乳腺と向き合う日々に

2024.11.14

乳がん手術後の放射線治療 

乳がんで部分切除手術を受けられた後、残存している乳腺に放射線治療を受けられた方はおられると思います。以前は2Gyずつ25回、だから合計50Gyになるように5週間かかっていました。Gyというのは1回あたりに照射する線量のことです。最近ではこれを寡(=回数が少ない)分割照射といって2.66Gyずつ16回、42.56Gy当てるという方法が主流になっています。

基本的にがん細胞を殺す効果は線量に依存しています。つまりたくさん当てないとがん細胞は死なないか、生き残ってしまう。だからある程度の量は当てないといけない。

そしてもう一つは間をあけて少しずつ当てるよりも、短い期間でどっと大量の線量を当てた方が効果は高くなります。だから短い期間で当てた方が総量で見たら少なくなっているのです。

この二つの方法は全く効果に差がないことがわかっており、同時に副作用にも差がありません。なので現在の標準治療は5週間よりも3週間で終了できる寡分割照射に移行しつつあります。

ただこの方法にはまだ未解決の問題がありました。

乳がん術後の放射線治療の目的は大きく二つあります。温存術後の残った乳腺内に残存しているかもしれないがん細胞を絶滅させる、そしてもう一つは腋窩や乳腺周辺のリンパ節にもしかしたら転移しているかもしれない小さながん細胞を絶滅させる、です。
乳腺に当てる放射線治療は寡分割照射で問題ないことがわかっていたのですが、リンパ節を標的にする場合には腋窩(わきの下)や、鎖骨の周辺から頸部(首周辺)まで放射線を当てないといけません。

以前からこうした場合には、治療後に上腕のリンパ浮腫の副作用が発生することがわかっていました。

このリンパ浮腫はなかなか厄介で、程度の差こそあるのですが、ほぼ3割近い方に発生することがわかっています。これって結構高いですよね。
リンパの流れはたくさんあって、どこかが損傷しても他を流れる。けれどもがんの治療だからその流れをできるだけ残さずたたこうとする。そしてリンパの流れがほぼ半永久的に破壊されて発症することから、いったん発症するとなかなか治癒させる方法がないことがわかっています。リンパ管の吻合手術やリンパマッサージで対応するのですが、一過性だったり、現状維持で精いっぱいだったりしてなかなか対応が難しい。胃の手術の後の摂食障害、甲状腺術後の嗄声、などと同様に仕方のない後遺症と考えられています。

スペース

今年、欧州臨床腫瘍学会(ESMO)2024で発表されたデータによると、乳がん患者のリンパ節領域を照射する場合、3週間の寡分割放射線療法は、通常の5週間分割に劣らないことが判明しました。HypoG-01と名付けられた試験の5年間の結果で、両方のレジメンで腕のリンパ浮腫の累積発生率が約33%であることが示され、差がないことが明らかになっています。これによって、寡分割照射ではなく、通常の分割照射を行う理由がなくなりました。今後はリンパ節照射を必要とする乳がん患者のすべてで標準治療が変化する可能性があります。

研究デザイン

HypoG-01 試験には、2016 年 9 月から 2020 年 3 月までの間にフランスの 29 施設で 1,265 人の患者が登録されました。対象患者は、リンパ節照射を必要とする乳がん患者でした(末期がんを除くほぼすべての乳がん患者さん)。参加者は、追加照射(部分的に10Gyの放射線治療を追加する必要がある方がおられる)の有無にかかわらず、3 週間にわたる寡分割放射線療法または 5 週間にわたる通常の分割放射線療法のいずれかを受けるように 無作為に1:1 で無作為に割り当てられました。

研究デザインには主要評価項目として、治療後 3 年間での腕のリンパ浮腫の累積発生率を調査しています。
副次評価項目には、全生存率、局所領域無再発生存率、遠隔無再発生存率、乳がん特異的生存率、および肩関節可動域障害が含まれていました。プロトコルに準拠した集団は、低分割群の患者 562 人と標準分割群の患者 551 人で構成されていました。

結果

腕のリンパ浮腫に関して寡分割放射線療法でも腕のリンパ浮腫の発生頻度には差がありませんでした。
両試験群の 5 年間の累積発生率は約 33%と同じでした。乳がんの生存率そのものへの有害な影響もまた観察されず、むしろ乳がんに限定した場合の生存率(つまり乳がん以外の原因で亡くなった方を除いた生存率)と全生存率では改善の傾向が見られるとこの研究を行ったリベラ医師は述べました (ハザード比はそれぞれ 0.53 と 0.59)。

有害事象の発生率も治療群間で同様で、グレード 3(重症の) 以上の有害事象は約 12.6% でした。肩関節可動域障害は両試験群で約 20% の患者に発生し、同程度でした。

「両腕とも、腕のリンパ浮腫と肩の可動域障害の累積発生率(月日を経るごとに発生し、それが治らないので累積していく率)は依然として高く、今後の戦略ではこれらの副作用を減らすことに引き続き重点を置く必要があることが浮き彫りになっています」とリベラ医師は述べました。

今後

HypoG-01 試験の招待討論者で、英国ケンブリッジ大学の乳がん臨床腫瘍学教授であるCharlotte E. Coles 医学博士 (FRCR) は、リンパ節照射を含む乳がんに対する低分割放射線療法を支持する確固たる証拠が現在もう確立していることを強調しました。コールズ医師は HypoG-01 の研究者らの意見に同意し、「5 週間のリンパ節放射線療法はもはや適応ではなく、3 週間のリンパ節放射線療法が国際標準治療である」と主張しました。

少分割放射線治療の利点

コールズ博士によると、この変化は実践上の大きな変化であり、世界中の患者に利益をもたらす可能性があるとのことです。彼女は、寡分割放射線療法のいくつかの利点を強調しました。

有効性:従来の分割法と同等の腫瘍制御

安全性:長期治療に比べて毒性が軽減または同等

患者中心:治療の負担を軽減し、患者がより早く通常の生活に戻れるようになる

医療システムのメリット:コストを削減することにより、たくさんの方を治療できるようになる

世界的な公平性:特に医療に回せる資源が限られている環境での放射線治療へのアクセスを改善します