乳腺と向き合う日々に

2024.12.19

乳がんの再発を予見できるか? ー2024年サンアントニオ乳がんシンポジウム(SABCS)ー

(この記事は乳がん治療後日の浅い方むきの記事になります。)

乳がんの術後にホルモン剤や抗がん剤を追加されておられる方は多いと思います。手術は成功です、がんは取れました、そういわれたのになぜその後に治療が必要になるのでしょうか?それは微小転移と言われる考え方によります。

微小転移、それは一言で言えば目に見えない転移です。

現代の医療においてもがん診断、がん治療には限界があります。微小ながんの検査、発見もその一つです。体の中で発生し、潜んでいる微小ながん。現代の検査機器ではどうやっても見つけることができない微小ながん、そしてそれが原発巣のがんからの転移であった場合、それを微小転移と呼びます。ちなみに

巣という字を当てるのは、がんが細胞単位ではなく、特定の臓器や部位に根付き、そこで増殖し、小さいながらも腫瘤を形成していることを示します。がん細胞が単独で骨髄や、血液中に浮遊している、それが発見されてもそれは転移巣とは呼びません。

したがって微小転移は目に見えない転移と定義されているのですから、それを見つける方法はない。しかし確実に存在している。している方がおられるから、手術で乳腺を全摘、あるいは部分切除でも完全に取り切ったとされた、そのあとから何年も経過して、微小転移が顕在転移となり、発見されることになるのです。そして術後に使われるホルモン剤や、抗がん剤は、この微小転移の根絶や増殖抑制を狙って投与されています。術後の放射線治療も同様です。局所に残る微小転移を狙って照射しているのです。

裏を返せば、こうした微小転移の有無をはっきりと同定できる検査が開発されれば、術後に苦しい抗がん剤を投与されたり、長期にわたるホルモン剤を飲用する必要はなくなります。
現状ではしかし微小転移の有無をはっきりさせる検査が存在しないので、リンパ節転移があった、HER2陽性だった、トリプルネガティブだった、Kiの数値が高かった、など再発のリスクが高い患者さんを選んで、そのすべての患者さんに抗がん剤、ホルモン剤、そして局所には放射線治療を施行しているのです。

ctDNAという考え方

ctDNAは、circulating tumor DNA(循環腫瘍遺伝子)の略です。血液やリンパ液中に存在する、腫瘍細胞由来のDNA断片を指します。がん細胞が死んで壊れたり、血液中に流れ込んだりすることで、がん細胞の核の中にある遺伝子情報、つまりDNAが断片的になりながら、血流中に放出されます。

DNAは二重らせん構造をとっており、細胞が分裂する際には全く同じものがコピーされます。コピーが簡単にできる物質なのです。これを利用して現代の技術ではたとえ微小かつ微量なDNAであっても、コピーにコピーを重ねていくことで、1→2→4→8→16→32ととんでもない量のDNAに増幅することができます。そしてそれを検出、分析可能なレベルまで増やすことができるのです。これを利用して血液中にわずかに流れ込んでいるがん細胞由来のわずかなDNA断片を発見しようとする検査、これがctDNA検査です。ctDNA検査は、がんの診断、予後の予測、治療効果のモニタリング、再発の検出などに利用される「リキッドバイオプシー(液体生検)」技術において重要な役割を果たします。現状は早期がんの発見までは応用が難しいとされていますが、微小転移の発見において、強い期待が寄せられているのです。

ctDNAにはいくつか特徴があります。
1 腫瘍の特定の遺伝子変異や、遺伝子そのものに異常はなかっても、異常な発現や活性化の変化も見つけることができる 2 通常の血中DNA(cfDNA, circulating free DNA)に比べて、ctDNAはがん患者で特異的に検出される 3 非侵襲的に採取できるため、患者への負担が少ない。

スペース

2024年サンアントニオ乳がんシンポジウム(SABCS)において、アルバート・グリンシュパン医学博士(ボストンのダナ・ファーバー癌研究所乳がんセンター)から、これに関して新しい発表がありました。第2相PELOPS治験(NCT02764541)のデータからの発表です。

原発性ホルモン受容体(HR)陽性の早期乳がん患者において、こうした患者さんを術前に検査すれば超高感度循環腫瘍DNA(ctDNA)検査により一定量以上のctDNAを特定できることが示されました。もちろんこのctDNAはこの段階では、もともとある原発巣からのDNA断片なのか、それとも微小転移から流れ込んでいるDNA断片なのかはわかりません。

そしてこうした患者さんに手術前にホルモン治療を施行します。そしてctDNA量の動きを見るのです。

結果としてctDNA 量の動きは、術前内分泌療法(ホルモン治療)後、手術を施行し、最終的に得られた病理学的腫瘍サイズの大きさと残存癌量 (RCB) スコアの高さと関連していました。このことは術前内分泌療法後の持続的な ctDNAの高さは再発率の高さと関連していることを意味します。病理学的腫瘍サイズやRCBスコアが再発率と相関することはすでに証明されている事実だからです。

つまりホルモンレセプター陽性の早期乳がんに対して、術前にホルモン治療を行い、その間のctDNAをモニターすることで、原発巣にせよ、微小転移巣にせよ、ホルモン剤に対する感受性がわかり、そして治療後にホルモン剤が効かないことにより、増大が継続し、いずれは顕在化する微小転移の存在も予想できる、としたのです。

逆にctDNAが低くなった、検出できなくなった方であれば、念のため、抗がん剤をしておく、ことも、ホルモン剤を念のため、10年以上継続しておくこと、も不要とできます。非常に高額、かつ副作用も無視できないCDK4/6阻害剤(ベージニオ🄬やイブランス🄬)も省略できることになります。

PELOPS試験の設計とベースラインの患者特性

フェーズ2 PELOPS試験には、ステージI~IIIのホルモンレセプター陽性、HER2陰性乳がん患者49名が参加しました。これらの患者さんが術前内分泌療法とパルボシクリブ(イブランス)の併用、または術前内分泌療法単独のいずれかにランダムに割り付けられました。

術前内分泌療法は手術まで6か月間実施されました。治療開始前、そして手術前に血漿サンプルが採取されました。53人の患者から合計98の血漿サンプルが分析され、サンプルの94.9%(98サンプル中93サンプル)で検査が可能であり、治療開始前、そして手術前のctDNA検出率は、それぞれ38.8%(49サンプル中19サンプル)と13.6%(44サンプル中6サンプル)でした。(筆者注:ホルモン治療によっておよそ半数でctDNAは検出できなくなるようです

内分泌治療前では、患者の 19% で ctDNA 陽性が示され、患者の 30% で ctDNA 陰性が示されました。

内分泌治療後では、患者の 6% で ctDNA 陽性が示され、患者の 38% で ctDNA 陰性が示されました。

つまり20% (n = 8/40) の患者で、内分泌治療によって術前までに ctDNA が消失しました。

内分泌治療前で ctDNAが検出されなかった症例では、術前内分泌療法を受けた後もほとんど検出されませんでした (65%; n = 26/40)。

RCB スコア 3 の小葉乳がん患者 14.6% (n = 6/41)では、内分泌治療前、内分泌治療後の両方でctDNA が存在していました。これらの 6 人の患者のうち、67% (n = 4) は手術後 3 年以内に転移性乳がんの再発を起こしました。しかしこれらの患者でにおいても、腫瘍分画レベルが内分泌治療前よりも治療後に低下しています。
(腫瘍分画レベル(tumor fraction)とは:血液などの体液中には、正常な細胞由来のDNA(cfDNA: 細胞遊離DNA)と腫瘍細胞由来のDNA(ctDNA: 循環腫瘍DNA)が混在しています。「tumor fraction」は、この中で腫瘍由来のDNAが占める割合を示します。例えば、全DNAのうち20%が腫瘍由来であれば、tumor fractionは20%となります)

内分泌治療前にctDNA陰性であったのに、内分泌治療後にctDNA 陽性となった患者はいませんでした。

40人の患者において、ctDNAの動態は、内分泌治療前+治療後+のctDNA++、内分泌治療前+治療後-のctDNA+-、内分泌治療前-治療後-のctDNA--に分類できます。ちなみにctDNA-+は一人もおられませんでした。

今回の研究では全体の15%の患者さんがctDNA++であり、そのうちの66.7%が3年後に遠隔再発しました。

今回の研究のctDNA+-、--の方は65%であり、その方の内 3.8%が3年後に遠隔再発しました。

要約: 内分泌治療を行って、手術直前にctDNAが検出されないような方では、微小転移がなくなっている、あるいはコントロールされている可能性が非常に高い、と考えられます。

こうした患者さんでは、術後の補助化学治療を省略できる可能性が高いといえます。逆に内分泌治療をしてもctDNAが以前検出された方では、抗がん剤治療を加えるなど、さらに集学的な治療を施行しておかなければ、遠隔転移、つまり微小転移がコントロールできず、数年後に顕在転移としてあらわれてくる可能性が高い、と言えます。