乳腺と向き合う日々に

2024.12.05

骨粗鬆について それは薬剤で拮抗できるものなのか? その1

SERM(タモキシフェン)を飲んでおられる方で、最も恐ろしく、注意が必要なのは子宮体がんの確率を上げてしまうことです。その確率はもともとが1000人に1人というものなので、乳がんの再発よりも恐ろしくはないといえばそうですが、無視できるものではありません。
ただここで注意してほしいことがあります。SERMを飲んでいる方では子宮内膜が厚くなり、ポリープがよくできます。ポリープは簡単に切除できることが多く、定期検診をされていれば問題になることは稀です。しかし、子宮内膜が厚くなると、婦人科の先生はそれを気にされており、検診を受けられた皆さんに「厚くなっていますね」と指摘されることも多いと思います。
ただ指摘された方、それはほぼ閉経されている方に限定されているはずです。生理が来れば、子宮内膜は厚くなっていたとしても剥がれ落ちてなくなってしまうからです。
閉経されている方では生理は来ません。ただエストロゲンの働きも落ちているため、そもそも子宮内膜が厚くなることもありません。エストロゲンが子宮内膜を厚くして、受精卵が来ることを待ち、排卵後には黄体ホルモンがその内膜を保っているのですが、受精卵がやってこないとやがて黄体ホルモンが少なくなり、内膜が剥がれ落ちる。そして次の受精の準備に入る。これを閉経前の女性は毎月繰り返しています。閉経後の女性ではそのサイクルがなくなっており、そもそも子宮内膜は厚くなることがないのです。

ただSERM、特にタモキシフェンはE1レセプターと呼ばれる骨と子宮にあるレセプターに対してはエストロゲン作用を持つため、子宮内膜をずっと厚く保つ働きが持続することになります。もちろん骨にも同じ作用があります。ただ不思議とE2レセプターを持つ乳腺には抑制的に働くのです。

このため閉経後にタモキシフェンを使用している方では何らかで生理がくるか、起こさせない限りは子宮内膜が厚くなり続けることになります。

子宮頸がんの検診は若い方に行われますが、子宮体がんの検診は閉経後に主に行われるのはこれが理由です。生理がある方では定期的に内膜が剥がれ落ちるため、子宮体がんが発生する確率が低いのです(決して0ではありません!)

子宮体がんの検診、これはたとえば超音波検査を用いて、子宮内膜に”厚い”ところがないか、を調べることで行われます。閉経しているので子宮内膜は全体に薄いはず。だから厚いところがあればそこは怪しいことになります。だからそこから細胞をとってがん細胞がないかどうか調べる、それが基本的な考え方です。しかしタモキシフェンのために子宮全体で内膜が最初から厚かったらどうでしょうか?

どこを調べていいかわかりません。全部から細胞をとって調べる? それしかなくなってしまうのです。

「子宮内膜が厚くなっていますね」 その言葉は「=がんが今にもできそうです」という意味ではないのです。「検診が難しく、早期で見つけるのが難しい状況です」という意味が正しいと思います。ただ先生の不安は皆さんにすぐに伝わりますよね。そしてそうであったとしても不安は消えないと思います。がんは命に関わる病気ですから恐ろしいに決まっています。

そしてそうだからこそ、子宮筋腫や他の病気ですでに切除されて子宮がない方、閉経前でタモキシフェンを飲んでいても時々生理が来ている方では子宮体がんの心配は飲んでおられない方と変わらないこともわかると思います。そういう方では副作用を理由にタモキシフェンを避ける理由はありません。

日本で使用されているAIは主にアリミデックス、フェマーラ、アロマシンの3種類があります。このうちのどれかを飲まれている方も多いと思います。

先に述べましたが、タモキシフェンとAIのどちらががんの再発の抑制効果が高いか、についてはもう決着がついています。AIがより高いです。タモキシフェンを飲まれていて再発される方が10人おられたなら、AIであれば8人で済んだはずです。2人とはいえ大きい。
ただこれはステージ、乳がんが早期であったか、進行がんであったかによって、考え方が変わります。例えばルミナールAタイプと呼ばれるホルモン剤がよく効く乳がんがステージ1で見つかった場合に、10年で再発が起こる確率は4%前後しかありません。100人で4人といえます。これが全てAIを飲んでいたとします。もしタモキシフェンであったならそれは5人に増えます。その差は1人です。100人の患者さんのうちタモキシフェンをAIに変更することで利益を受けるのはたった一人。それ以外の方はタモキシフェンでもAIでもどちらにせよ再発したし、再発しなかった。

もともと再発する可能性がほとんどないであろう、ステージ0、非浸潤性乳管がんの方や、pT1a-b(乳がんの腫瘍径が1cm以下)の方ではなおさら乳がんが再発する確率は下がります。その場合タモキシフェンをAIにするメリットはほとんど無視できるレベルになります。

いやいや、効果は差がなかったとしても、副作用がダメだよ。子宮体がんの方が、骨粗鬆より恐ろしいからね。だって命がかかっている。やはりAIの方がいいね。

問題はそこなのです。そうでしょうか?

子宮内膜が厚くなっても、それを婦人科の先生に指摘されない限り、症状はないはずです。
骨粗鬆も原則調べない限りわからない。ただ骨粗鬆が進むと、たとえば椎体の圧迫骨折(ご高齢女性が腰が曲がったり、亀背になったりする、あれです)が起こりやすくなります。当然つらい腰痛が起こります。もっとも恐ろしいのは大腿骨頭骨折です。骨粗鬆をベースとしてこれが起こると、自然に癒合して元に戻ることはありません。手術をしてボルトで固定したり、チタンでその部分を置換したりしないといけない。しかしもともとシロアリに食われてぐずぐずの柱の、折れた部分だけを新しくしても、それを固定する部分もまたぐずぐずなのでなかなか元通りにはいかない。安静期間も長くなる。そうこうするうちにそれを支える筋肉が衰えてしまってなおさら骨に負担がかかるようになる。こうして寝たきりへと移行していきます。

たとえば、ホルモン剤がよく効くタイプのルミナールAだとして、ステージも1だとして、ご年齢が60歳だとして、これから10年ホルモン剤を飲まなければならないとします。そしてもともと腰痛があり、普段からシップを貼ったり、痛み止めを飲んでいるとします。

タモキシフェンにするか、AIにするか。AIの乳がんの再発抑制の恩恵にあずかるのは100人に1人として、腰痛を我慢しながらAIを飲み続けられますか?10年ですよ。

ちなみに前述しましたが、タモキシフェンはそれ自体が骨を守る働きがあるので、骨粗鬆のリスクは10点対7点でAIよりもタモキシフェンの勝ちです。

「それならば腰痛がひどくなるまでAIで頑張って、もう無理、となったらタモキシフェンにします。」

それもありです。ただその時点ですでに”AI一択”とは言えなくなっており、個別に判断して選択していることになります。このようにSERM(タモキシフェン)なのかAIなのかは単純ではなく、個別の患者さんごとに知恵を絞って考えないと決められない、それがわかっていただけたのではないでしょうか?

「いや、先生、最初から骨粗鬆のお薬を出しておいてくれたらいいじゃないですか?」

そうですね。たしかに。しかしもともと腰痛があるような高齢の女性は、骨粗鬆のお薬はすでに飲んでおられるのではないでしょうか。それでよくならないから、腰痛があるのでしょう。
そもそもお薬で骨粗鬆は本当に防ぐことができるのでしょうか?