乳腺と向き合う日々に

2024.12.03

SERM(タモキシフェン🄬)なのか?AI(アリミデックス🄬 フェマーラ🄬 アロマシン🄬)なのか?

乳がんには種類があります。

その種類の分け方において、もっとも治療において影響を与える分類といっていいものが、ホルモンレセプター陽性乳がん(HR+とします)なのか、陰性乳がん(HRー)なのか、です。

一般的にHR+はおとなしい乳がんで予後がよく、HRーは進行が早く予後が悪いとされてきました。そしてHR+はホルモン剤が効く、抗がん剤は効きにくい、HRーはホルモン剤は効かない、抗がん剤が効く。HR+ならまあよかった、予後もいいし抗がん剤をさせずに済む、と思っておられる方も多いかもしれません。ただどちらも進行して見つかったならば予後は悪く、抗がん剤は必要です。そうなれば、HR+であれば延々とホルモン剤を飲まないといけない分、HRーより悪いじゃないか、とも言えます。そんな単純なものはありません。

90円のほうれん草と100円のホウレン草なら90円の方が安い。でも90円の方がちょっと葉の色が悪い、古いから日持ちしないかも。50円なら今日買ってもう使っちゃうけれど、今日はカレーだし。みたいな。

安いとしてもどれくらい安いか、安い分古いならどれくらい古いのか、いつ使うつもりがあるのか、など、皆さんホウレン草一つでも考えるのではないですか?今回は自分の命と人生がかかっています。

AIがSERMよりも効果が高い、といってどれくらい高いの?
副作用があるっていうけれどどういう副作用なの?

それを詳細に知らなければどっちのホウレン草がいいか、一概には決められないはずです。ただその分考えることは相当に難しくなってしまう。

「うーーん、わからない。お父さん決めて!」

「えっ!わしが?わしが決めるの?わしどっちでもいい。」

「この役立たず!」

なんて冗談ですが。

この話題、何度も何度も手を変え品を変え、書いてきました。付き合ってくださった(付き合わされた)皆さんも多いと思います。

たとえばそこで触れたとおり、代表的なアロマターゼ阻害剤はハザード比にして0.8前後の再発抑制効果を持ちます。ハザード比 0.8というのはどういうことか。SERMでは10人再発するような患者さん群にAIを投与すれば8人にまで減らすことができる、という意味です。

それならAI一択でしょ。命に代えられるものはない。TAMを使う理由がわからない。

その気持ちはわかります。ただほんのひとつ前のブログ、これとんでもなく難しいことを書いていますが(自覚しています)、オレンジ色の燃える抗がん剤と恐れられるアンスラサイクリン系の薬剤、これ、髪の毛が抜けて心臓にまで害を及ぼす恐ろしい副作用をもちますが、10年無病生存率で見たときに使うのと使わないのではハザード比にして0.83の乳がん死抑制効果を持ちます。それなら迷わず全員にアンスラサイクリン系の薬剤を使うべきだ、となりませんか? 0.03違う? そういう問題ではないでしょう。実はAIとSERMの比較では、ハザード比の報告は0.82から0.86まで幅があります。0.8ぴったりじゃない。

ハザードからみればアンスラサイクリン系の薬剤は使った方がいい。それでも世界中の医者がなんとかアンスラサイクリン系の薬剤を使わない方法はないか、と努力している。そうです。副作用が強いからです。

いや私AI飲んでいるけれど、副作用なんてないけれど。

それならいいんです、AIで。ただ、それ、何年飲んでいますか?これから何年飲みますか?
いまホルモン剤は10年飲むように言われている方が多いでしょう。実は10年とするならば15年飲むことも選択肢に入ります。乳がんは10年たっても、15年たっても再発することはありますから。
そしてAIは長期に飲用すれば骨粗鬆を引き起こします。これも先に触れましたが、AIはSERMよりもハザード比0.8で再発を抑制するが、SERMはAIよりもハザード比0.66で骨折を抑制します。これ結構高くないですか?

骨折と命を比較するの?命の方が大切に決まっているじゃない?

そうですか? ずっと続く腰痛に悩まされても? 大腿骨頭骨折って、寝たきりの原因になりやすいです。治ればいいですが、骨粗鬆って、折れた骨だって治りにくい。折れた骨をボルトでつないでもそのボルトを止めるところも骨ですよ。シロアリに食われた柱が折れたからと言って、強い鉄骨で間をつないだら、そこはもう折れないけれど、その上下でまたおれるみたいな。そんなに簡単に治るなら寝たきりのお年寄りはいません。寝たきりで長生き・・・したいですか? 私は嫌です。

だから私は骨粗鬆の薬を飲んでいます。

骨粗鬆って、そもそも薬で治るんですかね? では寝たきりのお年寄りがおられるのはなぜ。予防はできるとされますが、その骨粗鬆のお薬の副作用はないのですか?

どうですか?決められなくなってきましたね。

なにがいいたいんだ!? さっぱりわからん!

有難うございます。それが言いたいことなのです。

SERMとAIのどちらが乳がんの再発抑制効果が高いかは決着がついています。10:8でAIの勝ちです。

それでも私はSERMとAIのどちらがいいかは、まだ決着はついていない、と考えており、それが言いたいことなのです。だから皆さんが私のブログを読めば読むほどどちらがいいかわからなくなる、それで当然なのです。私は原則としてその患者さんごとに細かく考えていかないと、どちらがいいか、画一的に決められるものではないと考えています。充分に考えられて結論が出ているのならいい。でも医者の私ですらこれだけ悩むことを実際に10年という長い期間それを飲用される皆さんが考えなくていいのでしょうか?

乳がんの患者さんとはいえ、もともとの年齢も異なります。乳がんのステージをはじめ、がんの状態も異なるし、その方の骨粗鬆の状態、さらには子宮の有無(術後で切除後)なども異なります。そういう話し合いの元で薬は決まっていかないといけない。それがまるで当たり前のように、まるで選択肢がないかのように決まっているとしたらそれ自体おかしいことです。

ご批判が出ることを覚悟に、ものすごく簡単に、簡単に、下記にまとめました。

SERM AI
乳がんの再発抑制
(閉経前)

比較にならない(AIには効果がない)

効果が期待できない

乳がんの再発抑制
(閉経後)

負け 8点 勝ち 10点

副作用
(子宮体がん)

負け (1,000人に2人まで上昇) 勝ち(1000人に1人)
副作用
(骨粗鬆)
勝ち 10点 負け 7点
副作用
(その他)
肝機能異常 血栓症 高血圧などで微妙に負け 更年期障害で微妙に負け

さて、この副作用ですが、いい加減ものすごく端折って簡単な表にしましたが、これだけではあまりに簡単にしすぎています。さらに考えなければならないことがあるのです。

例えば骨粗鬆ですが、50代女性なのか、70代女性なのか、だともともとの骨量がベースから違うため、単純な比較にはなりません。また5年飲むのと10年飲むのでは、その期間が長くなればなるほど進むだけではなく、年齢も加算されていくのでより強く出てくる可能性があります。人生で10年は長いです。

子宮体がんは怖いですが、SERMを飲んでなければならないわけではありません。検診はいずれにせよ、しなければいけません。AIを飲んでいれば子宮体がんにならないのではない。SERMを飲んでいるから定期的に検診をしていた、だから早期発見できて助かった、ということもあり得ます。

ただ骨粗鬆は飲んでいる限り進みます。定期的に骨塩定量の検査をすれば防ぐことができる、というものではない。加えて子宮体がんの可能性はSERMをやめてしまえば元に戻っていきますが、いったん進んでしまった骨粗鬆はAIをやめたら元に戻っていくというものではありません。

骨粗鬆の進行を防ぐことはできます。特に重要なのは荷重運動とされます。

骨粗鬆のお薬は効果がありますが、それだけで何とかなるものではない。だから寝たきりのお年寄りがいるわけで、筋肉と骨の両方がバランスよく働けなければ骨だけ丈夫でもダメでしょう。腰痛が発生してしまうと、その肝心な荷重運動すらできなくなってしまう。筋肉が弱ればなおさら骨に負担がかかるようになります。そうして寝たきりが完成していくのです。

副作用はもともと複雑ですが、それに拮抗する方法、お薬や生活習慣の工夫、があるかどうかも考える必要があります。また副作用がひどく出たときにホルモン剤をやめれば元に戻るのかどうか、も重要です。

乳がんを抑えるにはAI一択、骨粗鬆は問題だけれども骨粗鬆のお薬を飲んでおけばOK! よほどSERMの子宮体がんのほうが怖い!

そう簡単ではないと思います。

次回ではその骨粗鬆の”お薬”について掘り下げたいと思います。