2025.02.04
ここ最近も脳転移について記事を書きました。
乳がんが転移し、ステージIVとなった時、その方の生命予後を決定しているのが脳転移の進展による、そういう状況が次第に増えています。抗がん剤やホルモン剤の進歩によって脳転移以外の転移巣はなんとかコントロールできているのに、脳転移だけはコントロールできず進展する、そして生命を脅かす、乳がんの脳転移のコントロールは大きな課題になっているのです。
特にHER2陽性乳がんは、抗HER2療法と呼ばれる薬剤が近年素晴らしい進歩を遂げました。ハーセプチン🄬の開発をきっかけにパージェタ🄬や、エンハーツ🄬など、素晴らしい薬剤が次々登場し、たとえ遠隔転移があるステージIVとして見つかっても、治癒する可能性が十分ある、そんな時代になっています。そしてだからこそ逆に、こうした分子標的薬剤の効きにくい部位である中枢神経系への転移が残された課題として問題になってきているのです。
そして脳病変を伴う転移性 HER2 陽性乳がんの生存率は、その病変の位置によって異なることが、大規模なデータの解析で示されています。前回も述べた播種性転移と血行性転移の違いです。
診断時に髄膜播種を患っていた患者の全生存期間(OS)の中央値は1.24年であったのに対し、実質または硬膜病変を患っていた患者(血行性転移での脳転移と考えてください)では3.57年でした。
中枢神経系に限定された転移性乳がんの患者さんでは、やはり中枢神経系関連での死亡のリスクが高く、3年後の死亡率は33.98%であったのに対し、他の原因による死亡率は6.07%でした。
ニューヨーク市のメモリアル・スローン・ケタリングがんセンター(MSKCC)のネルソン・モス医師と共著者らは、274人の患者集団全体の死亡の半数以上が中枢神経系関連の原因によるものだとJAMAネットワークオープンで報告しました。
「中枢神経系の進行が最も一般的な死亡原因であった」と結論付けています。
「中枢神経系のみに転移を有する患者さんは、頭蓋外に転移を同時に起こした患者さんよりも生存期間が長かったが、中枢神経系にしっかり局所療法をされている患者さんの割合が高いにもかかわらず、それでも中枢神経系関連での死亡率は高かった」と研究者らは述べました。
「より効果的な中枢神経系にきちんと浸透して効果を発揮する全身療法が緊急に必要とされています。」
脳や延髄、脊髄などの中枢神経系はたいへん重要な部位になります。そのため、血液の中に入り込んだウィルス、細菌、そして寄生虫などが脳や脊髄に入り込まないように、Blood-Brain-Bareer(通称BBB)と呼ばれる特殊な構造があり、血液中の比較的大きな分子が染み出してこれないように守られています。酸素や栄養だけ送れ、それ以外は決して通さない!という門番がしっかりいるのです。
ただ近年開発され、がん治療で大成功を収めた分子標的薬剤と呼ばれるハーセプチン🄬やパージェタ🄬などは、比較的分子量が大きく抗がん剤の中でも大きな物質になります。このためBBBを突破できず、脳や脊髄への移行が期待できないため、脳転移巣に限って”効きが悪い”ことになるのです。そしてそれが今非常に問題になっているのです。
BBBを突破して、浸透し、ハーセプチンやパージェタ同様にしっかりとがんに効く薬の開発が緊急かつ重要な課題となっています
「新しい抗HER2やその他の抗がん剤が登場するにつれ、臨床試験では薬剤開発の初期段階から頭蓋内効果を評価するためにCNS疾患の患者も対象にすべきです」と研究者らはのべました。「さらに、試験設計にはCNS関連死亡率など、CNSの結果に特に対処したエンドポイントを組み込むべきです。」
「今回の結果は、HER2陽性転移性乳がんにおける中枢神経系への影響の大きさの評価に根本的な変化をもたらします。今回の研究により、中枢神経系に転移した乳がんは、もはやどうしようもないあきらめにいたる前兆などではなく、治療の可能性に満ちたダイナミックな状況、つまりチャンスの場として再定義するべきだと考えます」と、ミラノ大学のダリオ・トラパニ医学博士と共著者らは主張しました。「中枢神経系に転移をきたしたHER2陽性乳がんの治療における変革への道筋を示しました。分析から得られたことは、脳転移はもはやどうにもならない終着駅だ、という考え方を否定し、中枢神経系への治療の挑戦こそが変革的な結果をもたらす最前線であるという議論を提示していると思います。」
進行性HER2陽性乳がん患者の約3分の1に脳転移は起こります。転移性HER2陽性乳がんの生存率は、より新しく効果的な治療法の登場により過去10年間で大きく改善しましたが、これら多くの薬剤の有効性は中枢神経系ではなく頭蓋外の転移巣への効果によってもたらされています。
中枢神経への転移はこれからの治療上の重要な課題となっています。手術や放射線治療などの脳への局所療法は局所の病気のコントロールと症状の緩和に有効ですが、潜在的な副作用のリスクも伴っており、いまだに全生存率と 中枢神経系転移関連死亡率への影響は不明なままになっています。これらの患者の死亡原因に関するデータをきちんと回収し、中枢神経系転移関連死亡とその潜在的な相関関係をより深く理解することで、積極的な局所療法の選択に役立つ可能性があります。
この研究では、研究者らは、2010年8月から2022年4月までに施設で治療を受けた転移性HER2陽性乳がんおよび中枢神経系転移疾患のすべての患者の記録を解析しました。主要評価項目は全生存率と中枢神経系転移関連死亡率でした。
こうして追跡した患者さん274 人の平均年齢は 53.7 歳でした。中枢神経系転移の診断時に、患者の 26.6% が 中枢神経系転移のみ患っていました。生存患者におけるコホートの平均追跡期間は、中枢神経系転移の診断から 3.7 年でした。
全死亡率と中枢神経系転移関連死亡は、診断時の中枢神経系転移のパターンと有意な相関関係がありました。全死亡率は播種性転移患者で最も悪く、頭蓋外にも転移を有している患者さんでは中程度 (2.16 年)、そして実質または硬膜病変のみの患者(血行性転移のみ)の患者さんでは最も良好でした。
追跡期間中に死亡した 192 人の患者さんのうち、55.2% が中枢神経系転移関連の原因で死亡しました。中枢神経系転移関連死亡の統計では、播種性転移の有無と全脳放射線療法の有無が 中枢神経系転移関連死亡の独立した予測因子であることが示されました (それぞれ HR 1.87、95% CI 1.19-2.93、P =0.007、および HR 1.71、95% CI 1.13-2.58、P =0.01)。
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