的重篤な副作用は好中球減少症です。キスカリ🄬は、QTcF 間隔の延長(キスカリ🄬とタモキシフェンの投与を受けた患者では約 16%、キスカリ🄬とアリミデックス🄬あるいはフェマーラ🄬 の投与を受けた患者では 7%)と、血清トランスアミナーゼの上昇(肝機能異常)を引き起こす可能性があり、これが治療中止に至る最も頻度の高い理由です。
(筆者注:QTcFは、心電図(ECG)の解析において使用される指標であり、心臓の電気活動の正常性を評価するために使用されます。QTcFの延長は、心臓の電気活動に異常があることを示す可能性があります。正常な心電図は、一定の間隔で心室の収縮と再分極が行われます。しかし、心臓の特定の状態や薬物の副作用などによって、QTインターバルが長くなることがあります。QTcFの延長は、心室頻拍(ventricular tachycardia)や心室細動(ventricular fibrillation)などの異常な心拍を引き起こす可能性があります。特定の薬物は、QTcFを延長させることが知られており、これは重篤な副作用を引き起こす可能性があるため、医師は薬物の使用に際してQTcFのモニタリングに注意を払うことがあります。)
ベージニオ🄬は、イブランス🄬やキスカリ🄬とは異なる薬理学的および毒性プロファイルを持っています。ベージニオでは好中球減少症は少ないですが、下痢、吐き気が多く、頻度は低いですが静脈血栓塞栓性イベント(5%)が発生します。下痢は 一般に悪性度は低く、減薬や入院につながることはほとんどありません(筆者注 でも下痢止めの薬を併用しておくことがほぼ必須です)。臨床試験において患者の約 81% が下痢を報告しました(筆者注:これは多いでしょう。それに生活の質は落ちないと書かれていますがやはり落ちるでしょう。)。
CDK4/6阻害剤による好中球減少症の発生率は高いですが、発熱性好中球減少症はまれです。またこれが起こった際には用量をそれに応じて次第に減量していくことが多いのですが、それを減量してもPFS に悪影響を及ぼしません。その他のまれなことですが、 重篤な副作用には、間質性肺疾患/肺炎および静脈血栓塞栓症イベントが含まれます。
まとめ(これは私が書いています)
ホルモン感受性あり、HER2陰性乳がんがたとえばリンパ節転移が激しい、皮膚に著明に浸潤しているなど、進行して見つかった場合、また残念ながら再発してしまった場合は、やはり現状ではホルモン剤とCDK4/6阻害剤の併用が最初から勧められると思われる。
長期間(5年以上)ホルモン剤を飲用しながら経過していて、骨転移で再発が見つかった(つまり肺や肝臓など内臓に転移がなければ)場合などで併用しないことも検討される。
早期乳がんであっても、LumBタイプでHER2がわずかでも陽性である、Ki67の値が20%を超えるなど、悪性度の高い乳がんであった場合は、再発予防の観点からCDK4/6阻害剤の数年間の併用を行っておくことが勧められる。
この論文からはイブランス🄬に有利な点は読み取れない。しかし実際の使用感からはイブランス🄬は比較的副作用がコントロールしやすく、軽いという特徴がある。CDKをすべてブロックすると副作用が強すぎて薬としか使えないことから、CDKをどこまでブロックするか、効果と副作用の兼ね合いで検討する必要があるのだろう。CDK4/6阻害剤の併用の有無、薬の選択については、費用、副作用、そしてその方のがんの状況によって複雑に影響されるため、主治医としっかり話し合って決めていく必要があるだろう。
2023.07.07
細胞は分裂することで増殖します。細胞分裂は周期があり、これが回転して1個が2個、2個が4個と増えていきます。これを自転車が走って進んでいくことにたとえます。後輪が回転して自転車が進むことで、がんが増殖するとします。
がん細胞に限らず、細胞はCyclin Dと呼ばれるタンパクの存在によって、細胞はG1期からS期へと進行し、DNAの複製を行うことが可能になります。つまり細胞分裂が進んでいきますが、このCyclin Dは自転車のペダルのようなもの、と思ってください。
Cyclin DはCDK(サイクリン依存性キナーゼ)と結合します。CDKは細胞内に存在しているタンパク質キナーゼです。これはペダルをこいでいる足と思ってください。誰かが漕がないとペダルは回りません。
Cyclin DにCDKが結合するとペダルが回り始め、それは特定のタンパクにリン酸基を付加することで細胞内のシグナル伝達を制御します。このリン酸基はチェーンのようなものです。チェーンは後輪に力を伝えます。
こうして自転車の進行(細胞の増殖)は、細胞周期の進行(後輪の回転)で起こり、それはCyclin D-CDK複合体の形成と活性化(漕ぎ手がペダルをこいで、リン酸基をチェーンとして伝える)によって厳密に制御されています。
このCDK4/6を阻害することに成功すれば(漕ぎ手を奪ってしまえば)少なくとも無制限な細胞分裂は止まります。CDK4/6阻害剤 (パルボシクリブ(イブランス🄬)、リボシクリブ(キスカリ🄬)、アベマシクリブ(ベージニオ🄬)) と内分泌療法 (ホルモン剤) の併用療法は、ホルモン受容体陽性HER2陰性の進行あるいは転移性乳がんの治療に大きな進歩をもたらしました。標準治療がついに書き換わろうとしています。
さあお待たせしました。ここから論文の内容に入ります。
ホルモン受容体陽性、ERBB2陰性乳癌に対するサイクリン依存性キナーゼ4/6阻害剤:総説
O'Sullivan CC, et al: JAMA Oncol 2023
ランダム化第三相試験の結果から、ホルモン感受性HER2陰性の閉経後転移性乳がんの一次治療、二次治療におけるホルモン単独療法 (アロマターゼ阻害剤、タモキシフェン、またはフルベストラント) と比較して、CDK4/6阻害剤を追加することで疾患進行のリスクが約半分に減少することが実証されました。
これにより米国食品医薬品局と欧州医薬品庁は、一次治療、二次治療の両方で 3 つの CDK4/6阻害剤 の使用を承認しました。ただし、作用機序、副作用の内容、全生存期間 (OS) に関しては、3つのCDK4/6阻害剤の間で違いが明らかになりつつあります。
たとえばベージニオ🄬とキスカリ🄬はどちらも、進行再発乳がんだけではなく、高リスクホルモン受容体陽性早期乳がんに対する有効性を実証しています。イブランス🄬では証明されていません。
標準治療が3つもあっては困ります。ジェネリックのように基本同じ効果、同じ副作用であるならばまだしも、効果も副作用も異なるのでは混乱してしまいます。どこが違うのでしょうか。そしてどう使い分ければいいのでしょうか。
まずこれら3剤が乳がん治療に与える効果を証明した研究を復習してみましょう。
PFS、OSについてはもういいですか?理解していますか?もしまだでしたらその2を読んでおいてください。
一次治療、これは再発や進行(手術にならない)がんが見つかって最初の治療ということです。二次治療、これは一次治療で反応しなかった、あるいは反応していても再び進行が始まった際の二番目の治療を意味します。
PALOMA-1 : ホルモン感受性ありHER2陰性の閉経後転移性乳がん治療が対象
フェマーラ🄬単独とフェマーラ🄬+イブランス🄬の比較です。
一次治療においてPFSを10.2 か月から20.2か月に延長した(Phase 1/2)
ただしそれによるOSへの影響は証明できていない。
PALOMA-2:ホルモン感受性ありHER2陰性の閉経後転移性乳がん治療が対象
フェマーラ🄬単独とフェマーラ🄬+イブランス🄬の比較です。
一次(二次)治療においてPFSを14.5 か月から24.8か月に延長した(Phase 3)
ただしそれによるOSへの影響は証明できていない。
MONARCH-3:ホルモン感受性ありHER2陰性の閉経後転移性乳がん治療が対象
ホルモン剤単独とホルモン剤+ベージニオ🄬の比較です。
一次(二次)治療においてPFSを14.7 か月から28.2か月に延長した(Phase 3)
OSへの影響は、証明はされていないが、二次治療で改善が認められた。
MONALEESA-2:ホルモン感受性ありHER2陰性の閉経後転移性乳がん治療が対象
フェマーラ🄬単独とフェマーラ🄬+キスカリ🄬の比較です。
一次(二次)治療でにおいてPFSを16.0か月から25.3か月に延長した(Phase 3)
OSへの影響は、証明はされていないが、一次・二次治療で改善が認められた。
MONALEESA-7:ホルモン感受性ありHER2陰性の閉経前転移性乳がん治療が対象
タモキシフェンあるいは AI + LH-RH (ゾラデックスあるいはリュープリン)単独と
このホルモン治療+キスカリ🄬の比較です。
一次(二次)治療でにおいてPFSを13.0か月から23.8か月に延長した(Phase 3)
ただしOSへの影響は証明できていない。
それぞれ素晴らしい成績です。基本 ホルモン剤単独であれば1年程度であった効果が、CDK4/6阻害剤を追加すれば2年に延長する、ことが分かったのです。これは大変すばらしい成績です。PALOMA2の成績が発表された時、私も米国臨床腫瘍学会(ASCO)の現場でこれを聞いていましたが、会場の乳がん関連の発表がこればかり注目されて他がかすんでしまっていたことを覚えています。
標準治療が書き換わる、これは大変なことです。
これ以降、ホルモン感受性ありHER2陰性の閉経後転移性乳がん治療の、一次治療は、二次治療は、ホルモン剤単独ではなく、ホルモン剤にCDK4/6阻害剤を併用すること、が標準治療となりました。
日本乳がん学会の治療ガイドラインにも「非ステロイド性アロマターゼ阻害薬とCDK4/6阻害薬の併用が第一に検討される」の一文が添付されました。
しかし気付かれた方もおられるでしょう。そう3剤でイブランス🄬だけはOSでの延長効果が認められませんでした。
CDK4/6阻害剤のこうした成功を受けて、手術もできないような局所進行がん、再発乳がんだけではなく、手術可能な比較的早期乳がんであっても再発リスクの高い、悪性度の高い乳がん患者さんに、術後にCDK4/6阻害剤を予防的に投与すれば再発は減るのではないか、この研究が行われました。
術後補助療法において、ホルモン剤単独 VS ホルモン剤+CDK4/6阻害剤という臨床試験です。
しかし 実はこの研究がいま起こっているCDK4/6阻害剤における混乱のもととなりました。
ホルモン感受性乳がんにおける術後補助療法における CDK4/6阻害剤の使用を評価する前向き試験では、矛盾する結果が示されています。
PALLAS 試験 (n = 4600): ホルモン感受性HER2陰性 ステージ2、3の乳がんにおける術後補助療法
ホルモン剤単独 vs ホルモン剤+2年間のイブランス🄬
2回目の中間解析では、研究は無駄であるとして中止されました。
3年間での浸潤癌の再発無しで生存される確率は 単独で88.5%、併用で88.2%と差がありませんでした。
Monarch-E (n = 5637) :ホルモン感受性HER2陰性 高リスク乳がんにおける術後補助療法
ホルモン剤単独 vs ホルモン剤+2年間のベージニオ🄬
2年間での浸潤癌の再発無しで生存される確率は 単独で89.3%、併用で92.3%
4年間での浸潤癌の再発無しで生存される確率は 単独で79.4%、併用で85.8%
改善効果が証明されました。
これをうけて米国、そして日本でもKi-67 が 20% 以上のリンパ節転移陽性ホルモン受容体陽性HER2陰性乳がん患者に対して術後補助療法としてベージニオ🄬とホルモン剤の併用を承認しました。
NATALEE 試験:ホルモン感受性HER2陰性 高リスク乳がんにおける術後補助療法
ホルモン剤単独 vs ホルモン剤+3年間のキスカリ🄬
これはこの論文の時点では結果が発表されていませんでしたが現在は出ています。
3年間での浸潤癌の再発無しで生存される確率は 単独で87.1%、併用で90.4%
改善効果が証明されました。
気付かれた方もおられるでしょう。そう3剤でイブランス🄬だけは補助療法として効果を証明できませんでした。
ただ同じような薬剤が3剤もあればそれだけでも混乱します。
同じ効果、同じ副作用なら、一番安い薬がベストでしょう。ただ先に述べたように効果も、そして副作用も異なるのです。標準治療とまで言うのなら、そこをはっきりさせる必要があります。
残された疑問
1 すべてのCDK4/6阻害剤は ホルモン感受性ありHER2陰性の閉経後転移性乳がんのPFSを延長する。しかし転移性乳がんのOSの延長効果と、術後補助療法での無再発生存期間における効果はイブランス🄬にだけ認められないのはなぜか。
2 CDK4/6阻害剤は基本的に高価である。そして副作用もある。ホルモン感受性ありHER2陰性の閉経後再発乳がん患者さんは、全員にCDK4/6阻害剤を併用したほうがいいのだろうか?としたらどのCDK4/6阻害剤を選べばいいのだろうか。ホルモン感受性が非常に高い再発の一次治療の際、いままでホルモン剤単独療法で対応して、必ずしも悪い結果ではなく、何年もそれだけで問題なかった症例は存在していた。そういう患者さん、つまりとりあえず一次治療は今まで通りホルモン剤単独でいい患者さんを見分けるマーカー、指標のようなものはないのだろうか?ホルモン剤による一次治療に反応しなくなった際に初めてCDK4/6阻害剤の使用を勧める、これを見分ける指標はあるのだろうか?
3 CDK4/6阻害剤を使用しながら腫瘍が再び増悪を始めた、その際に、ホルモン感受性は失われていることが報告されている。それはCDK4/6阻害剤の種類によって差があるだろうか?
4 CDK4/6阻害剤が利かなくなるのはなぜだろうか?その耐性獲得の機序はどうなっているのだろうか?それはCDK4/6阻害剤の種類によって差があるだろうか?
5 腫瘍の微小環境はどのようにCDK4/6阻害剤への反応性に影響するのだろうか?それはCDK4/6阻害剤の種類によって差があるだろうか?
6 失われてしまったホルモン感受性は戻ってくるのだろうか?もし可能ならどうやって?
2023.07.07
がんはこの現在においても完治は難しい疾患です。
手術や放射線治療といった局所治療がいまでもなくならないことがその証拠です。
手術は切除したところしか治せない、放射線も当てたところしか治せません。もちろん全身を切除することも、全身に放射線を浴びせることもできません。なので局所治療と言います。
たいして抗がん剤やホルモン剤は全身治療と言います。薬を飲めばその薬は全身に余すところなくいきわたります。もちろんがんではない部位に行く必要はありません。しかし現在の医療では、がんがある部位、たとえば転移が隠れている場所、小さな早期がんが発生した部位を見つけることができない、なのでがんが全くない部位を完全には区別できません。もしできたとしてもいつ発生するかわからない。ですから全身にくまなく効く薬の方が都合がいいのです。そしてその薬がたとえがんのない部位に効いても副作用がなく、がんがある部位に効いてがんが完全に消えるような薬ができればがん治療は完成します。
ですので固形癌とよばれる胃がんや乳がん、大腸がんを手術しているうちはまだそういった薬、治療法は完成していない、と言えます。
今でも毎週のように新しい薬が開発、発表され、臨床試験が行われています。新薬の99%は日の目を見ずに終わるとされます。効果がなかった、は論外として、副作用が強すぎて使い物にならない場合もあります。これらをクリアして初めて臨床試験に乗りますがフェーズ3と呼ばれる段階の臨床試験になれば、この効果が認められ、副作用も許容範囲内である新薬に対して、今まで行われてきた標準治療、つまり現状では最良の治療法とどちらが優れているか、比較することが行われます。
この試験でより優れるという結論が出た場合に、治療のガイドラインが変わり、それ以降はその新薬が標準治療になるわけです。これは世界規模で起こります。がんは人類に共通した疾患だからです。ですのでフェース3は医学の歴史そのものになります。
CDK4/6阻害剤もそのようにして、まずホルモン感受性HER2陰性進行再発乳がんの標準治療を書き換えてしまったお薬になります。PALOMA試験、MONARCH試験、MONALEESA試験という言葉が出てくるのですが、これはそれぞれパルボシクリブ(イブランス🄬)、アベマシクリブ(ベージニオ🄬)、リボシクリブ(キスカリ🄬)という薬に対して行われた臨床試験の略称になります。覚えやすいようにそう名前を付けるのですね。CDK4/6阻害剤の歴史はPALOMA-2というフェーズ3試験で始まりました。
イブランス+ホルモン剤がホルモン剤単独で治療した場合と比較してホルモン感受性HER2陰性進行再発乳がんのPFSを約2倍に延ばすことに成功したのです。これは衝撃的な結果です。副作用も好中球減少という白血球が減ること以外あまり強いものはありませんでした。そしてこれにより標準治療が変わることになりました。
さてここでPFSという見慣れない言葉が出てきます。これは”無増悪生存期間”という意味です。
このデータ、再発したがんに対する新薬や治療を研究した論文でよく使われる指標です。
ChatGPTにPFSについて聞いてみましょう。
PFS(Progression-Free Survival)とは、がん治療などの臨床試験や研究においてよく使用される指標の1つです。PFSは、特定の治療を受けた患者が病気の進行(がんの再発や増殖)なしに生存している期間を表します。
PFSは、治療の効果を評価するために重要な指標です。通常、がんの治療では、薬物療法や放射線療法などの治療が行われ、患者のがんの進行を遅らせるか、一時的に止めることを目指します。PFSは、治療が進行を遅らせる能力をどれだけ持っているかを示す指標として使われます。
PFSは、治療を受けた患者の状態を定期的に監視し、がんの進行が見られた場合にイベントとしてカウントされます。進行とは、がんの再発、新たな転移、または既存の腫瘍の増大などを指します。PFSの期間は、初めての進行イベントが起こるまでの時間を測定します。
PFSの利点は、がん治療の効果を早期に評価できることです。通常、生存期間全体を評価するよりも早く、治療の効果を知ることができます。また、臨床試験や研究において、新しい治療法の効果を比較するためにも使用されます。
ただし、PFSにはいくつかの制約もあります。進行イベントが生じた場合、その後の治療やケアによって患者の生存期間が延長される可能性がありますが、PFSではそれが考慮されません。また、PFSは進行を測定するため、治療によってがんの縮小や一時的な応答がある場合でも、それが反映されないことがあります。
総括すると、PFSは特定の治療法ががんの進行を遅らせる能力をどれだけ持っているかを評価する指標です。臨床試験や研究において、新しい治療法の有効性を比較したり、患者の治療計画を立てる際に重要な情報として利用されます。
満点の回答です。もう一つOS(Overall Survival:全生存期間)という指標があります。その違いを聞いてみましょう。
OSは、特定の治療を受けた患者ががん診断後に生存している期間全体を測定します。OSは、がんの治療やその他の要因による影響を総合的に考慮し、患者の全体的な生存期間を評価します。つまり、がんの進行や再発に関係なく、治療後の生存期間を測定します。
PFSとOSの主な違いは、測定する期間と評価する要素です。PFSは進行イベントまでの期間を測定し、がんの進行を遅らせる効果を評価します。一方、OSはがん診断後からの全体的な生存期間を測定し、治療やその他の要因による影響を総合的に考慮します。
両指標の使用は臨床試験や研究の目的に応じて異なります。PFSは治療効果の早期評価に役立ち、治療法の有効性を比較したり、治療計画を立てる際に重要な情報となります。一方、OSは治療後の全体的な生存期間を示すため、治療の長期的な効果や患者の予後を評価するのに適しています。重要なのは、PFSとOSは単独ではなく、相補的に使用されることが多いことです。治療法の有効性を総合的に判断するためには、PFSとOSの両方のデータを組み合わせて考慮する必要があります。
読んでくれていますか? (笑) 私のブログで最難関になるような気がしています(笑)。
ただこのPFSとOSの違いを分からずに、どんなに勉強し、英語の医学論文にまで手を出されたとしても、おそらく臨床における意味を理解できません。つまり自分にとってその薬剤がどんな意味を持つか、理解できません。
実はこの話 CDK4/6阻害剤を理解するのにとてつもなく重要になります。この解説をせずに本論に入れないのです。ご理解ください。
乳がんが再発したとき、もちろん様々な治療が行われます。
しかしその治療がたとえ効果があり、進行が止まったとしても、それで根治できない場合、再びがんの進行が始まることがあります。そうして一次治療という最初の治療の効果がなければ二次治療に移ります。
一次治療はその時最善と思われるものが選ばれます。つまり標準治療です。しかしやってみたら二次治療の方がより効果が高かった、ということはどうしても発生します。
でも一次治療がよく効いた方であっても二次治療は全くと言って効果がなかった、そうすると一次治療では効果がなく、二次治療でよく効いた方の方が最終的には長生きされたということが起こります。つまりOS(最終的に再発して何年生きられたか)では差が出なかったということが起こります。
対してPFSは再発したがんが再び大きくなり始めるまでの期間、つまり一次治療のみで効果を見るため、実際には後者の患者さんが長生きしていたとしても、前者の治療が優れていた、という結果になります。
薬の効果を見るだけなら別にPFSだけ見ていたらいいんじゃない、という考え方もあります。ただPFSでなく、OSで評価することはとても重要です。というのも一次治療は二次治療に影響することがあるからです。CDK4/6阻害剤を使うとホルモン感受性が失われやすいことがわかっています。つまり一次治療で効果が得られなくなればもはやホルモン剤は使えません。どうしても二次治療は抗がん剤になります。抗がん剤はホルモン剤による治療と比較して副作用が強く、どうしても長期間の治療が難しくなります。つまり最終的な生存期間が短くなる可能性があるのです。たとえ一次治療でよく効いても、それがホルモン感受性を失わせる効果があるのであれば最終的なOSが短くなる、ということです。患者さんにとっては最初のお薬が効くことも大事ですが、何よりもあとどれくらい生きられるか、それが最も重要になります。その薬だけよく効けばいいものではないのです。
「ぬか喜び」という言葉があります。日本語のことわざであり、物事が思いがけずに良い結果をもたらしたり、予想外にうまくいったりしたときに使われる表現です。具体的には、本来は喜ぶべきでないような状況や結果に対して、思わず喜んでしまうことを指します。
良い結果に出くわしたときに、驚きや喜びを感じます。しかし、その結果が一時的なものであり、長続きしないことを含んでいればぬか喜びだ、と言います。
そう考えれば、再発乳がんの治療を考える際にはPFSも確かに重要ではあります。しかしそれが「ぬか喜び」に過ぎないことを避けるために、OSの方が患者さんにとってはもっと重要な指標だ、と言えなくもないのです。
2023.07.06
このブログは再発患者さんのような、少し医学に知識があり、さらに納得いくまで新しい薬剤や、治療法について調べてみたいという方に向けて書きます。一般の方にはすこし難しいと思います。この題名を見て読みたいと思う方以外には勧めません。そして難しいので解説しながら進めますが、長くなりそうなので何回かに分けます。
現在 乳がんで治療を受けておられる方で、自分は発見された時から進行がんだとされ、術後にホルモン剤治療に加えてCDK4/6阻害剤と呼ばれる薬剤を併用されておられる方は多いかと思います。非常に高価なお薬なので、負担も大きく、これが本当に必要なのか、という疑問を患者さんからよく言われます。
ただそうしたお薬に関して本当に必要か?という疑問は我々医師ももちろん持っています。そして常に調べてもいるのです。
スカラリアという論文を整理する便利なフリーソフトがあります。日常的に論文を読まなければならない我々は以前は紙で論文を管理していました。そうするとあれはどこに行った、これに関する論文はどれだっけ、などいろいろ大変でした。いまは論文はすべてデータとして持っておき、PCで管理できます。ただ無料なソフトにはそれなりに理由があります。スカラリアはわれわれ医師がどんな論文に興味があるのか、そのデータを集めて吸い上げているのです。
そのスカラリアが6月分として乳腺領域で最も読まれているとした論文があります。それが下記です。
ホルモン受容体陽性、ERBB2陰性乳癌に対するサイクリン依存性キナーゼ4/6阻害剤:総説
O'Sullivan CC, et al: JAMA Oncol 2023
これは現在使用されているCDK4/6阻害剤 パルボシクリブ(イブランス🄬) アベマシクリブ(ベージニオ🄬) リボシクリブ(キスカリ🄬:日本では保険収載なし)について現状まででわかっていることをまとめた総説になります(以降🄬商標 省略)
この論文、リンクを追って見られればわかると思いますが、全文読むためには有料です。
よく読まれている論文はフリーアクセスと言って無料のことが多いのですが、これはそうではありません。お金を払っても医師はそれだけ読みたいのだということがわかります。
この3剤はここに書かれた順番で発売されており、最後のキスカリについては日本で保険未収載になっています。理論的には同じ機序でがんに対して働き、効果を示すはずですが、イブランスとベージニオだけでも使ってみると副作用からだけでも大きく使用感が異なっており、違う薬であることがわかります。
またこの2剤はホルモン感受性HER2陰性進行再発乳がんの治療として保険収載されているのですが、ベージニオは早期がんの初期治療においても保険適応となっています。イブランスはその適応はありません。したがって効果も異なることがわかります。
それはいったいなぜなのか、どういったところからきているのか、それをたくさんの論文から読み解くのは大変なので、みんなそれをまとめてくれているこの論文を読んでいるのです。
Cyclin Dは、細胞周期の制御に重要な役割を果たすタンパク質の一種です。細胞周期とは、細胞が成長、DNA複製、そして分裂する一連のプロセスを指します。
Cyclin Dは、G1期と呼ばれる細胞周期の最初の段階で重要な役割を果たします。G1期では、細胞は成長し、DNAの複製に備えます。Cyclin Dは、細胞がG1期を進行し、S期(DNA複製期)に進むためのスイッチとして機能します。
具体的には、Cyclin DはCDK(サイクリン依存性キナーゼ)と結合します。CDKは細胞内に存在しているタンパク質キナーゼであり、特定のタンパク質にリン酸基を付加することで細胞内のシグナル伝達を制御します。
Cyclin DとCDKが結合することで、CDKの活性が高まります。この活性化されたCDK-Cyclin D複合体は、細胞内の他のタンパク質に対してリン酸基を付加し、細胞周期の進行を制御します。
具体的には、Cyclin D-CDK複合体は、Rbタンパク質と相互作用します。Rbタンパク質は、細胞周期を進行させるための特定の遺伝子の発現を抑制しているタンパク質です。Cyclin D-CDK複合体がRbタンパク質にリン酸基を付加することで、Rbタンパク質は不活性化され、遺伝子の発現が解除されます。
このようにして、Cyclin Dの存在によって、細胞はG1期からS期へと進行し、DNAの複製を行うことが可能になります。細胞周期の進行は、このようなCyclin D-CDK複合体の形成と活性化によって厳密に制御されています。
なお、Cyclin Dは細胞周期の他の段階においてもさまざまな役割を果たしますが、G1期におけるDNA複製への進行の制御が特に重要な働きとして挙げられます。
まずCDK4/6阻害剤のイメージをしましょう。
上の図は細胞分裂を車輪の回転にたとえたものです。がん細胞ではこれが無秩序にどんどん回転しています。左の図の回転がそうです。G1→S→G2→M→とぐるぐる回っています。自転車の後輪です。
そしてそれを加速させているものがいます。それはCyclinと呼ばれるタンパクで、ここではCyclin DとEを示しました。このタンパクが働くにはCDKというタンパクが必要です。それぞれCDK4/6、CDK2と呼ばれます。CDK阻害剤はここをブロックすることで加速している細胞分裂を止めようとする薬です。Cyclin DはD1とD2に分かれ、D1をCDK4、D2をCDK6が担当します。
CDK4/6阻害剤は、細胞の成長と分裂の重要な調整因子であり、細胞周期の G1 期から S 期への移行を制御します 。 Cyclin D1 の高発現はホルモン感受性のある乳がん細胞の主要な特徴であり、予後不良およびホルモン剤への抵抗性と関連しています。CDK4/6阻害剤は、その重要な調節因子です。
もちろんCDKを阻害する薬剤の開発はずっと行われてきました。しかしCDKのすべてを阻害しようとする薬剤の開発は、初期には骨髄抑制、胃腸、肝臓への強い毒性によって失敗しました。副作用が強すぎるのです。
しかし、イブランス、キスカリ、およびベージニオは、許容範囲内の毒性でCDKを抑制することに成功しました。
イブランスはCyclin D1/CDK4およびサイクリン D2/CDK6 に対して同程度の効力を持っていますが、ベージニオとキスカリは CDK6 よりも CDK4 に対して強力な効力を持っています。 ベージニオは、CDK1、CDK2、CDK5 など、他の複数の酵素も阻害します。その分効果も、そして副作用も他とは異なります。
印象としてやはりベージニオの毒性はイブランスより高いように感じられます。しかしその分ベージニオは進行再発乳がんだけではなく、早期乳がんであっても再発リスクの高い乳がんに対して効果を示すことがわかっています。
2023.06.20
肉芽腫性乳腺炎という?な病気
肉芽腫性乳腺炎という病気があります。
この病気は乳腺を専門とする我々のような医師にとって決して珍しい病気ではありません。われわれも1年に1-2例程度経験しています。
この疾患は、同じ疾患であっても、その病変が小さな時と大きくなった後では様々な点で異なります。
まず患者さんの主訴です。
小さな時の主訴は乳がんの疑い、乳腺腫瘤として来院されます。調べてみてもがんではもちろんありません。触ると少し痛みがある硬いしこりで来院されることがあります。
大きくなった後の主訴は、痛み、発赤、腫れです。乳腺炎として来院されます。もちろん授乳中ではありません。また打撲や、けがなど、目立った外傷はありません。はっきりした誘因なく急に乳腺が痛み出し、ばい菌が入った、感染した、と言われて来院されます。
通常通りマンモグラフィ、超音波検査を施行します。
小さな時、この疾患は乳がんとよく間違われます。その病変が小さく、症状がほぼ軽いか、ないときに特に鑑別が難しくなります。しこりとして自分で見つけてきた、痛くもかゆくもない、少しずつ大きくなる、それは乳がんの症状そのものですし、まして画像も似ていれば鑑別は難しくなります。
しかし大きくなった後は、画像上は疾患名通りの乳腺炎に見えます。多くの乳がんはあまり痛みません。乳がんは、患者さんが訴えられるように、「2-3日でみるみる腫れて赤くなり、ひどくうずく」ことはまずありません。しかしこの疾患は大きくなってくるとさすがに炎症らしい症状を呈してきます。しこりの中には液体として膿がたまっていることが確認されることが多く、実際穿刺すると膿が抜けてきます。もちろん触ると腫れていて、局所に熱感もあり、痛がります。穿刺内容として、リンパ球や好中球など、炎症細胞ばかりでがん細胞はもちろん確認されません。それは病変が小さくても同じです。
肉芽腫性乳腺炎は1972年に Kesslerと Wolloch先生らによって最初に報告されました[1]。この病気の多くは、患者さんの訴えも、画像も、経過も、化膿性乳腺炎とほぼそっくりです。ただ異なるのはその部位に細菌感染が証明されません。つまり原因がわからないのです。膿がたまっていることも多く、そこから膿を吸い出す、あるいはドレナージ(切って排膿する)を行うことも、治療や診断目的でよく施行されていますが、感染は証明されません。ただ何に反応しているのかわからない、炎症がそこにあるだけです。したがって抗生物質を処方して細菌を殺す処置をしても効果はないのです。原因がわからない、けれども細菌感染し、化膿したみたいに見える乳腺炎、それこそがこの病気の逆に定義になっています。原因がわからないから治療法も確定できないのです。
さらに診断もややこしい。針で突いても、組織を一部調べても少なくともがん細胞は証明されません。そして細菌もいない。ただ炎症だけがある。経過を見ていたら大きくなります。よくなりません。そうするとがんがどこかに隠れていてそうなっているのではないか、という疑問が払拭できません。結局診断を兼ねて大きく切除されることも珍しくないのです。
我々がこの病気を扱う際には、Carmalt先生が1981年に提案した論文[2]が参考にされます。Carmaltはこの疾患を 1)最終出産より5年以内の妊娠可能な年齢の女性に多い 2)好中球やリンパ球の浸潤と異物型・ラングハンス型巨細胞を伴う肉芽腫を認める 3)膿瘍を認め,しばしば肉芽腫の中心に形成される 4)病変の主体は小葉中心である 5)乾酪壊死巣,抗酸菌・真菌を認めない、という診断基準を提唱しました。
1)については疫学について書かれています。それ以外はこの疾患の病理学的な特徴について書かれています。まとめると細菌感染そっくりだけれども、結核菌や真菌(カビ)感染によるものとは異なり、通常の細菌感染に似ている。それでいて原因菌は同定されない、ということになります。
まとめると この疾患は化膿性乳腺炎とそっくりで、症状も画像上もそのまま化膿性乳腺炎です。ただ原因だけがわからない。だからこうすれば治せるという治療法が確立していません。逆に化膿性乳腺炎の治療は、物理的にたまった膿を流しだしてとり除き、細菌を殺せる適切な抗生物質を投与することです。多くの肉芽腫性乳腺炎の患者さんも、それに準じた治療をされていることが多いと思います。そしてそれで治ってしまう方も多いようです。膿の中に原因となった細菌は証明されなかった、けれども治った、という経過です。もしかすると抗生剤で治癒するなら、それは通常の化膿性乳腺炎だっただけかもしれません。
原因がわからないまま、少しずつ硬い部分が大きくなってくれば、医師であってもがんが頭をよぎります。小さいうちにはなおさらです。だからこの疾患は恐ろしい。しょっちゅうあるものでもないことも嫌な要素です。診断がつけられない、つけにくい、だからがんではない、と言い切るのが難しいのです。
現在一般的に認識されている肉芽腫性乳腺炎の治療は、ステロイド投与です。
ただし乳がんではない、化膿性乳腺炎でもない、と診断された場合に限定されます。この場合はステロイドで増悪させることもあり得るからです。裏を返せばステロイドで反応するようであればまず乳がんではない。肉芽腫性乳腺炎だった、とも言えます。
2011年 一本杉聡先生の論文によれば、本邦でこの疾患と診断され、ステロイド投与を受けた19例中18例に病巣縮小が確認され、6例で病巣消失、4例が PSL減量後に悪化して病巣摘出を受けていたと報告があります。
もともと原因の分かっていない疾患ですから治療法も確立されたのではありません。炎症があるのは確実なので炎症を抑える薬を出したら治った、治る症例もある、ということです。いわば対症療法、症状に応じて症状を抑える治療です。将来原因がわかれば変更されることもあると思います。私も何例か経験し、8割はステロイドに反応して治りましたが、2割程度で長引いた記憶があります。もしかすると同じ肉芽腫性乳腺炎であっても、違う疾患だったのかもしれません。
今後の研究が待たれるところです。
ご予約専用ダイヤル
079-283-6103