乳腺と向き合う日々に

2025年05月

2025.05.19

体重増加と妊娠年齢の組み合わせは乳がんリスクを高める可能性がある

マルコムソン氏らが欧州肥満会議(ECO)2025で発表した新たな研究結果によると、20歳を過ぎて顕著な体重増加を経験し、30歳を過ぎて出産したか子供を持たない女性では、30歳未満で出産し体重が比較的安定している女性に比べて、乳がんを発症するリスクがほぼ3倍高くなる可能性があることが確認されたそうです。

現在 9人に1人の女性が乳がんになられているわけですから、それが本当ならそのような女性では3人に1人乳がんに罹患されることになります。そして普通は皆さん20歳を過ぎれば体重は増えるでしょうし、現代は30歳を超えてから最初の子供を設ける女性がほとんどでしょうから、とんでもないことになりそうです。

背景

乳がんは世界で最も一般的ながんの1つであり、2022年には女性230万人が乳がんと診断され、67万人が死亡する見込みとされます。

これまでの研究では、成人期の体重増加は閉経後の乳がん発症リスクを高める可能性があることが示されています。さらに、比較的若年早期の初回妊娠は乳がんリスクを低減する可能性があることが明らかになっています。例えば、乳がんの生殖リスク要因に焦点を当てた21の研究レビューでは、初回妊娠時の年齢が1歳上がるごとに、閉経前乳がんリスクが5%、閉経後乳がんリスクが3%増加する可能性があると報告されています。しかし、これら2つの要因がどのように相互に影響しあっているのか、たとえば体重増加があっても、若年早期に初回妊娠をすれば乳がんリスクに与える影響が少ないのか、などはまだ明らかにされていません。

「肥満または過体重の女性の割合は増加しており、高齢出産の女性の割合も過去50年間で着実に増加しています」と、マンチェスター大学のリー・マルコムソン理学士(理学士)は述べています。「一方、女性の乳がん罹患率は過去最高を更新しています。初回妊娠年齢と体重増加が乳がんリスクにどう影響するかについてより多くの情報が得られれば、誰が最も乳がんリスクが高いかをより正確に把握し、それに応じた生活習慣のアドバイスを提供できるでしょう」とマルコムソン氏は付け加えました。

研究方法と結果

この研究では、研究者らは、乳がん検診を受ける女性を対象としたPROCAS研究に参加した、平均年齢57歳、平均BMI 26.3kg/m²の女性48,417人のデータを調べました。

BMI(Body Mass Index、ボディ・マス・インデックス)とは、体重と身長の関係から肥満度を示す指標です。簡単に言うと、「太りすぎかどうか」を判断するための計算式です。
BMI=体重(kg)/ (身長(m)の二乗で計算されます。注意:身長はmです。cmではありません。

研究者らは、女性たちを、初産が早期(30歳未満)か後期(30歳以降)か、未産か、そして成人期の体重増加に基づいて分類しました。体重増加は、参加者に20歳時の体重を思い出してもらい、現在の体重からその体重を差し引くことで算出されました。(女性はすごいですね。20歳代の体重を覚えていることがほとんどなのだそうです)

中央値6.4年間の追跡調査の後、1,702人が乳がんと診断されました。
研究者らは、初回妊娠が若年早期だった女性は、初回妊娠が後期だった女性と比較して、成人期の体重増加が大きく、妊娠時期が1年早いごとに0.21kg増加していることを明らかにしました。
初回妊娠が若年早期だった場合、閉経後乳がんの発症リスクが高まる可能性があること、そして成人期の体重増加が乳がん発症リスクの上昇と関連している可能性があるという、これまでの知見も裏付けました。このことはすこし注釈が必要です。本来 若年早期で妊娠した女性は乳がんのリスクは下がります。しかしその後に体重増加をすることもまた多くなるので、閉経後に見てみれば乳がんのリスクは上昇することになってしまっているのです。初産年齢が若いことが体重増加による乳がんリスクの増加を軽減するわけではないのです。研究者らもその証拠を発見できませんでした。

しかし、成人期に体重が30%以上増加し、初産年齢が30歳を過ぎたか、または子供を持たなかった女性は、初産年齢が若く、成人期の体重増加が5%未満の女性と比較して、乳がんを発症するリスクが2.73倍高いことを明らかにしました。

結論

この研究結果からも言えることですが、乳がんの発症リスクを最小限に抑えるためには健康的な体重を維持し、そのためには規則正しく運動をするべきである。いままで言われてきたとおりです。

「私たちの研究は、体重増加と初産年齢が女性の乳がんリスクにどのように影響するかを明らかにした初の研究の一つです」とマルコムソン氏は指摘した。「大幅な体重増加と初産年齢の上昇、あるいは出産しないことの組み合わせが、女性の乳がんリスクを大幅に高めることを(医師が)認識することが不可欠です」とマルコムソン氏は結論付けました。

2025.05.09

研究結果は乳がんの手術省略を支持しない

以前、化学治療で画像上腫瘍が消失してしまった乳がんに対しては、手術を省略できるのではないか、という研究結果について紹介しました。(リンク

実際、新規薬剤の開発、投与方法の工夫、的確な症例の選択によって、進行した乳がんであっても、術前に抗がん剤投与を行えば画像上はがんが消えてしまうことは現状珍しくありません。消えているのに手術を施行し、病理検査を行ってみたところ、結果として生存しているがん組織はどこにも残っていませんでした、それもまた日常起こります。

では大切な乳房を切除する必要なんてなかったんじゃないですか。
誰でもそう思うでしょう。そしてそれが現実になりつつあります。MDアンダーソンの乳腺外科腫瘍学教授で主任研究者のヘンリー・クーラー医学博士が発表した研究によれば、そうした患者さんをきちんと選択したうえで、手術を施行しなくても、その後に放射線治療、必要であればホルモン剤を投与していればほとんど再発することはないことが示されたのです。

この結果は大変衝撃的です。今まで常識とされていたことが覆りつつあります。
しかしこうしたいままでの概念と異なるような研究結果に対しては、いろいろな方面からきちんと反論もなされて、議論が深まり、そして検証されていくことが重要です。

モントリオールのユダヤ人総合病院の医学博士マーク・バシック氏とその同僚らが報告した研究結果によれば、彼らは第II相前向き研究として評価可能な患者101名を集めました。この患者さんたちは、術前化学療法後の三様式画像診断(マンモグラフィー、超音波、ダイナミック造影MRI)において、臨床的に完全奏効、つまり、がんは抗がん剤を投与することで完全に消えてしまった、と診断された人たちです。

この研究において、どういった方を「画像上でがんは消えていると判断したか、は非常に重要なのでここで別に記載します。臨床的完全奏功および放射線学的完全奏効(rCR)は、どちらにおいても完全に腫瘍を確認できないことを指します。この研究では、マンモグラフィー(腫瘤≤1cmかつ悪性微小石灰化なし)、超音波(腫瘤≤2cm)、および磁気共鳴画像(急速上昇またはウォッシュアウトを伴う(カテゴリー4以上)となる腫瘤なし)で”ほぼ”rCRを達成した患者さんを含みます。

これらの患者さんは、術前化学治療の前にがんが存在した部位にマーカー(チタン製の体に害のないクリップ)を打ち込んでいます。それによって画像上はがんは消えていたとしても、以前確実にそこにがんが存在していた部位はわかります。

そして手術の前にその腫瘍があった部位の生検(マーカーを配置した腫瘍床のマーカー誘導定位多芯針生検)を受けています。

本研究ではそれらの患者さんの手術は省略されず、乳房の切除術を受けています。そのことで腫瘍があった部位は生検を受けた部位を含む形で完全に切除され、そしてその後に病理検査をして、本当にがんが消えていたか、詳細に検査をされています。

その結果ですが、生検でがんは消えている、と判断され、手術をして本当にがんが消えていた確率は78%(95% CI、67.9%-86.6%)でした。

生検でがんは消えている、と判断され、手術をして本当にがんが消えていた確率(以降NPVとします)はせめて90%はなければならない、と彼らは考えていました。結果が事前に規定された90%に達しなかったことを踏まえ、「この試験で適用された三様式画像診断(マンモグラフィー、超音波、ダイナミック造影MRI)と腫瘍床生検の組み合わせは、術前化学療法後の手術の省略を正当化するものではない」と結論付けています。

本研究ではすべての乳がんのサブタイプが含まれていました。31.7%がトリプルネガティブ乳がん(TNBC)、20.8%がホルモン受容体陽性/HER2陰性疾患、45.5%がHER2陽性疾患でした。

NPVは疾患のサブタイプによって異なります。

TNBCは75%、HR陽性/HER2陰性疾患では46.2%、HER2陽性疾患の場合90%でした。
したがってHER2 enrichタイプと呼ばれるホルモン受容体陰性、HER2陽性の患者さんでは画像上がんが消えており、生検においてがんが消えているならば手術を省略できる可能性があります。

ただ101名を細かく分けて検討したのでは数が少なくなってしまうのでとても言い切れるだけのデータ数には到達していません。

バシーク先生らは、101名の対象患者さんの画像を取り寄せて、検討が可能であった全画像ファイルの検査結果が入手可能な96人の患者さんのデータを、自分たちの研究担当放射線科医によって再検討しなおしました。
その96名の内、今回の研究において、”画像上がんが消えている”という判断基準を満たしたのは62名しかいませんした。そしてこれらの62人の患者におけるNPVは86.8%でした。それでもやはり90%には届きませんでした。

バシーク先生らは、「標準的な画像診断や治験前教育に頼ることはできず、病理学的完全奏効を示す可能性が最も高い患者を特定するために、アルゴリズム的アプローチを用いた画像診断の中央レビューを検討する必要がある」と記しています。つまり今まで確立された画像診断に頼っていては、そもそもその診断の段階で消えてもいないがんを消えている、と診断してしまう可能性がある、ということです。

加えて 「もし手術を省略することを選択するにしても、その臨床試験を組む際にはサブタイプ(ホルモン受容体の陽性陰性、HER2の陽性陰性を組み入れて考える必要もあるでしょう。」と付け加えました。

まとめ

術前に化学治療を施行し、画像上がんは消えてしまった、それは珍しいことではなくなりました。そうした方で手術をしても、実際にがんは残っていなかった、それも珍しくありません。そうした方では手術を省略できる、その可能性も証明されつつあります。

ただ今回の発表でもわかるように、そもそも「がんが化学治療で消失した」ことの判断そのものが、現状の画像診断ではあいまいです。NPVが78%だったということは、22%ではがんが消えていないのに、消えていると判断を誤り可能性がある、ということを意味します。

手術を省略することが可能である、と発表したMDアンダーソンのチームでは、画像も、生検検査も非常に厳重に施行しています。加えて彼らは放射線治療やホルモン剤については省略していません。メスが入らないとしても放射線治療も、乳腺局所に対しては侵襲が加わります。何もしなくても大丈夫、としたのではなく、手術をしなくても大丈夫としただけなのです。

現状、術前化学治療でがんは消えている、と診断された症例では、どの施設でも基本的には全摘はせずに小さな部分切除でがんが残っていないことを確認する手術にとどめるような工夫をしていることが多いと思います。それを省略してところで、術後の痛みにせよ、変形にせよ、あまりご本人のその後に大きな影響はないのではないでしょうか。それならば現在の状況では省略するのはまだ早い、ということで今後の研究結果を待つことが得策だと私は考えています。

今回の内容ですが、「NPVが78%だったということは、22%ではがんが消えていないのに、消えていると判断を誤り可能性がある、ということを意味します」と書きました。

このことは別の見方をするともっと恐ろしい意味を含んでいます。
今回の研究で対象になった患者さんにはもともとがんが存在していました。放射線科のDrももちろん知っています。そしてそれに抗ガン剤を施行して、画像上診断のプロが見て、そのがんが存在していた部位にはがんはもうない、がんはもう見えない、と判断したわけです。そしてそれでも切除して顕微鏡で調べてみれば22%でがんは存在していた、ということです。

では通常の乳がん検診、がんがあるかどうかわかっていない、そしてほとんどの人にはがんはない、そんな女性を100 200と見ていく中で、がんはない、と診断したとして、ほぼ確実に22%、いやそれ以上の確率でがんは実は存在している可能性が高い。しかもこの研究では、マンモグラフィ、乳腺超音波、そしてMRIまで併用しています。通常の検診がマンモグラフィのみ、それも2年おきであることを考えれば、乳がんの検診がマンモグラフィのみに依存してしまうことがいかに危険かわかると思います。

だから3つの検査をすべてうけろ、と言いたいのではありません。乳がんの早期発見には自己チェックは最低限のものとして絶対必要です。マンモグラフィ健診だけに頼ってしまうのは危険です。そのことを改めて認識させてくれる研究結果でした。

2025.05.09

乳がんにおけるタキサン誘発性神経障害の予防法

パクリタキセル、ドセタキセル、などタキサン系の抗がん剤を投与された方に、末梢神経障害、たとえば手足の指先がしびれて違和感があったり、感覚の鈍麻があったり、ひどい時にはピリピリ痛んだりする症状が出現し、治療が終了した後も長く残ることがあることが知られています。
この副作用はタキサンが登場したときから問題になっており、様々なお薬が試されてきましたが、いったん症状が出てから治療をしようとしてもなかなかうまくいかないことが多かったのも事実です。

これを予防する方法がある程度確立しつつあるようです。
つまり副作用の症状が出てから治療するのではなく、症状が出ないようにタキサンを投与しているときから工夫する、その方法が確立しつつあるということになります。
JAMA Oncologyに報告されたドイツの単一施設試験 (POLAR) において、Michel 先生らは、タキサン投与中の患者さんの手を冷却し、同時に圧迫することで、原発性乳がんの女性におけるタキサン誘発性神経障害のリスクを低下させることができることを発見しました。
簡単に言えば、薬を投与しているときに、手の血流を低下させて薬が流れる必要のない指先(めったに転移を起こすことがない部位だから)に薬が届かないようにすれば、そもそもしびれは発生しにくい、という考え方です。

具体的には、手の冷却は凍結手袋(ケーキなどについてくるアイスノン®によく似た素材で作られた手袋を冷やしておく)で実施されました。手の圧迫は2枚の手術用ゴム手袋(ぴったりフィットするサイズより1つ小さいサイズ)を着用することで実施されました。これらをタキサン投与の30分前、投与後、および投与中に施行します。

この試験では、2019年11月から2022年1月の間にハイデルベルク国立腫瘍センターに登録された101人の患者が、利き手に対して冷却(n = 52)、または圧迫(n = 49)を受けるように無作為に割り付けられ、非利き手は治療されませんでした。
毎週、ナブパクリタキセルベースまたはパクリタキセルベースの術前または術後化学療法を受けていた患者が登録されました。
以前に化学療法を受けていたことのある患者さん、または既存の神経障害/神経障害関連の合併症があった患者さんは解析から除外されています。
主要評価項目は、グレード2以上の重症である化学療法誘発性末梢神経障害(CIPN)の予防ができるのか、でした。

結果ですが、手を冷却する、圧迫する、そのどちらにおいても、グレード2以上のCIPNの発生率が有意に減少しました

手冷却群では、治療群でグレード2以上のCIPNが認められた患者は15名(29%)であったのに対し、対照群では26名(50%)でした(P = .022、効果サイズ = 21.15%、95%信頼区間[CI] = 5.98%~35.55%)。

手圧迫群では、治療群でグレード2以上のCIPNが認められた患者は12名(24%)であったのに対し、対照群では19名(38%)でした(P = .008、効果サイズ = 14.29%、95%信頼区間[CI] = 2.02%~27.24%)。 

たとえばゴム手袋をするだけで予防ができるなら、非常に簡単です。
冷却もそんなに難しくありません。指先フローズングローブで調べていただければ安価でう販売されているものが見つかります。ゴム手袋をした上からして、圧迫したうえで冷却することでさらに効果が上がる可能性もありそうです。
簡単にできることなので、ぜひ実施していただきたい、と思います。

この論文は今年の3月に発表されています。私が存知している限りでも、わが国でタキサン系薬剤を投与している施設の多くが、すでにこの工夫を採用し、実施が始まっているようです。皆さんが心配する必要はなく、もしその話が出なかったら、でいいと思います。

実際にうけた患者さんもおられるのですが、この処置は結構つらいと聞いています。氷をじっと触っているのはつらいですものね。圧迫か、冷却か、両方するか、医師と相談して施行する必要がありそうです。

まとめ

タキサン系薬剤を投与する際に、指先を圧迫し、冷やしておくことで、血流を抑えることができ、そのことで末梢神経障害を予防することができます。

ただしきちんと管理した状況で施行しないと凍傷の心配があります。またタキサン系抗がん剤を投与しているときに施行しないと意味はないので注意は必要です。