乳腺と向き合う日々に

2025.08.22

インプラントで乳房再建術を受けられた方に発生する悪性リンパ腫について・・・その2

さてリンパのがん、悪性リンパ腫の話を聞いて、どう思われたでしょうか?

いや私だったら再建しないな、そう思われた方もおられるかもしれません。
しかしこのデータ、かけているものがあると思うのです。インプラントは再建術だけで使われるのではない。豊胸術でも使われています。豊胸術を受けた方で、悪性リンパ腫を発生している方はどれくらいおられるのでしょうか。もしそれが比較して少ないのなら、乳がんの方はもともと刺激で悪性リンパ腫も発生しやすいだけなのではないでしょうか。

これについて、再建術でインプラントを入れている方、豊胸術でインプラントを入れている方の比較をした論文は実は存在しないのです。米国でも豊胸術を受けられた方の追跡データがもともと存在しないので、調査のしようがないのです。もちろん米国でも豊胸術は盛んにおこなわれており、再建術よりもよほど多く施行されている可能性が高い。しかももっと古くから行われている可能性がある。わが国でもそうです。再建術が保険適応にされる前から、美容整形で豊胸術は自費で行われてきました。

しかし皆さんは今の今まで悪性リンパ腫になる可能性が高まるという話を聞いたことがありますか?

インプラントを用いた豊胸術と悪性リンパ腫

非常に少ないのですが、これに関する論文を探してみました。

米国のデータではその1でも紹介した大規模な追跡調査によって、再建術後にインプラントによって引き起こされる悪性リンパ腫は、人口100万人あたり年間で10~15人程度発生していました。

50歳で乳がんになってその後80歳まで生きたとします。統計的には無茶苦茶な計算ですが、年間10人発生するなら30年で300人発生します。100万人で300人であれば1万人に3人になります。このように数値は見方によって異なってしまうので、比較をするには条件をそろえないといけません。

同じく米国のコルデイロ医師による報告ではざらざらタイプのインプラントを用いた乳がん再建術後のBIA-ALCL発症リスクは1/355人(0.311/1000人年, 95%CI 0.118-0.503)と報告されています。中央値11.5年の追跡で10例発症したそうです。
Cordeiro PG, Ghione P, Ni A, Hu Q, Ganesan N, Galasso N, et al. Risk of breast implant associated anaplastic large cell lymphoma (BIA-ALCL) in a cohort of 3546 women prospectively followed long term after reconstruction with textured breast implants. J Plast Reconstr Aesthet Surg. 2020 May;73(5):841-46.

これをその1で紹介したやり方で計算すれば1万人当たり3人になるので大体同じです。計算方法によってずいぶん多い印象に見えるものですね。

そしてインプラントを用いた豊胸術後のリンパ腫のBIA-ALCL発症リスクは1/2832~1/30,000と幅広く報告されています。ただしこれはざらざらタイプに限定されていないことに注意が必要です。もし最大限に見積もるのなら1/2832人となります。
Wang Y, Zhang Q, Tan Y, Lv W, Zhao C, Xiong M, et al. Current Progress in Breast Implant-Associated Anaplastic Large Cell Lymphoma. Front Oncol. 2021;11:785887.

豊胸術でインプラントを用いる方が、再建術で用いるよりも悪性リンパ腫の発生リスクは低いのではないか、と考えられます。

しかしテビス先生の発表では、BIA-ALCL患者の61.5%が豊胸術後、36.5%が再建術後だったとあります。もともと豊胸術でインプラントを入れている方の方が圧倒的に多いでしょうからこれは当たり前ですが、ただ皆さんが知らないだけで豊胸術の方でも悪性リンパ腫は発生していることは現実のようです。
Tevis SE, Hunt KK, Miranda RN, Lange C, Pinnix CC, Iyer S, et al. Breast Implant-associated Anaplastic Large Cell Lymphoma: A Prospective Series of 52 Patients. Ann Surg. 2022 Jan 1;275(1):e245-e49.

オイシ先生の論文によれば、インプラント関連ALCLは、低酸素性の腫瘍微小環境におけるリンパ増殖と悪性転換を促進する慢性炎症に起因すると考えられています。難しい話ですが、ただ単にインプラントが存在してリンパ球を刺激するだけでは発生しないのです。再建術後の血流が悪い環境下で免疫が刺激されることがリンパ球のがん化に影響しているという説があります。豊胸術では乳腺がまるまる残っていて、血流は全く問題ありません。再建術の際にはまず乳がんを直さないといけないので、乳腺そのものが切除されており、皮膚しかありません。おまけに腋窩のリンパ節も切除されたりして、インプラント周囲の環境の血流が悪くなっています。それががん化の舞台を作り出す、と考えられているのです。
Oishi N, Hundal T, Phillips JL, Dasari S, Hu G, Viswanatha DS, et al. Molecular profiling reveals a hypoxia signature in breast implant-associated anaplastic large cell lymphoma. Haematologica. 2021 Jun 1;106(6):1714-24.

スペース

専門家としての医師の役割

乳腺外科の部長をしていた現役の時には、私もざらざらタイプのインプラントを使用してたくさんの乳がん患者さんに乳房再建を施行していました。幸い私はBIAーALCLを経験していませんが、これから発生するかもしれないことを考えて、それらの方の多くを今に至るまで定期的に検査をしています。

またインプラントは10年おきに入れ替えが必要です。もちろん入れ替えで対応する方も多いですが、入れ替えのタイミングで自家組織でインプラントを入れ替える手術を行って、最終の完成をさせることを勧めています。そうすればその後はリンパ腫のリスクがほぼなくなるからです。

それくらいなら最初から自家組織で再建すればよかったのではないですか?は誰でも考えますが、乳がんの手術に加えて、おなかにせよ、背中にせよ、正常な部分にメスを加えると、手術自体が非常に大きくなってしまいます。がんの手術においては、患者さんの負担を減らし、免疫能を落とさないようにすることは基本の基本です。たとえば手術時間を1分でも短く、出血量は1㏄でも少なく、と言われるのはそのためです。私はがんと同時に自家組織で再建することは負担が大きすぎると思っていて、いったんインプラントで再建しておいて、がん治療が落ち着いて、体力もしっかり戻ってくる5年目以降に自家組織で入れ替えるのが理にかなっていると考えています。

このようにリンパ腫の問題だけではなく、インプラントによる再建にはいろいろと複雑な選択肢があり、それに伴う問題があります。説明するのは本当に大変で、かつ理解が難しいと思います。

ただもし今のこの現状で外科部長をしていたとしても、そのままこの現状を話をした上で、患者さんに乳房再建を選択するかどうか、選んでいただくことをしているだろうと思います。自分が悲惨な悪性リンパ腫を経験していないからだ、と言われればそうですが、抗がん剤一つとってもその投与の副作用で患者さんがなくなることも0ではないのです。

患者さんには選択する権利があり、選択するのに必要な知識を得るために十分な説明を聞く権利があります。自分の判断を押し付けることが専門家の役割ではないからです。根気よく、「わかった」と言っていただけるまで説明し、納得した上で後悔のない選択をしていただく、そのことを目指すのが専門家の役割だと思っています。

2025.08.22

インプラントで乳房再建術を受けられた方に発生する悪性リンパ腫について・・・その1

相手に”選択肢を与える”ことには困難が伴います。医師と患者さんも同じです。
専門性が高いことに関して、一般の方に選択肢を与えるためにはまず十分な説明と、その方の理解が必要になります。どんなに説明に努力をしたとしてもその方にわからない、と言われてしまえば理解していただくことに失敗しているのですから、その後の選択に誤りが生じる事態に陥りがちです。ですので医師にとって患者さんに選んでもらう、ことは大変です。専門知識を理解できるまで説明しなければなりませんから。医師は先生ではない。損が多く、得は少ない作業になります。

専門家は一般の方には理解が難しいことを判断するために存在しているのだから、その専門家が正しいと思うことを患者さんにも選ばせればいいのだ、と考える医師は実は多くいます。そしてそれが間違いとも言えません。むしろそれを望む患者さんもおられます。

ただこれを国民と政治家に置きかえればその危険性がわかると思います。国民には政治はわからない。政治家は政治をするために国民に選ばれて存在しているのだから、国民に理解など求めず、正しいと思うことをやればいいのだ。実際そう思っている政治家は多そうですね(笑)。

患者に医療はわからない。医師は国家試験に合格し、専門性が高く、理解のできない医療を実践するためにいるのだから、患者に理解を求めず、正しいと思うことをやればいいのだ。

こうなります。

ただこれは間違いです。現実 裁判では医療側が何度も敗北しています。
乳腺専門医から見て、治療のためには絶対に温存はできない、全摘すべきだ、そう判断して全摘術を施行した医師がいます。事実、全摘が施行されて、その患者さんは治癒されています。しかし温存の選択肢を提示してくれなかった、という点で後に訴訟が起こりました。この裁判は医療側が負けています。

裁判官は、「温存でも治癒できるという医師は世界のどこにもいませんか?」と医師に尋ねました。

乳腺を専門にする医師であれば、この症例を温存はしません。温存は危険すぎます。そう医師は反論しました。けれどもそれは裁判官への解答になっていません。「いませんか?」

いや、それは探せばいるかもしれません。しかしガイドラインからも、いまの医療の現状からも正しい選択とは思いません。

裁判官はこう言いました。「しかしその医師の意見を、患者さんには聞く権利がある。」

選択肢を奪ったことで、医師は敗北したのです。

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もちろん医療としてなにも間違いはなされていないので、賠償額は微々たるものでした。精神的な慰謝料のみです。ただ論争としては医師側の負けなのです。選ぶのは患者さんなのです。

ただこの話はほぼ詰んでいます。
医者の話を完全に理解できる一般の方は絶対いません。医師には話をしている内容の前提となる基礎知識があります。何十年もかけて学んできた医学の基礎があるから、それぞれの各論も理解できるのです。掛け算がわからない人に微分積分の説明はできません。理解なんてできません。
完全にはわからないことをいくら話をしても、患者さんに選んでもらったというのは言い過ぎです。必ず医師による誘導が介入しています。

前提が本当に長くなりました。すいません。

乳房再建は、乳がんの治療上絶対に必要なものではありません。
患者さんが選択して初めて施行される術式なのです。その意味において医師からの誘導も本来ありえません。患者さん以外に乳房が再建されることを望む主体はおられないからです。現実的には乳房全摘が必要とされた患者さんがそれを悲しみ、再建を希望されるところから話が始まります。医師はそれに伴う危険性、あり得る将来のデメリット、それを説明します。それでもなお患者さんが希望された時、それを施行しているはずです。

シリコンインプラントを用いる乳房再建

一言に乳房再建と言っても様々な方法があります。今回話題にしたいのはシリコンインプラントを用いた乳房再建です。失われた乳腺の代わりに皮下にシリコンインプラントを留置して乳房のふくらみを再現する方法です。

IMPザラザラ

上に示したのがその表面がざらざらしたタイプのコヒーシブと呼ばれるシリコンバック、インプラントです。表面がざらざらしているのには理由があります。適度に皮膚と癒着し、中でゴロゴロと動かなくなるのです。つるつるしていると、中で動いて手術の時に決めた場所からズレていってしまうことがあります。一時はこのざらざらタイプが乳房再建の主役だったくらいです。

ところが最近になってこの”適度に癒着”することが問題であることがわかってきました。完全にはわかっていないのですが、この癒着する際に起こる刺激が免疫に悪影響するらしいのです。免疫細胞であるリンパ球がその刺激でがん化する、というリスクが認められたのです。ただしそれは本当に非常にまれなこともわかっています。

コロンビア大学アーヴィング医療センター アルフレッド・ノート博士を中心とするグループは2022年に米国における乳がんの未分化大細胞リンパ腫(BIA-ALCLと呼ばれています)の発生率を2000年から2018年において追跡調査し、発表しました。これを受けて、米国食品医薬品局(FDA)はすべての乳房インプラントに対して黒枠での警告を発令しました。FDAはインプラントに関連するものとして、未分化大細胞性リンパ腫に限らず、全てのリンパ腫に広げて今後追跡調査していくことを宣言したのです。これは大問題になりました。
Kinslow CJ, Kim DK, Lowe LS, Cheng SK, Yu JB, Kachnic LA, et al. Lymphomas of the Breast After Postmastectomy Implant-Based Breast Reconstruction. JAMA Network Open. 2025;8(8):e2525820.

インプラントに合併する悪性リンパ腫

米国のSurveillance, Epidemiology, and End Results (SEER) データベースを用いて、2000 年 1 月 1 日から 2020 年 12 月 31 日までの間に乳房切除術後のインプラント再建術を受けた女性を特定し、1年以上経過された方を追跡調査しています(1年以内であればもともと発症していた可能性があるため)。最終的に私たちは、乳がんと診断された約6万人の女性を対象に、平均で7年以上追跡調査を行いました。

私たちは、乳がんと診断された約6万人の女性を平均7年以上追跡しました。その結果、乳房に「悪性リンパ腫」と呼ばれるがんが15例見つかりました。特に「未分化大細胞型リンパ腫(ALCL)」というタイプは7例で、通常に比べておよそ40倍多く発生していましたその他のリンパ腫も8例見つかり、こちらは通常の約3倍でした。

診断されたリンパ腫には、びまん性大細胞型B細胞リンパ腫や小リンパ球性リンパ腫といった種類も含まれており、5例は最初の乳がんとは反対側の乳房にできていました。乳がんの治療歴を見ると、放射線治療を受けていた人はいませんでしたが、化学療法を受けていた人が5人いました。

乳房にリンパ腫ができるまでの期間は、平均して約7年でした。発症のリスクを人口100万人あたりで換算すると、通常に比べて年間で10~15人程度多く発生していることになります。ただし、乳房以外にリンパ腫が増える傾向や、ホジキンリンパ腫という別のタイプの増加は見られませんでした。

また、乳房切除術を受けた人(インプラントを入れない場合)や、部分切除術を受けた人(放射線治療の有無に関わらず)では、乳房のリンパ腫が増える傾向は見られませんでした。

この研究では、乳房インプラントと、B細胞型やT細胞型と呼ばれる種類の悪性リンパ腫との関連が見つかりました。インプラントと関係があるとされてきた「未分化大細胞型リンパ腫(ALCL)」だけでなく、びまん性大細胞型B細胞リンパ腫や小リンパ球性リンパ腫、末梢性T細胞リンパ腫といった他のタイプのリンパ腫でも、通常より発症のリスクが高くなっていました。

ALCLがインプラントと関連すると考えられる理由のひとつは、インプラントの周りで慢性的な炎症が起こり、そこで細胞が増えやすくなったり、酸素が足りない状態が続くことで、がん化が進みやすくなるためとされています。今回見つかった他のリンパ腫も、同じような仕組みで発症する可能性があります。

ただし、ここで強調すべき大事な点は、リンパ腫になる絶対的なリスクは非常に低いということです。ALCLもその他のリンパ腫も、起こる頻度はきわめてまれです。また、米国食品医薬品局(FDA)は、乳房インプラントに関連するがんとして「乳房の扁平上皮がん」も報告していますが、私たちの研究や他の研究では、乳房再建を受けた人にそのリスクの増加は確認されていません。

続きます>

2025.07.26

検診で見つかった乳がんと、自分で見つけた乳がんと

2025年5月にジャン・シーリー医師によって発表された最新の研究結果によりますと、乳がん検診で乳がんが見つかった女性と比較して、症状が出た乳がんの女性では乳房切除、化学療法の使用、乳がんによる死亡率が有意に高いことが明らかになっています。
Impact of Method of Detection of Breast Cancer on Clinical Outcomes in Individuals Aged 40 Years or OlderRadiology: Imaging Cancer Vol. 7, No. 3: May 30 2025https://doi.org/10.1148/rycan.240046

乳がんはたとえどんなに気にされていない方であっても、また検診を受けておられない方でも、いつか必ず発見され、診断されることになります。命に係わる疾患だからです。
ただがんは恐ろしい病気です。現代でもそのすべてが治せるわけではない。それが早期発見でなければ、まして末期で発見されてしまえば治癒させることは難しい。
「余命 ○○か月です」というテレビなどででてくるあのシーンにつながることになります。

がんの検診とはもともとそうならないために、何としても早期で発見するために行っているものであり、受診もされていることと思います。症状があってから受診した、それが実はがんによるものであった、その状況の恐ろしさは皆さんも常識としてご存じのことでしょう。

ジャン・シーリー医師らによる新たな研究により、定期的な検診が多い年齢層(50~74歳の女性)と比較して、マンモグラフィー検診の実施頻度が低い年齢層(40代の女性および75歳以上の女性)では、症状から乳がんが発見される割合がはるかに高いことが明らかになりました。

Radiology: Imaging Cancer誌に掲載されたこの研究では、乳がんを患った女性821名(平均年齢62.5歳)のデータを解析しました。

それによると40代女性では72.9%、75歳以上の女性では70.4%が症状があって乳がんと診断されていたのに対し、50代女性では49.5%、60~74歳女性では33.3%と明らかに少ない割合であったことが明らかになりました。つまりマンモグラフィ検診の対象外の年齢層の女性ではほぼ7割以上の方が症状があってから病院を受診し、乳がんと診断されている。対して50から60歳代の検診の対象年齢では症状から発見されている乳がんは半分以下でした。

症状が認められた乳がんは乳房切除、化学療法による治療、進行した症状の出現率が有意に高いことにも関連していました

・症状から乳がんが発見された女性では、進行がんである割合が6.6倍高いという結果でした。

・化学療法が必要となる可能性はほぼ2倍でした。

・乳房切除が必要となる可能性もほぼ2倍でした。

シーリー医師はまた、症状が認められたがんの女性のうち、6.7年間の追跡期間内に死亡した割合が21.7%であったのに対し、検診で乳がんと診断された女性では14.5%であったことを指摘しました。

シーリー博士によると、症状が認められたがんの女性では死亡率が1.6倍高かったとのことです。

「乳がん検診による早期発見の促進と、乳がんの発見方法が予後予測に大きく影響することを示す必要性が、今回の研究で改めて認識されました」と、オタワ病院画像診断科乳房画像診断部門長のシーリー医師は強調しています。

2025.07.04

ホルモン”補充”療法について・・・その2

「重度の更年期症状を経験している女性や、例えば卵巣がんや卵巣嚢腫などで摘出を受けるなどしてホルモンレベルに影響を与える手術を受けた女性の生活の質は大きく損なわれます。ホルモン補充療法は、そういった問題を大きく改善することができます」と、国立衛生研究所(NIH)国立環境衛生科学研究所(NIEHS)の筆頭著者であるケイティ・オブライエン博士は述べています。

「本研究は、そうした様々な種類のホルモン補充療法に伴うリスクについての理解を深めるものであり、患者と医師が正しい情報に基づいた治療計画を立てるのに役立つことを期待しています。」

Hormone therapy use and young-onset breast cancer: a pooled analysis of prospective cohorts included in the Premenopausal Breast Cancer Collaborative Group
Lanset Oncology Volume 26, Issue 7, p911-923, July 2025

今回ケイティ・オブライエン博士らは、E-HT(エストロゲン単独療法)療法と、EP-HT療法(エストロゲン+プロゲスチンホルモン療法)の、2種類の一般的なホルモン補充療法が55歳未満の女性の乳がんリスクに影響を与える可能性があることを明らかにしました。

E-HT療法(エストロゲン単独療法)を受けた女性は、ホルモン補充療法を受けなかった女性よりも乳がんを発症する可能性が低いという結果でした。
さらに、エストロゲン+プロゲスチンホルモン療法(EP-HT療法)を受けた女性は、このタイプのホルモン療法を受けなかった女性よりも乳がんを発症する可能性が高いという結果でした。

本研究で分析された2つのホルモン補充療法は、更年期障害や子宮摘出術、卵巣摘出術後の症状管理によく用いられます。E-HT療法は、子宮がんリスクとの関連が知られているため、子宮摘出術を受けた女性にのみ推奨されます。

ケイティ・オブライエン博士らは、北米、ヨーロッパ、アジア、オーストラリアの55歳未満の女性45万9000人以上のデータを含む非常に大規模な分析を実施しました。

E-HT(エストロゲン受容体拮抗ホルモン療法)を受けた女性は、E-HTを受けたことがない女性と比較して、乳がん発症率が14%低下しました。注目すべきは、この予防効果は、E-HTを若い年齢で開始した女性や、より長期間使用した女性でより顕著であったことです。

一方、EP-HTを受けた女性は、EP-HTを受けなかった女性と比較して乳がん発症率が10%高く、EP-HTを2年以上使用した女性は、EP-HTを受けたことがない女性と比較して、乳がん発症率が18%高くなりました。
著者らによると、この結果は、EP-HT使用者の55歳までの乳がん累積リスクが約4.5%となる可能性があることを示唆しています。一方、このタイプのホルモン療法を一度も使用したことがない女性では4.1%、E-HTを使用した女性では3.6%でした。

子宮がん 乳がん

E-HT療法

エストロゲン単独

リスクを上昇させる
そのため原則子宮を摘出されている人にしか勧められない

リスクは低下する
ホルモン補充を受けたことのない女性と比較して14%低下する

EP-HT療法

エストロゲン+プロゲステロン

リスクは上昇しない
生理が来るため、子宮内膜は剥落し、ゆえに子宮体がんのリスクは上昇しない

リスクが上昇する
ホルモン補充を受けたことのない女性と比較して10%上昇する
2年以上継続すると18%も上昇する

さらに、EP-HTと乳がんの関連性は、子宮摘出または卵巣摘出術を受けていない女性で特に高い傾向がありました。このことは少なからず女性ホルモンがベースに分泌されている可能性がある女性に、さらにEP-HTによる補充を行うと、より乳癌のリスクが上昇することを示唆しています。子宮がある状態では原則としてEP-HTが考慮されるため、これは乳がんの観点からみるとホルモン補充療法開始の際にリスクを評価するのであれば、婦人科手術の既往を考慮することの重要性を浮き彫りにしていると研究者らは指摘しています。

「これらの研究結果は、ホルモン補充療法を検討する際には、その人その人それぞれに個別化された医療アドバイスが必要であることを示しています」と、NIEHSの科学者で上級著者のデール・サンドラー博士は述べています。

「女性とその医療従事者は、更年期に伴う症状の緩和のメリットと、ホルモン補充療法、特にEP-HTに伴う潜在的なリスクを比較検討する必要があります。子宮と卵巣が正常な女性の場合、EP-HTによる乳がんリスクの上昇があることは重要で、適応には慎重を要することを示しています。」

著者らはまた、今回の研究は、高齢女性および閉経後女性におけるホルモン補充療法と乳がんリスクとの同様の関連性を示した過去の大規模研究と整合していると指摘しています。
私のブログでも過去にこの問題について、大規模な研究結果を紹介しています
今回の新たな研究は、これらの知見を若年女性にも拡張し、閉経期を迎える女性の意思決定を支援するための重要なエビデンスを提供するものであるといえるでしょう。

2025.07.03

ホルモン”補充”療法について・・・その1

私は男性なのでわかりようがないといえばないのですが、女性で更年期障害で悩まれている方は意外と多いという印象です。こうした方々は、婦人科で相談します。そうすると女性ホルモンの補充療法を受けることになる。女性ホルモンはどちらにしても年齢によって減少していくのですが、それが急激だから更年期障害が強く出てしまう。だからそれを補うことによって、ホルモンの急激な減少をすこし緩やかにして、更年期になれる期間を作ろうという考え方です。ですのでホルモン補充療法もいずれは少量になります。一生補充するということは原則ありません。

ただこうした治療を受けておられる方が、乳がんが気になるのできてみました、というパターンが増えています。本来下がってしまうタイミングで補充すれば、いわば若返ることになる。若い人の乳がんは進行も早く予後不良のことが多い。私もそのリスクがあるのではないか。なによりそんな年齢とともに減るホルモンを足すなんてことをして大丈夫だろうか?

そう思われる方は多いでしょう。今回そのホルモン補充療法と乳がんについての話です。

女性ホルモンと呼ばれるものは一般的には”エストロゲン”です。これは卵巣ホルモンと呼ばれるものです。女性に特有の現象として生理がありますが、この生理はエストロゲンだけで起こされるものではない。黄体ホルモンと呼ばれるプロゲステロンも関与します。この二つのホルモンのダイナミックな変化が生理という現象に結び付いています。

月経周期の流れとホルモンの役割

女性の体は、約1か月のサイクルで「妊娠に備える準備」と「リセット」を繰り返しています。このサイクルを調整しているのが、主にエストロゲンとプロゲステロンという2つの女性ホルモンです。

  1. 生理(月経)が始まる頃:子宮内膜がはがれて経血として出る(これが生理)。
    ホルモンは低下中で、体も心も元気が出にくい時期。
  2. 排卵まで(卵胞期):脳からの指令で卵巣が働き、卵子を育て始める。
    この時期に活躍するのがエストロゲン。

    「エストロゲンは、美肌・元気ホルモン」とも言われ、体調が整い、気分も上向きになる時期です。

  3. 排卵(中間点):成熟した卵子が排卵される(妊娠のチャンス)。エストロゲンがピークを迎える。
  4. 排卵後(黄体期):排卵後はプロゲステロンが分泌され始める。

    「プロゲステロンは、休息・妊娠の準備ホルモン」。体温が少し上がり、眠気が出たり、むくみやすくなったりします。

  5. 妊娠しなかった場合:プロゲステロンとエストロゲンが減り、子宮内膜が剥がれて次の生理が始まる。

ホルモン補充療法 

そこで更年期障害に対するホルモン補充療法ですが、エストロゲンを足す、そしてエストロゲンとプロゲステロンの両方を足すという考え方が出てきます。もちろん閉経に伴う更年期障害ですから、閉経前に戻すという考え方からはこの両方を補充する方が自然に思えます。

「unopposed estrogen hormone therapy =E-HT」とは、

エストロゲン単独補充療法(エストロゲンのみを使用するホルモン補充療法)のことを指します。

「unopposed(拮抗しない)」という語は、「プロゲスチン(黄体ホルモン)を併用しない」という意味になります。エストロゲン単独で補充すると、子宮内膜が増殖するのですが、生理が来ないため、増殖ばかりが継続します。このため増殖症や子宮体がんのリスクが上がるため、子宮がある女性には通常推奨されません。しかし、すでに子宮摘出(子宮全摘)をしている女性ではこのリスクがないため、エストロゲン単独療法(unopposed estrogen therapy)が選択されることがあるのです。

ですので、子宮が残っている女性には原則禁忌(子宮内膜が刺激され、子宮がんリスクが上昇するため)、乳がん既往歴がある場合や血栓症リスクが高い場合には慎重投与または禁忌とされます。

製品名 成分 投与形態 特徴
エストラーナ®テープ エストラジオール 経皮パッチ 生体同一型。肝臓を経由せず副作用が少ない。
クリマラ®テープ エストラジオール 経皮パッチ エストラーナと同様。貼付面積がやや小さい。
プレマリン®錠 結合型ウマエストロゲン(CEE) 経口錠 日本でも古くから使われる。
ジュリナ®錠 エストラジオール(生体同一型) 経口錠 体内の自然なエストロゲンと同一構造。用量調整可能。
Estrogen + Progestin Hormone Therapy (EP-HT) とは

対照的にEP-HT療法とは、子宮が残っている女性に用いられる治療で、プロゲスチンで子宮内膜を保護し、がんのリスクを減らします。

使用薬剤 成分 投与形態 特徴・備考
エストラーナ®テープ + デュファストン® エストラジオール + ジドロゲステロン パッチ + 錠剤 代表的なHRTの組み合わせ。自然な月経周期に近い。
クリマラ®テープ + デュファストン® エストラジオール + ジドロゲステロン パッチ + 錠剤 同様の経皮製剤。肝初回通過を避け副作用が少ない。
エストラーナ® + プロベラ® エストラジオール + メドロキシプロゲステロン酢酸エステル パッチ + 錠剤 長期処方でも比較的安定したプロゲスチン作用。
プレマリン® + プロベラ® 結合型エストロゲン + メドロキシプロゲステロン酢酸エステル 錠剤 + 錠剤 子宮内膜保護のため必ず併用。

ここまで ホルモン補充療法を、E-HTとEP-HTの二つに分けて、子宮がんの観点から話をしてきました。もちろん婦人科でこれらのお薬を処方してもらっていて、定期的に子宮がんの検診をされておられる方であれば、子宮がある方でE-HTをされていても過度に心配なさる必要はないと考えます。

ただ今回はこのE-HT療法と、EP-HT療法と、乳がんとの関係について考察していきたいと考えています。

2025.06.24

最新のASCO Educational BOOK =教育本から 乳がん術後の長期にわたるケアとその戦略 その7

治療管理およびフォローアップケアにおけるeヘルスの可能性

がんサバイバーのフォローアップケアについては、いくつかのモデルが提案されてきましたが、これらを実際に成功裏に運用するには、医療機関における人的・物的資源への依存が大きいのが現状です。
このようなアプローチでは、チームベースの多職種連携ケアの利点や、支援サービスの統合といった本来得られるべき効果が十分に活かされておらず、乳がんサバイバー(BCS)の多様なニーズへの対応において重大なギャップが残されているため、包括的かつ質の高いサバイバーシップケアの提供が妨げられています。

サバイバーシップケアにおける主な課題

サバイバーシップケアには、以下のような一般的な障壁があります。

  1. がんサバイバーの増加に対し、医療資源が不足していること
  2. 医療従事者の間でサバイバーケアに対する認識や訓練が十分でないこと
  3. 支援的ケア資源へのアクセスに地域差・格差があること
  4. 地域の支援サービスとの情報共有や連携が不十分であること
eヘルス技術の利点

eヘルス技術(電子的健康支援技術)は、サバイバーシップケアを「より積極的で、個別化され、予防的で、参加型のモデル」へと変革する可能性を持っています。患者が発信する情報や臨床データの収集・処理・共有・分析を効率化することで、eヘルスは以下のような利点をもたらします。

  1. 患者と医療者間のコミュニケーションの向上
  2. ケアの調整と症状マネジメントの改善
  3. 個別化された支援介入の提供
  4. 患者と医療者双方に対する教育とエンパワーメントの促進

実践例:Table 3では、eヘルス技術を活用した実践的なサバイバーケア強化の取り組み例を紹介しています。この表は、各技術の活用可能な領域・現時点でのエビデンス・導入状況をまとめたものであり、今後の導入や展開の方向性を理解する上での指針となります。

表3. サバイバーシップケアにおけるeヘルス技術の応用例

用途

技術の例

活用機会

エビデンスおよび実装状況

症状のモニタリングと管理

モバイルアプリ、ウェアラブルデバイス

患者報告アウトカム(PROs)の収集、症状の記録と傾向の追跡、異常値の早期発見

PROsによるケアの質向上が示されており、臨床試験での実装が進んでいます。

教育とセルフマネジメント支援

ウェブベースのプラットフォーム、ビデオ教材、インタラクティブツール

情報提供による意思決定支援、治療順守の促進、健康行動の改善

患者の知識向上と自己効力感の増加に関するエビデンスがあり、実装が進行中です。

遠隔医療とデジタルカウンセリング

ビデオ通話、チャットボット、オンライン心理支援サービス

地理的制約のある地域でも専門家にアクセス可能、心理社会的支援の提供

コロナ禍で急速に拡大し、BCSに対する満足度と成果の改善が報告されています。
行動変容の促進 テキストリマインダー、ゲーミフィケーションアプリ、ウェアラブル連携アプリ 運動・食事・禁煙などの健康行動を促進、リマインドによる治療遵守支援 一部RCTにて有効性が示されており、研究開発段階から実用段階への移行が進んでいます。
ケアの連携と調整 電子カルテ連携、共有プラットフォーム、患者ポータル 医療機関間・多職種間の情報共有、退院後の継続的フォローアップ 実装にはシステム統合とプライバシー対策が必要であり、制度面・技術面の課題もあります。

サバイバーシップケアにおけるデジタルヘルスは、急速に進化している分野であり、非常に大きな可能性を秘めています。しかし、今後の研究においては、実現可能性や臨床的有用性の実証にとどまるのではなく、より包括的な評価が求められます。具体的には、これらのツールを持続可能なケアモデルに統合するための戦略的な実装方法や、その効果の検証に焦点を当てる必要があります。また、多様な患者集団において公平なアクセスを確保することも重要な課題です。

まとめ

圧巻のまとめでさすがとしか言いようがないです。我々専門医が日常に気を付けてみていること、みなければならないことが、数値化されてすべて触れられています。また最後にはデジタルの活用についても触れています。
私のこのブログも言葉では伝えきれないものをカバーするために始めました。今では私の患者さん以外の方が多く読んでくださっているようで喜んでおります。これからもよろしくお願いします。

2025.06.24

最新のASCO Educational BOOK =教育本から 乳がん術後の長期にわたるケアとその戦略 その6

リンパ浮腫の予防と管理

リンパ浮腫とは、高タンパク性のリンパ液が間質空間に慢性的に貯留することにより、四肢やその他の体の部位に腫脹を引き起こす、生涯にわたる慢性疾患です。この状態は、リンパ系の損傷や輸送機能の破綻により、リンパ液を適切に移動できなくなることで発生します。

乳がんとその治療に伴って生じる二次性リンパ浮腫は、特に乳がんサバイバー(BCS)に多くみられ、推定20~30%の患者さんに発症します。

慢性的な乳がん関連リンパ浮腫は、腕・前腕・手、あるいは乳房や胸壁の腫れとして現れることがあります。リンパ浮腫は蜂窩織炎(セルライト)を発症しやすくなるだけでなく、機能障害、疼痛、心理社会的問題も引き起こし、生活の質(QOL)やメンタルヘルスに悪影響を及ぼします。

また、リンパ浮腫は経済的負担も大きく、罹患していないBCSと比べて自己負担医療費が高くなる傾向があります。(これは意外と見落とされがちです。保険収載されていない治療が多いのです。)

そのため、監視・予防・早期発見および治療介入を行うことが重要であり、腫脹の進行や合併症を防ぎ、医療費の削減にもつながることが示されています。

リンパ浮腫のリスク因子

リンパ浮腫のリスク因子は多岐にわたりますが、主な因子としては以下のものがあります。

  1. 腋窩リンパ節郭清(ALND)
  2. リンパ節への放射線照射(特に広範囲)

ALNDの手術範囲が広いほどリンパ浮腫のリスクは高くなります。一方、センチネルリンパ節生検(SLNB)は、ALNDと比較してリスクが低いとされています。

Naoumらの研究では、5年間のリンパ浮腫累積発生率は、ALNDで24.9%、SLNBで8.0%と報告されています。また、放射線の種類と照射領域もリスクに影響を与えており、SLNB+領域リンパ節照射で10.7%、ALND+領域リンパ節照射で30.1%のリンパ浮腫が確認されています。

さらに、タキサン系化学療法の使用がリンパ浮腫のリスクを高める可能性があると指摘されています。

肥満も重要なリスク因子であり、BMIが25~29の過体重の方ではリスクが上昇し、BMIが30を超える肥満者ではさらにリスクが高まるとされています。

また、最近の研究では、農村部(地方)に居住していることもリンパ浮腫のリスク因子として報告されています。(これは土いじり、草抜きなど、小さなけがを手に負ってしまって細菌感染する機会が多くなるからではないか、と考えられます。)

予防戦略

乳がん関連リンパ浮腫は、症状による負担が大きく、経済的にも大きな影響を与える慢性疾患です。近年では、前向きなサーベイランス(監視)と予防を組み合わせたモデルが標準的なケアとして注目されており、患者の転帰の改善とコスト削減の両立が期待されています。

最新のガイドラインでは、監視と早期発見の重要性が強調されており、リスクのある患者さんに対して治療開始前に基礎測定を行うことが推奨されています。また、生体インピーダンス法(bioimpedance spectroscopy)の利用により、無症候性の早期リンパ浮腫(subclinical lymphedema)を検出する手段としての有用性も近年注目されています。(これは体脂肪率がはかれる体重計がありますよね。あの理屈と同じ方法です。体のある部分に異常に水分の組成が大きければそこには浮腫があると考えられます。)

サーベイランス(監視)の意義

サーベイランスを行うことで、まだ可逆的な段階にある無症候性のリンパ浮腫を早期に発見できるため、慢性の乳がん関連リンパ浮腫への進行を防ぐことが可能です。しかし、このような予防プログラムへのアクセスが限られている現状もあります。

リンパ浮腫のモニタリングには、以下のような複数の方法が用いられています。

  1. 周径測定(巻き尺)
  2. 生体インピーダンス測定(bioimpedance spectroscopy)

巻き尺による測定はコストが低いという利点がありますが、測定者間の誤差が大きいという課題があります。一方、生体インピーダンスを用いたモニタリングは、リンパ浮腫の慢性化を大幅に抑制できることが複数の研究で示されています。たとえば、PREVENT試験では、生体インピーダンスでモニタリングされ、圧迫療法を受けた患者の92%が、3年間にわたって慢性リンパ浮腫に進行しなかったことが報告されています。

サーベイランスモデルの例

典型的なサーベイランスモデルは以下の要素を含みます。

  1. 治療前のベースライン測定
  2. 患者教育
  3. 最初の3年間は3か月ごとの定期的なフォローアップ
  4. 4年目・5年目は6か月ごとのフォローアップ

生体インピーダンスのスコアが上昇した場合は、早期介入として昼間の間、圧迫用スリーブなどを1か月間装着します。その後再測定を行い、スコアが正常範囲に戻っていれば圧迫装着は中止し、通常のサーベイランスに戻ります。

もし臨床的な腫脹が認められた場合には、複合的除圧療法(CDT:Complete Decongestive Therapy)が推奨されます。

リンパ浮腫の監視、そして対応するには、理学療法士の協力が欠かせませんね。当院には常勤してくれています。

治療アプローチ

乳がん関連リンパ浮腫の評価には、周径測定(巻き尺)、生体インピーダンス法、ペロメトリー(光学式計測)、リンパシンチグラフィー、インドシアニングリーン(ICG)リンパ管造影など、さまざまな方法が用いられます。

リンパ浮腫は進行の可能性がある疾患であるため、早期発見と治療の開始が極めて重要です。

基本的な治療戦略

リンパ浮腫の治療においては、複合的除圧療法(CDT:Complete Decongestive Therapy)と圧迫着衣(compression garments)が中心的な役割を果たします。

CDTはリンパ浮腫の体積を減少させることを目的とし、以下の要素を含みます。

  1. 徒手リンパドレナージ(MLD)
  2. 短伸縮性包帯を用いた圧迫包帯法
  3. 運動療法
  4. 皮膚衛生の管理
  5. 患者教育
  6. 維持期の圧迫着衣の使用

この治療フェーズの後には、日中の圧迫着衣の装着と、自己リンパドレナージ(self-MLD)を含む生涯にわたる自己管理が必要となります。リンパ浮腫の重症度に応じて、夜間用の圧迫着衣や在宅用空気圧ポンプ装置の使用が適応になることもあります。皮膚の衛生管理は感染予防のために極めて重要です。

運動と外科的治療

近年の研究では、かつて推奨されていなかった抵抗運動を含む運動療法が、リンパ浮腫の管理において効果的であることが示されています。

さらに、外科的治療の選択肢もあります。代表的なものに、リンパ管静脈吻合術(lymphatic-venous anastomoses)などのマイクロサージェリー(顕微鏡下手術)があり、近年では予防的に用いられる場面も出てきています。

また、進行したリンパ浮腫で脂肪・線維組織の割合が高い場合には、吸引法(脂肪吸引)を用いた減容手術も選択肢として検討されます。

これに関しては形成外科のDrの助力が必須です。当院と同じビルにはこのリンパ管静脈吻合術(lymphatic-venous anastomoses)などのマイクロサージェリー(顕微鏡下手術)の名手の先生がおられます。

2025.06.24

最新のASCO Educational BOOK =教育本から 乳がん術後の長期にわたるケアとその戦略 その5

局所治療による副作用とその対策

手術(Surgery)

乳がんに対する手術、すなわち乳房部分切除術(ルンペクトミー)、乳房温存術、乳房全摘術、センチネルリンパ節あるいは腋窩リンパ節郭清(ALND)、および乳房再建術は、長期的にさまざまな後遺症を引き起こす可能性があります。

これには以下のような症状が含まれます。

・しびれ・感覚の鈍麻(防御感覚の喪失)・疼痛・異常感覚(ピリピリ感など)・関節可動域の制限・筋力低下・美容上の変形・ボディイメージの悪化・性的満足度の低下

Marcoらは、こうした機能障害の範囲を以下の3つに分類しています。

1 神経筋系の問題(例:術後痛症候群、幻肢乳房症候群)

2 筋骨格系の問題(例:筋膜性疼痛、癒着性関節包炎=いわゆる五十肩)

3 リンパ・血管系の問題(例:リンパ浮腫、コーディング)

神経筋系の問題には、術後急性期を過ぎても続く持続性の疼痛(術後乳房痛症候群)や、存在しない乳房に痛みや感覚を感じる幻肢乳房症候群があります。たとえば、乳房にかゆみを感じるのにかけないといった訴えがよく聞かれます。

筋骨格系の問題としては、筋膜性の痛みや癒着性関節包炎による可動域制限が挙げられます。

リンパ・血管系の問題では、リンパ浮腫や、腋窩皮下に硬く細長い索状の組織が形成される「コーディング」があります。これは腕や胸壁の内側に沿って伸びることがあります。(モンドール病として我々の施設では説明しています。乳がん術後でなくても発生します。)

慢性疼痛は術後に最大32%の女性にみられる可能性がありますが、術式によって慢性の術後痛や神経因性疼痛の発症率に有意差はないとされています。ただし、術前からの疼痛がある患者では、術後の慢性疼痛のリスクが高くなることが示されています。

また、気分状態・痛みの誇張傾向・睡眠の質に関しても、術式の種類による有意差はみられていません。一方で、リンパ浮腫の有無に関わらず、乳房痛に関するデータは不足しているのが現状です。

これらの患者の管理においては、症状を認識・受容し、他の原因がないか評価することが重要です。

一部の文献では、自家組織を用いた乳房再建術(ABR)を施行することによって、
・感覚の回復の改善・異常感覚の減少・感覚関連QOLの向上・
が示されており、特に神経吻合を付加しておけばその傾向が強いとされています。

なお、乳房温存術または部分切除術に放射線療法を加えた乳房温存療法(BCT)は、低侵襲であると考えられがちですが、長期的にサバイバーに重大な影響を与える症状が出現する可能性があり、後年になって医療機関を受診する契機となることもあります。

BCTから数年後にみられる代表的な訴えには以下が挙げられます。
・乳房の左右差(サイズ・形・下垂の程度)・乳頭の偏位・輪郭の変形・放射線照射による毛細血管拡張(テランジェクタジア)・硬く線維化した瘢痕組織・既に豊胸術を受けていた方における被膜拘縮

切除乳房体積が全乳房体積の20%を超える場合は、満足度が低くなる大きな要因となります。このようなケースでは、以下のようなオンコプラスティック手技を用いることで、左右対称性や美容的結果、患者の満足度の向上が期待できます。
・体積置換術(フラップなどによる再建)・体積移動術(乳房挙上術や局所組織の再配置)・対側乳房の縮小術

また、放射線治療に伴う毛細血管拡張症の治療に関しては、美容皮膚科医が治療に関与することもあります。

これらに関しては形成外科のDrの助力が必要ですね。

放射線治療(Radiation)

乳房切除後放射線療法(PMRT:Postmastectomy Radiotherapy)は、腫瘍が大きい患者さんやリンパ節転移のある患者さんに対する治療の柱のひとつとなっており、全生存率および局所制御率の向上に寄与しています。

一方で、PMRTは以下のような重篤な有害事象を引き起こす可能性があることも知られています。
・放射線肺炎・心膜炎や心嚢液貯留・血管肉腫(放射線誘発性)・乳房再建への悪影響(術後合併症・再手術率・罹患率の増加)

放射線はまた、再建部位の軟部組織に著しい変化(菲薄化・硬化・線維化)を引き起こし、インプラントによって再建された乳房の形状に不均衡な歪みをもたらすことがあります。

インプラントを用いた乳房再建術においては、PMRTにより・感染率の上昇・被膜拘縮(カプセル収縮症)・修正手術の必要性・再建の失敗率の増加、が報告されています。

また、自家組織を用いた乳房再建術(ABR)においても、PMRTは線維化や皮弁の収縮を引き起こし、追加的な修正手術が必要となる場合があります。

対応可能な管理手段(Potential Management Modalities)

乳がんサバイバーが手術や放射線治療後に特定の悩みを訴えた場合、以下の対処策を組み合わせて検討します。

  1. 自己マッサージを行い、痛み・圧痛の軽減、瘢痕の線維化バンドの軟化、ならびに大脳皮質レベルでの感覚再統合を促します。
  2. 身体活動量を増やすことで、全身の血流と可動性を高めます。
  3. 理学療法(PT)への紹介により、可動域の拡大、コーディングや線維化の改善、筋力向上を図ります。
  4. 防御感覚低下による潜在的危険(深達性熱傷など)について患者教育を実施します。
  5. 作業療法士(OT)またはリンパ浮腫スペシャリストへの紹介を行います。
  6. アセトアミノフェン、非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)、ガバペンチノイドの使用を検討します。
  7. 鍼治療などの補完代替医療をオプションとして検討します。
  8. 乳房補綴物(ブレストプロテーゼ)や乳房切除後ブラジャーのフィッティングのために紹介します。
  9. 形成外科への紹介を行い、遅延再建や修正手術の適応評価、美容的な左右差の調整、インプラントのフォローアップを行います。
  10. 疼痛専門医への紹介により、慢性痛や難治性疼痛に対する専門的管理を受けます。
  11. 外科腫瘍医への紹介を行い、しこりや皮疹など再発が疑われる症状の評価を行います。
  12. ソーシャルワーカー・心理士・精神科医による心理社会的支援を受けられるようにします。
  13. サバイバーシップ・コホート(同じ治療経験を持つ患者グループ)の特定を行い、ピアサポートの機会を提供します。

これらの手段を必要に応じて組み合わせ、多職種チームで包括的にケアすることが望まれます。

インプラントを用いた再建(Implant-Based Reconstruction)

乳房再建にシリコンインプラントを用いた患者さんは、美容的な理由(しわ寄せ・位置ずれ・インプラントの輪郭の目立ちなど)による懸念を訴えることがあります。また、高度の被膜拘縮(カプセル収縮症)がある場合には、痛みや乳房の変形を伴うこともあります。

さらに、インプラントは反対側の自然乳房や体重変動に伴って大きさを変えることができないため、長期的に美容面での不均衡が生じやすくなります。

シリコンインプラントは優れた再建結果をもたらしますが、破損しても臨床的に気づかれにくいため、画像検査による定期的な評価が必要です。現在、アメリカ食品医薬品局(FDA)は、インプラント挿入から5~6年後、以後は2~3年ごとに超音波またはMRIによるスクリーニング検査を推奨しています。

医療者および患者さんは、以下のような稀ではあるが重要なインプラント関連腫瘍にも注意を払う必要があります。

  1. 乳房インプラント関連未分化大細胞リンパ腫(BIA-ALCL)
  2. 乳房インプラント関連有棘細胞癌(BIA-SCC)

これらの腫瘍の原因はまだ十分に解明されておらず、世界中で報告された症例数はBIA-ALCLが1,355例、BIA-SCCが16例と非常に稀です。BIA-ALCLはテクスチャードインプラント(特にAllergan社製Biocell製品)との関連が知られており、腫脹・しこり・痛みなどの症状として現れることが多いです。

また、最近では「乳房インプラント疾患(Breast Implant Illness:BII)」と呼ばれる、以下のような明確な診断基準のない多様な症状が注目されています。

  1. 倦怠感(fatigue)
  2. 筋肉痛(myalgia)
  3. 認知機能障害(思考力の低下など)

これらはインプラントの使用と関連付けられていることがあるものの、医学的にはいまだ議論のある領域です。インプラント再建を受けた患者さんには、長期的かつ定期的に形成外科を受診し、評価とアドバイスを受けることが最善の管理方法とされています。テクスチャードインプラントを使用している患者さんには、BIA-ALCLのリスクが高いことを説明し、新たな腫脹・しこり・痛みが出現した際にはすぐに報告し、画像診断を含む精査を受けるよう指導することが重要です。

2025.06.24

最新のASCO Educational BOOK =教育本から 乳がん術後の長期にわたるケアとその戦略 その4

生殖機能の障害(Fertility Impairment)

近年、初産年齢の上昇が世界的に進んでおり、乳がん患者のうち7%が40歳未満で診断されるという報告もあります。この割合は、低・中所得国においては20%にまで上昇することが知られています。このような背景から、乳がんサバイバー(BCS)における妊孕性(妊娠可能性)の温存と家族計画の重要性はますます高まっています。

妊孕性を温存するための選択肢には、以下のような方法があります。
胚凍結・卵子凍結・卵巣組織の保存・卵巣機能の一時的抑制
これらの方法は、がん治療開始前に、閉経前の患者さんに対して必ず説明・提案すべき内容です。

内分泌療法を受けている患者さんに対しても、妊娠に関するカウンセリングや家族計画の支援が必要です。POSITIVE試験では、18~30か月の補助的内分泌療法を完了した後に、最大2年間治療を中断して妊娠および授乳に挑戦した42歳未満の女性について調査が行われました。その結果、再発率はSOFT/TEXT試験のコホートと同等であることが示されました。(つまり継続して卵巣機能抑制を受けておられた患者さんと再発率はほとんど変わりなかったということです)

この結果は、長期的なフォローアップが必要ではあるものの、内分泌療法中に妊娠を希望する女性に対するカウンセリングにおいて非常に重要な知見となっています。

神経障害(Neuropathy)

タキサン系化学療法を受けた乳がんサバイバー(BCS)においては、末梢神経障害が永続的に残るケースがあり、その発生率は約11%〜80%と幅広く報告されています。この神経障害は、生活の質(QOL)に重大な悪影響を及ぼすことが知られています。

この状態に関しては、以下のような臨床的リスク因子が同定されています。
・高齢・肥満または過体重・糖尿病・喫煙歴・既往の神経障害・累積された化学療法の投与量・治療スケジュール
特に、パクリタキセル(paclitaxel)はドセタキセル(docetaxel)よりも神経障害を引き起こしやすいとされています。

現在利用可能な治療選択肢は限られており、有効性が実証されている唯一の薬剤はデュロキセチン(商品名 サインバルタ)(1日最大60mg)です。
一方で、鍼治療や理学療法に関しては有望なデータが報告されており、今後の期待が高まっています。ただし、公式なガイドラインにはまだこれらの新しい知見は反映されていません。
最近のランダム化比較試験では、神経筋トレーニングと振動療法が、オキサリプラチンやビンカアルカロイド系抗がん剤の治療を受けている患者の神経障害予防に有効であることが示されました。しかし、タキサン系治療を受けている患者に対する同様のデータは現時点では不足しています。

心理的問題:感情的苦痛と再発の恐怖

乳がんサバイバー(BCS)においては、心理的問題が非常に一般的であり、約30%の方が感情的苦痛を経験し、最大で50%が再発への恐怖を抱いていると報告されています。そのため、心理的問題に対する積極的なスクリーニング・評価・管理が極めて重要であり、専門の多職種チームによって実施されるべきです。

感情的苦痛に対して効果が実証されている介入は、段階的アプローチに基づいています。

1 軽度の症状を持つ方には、身体活動やマインドボディ・インターベンション(瞑想、ヨガなど)を第一選択とする。

2 中等度から重度の症状を持つ方には、心理カウンセリングや認知行動療法(CBT)を、必要に応じて薬物療法と併用して実施する。

といった対応が推奨されます。

治療後の感情的苦痛の評価と対応に関しては、医療者向けのガイドラインも整備されています。また、対面式の認知行動療法だけでなく、デジタルヘルスを用いた介入においても有効性が確認されており、リソースの有無や患者さんの希望に応じて、どちらの方法も検討することができます。(これは精神科のDrの協力が必要ですね)

2025.06.24

最新のASCO Educational BOOK =教育本から 乳がん術後の長期にわたるケアとその戦略 その3

筋骨格痛および関節痛

閉経後の患者さんがアロマターゼ阻害薬(AIs)を使用している場合や、閉経前の患者さんで卵巣機能抑制(OFS)と併用してAIsを使用している場合には、ビタミンDや骨に作用する薬剤(ゾレドロン酸など)の併用により、骨粗鬆症の予防を行うことが推奨されます。

骨の健康と関節痛との病態生理学的な関連は明確ではありませんが、内分泌療法を受けている女性の間では、関節痛の有病率は非常に高いことが報告されています。特に、BMIが正常範囲(<25 kg/m²)の女性においてより多くみられ、BMIが25~30 kg/m²の女性や、過去にタキサン系薬剤による治療を受けた方と比べて発症しやすい傾向があります。

経口鎮痛薬による対症療法は、全体の63%の患者さんにおいて無効であることが示されており、そのため他の治療選択肢を優先的に検討することが重要です。

第一選択としてよく用いられるのが身体活動(運動療法)であり、これは関節の機能を改善し、痛みを軽減する効果があることが示されています。

また、デュロキセチン(商品名 サインバルタ🄬)(最初の1週間は1日30 mg、その後11週間は1日60 mg)は、乳がん患者さんの関節痛症状の軽減に有効であることが確認されています。

さらに、例えばAIからタモキシフェンに変更するなどの内分泌療法の変更(スイッチ)も選択肢のひとつです。ATOLL試験では、このようなアプローチが治療関連の関節痛に対して有効であることが示されており、その根拠となります。

加えて、補完療法としては、鍼治療やヨガが痛みの軽減や身体的ウェルビーイングの改善に効果があると報告されています。

がん関連疲労(Cancer-Related Fatigue, CRF)

乳がんサバイバー(BCS)におけるがん関連疲労(CRF)の原因と病態生理は、非常に複雑で多因子的です。治療中に経験される疲労の有病率は文献によって大きく異なり、30%未満から90%以上まで幅があります。自己申告によるCRFの報告率は、医師による報告率よりも有意に高く、医療現場での疲労の見落としが示唆されています。疲労の効果的な管理には、正確な知識、時間、そして適切な評価・管理ツールの利用可能性が重要です。

米国臨床腫瘍学会(ASCO)のガイドラインでは、すべての患者に対してCRFのスクリーニングを実施すること、そして中等度から重度のケースには治療介入を行うことが推奨されています。

治療の副作用が重複して現れることが多いため、疲労の管理においては、痛み、うつ、不安、不眠、栄養不良、貧血、薬物の副作用といった併存疾患の評価が必要となります。

ASCOが発表しているがんサバイバーにおける疲労管理のガイドラインは、内分泌療法中の乳がんサバイバーにも広く適用可能です。筆者らの見解では、内分泌療法においては、治療中と治療後の推奨事項を区別する必要はなく、両者を相互に適用することが可能と考えています。

有酸素運動、筋力トレーニング、またはその組み合わせを含む運動プログラムは、疲労の軽減に効果的であり、積極的に推奨されます。運動は患者さんの体力や状況に応じて個別に調整されるべきであり、指導付きでも自己管理でも構いません。

また、太極拳、気功、ヨガといった穏やかな身体運動療法も、疲労軽減に有益であることが示されています。認知行動療法(CBT)やマインドフルネスを基盤としたプログラムも、CRFを管理するための有効な戦略として知られています。

一方で、ASCOのガイドラインとは異なり、内分泌療法を受けている乳がんサバイバーに対しては、高麗人参(ジンセン)の使用は避けるべきです。抽出方法によってジンセノサイドの組成と作用が異なり、メタノール抽出ではエストロゲン様作用を示す一方で、水抽出ではそのような作用はみられません。

しかしながら、製品の成分や抽出法が明確に表示されていないことが多く、内分泌療法中の乳がんサバイバーにおいては、疲労対策として高麗人参の使用は推奨されません。

さらに、覚醒促進薬、精神刺激薬、抗うつ薬などの薬物療法は、CRFの軽減に有効であるという証拠が乏しく、日常的に使用すべきではないとされています。

骨の健康(Bone Health)

女性における骨密度(BMD)のピークは通常20代前半に達し、その後は徐々に低下していきます。特にエストロゲンの減少後には、骨密度の低下速度が加速します。

閉経前女性においては、タモキシフェンの使用によるBMDの減少は最小限にとどまりますが、それでも年間でおよそ1~2%の骨密度低下がみられます。一方で、卵巣抑制療法(ゾラデックスやリュープリンなど)(OFS)や、それとアロマターゼ阻害薬(AIs)の併用は、さらに骨密度の低下を助長し、骨粗鬆症のリスクを高めることが知られています。

SOFT/TEXT試験においては、骨粗鬆症(Tスコア < –2.5)の発症率は以下のとおり報告されています
エキセメスタン+OFS群:14.8%
タモキシフェン+OFS群:7.2%
タモキシフェン単独群:3.9%

閉経後女性では、タモキシフェンは骨密度のさらなる減少にはつながらないとされています。しかし、AIsはタモキシフェンと比較して骨折リスクが上昇し、オッズ比は1.45(95%信頼区間 1.33~1.60、P < .001)(これは骨折を起こすリスクが1.45倍という意味)と報告されています。

内分泌療法(ET)を開始する際には、骨の健康への影響およびリスク因子について、患者さんに十分に説明する必要があります。リスク因子には以下が含まれます。

脆弱性骨折の既往・親族の大腿骨骨折歴・1型または2型糖尿病・BMI < 20 kg/m²・関節リウマチ・過去1年間に2回以上の転倒歴・プレドニゾロン換算で1日7.5mgを超える3か月以上のステロイド使用・現在喫煙中・アルコール摂取が適量を超える場合

さらに、骨保護のために運動(特に荷重運動)を推奨することが重要です。ただし、運動のみで骨密度に有意な影響を与えることを示した大規模な研究はまだ存在していません。

診断的な評価としては、デュアルエネルギーX線吸収測定(DEXA)による骨密度検査を治療開始時および治療中に定期的に実施することが望まれます。また、十分なビタミンDとカルシウムの摂取も推奨されます。現在のガイドラインでは、以下の患者さんにビスホスホネート製剤の使用を推奨しています。

閉経後の全患者で、全身的な抗腫瘍治療を受けている方・OFSを受けているすべての閉経前患者

ビスホスホネートは骨密度保護だけでなく、遠隔再発のリスク低下(HR 0.82[95% CI: 0.74–0.92], P = 0.0003)および乳がん死亡率の低下にも寄与することが、大規模メタアナリシス(18,800人、追跡期間中央値5.6年、3,453件の再発)で示されています(HR 0.82[95% CI: 0.73–0.93], P = 0.002)。

一方で、デノスマブ(Denosumab)は、骨粗鬆症治療には有効ですが、生存率に対する効果は認められていません。