乳腺と向き合う日々に

私の乳がんは完治しました、と言い切れることの難しさ

がんという病気の難しさは、怖さは、完治したかどうか、何年も経過してみないとわからない、いやそれどころか何年たっても完治したかどうかわからない、そのことにあります。
それはがんという疾患の本体は手術をして取り除いた腫瘍、ではなく、じつは ”微小転移”とよばれる、検査をしても現状の検査機器や技術では発見できない見えない転移、にあるからです。そしてどんなに小さく、早期で発見していても、がんである限りはその微小転移が潜んでいる可能性は0ではありません。むしろそれが0ではない腫瘍を”がん”と呼んでいるといっても過言ではないのです(注:ただし乳がんでは非浸潤がん=DCISと呼ばれるものがあります。これは微小転移の可能性が理論上は0です)。

今乳がんに罹患される方は非常に多い。きちんと検診されておられる方も増えました。ですので早期発見で乳がんを見つけて治療をされている方も多い。しかしどんなに早期であってもそれが浸潤がんである限り、微小転移がある可能性が否定できない。だから術後何年にもわたってホルモン剤を飲んでおられるのです。しかし残念ながらその確率が1%だとしても、全体の母数が多くなれば、その1%の方の数も多くなります。

このため、米国における年間の乳がんによる死亡のほとんどは、実はステージ I または II のがんによるものである、という論説が出ていました。

ステージ IやIIの 乳がんの転移再発および死亡の個人リスクは低い (10% 未満) のですが、ステージ I・II と診断される患者さんの絶対数が圧倒的に多いため、この大規模な患者集団が経験する小さなリスクが積み重なって結果的に死亡される方の絶対数は大きくなります。

高リスクのステージ II および III の乳がん患者に対しては、ここ数年に進歩した抗がん剤やホルモン剤などの積極的な補助療法により、これらのがんによる死亡は減少しました。しかしこれを同じようにステージI・IIの低リスクの患者さんにも施行することはとても勧められません。こうした積極的な補助療法がそのほとんどの患者にとっては不必要な過剰治療になるからです。ですので低リスクのステージ I・II の乳がんによる死亡を減らすには、これら早期の低リスクとみられている患者さんの中に、わずかでも含まれている微小転移を有している患者さんを何としても見分ける技術の開発、そしてそれをターゲットにした治療技術の開発が不可避になります。

乳がんによる死亡率は過去 20 年間で 40% 以上減少したことが広く認識されています。これは主に、高リスクのステージ II・III の患者に対する抗がん剤やホルモン治療の術後補助療法の改善によるもので、これによって遠隔再発や転移性乳がんによる死亡のリスクが減少しました。

しかし、これらの改善にもかかわらず、2023 年に米国で浸潤性乳がんで死亡する人は推定 43,700 人です。最近発表された研究において、乳がんによる年間死亡者数のうちステージ I、II、III、IV の疾患による死亡者数の割合と、これらの割合が時間の経過とともに変化したかどうかを調べられました。
2000 年から 2017 年の間に毎年乳がんで死亡した患者のうち、最初に診断されたときにステージ I、II、III、または IV の疾患を呈していた患者の割合はどれくらいか、という調査をしました。乳がんによる死亡が臨床病期によってどれくらい異なっているのかを理解することは、集団レベルの乳がんによる死亡率をさらに低減するための治療戦略を設計する上で重要だからです。

この研究では、監視、疫学、最終結果プログラムのデータを使用し、972,763人の患者を対象としました。2000年から2017年の間に、年間の乳がん診断のうちステージ Iの診断が約49%から54%に統計的に有意に増加したのに対し、ステージ IIおよびステージ IIIのがんの診断は同じ期間に減少していることがわかりました。つまり早期発見される乳がんの比率は増加していました。

全体として、2017年に新たに診断された乳がんの85%はステージIまたはIIの病気でした。5年乳がん特異生存率は95%を超え、ステージ Iのがんでは良好な結果で安定していましたが、この期間中にステージ II、III、およびIVのがんの生存率も統計的に有意に改善しました。これらの観察結果から得られた時間の経過に伴う傾向は、高リスク乳がんに対する補助療法の有効性がどんどん改善していることと一致しています。

今回の研究で最も興味深い発見は、乳がんによる年間死亡率に寄与するステージ I / II のがんの割合が 2000 年から 2017 年にかけて大幅に増加した (ステージ I では 16% から 23%、ステージ II では 31% から 39%) ことです。一方、ステージ III / IV のがんの割合は減少していました (それぞれ 36% から 30%、17% から 7%) 。

つまり以前は乳がんで亡くなる方は進行して見つかった方がほとんどを占めていましたが、乳がんのほとんどが早期発見されるようになった現在、乳がんで亡くなっている方の大部分が、全体数で見たならば実は早期発見された方がほとんどである、ということになっているのです

2017 年には、乳がんで死亡した患者の 62% が、当初ステージ I・II と診断されていました。これらの時間的傾向は、すべてのサブタイプで同様であり、今後数年間も続く可能性があります。

高リスクのステージ II・III エストロゲン受容体陽性(HER2 陰性)乳がんに対しては補助的 CDK4/6 阻害剤(ベージニオ🄬など)の導入がなされました。

ステージ II・III トリプルネガティブ乳がんに対しては化学療法と併用した免疫療法(ペムブロリズマブなど)の導入により、これらの高リスク集団における転移再発率はさらに低下するでしょう。

しかしこれらの薬剤が適応とならない低リスク患者のがんによる死亡は現状のまま変わりません。その結果として、乳がんによる死亡のうちステージ I および低リスクのステージ II がんの占める割合は引き続き増加することになります。

これらの観察結果から、新たな課題、すなわち、一見リスクが低いステージ I および II の乳がんにおける死亡率をいかにして低下させるかという問題が浮上してきています。

単純に高リスクがんに使用される治療戦略をそのまま低リスクの乳がん患者さんにも適用すると、ほとんどの患者で大幅な過剰治療と不必要な毒性が生じることになり、これは現実的に実行可能な戦略ではありません。

補助ホルモン治療の遵守を改善することで、ステージ I・II のエストロゲン受容体陽性乳がんによる死亡率を低下させることができます。これは、低リスクであっても危険性を認識していただき、いままでの治療をより厳密に守るだけですので、今からでも改善可能でしょう。

新しい診断技術(ctDNA モニタリング)が期待されています。

ctDNA(circulating tumor DNA) とは、がん細胞が死滅する際に血液中に放出されるDNA断片のことを指します。近年、このctDNAを血液検査(リキッドバイオプシー)で解析することで、がんの診断・モニタリング・治療効果の評価・再発リスクの予測などに活用する技術が注目されています。

ctDNA モニタリングの目的と活用方法

  1. 早期診断:一部のがんでは、ctDNAを検出することで早期発見が可能とされています。例えば、肺がんや大腸がんなどで研究が進んでいます。

  2. 治療効果の評価:治療前後のctDNA量の変化 を測定することで、治療が効果を発揮しているか判断できます。例えば、化学療法・免疫療法・分子標的治療の効果をモニタリング可能です。

  3. 低残存病変(MRD:Minimal Residual Disease)の検出:手術や治療後にctDNAが残っていると、がんの再発リスクが高い と考えられます。早期にctDNAを検出し、再発リスクを予測することで、追加治療を検討できます。

  4. 再発・転移の早期発見:血液中のctDNAを定期的に測定することで、がんが再発または転移した兆候を早期に発見可能です。従来の画像診断(CTやMRI)よりも早期に検出できる可能性があります。

  5. 遺伝子変異に基づく治療選択:ctDNAを解析することで、がん細胞のドライバー遺伝子変異(がんを成長させる変異)を特定できます。これにより、個別化医療(プレシジョン・メディシン) を実施できます。EGFR変異(肺がん)やKRAS変異(大腸がん)などを特定し、適切な分子標的薬を選択できます。

今回の話題では、ctDNAに関する3・4の技術の応用によって、一見早期がんに思われる乳がんの微小転移を見つけることができないか、と開発が進んでいる、と述べているわけです。

これによって、早期乳がんであったがじつは再発寸前である、あるいは微小転移性疾患がある、こうした患者を特定できるという希望を与えてくれます。

その場合、早期介入によって転移再発を回避できる可能性があります。しかし、転移再発の予測因子としての血漿 ctDNA の上昇の分析的妥当性および予後妥当性は広く受け入れられていますが、追跡中の ctDNA 陽性に基づく早期介入によって生存率を改善できるかどうかは不明のままです。つまりctDNAは有効だが、それを踏まえてどう対応すればいいかがわかっていない、ということになります。

ctDNA検査は現在まだまだ高額ですが、現在進行中および将来の臨床試験で、こうした早期介入により再発率が低下することが証明されれば、転移性乳がん治療の高額かつ継続的なコスト増加を考慮すると、低リスクのステージ I および II 乳がんの ctDNA モニタリングは費用対​​効果が高くなる可能性があります。そうなれば一般的に施行できるレベルになる可能性が出てくることでしょう。