乳腺と向き合う日々に

2025.06.10

術前に化学療法を施行した後の乳がんのステージ決定について

がんについて、皆さんは早期がんとか、末期がんなどと呼びますが、我々は乳がんについては IA IB IIA IIB IIIA IIIB IIIC IVに分類します。Iが早期であり、IVが末期がんに相当します。このステージは皆さんにとってはその後の運命を示唆する番号のように感じられると思いますが、たしかに再発や、乳がんによる死亡まで含めて、それが起こる確率を提示するものになります。

我々医師にとっても、ステージ Iとされた乳がんよりも、ステージ IIIとされたものでは当然化学治療、つまり抗がん剤をしっかりと施行しておくべきだ、と考える理由付けにもなります。さまざまな面で治療方針の決定に影響します。乳がんと診断された患者さんに、「え、私の乳腺は切られてしまうんですか?」とよく聞かれることがありますが、ちなみにステージ IVの患者さんは原則として手術の適応とされません。ですので患者さんがそういう意味でした質問ではないことは承知のうえで、「はい、大丈夫です、まだ手術はできます」とお答えしています。

脱線しましたが、最近ではこうしてステージが決定され、化学治療、つまり抗がん剤による治療が必要とされた方では、手術に優先して術前に化学治療を施行することが多くなりました。また当然ですがよく効いて、検査をしてもがんがわからなくなるくらいになってしまう患者さんも決して珍しくありません。例えばステージ IIIとされて術前に抗がん剤を施行した。画像上も乳がんは消えてしまい、手術をしてもがん細胞の残存は指摘できなかった、となればこの方はステージ 0とでもいうのでしょうか? それともステージ IIIのままと考えるべきなのでしょうか?

この問題、よく患者さんにも尋ねられるのですが、われわれ医師も応えられずにいました。いままでこの問題を本格的に検討した研究がなかったからです。

米国では乳がんをステージ分類する基準は米国癌合同委員会(AJCC)が決めています。そしていままで術前化学療法後のステージングは​​、米国癌合同委員会(AJCC)のステージングには含まれていませんでした。今回そのAJCCのメンバーが中心になって、この欠陥に対処した新しい分類が発表されたので紹介しようと思います。(ただし正式承認はまだ先になります)

術前化学治療を受けられた14万人のデータから

この研究では全米がんデータベース(National Cancer Database)を検索して、2010年から2018年の間に術前化学治療を受けた患者140,605人を特定、抽出しました。

臨床病期、つまり術前化学治療の前に決定されたステージと、化学治療後、手術まで施行されて病理診断が下りた、いわば最終診断におけるステージの比較に基づいて、3つの奏効カテゴリー、全く効いていない(無奏効)、一部効いている(部分奏効)、完全にがんが消失した(完全奏効(pCR))と分類しています。

このカテゴリーについて、臨床病期、エストロゲン受容体、プロゲステロン受容体、ヒト上皮成長因子受容体2(HER2)、などを含めて、統計学的に検討をしています。そしてこれらを加味して新たにステージを決定したならば、この奏効カテゴリーごとに予後はどうなると予想されるのか、を検討し、新たなステージングの意義を検証しています。

下にその結果の一部を示します。
大変細かい表になってしまって申し訳ありません。これ以外の部分はぜひ本文を参考にしていただければ幸いです(Novel Postneoadjuvant Prognostic Breast Cancer Staging System)

ここではそのすべてを抜き出すことがほぼ不可能でしたので、Stage IIIA、リンパ節転移を伴っておられる乳がんのステージでは最も多いステージになると思います。がんの大きさが2〜5cmと大きくなって発見され、腋窩(腋の下)のリンパ節にしっかりした転移が認められた方がこのステージに分類されます。
ほぼ全ての患者さんで抗がん剤が考慮される進行したステージになります。

このStage IIIAとされた患者さんに術前化学治療を施行し、その効果を、効果なし、一部効果あり、完全消失の三つに分類しました。それを横軸にとっています。

縦軸の見方は 組織学的グレード(1、2、3に分類され、数値が大きいと悪性度が高いとされます)でまず分類し、その後HER2が陽性だったか陰性だったのか、そしてER(ホルモンレセプター)の陽性陰性、PgRレセプターの陽性陰性と分かれていきます。

Grade 3、つまり組織学的に悪性度が高いのですが、そうであればあるほど逆に抗がん剤はよく効きます。驚きますが、Grade 3であった方に抗がん剤を投与し、消失してしまった方では全てStage IA相当にまで予後は改善していることがわかります。
たとえStage IIIAの悪性度のたかい乳がんであっても、抗がん剤がよく効きさえすれば、もともとStage IAの早期がんであった方と予後に差はありません。そして逆に抗がん剤の効果が得られなかった方では逆にIIIAからIIIB、Cとステージが上昇してしまっています。

誤解しないで欲しいのですが、これは抗がん剤をしている間に進行した、ということではなく、そういう方ではIIIAであっても、IIIB、Cの方と同じ程度にしか生存できなかった、という意味になります。

逆に Stage Iで発見されているにも関わらず、術前に投与された抗がん剤に反応が悪かった患者さんではStage IIA IIBと考えなければならない、ということも提示されています。

臨床に携わっている専門医にとっては、すでに感覚的にわかっていることはあります。しかしこうして数値になって現れると、しっかり裏付けを得られたわけですから、今後は患者さんにそれをきちんと伝えていかなければならないと感じます。

米国のほぼ全ての術前化学治療の症例の統計データなので、これが現状における事実ということになるのでしょう。参考にしたいと思います。

最初の
ステージ

Grade

HER2

ER

PR

効果なし

効果あり

消失

3
生存率

最終
ステージ

3
生存率

最終
ステージ

3
生存率

最終
ステージ

IIIA

 

 

1

0.903

IIA

0.947

IA

0.935

IB

0.847

IIB

0.926

IB

0.933

IB

0.873

IIB

0.93

IB

0.925

IB

0.801

IIIA

0.904

IIA

0.923

IB

0.847

IIB

0.918

IB

0.902

IIA

0.764

IIIB

0.887

IIA

0.899

IIA

0.802

IIIA

0.893

IIA

0.888

IIA

0.698

IIIB

0.853

IIB

0.885

IIA

2

0.887

IIA

0.923

IB

0.954

IA

0.823

IIIA

0.894

IIA

0.953

IA

0.853

IIB

0.9

IIA

0.948

IA

0.772

IIIB

0.863

IIB

0.946

IA

0.824

IIIA

0.882

IIA

0.931

IB

0.73

IIIB

0.84

IIIA

0.929

IB

0.772

IIIB

0.847

IIB

0.921

IB

0.657

IIIC

0.794

IIIB

0.919

IB

3

0.842

IIIA

0.91

IIA

0.964

IA

0.757

IIIB

0.877

IIA

0.963

IA

0.796

IIIA

0.883

IIA

0.959

IA

0.689

IIIC

0.84

IIIA

0.957

IA

0.757

IIIB

0.863

IIB

0.945

IA

0.636

IIIC

0.814

IIIA

0.943

IA

0.69

IIIC

0.823

IIIA

0.937

IA

0.547

IIIC

0.762

IIIB

0.935

IA