乳腺と向き合う日々に

2025.12.13

乳がん検診の課題 ーまとめー

前回の結論は「乳がん検診はリスクに応じて2年おきでも問題はない」という結論でした。ただこのブログでも何度も述べてきましたが、米国の乳がん検診は、そして我が国の乳がん検診の現状も、”一律に2年に1回”です。ですので、この試験において、比較対象群として ”一律に毎年” を置いたのは現状を反映していません。ですので、この試験を計画している医師は、「リスクがない方でない限りは2年に1回ではなく、毎年検診を受けておくべきだ」ということが証明したかったのではないか、とも考えられます。ではそのリスクとは何でしょうか。

乳がんの現状と課題

乳がんは、アメリカで女性に最も多く診断されるがんであり、今もなおがんによる死亡原因の上位を占めています。2025年には、約32万人の女性が乳がんと診断され、約4万人が亡くなったと推定されています。これは、女性が一生のうちに約8人に1人の割合で乳がんになることを意味します。このような状況は、予防・検診・治療のさらなる改善が必要であることを示しています。

乳がん検診のメリットと限界

乳がん検診は、一部のがんを早期に見つけ、治療しやすくするという利点があります。しかし、乳がんそのものを予防するわけではありません。

また、検診には次のような害もあります。実際にはがんでないのに「疑いあり」とされる(偽陽性) 一生問題にならないがんを見つけてしまう(過剰診断)筆者注: これは驚かれた方も多いと思います。たとえば非浸潤がん(DCISやLCIS)と呼ばれるStage 0の乳がんは、それが最終的に命を奪うような皆さんの知る浸潤がんに、どの程度のものが移行するのか、どういうものが移行するのか、何年で移行するのか、よくわかっていないのです。こうしたStage 0乳がんの中には一生そのまま、生命の脅威にならずにおとなしくしているものもいることが分かっています。ただ実際に移行するものもあります。結局それを見分ける方法が見つかっていないので、現状では原則切除となっているのです。)

これらは、不安や不要な検査・治療、費用の増加につながります。

つまり、検診は多ければ多いほど良いとは限らないのです。

一律の年齢別検診の問題点

これまでの乳がん検診は、「○歳になったら全員同じ方法で」という年齢を基準にした一律のやり方が中心でした。しかし、乳がんになるリスクは人によって大きく異なります。

アメリカ女性の平均的な生涯リスクは約13%ですが、これはあくまで平均値です。実際には、多くの女性は平均より低いリスクであり、一部の女性は非常に高いリスクがある、といった風に偏りがあります。

特にリスクが高いのは、BRCA1などの遺伝子変異を持つ人、非浸潤性小葉がん(LCIS)の既往がある人です。

リスクが低い人では、検診による害(過剰診断や偽陽性)の影響が相対的に大きくなります。そのため、検診を控えめにする合理性があります。一方、リスクが高くなるほど、検診でがんを見つけられる可能性が高くなり、より頻回・別の方法の検診が有効になります。

リスクに基づく検診とは

リスクに基づく検診とは、検診を始める年齢 検診の間隔 使用する検査方法を、その人の乳がんリスクに合わせて調整する考え方です。これにより、早期発見の利点を保ちつつ、検診の害を減らすことが期待されます。

今回紹介したJAMAでは、Essermanらが、WISDOM試験という無作為化臨床試験の主要な結果を報告しています。これは、リスクに基づく検診の効果を実際の医療現場に近い形で検証した、初めての試験です。さらにこの研究は、個人に合わせた乳がん予防にもつながる可能性を示しています。

WISDOM試験の概要

WISDOM試験では、女性を以下の2つのグループに分けました。1 リスクに基づく検診 と 2 毎年一律にマンモグラフィを受ける従来型検診(筆者注:繰り返しになりますが現状 わが国では2年おきですし、米国でも推奨は実は2年おきです)です。

リスク評価には、1 個人のリスク因子 2 家族歴 3 遺伝子検査 4 乳腺の密度 が含まれていました。(ご自身の乳がんリスクに関して知りたいと感じられた方は、乳腺科のDrに一度は検診を受けに受診し、尋ねて見られることを勧めます。)

最もリスクが高い人には、6か月ごとにマンモグラフィとMRIを交互に実施。最もリスクが低い50歳未満の人には、検診を行わないという方針が示されました。

主な評価項目は、進行乳がん(ステージIIB以上)が増えていないか 生検の回数が減ったか でした。

試験結果のポイント

約28,000人の女性が参加しましたが、参加者の集まりが想定より遅く、追跡期間が延長されました。

リスクに基づく検診グループでは、約10%が「高リスク」と判定され、その実際のがん発生率はリスク評価と一致していました。進行乳がんの割合は、従来型検診と比べて悪化せず、安全性は確認されました。(筆者注:本来米国の検診は2年おきです。ですので対象は毎年一律に検診する、ではなく2年おきに一律に検診する、にするべきでした。ただ2年おきだともともと多くの進行がんが見つかることが分かっているので、1年おきを比較対象とするいびつな研究になっています。ですので、この結果は、高リスクの人を問題にするよりも、「低リスクの方では2年おきの定期健診で問題ない」という結果だとみるべきなのです。)

しかし、生検の回数は減りませんでした。

予防への応用という強み

WISDOM試験の大きな強みは、検診を個別化するだけでなく、予防につなげられる可能性を示した点です。

乳がんの主な生活習慣リスクには、閉経後の肥満 飲酒 運動不足 授乳経験の少なさ ホルモン剤の使用があり、これらは乳がんの最大25%に関係するとされています。

本試験では、リスクが高いと知らされた女性で、飲酒量の減少や運動量の増加がみられました。

薬による予防(化学予防)

一定以上のリスクがある女性では、タモキシフェン ラロキシフェン アナストロゾール エキセメスタン といった薬により、乳がんリスクを30~65%下げることができます。効果は治療終了後も長く続きます。これらは、個人にも社会にも非常に有効で、費用対効果の高い予防法です。(筆者注:これはわが国では保険適応とされていません。また乳がん患者さんにしようされるホルモン剤で、乳がんを予防する、という考え方はまだ一般まで普及していません。もちろん副作用もありますので、厳重な管理が必要な予防対策ということになります)

実際には使われていないという現実

ガイドラインでは推奨されているにもかかわらず、実際に予防薬を使っている人は非常に少ないのが現状です。WISDOM試験でも、使用率はわずかでした。

その理由として、自分が高リスクだと知らない 医師も患者も予防薬の存在を知らない 専門的な相談体制が不足している といった問題があります。

今後に向けて 乳がん予防は主にかかりつけ医が担いますが、専門医の関与があると予防薬の使用率は大きく向上します。理想的には、専門医が初期説明と導入 かかりつけ医が継続管理 という連携体制が望まれます。

肺がん検診が禁煙支援と結びついているように、乳がん検診も予防と一体化すべきです。

まとめ

WISDOM試験は、リスクに基づく乳がん検診が安全で実施可能であることを示しました。ただし、実際の効果を最大限に引き出すには、検診と予防を意図的に統合する仕組みが必要です。

2025.12.13

乳がん検診の課題

乳がん検診は、これまで主に「年齢」に基づいた一律の方法で行われてきました。わが国では市町村単位で違いがありますが、姫路市では40歳から60歳まで、隔年、つまり2年おきにクーポン配布によって実施されています。しかしその考え方は、乳がんの複雑さが十分に分かっていなかった時代の研究データに基づいています。

現在では、乳がんは一つの病気ではなく、いくつものタイプがあることが分かっています。腫瘍の性質に合わせた治療は、すでに20年以上前から標準的に行われています。
そしてもちろん女性が乳がんになるリスクは人によって大きく異なり、どのタイプの乳がんになりやすいかも人それぞれです。最近の乳がんリスク評価では、乳腺の密度(マンモグラフィでは高濃度乳腺、不均一高濃度乳腺では、その検診精度は低くなってしまう)や、遺伝子のわずかな違いを組み合わせた「遺伝的リスクスコア」が使われるようになっています。また、生涯の乳がんリスクを大きく高めることが分かっている遺伝子も、比較的低コストで調べることができます。

乳がんによる病気や死亡を減らすための公衆衛生の取り組みは、主に「多くの人を対象にした一斉検診」に重点を置いています。しかし、この方法にはいくつかの問題があります。

まず、マンモグラフィ検診が普及したことで、早期(ステージ I)の乳がんは増えましたが、進行した乳がんが減ったわけではありません。また、がんになる前段階とされる「非浸潤がん(ステージ 0)」は大きく増えた一方で、初期の浸潤がんが同じように減ったとは言えません。

次に、進行しやすいタイプや悪性度の高い乳がんは、検診と検診の間に症状が出て見つかることが多いという問題があります。実際、進行乳がんを対象とした研究では、約8割のがんが検診では見つかっていませんでした。

さらに、検診による「要精密検査」や生検の多くが、結果的には良性であることも問題です。アメリカでは、検診をきっかけに行われた生検の約75%が、がんではありませんでした。

加えて、現在の検診のやり方は非常にコストがかかります。アメリカでは、乳がん検診にかかる年間総費用が、疾病予防を担う公的機関の主要予算を上回っており、どのガイドラインを採用するかによって費用は4倍近くも変わります。
遺伝的要因を含めた個人ごとのリスク評価を行うことで、こうした問題の多くを改善できる可能性がありますが、現状では十分に活用されていません。

そこで、リスクの低い人への過剰な検査を減らし、リスクの高い人に重点的に資源を使うことを目的とした「リスクに基づく検診」の考え方が提案されています。これは、進行がんを増やさずに、全体としての負担や害、費用を減らすことを目指すものです。ただし、この方法には賛否があり、これまで無作為比較試験では検証されていませんでした。

WISDOM(Women Informed to Screen Depending on Measures of Risk)研究は、こうした背景を踏まえ、乳がん検診のあり方を根本から見直すために計画されました。この研究では、まず個人のリスクを評価し、それに基づいて 1 検診の頻度 2 検診を始める時期 3 用いる検査方法 を決め、さらに乳がんを予防するための対策につなげることを目指しています。

2025年12月 JAMAという権威のある雑誌に掲載された論文では、WISDOM研究において行われた、「リスクに基づく検診」と「毎年の一律検診」を比較した無作為化試験の方法と、その主要な結果が報告されています。

リスク評価では、1 乳がんになりやすさに関係する9つの遺伝子の検査 2 多数の遺伝子の小さな違いを組み合わせた遺伝的リスクスコア 3 乳がん監視コンソーシアム(BCSC)モデル を用いました。こうして個別にリスクを評価し、「リスクに基づく検診」グループでは、評価結果に応じて次の4つのいずれかの勧めを受けました。比較対象として「毎年一律に検診するグループ」ランダムに振り分けられました。

最もリスクが高い人(5年以内の乳がんリスクが6%以上、または強い影響を持つ遺伝子変異がある場合)
→ マンモグラフィとMRI検査を6か月ごとに交互に実施し、専門的なカウンセリングを行う。

リスクが高めの人(年齢別で上位2.5%に入るリスク)
→ 毎年マンモグラフィを行い、リスクを下げるための指導を受ける。

平均的なリスクの人
→ 2年に1回のマンモグラフィ。

リスクが低い人(40~49歳で、5年以内のリスクが1.3%未満)
→ リスクが1.3%以上になるか、50歳になるまで検診は行わない。

主な評価項目(何を比べたか)

主な評価項目は2つありました。1 進行した乳がん(ステージIIB以上)が増えていないか 2 生検(組織を取る検査)の回数を減らせたか です。
そのほか、ステージIIA以上の乳がんの発見、マンモグラフィの回数、高リスクの人で予防対策がどの程度行われたか、観察研究の参加者がどちらの検診方法を選んだか、非浸潤がん(DCIS)、MRI検査の回数、ステージ別のがん発生率、なども調べました。

結果

合計 28,372人の女性が無作為に割り付けられました。平均年齢は54歳で、多くは白人女性でした。進行した乳がん(ステージIIB以上)の発生率は、リスクに基づく検診、毎年一律に行う検診の間で差はなく、リスクに基づく方法でも安全性は保たれていました。(筆者注:この結果は、リスクに基づく検診をすれば早期がんの発見率が上がるわけではない、という風に読むのではなく、リスクが少ない人では毎年検診しなくても、2年に1回でも進行がんとして見つかったり、中間期がんとして見つかる確率が上がるわけではない、という解釈をします。裏を介せばリスクの高い方では最低毎年検診しておかないと、こうしたリスクが上がっている可能性も示唆されます。)

一方で、マンモグラフィの回数はリスクに基づく検診の方が少なかったにもかかわらず、生検の回数は減りませんでした。また、がんの発生、生検、マンモグラフィ、MRI検査、はいずれも、リスクが高い人ほど多くなるという結果でした。

観察研究の参加者では、約9割(89%)がリスクに基づく検診を選択しました。

結論

遺伝子検査を含めたリスクに基づく乳がん検診は、個人のリスクに応じて検診の強さを安全に調整することができました。しかし、生検の回数を減らす効果は認められませんでした。

次回 まとめに続きます。

2025.11.26

HPVワクチン接種で子宮頸がんのリスクが大幅に減少 ― 大規模な研究2本が、安全性と効果を改めて裏付け

「先生、子宮頸がんのワクチンって、本当に安全なのですか?」 

私自身、専門家ではないこともあって、親しくしている産婦人科の部長に質問したことがあります。産婦人科部長先生には、「先生までそんなこと聞くの?」といって叱られました。今回は忙しい部長先生に余計な時間を使わせた、その懺悔としてこのトピックを紹介します。

HPVワクチンは子宮頸がんの発症を大幅に減らすことが判明

子宮頸がんのワクチン接種では、さらに、がんの前段階の病変や尖圭コンジローマ(性器いぼ)も減少することが明らかになりました。重大な副作用の増加は確認されませんでした。

最新の2つの大規模な研究(メタ解析)によると、HPVワクチンには次のような効果があることがわかりました。ちなみにメタ解析というのは、多くの別々に発表された研究をさらにまとめて、一つの結論を導き出す手法です。医学だけに限らず、すべての研究の分野において、一つの疑問に対する現段階での完全な解答を与える手法として認められています。

① 1つ目のメタ解析(132万人超を含む225研究のまとめとして)

16歳までにHPVワクチンを受けた女性は、受けていない人に比べて子宮頸がんになる確率が約80%低いことが示されました。さらに、4.4万人以上を追跡した別の長期研究では、ワクチン接種後の子宮頸がんリスクが63%低下していました。

② 子宮頸がんの前がん病変(CIN3+)も減少

23の研究から、「CIN3以上」と呼ばれる高度異形成(がんの直前の状態)もワクチン接種で明らかに減ることが示されています。特に16歳までに接種した場合、長期的にはCIN3+が74%減少していました。

③ 効果は「早く接種するほど高い」

研究者たちは次のように述べています:思春期早期(性的活動が始まる前)にHPVワクチンを接種した女性では、高度異形成や子宮頸がんの発生が一貫して減っている。ワクチンは若いほど、より大きな予防効果が得られる。

④ 2つ目のメタ解析(RCT 60件・約15万人)

この解析では臨床試験の期間が不十分で、がんそのものの発症は評価できませんでしたが、前がん病変(がんの芽)や性器いぼの発生を減らす効果が確認されています。また、重大な副作用が増えるという証拠は見つかっていませんでした。

HPVワクチンは、前がん病変や性器いぼを大きく減らすことが判明

――特に15〜25歳女性で明確な効果

① 15~25歳の女性では、CIN2+(中等度以上の前がん病変)が減少

研究では、15〜25歳の女性がワクチンを受けると:すべてのHPV型によるCIN2+が6年後に30%減少する(リスク比0.70:ワクチン接種者は非接種者の70%の発症率)。ワクチンがカバーするHPV型によるCIN2+は6年後に60%減少する(リスク比0.40)、とまとめられました。

② 外陰・膣の高度異形成も軽度に減少

15〜25歳の女性では、ガーダシル(4価)やガーダシル9(9価)でカバーされているHPV型による外陰部・膣の高度異形成(前がん状態)もわずかに減ったと報告されています。ちなみにガーダシル(Gardasil)とは、ヒトパピローマウイルス(HPV)感染を予防するワクチンです。日本でも承認されており、子宮頸がんの予防ワクチンとして使用されています。ガーダシルの種類には種類があって、① ガーダシル(4価ワクチン) 対応するHPV型:6・11・16・18型 予防できる疾患:子宮頸がん(主に16・18型)、尖圭コンジローマ(性器いぼ:6・11型) 一部の外陰がん、膣がん、肛門がんの前がん病変。日本でも使用されてきた「HPVワクチン」として代表的なものです。② ガーダシル9(9価ワクチン)対応する型がさらに拡大:6・11・16・18・31・33・45・52・58型 予防効果がより広く、世界的には現在の主流のHPVワクチンである。※ 日本でも2021年に承認され、順次使用が広がっています。

③ 男性(男性と性交渉を行う人)でも効果の可能性

ある研究では、男性同性愛者において肛門の高度異形成が25%少なかったという結果が出ましたが、統計的には明確とは言えず「確実性は低い」とされています。

④ 性器いぼ(尖圭コンジローマ)も大幅に減少

3つのランダム化比較試験(約2万人)では:ワクチン接種した1,000人につき25人分、性器いぼの発生が減少(HPV型にかかわらず、4年後)しました。観察研究47件でも:12か月〜5年で47%減少、5年以上の追跡では53%減少と、大きな効果が確認されています。
研究者は次のように述べています:RCT(臨床試験)で、HPVワクチンがCIN2+や性器いぼを減らす確かな証拠がある。

⑤ HPVワクチンの効果は「短期=RCT」「長期=実社会の研究」で一致

専門家のコメント:①RCTでは短期的に前がん病変の減少が確認されている。②実社会の大規模データでは長期的に子宮頸がんの減少が確認されている。この2つがそろうことで、ワクチンの有効性が非常に確かなものになったと言えます。

⑥ 若年での接種がもっとも効果的

専門家のコメント:より若い年齢でワクチンを接種した女性ほど、効果が高い。そのため、学校での集団接種や、15歳未満での接種が強く推奨される。

⑦ 医師への提言:「自信をもって勧めて良いワクチン」

臨床医はHPVワクチンを自信を持って勧め、安全性に対する患者さんの不安に丁寧に答えるべきです。特に“早期接種”が最大の予防効果につながることを勧めてください。

安全性に問題なし:リスク低減は確認され、副作用の増加は見られず

2つの大規模な解析では、HPVワクチンを接種しても重大な副作用が増えることはなかったと結論づけています。

① 9万7千人以上を対象にした39件の臨床試験では、重大な副反応の頻度はワクチン群と非接種群でほぼ同じであった。

最大6年間の追跡で重大な副作用の頻度に差はほとんどありませんでした(リスク比0.99 ワクチンを受けていない方を100とすれば、受けた方では99ということです。つまりワクチンが原因とは言えない、ともいえます)。これは「ワクチンを受けても重大な副作用が増えたとは言えない」という意味です。

② SNSでよく話題になる“ワクチンの副作用”も増えていない

研究では、SNSでよく言及される症状についても調べられましたが、HPVワクチンとの関連は見られませんでした。

増えていないと示されたもの:

体位性頻脈症候群(起立性の脈の異常)
慢性疲労症候群(CFS)/筋痛性脳脊髄炎(ME)
早発卵巣不全(POF)
麻痺
不妊
複合性局所疼痛症候群(CRPS)

さらに、確実性は高くないものの、ギラン・バレー症候群のリスクが増える証拠もなかったとされています。

③ 研究の限界点:研究の多くは「先進国」で行われた

ただし研究者たちは、今回の解析に以下の限界があると述べています:多くの研究は 欧米・日本などの高所得国 で行われている一方、子宮頸がんが特に多く、検診も普及していない低中所得国ではデータが不足しています。ワクチンの効果自体は期待できるが、地域差を考える必要があるという指摘です。

SNSでよくみられる誤情報 科学的に確認された事実(エビデンス)
「HPVワクチンは危険で、重大な副作用が多い」 重大な副作用は増えていない。 97,272人を含む39件のRCTで、重大な有害事象は接種群と非接種群でほぼ同じ(RR 0.99)。
「体が動かなくなる、麻痺を起こす」 麻痺の増加は認められない。 CRPS(複合性局所疼痛症候群)や麻痺のリスク増加は確認されず。
「ギラン・バレー症候群が増える」 リスク増加を示す確かな証拠なし。 低確実性ながら増加は見られなかった。
「不妊になる」「卵巣が機能しなくなる」 不妊や早発卵巣不全との関連なし。 大規模疫学研究でもリスクは増えていない。
「慢性疲労症候群(CFS)やMEが増える」 CFS/MEも増えていない。 SNSでよく言われるが、関連を示すデータはなし。
「起立性調節障害(POTS)になる」 POTSも増えていない。 ワクチンとの関連なし。
「接種した国で問題が続出している」 世界中で長期データが蓄積され、安全性は国際的に確認済み。 日本・欧米・豪州・北欧など複数の国で同じ結果。
「ワクチンは効かない」 明確に有効。 子宮頸がんリスクは最大80%減少。前がん病変(CIN3+)は74%減少。性器いぼは50%以上減少。
「自然感染で十分」 自然感染では予防できない。 HPVは再感染しやすく、がんリスクも残る。ワクチンはがん関連型を事前に防ぐ。
「ワクチンは新しいから危ない」 すでに17年以上のデータあり、安全性は確立。 1億人以上接種。最も広く研究されたワクチンのひとつ。

ESMO2025から 特にHER2陽性乳がん(Luminal B-HER)についての 新しい知見

今回の記事は乳がんの医療に携わる方向きに書いています。難しいと思われたら、赤で囲まれたまとめだけ目を通していただいても、と思います。

乳がん治療薬エンハーツ🄬( T-DXd) が、転移性乳がんだけでなく「治せる段階」つまり早期乳がんの再発予防にも貢献する可能性

2025年のヨーロッパ臨床腫瘍学会(ESMO)で発表された2つの重要な研究により、エンハーツ🄬(T-DXd)」という新しい抗体薬物複合体(ADC)が、これまでの転移性乳がん治療に加え、早期のHER2陽性乳がんでも「治癒を目指す段階」での使用が期待されることが示されました。

第III相「DESTINY-Breast05試験」では、術前の抗がん剤治療(ネオアジュバント療法)を受けた後も、がんが残っていたHER2陽性乳がん患者1,635人を対象に、現在の標準治療であるT-DM1(カドサイラ🄬)とT-DXd(エンハーツ🄬)を比較しました。

結果として、T-DXdのほうが再発や死亡のリスクを大幅に減らすことがわかりました。

3年後の「無病生存率(がんが再発していない割合)」は、T-DXd群でT-DM1群より約9%高く、再発や死亡のリスクを53%減少させました(ハザード比0.47、P<0.0001)。

この成果は、以前のKATHERINE試験でT-DM1がトラスツズマブ(ハーセプチン)より50%リスクを減らしたことに匹敵する、新たな治療上の飛躍とされています。

ピッツバーグ大学のチャールズ・ガイヤー医師は次のように述べています。「T-DXdは高リスクの早期HER2陽性乳がん患者において、T-DM1を上回る効果を示しました。副作用も管理可能で、今後の新しい標準治療となる可能性があります。」

クリーブランド・クリニックの血液・腫瘍内科部長であり研究の統括者でもあるジェイム・エイブラハム医師も、「これは医療現場の常識を変える発見です。特に、脳への転移(中枢神経再発)を減らす可能性も示されており、承認され次第、医師たちはすぐに使いたがるでしょう」と述べています。

T-DXd(エンハーツ🄬)は、がん細胞表面のHER2というたんぱく質を標的にし、抗がん剤を直接送り込む「抗体薬物複合体(ADC)」というタイプの薬です。これまで転移性乳がんで効果が確認されていましたが、今回の研究で早期乳がんの再発予防にも有効であることが示されました。副作用はあるものの管理可能で、治癒を目指す段階の治療にも有効である可能性が広がっています。

手術前治療でもT-DXdが優れた効果を発揮 ― DESTINY-Breast11試験

2025年のヨーロッパ臨床腫瘍学会(ESMO)の特別シンポジウムでは、HER2陽性乳がんを対象としたもう一つの重要な研究「DESTINY-Breast11試験」の結果も発表されました。

この試験では、手術の前(術前化学治療:ネオアジュバント)に行う治療として、T-DXd(エンハーツ🄬)を使った新しい治療法の効果が調べられました。研究はドイツ・ミュンヘン大学病院のナディア・ハーベック医師らによって実施されました。

この試験には、HER2陽性で再発リスクの高い乳がん患者927人が参加しました。比較されたのは次の2つの治療法です:

1 T-DXd+THP療法(THP=パクリタキセル+トラスツズマブ+ペルツズマブ)
2 現在の標準治療であるAC-THP療法(アントラサイクリン+シクロホスファミド後にTHP)

結果、T-DXdを含む治療では67.3%の患者で「病理学的完全奏効(手術時にがんが見つからない状態)」が得られ、標準治療の56.3%を大きく上回りました(差:+11.2%、P=0.003)。この「がんが完全に消えた割合」は、これまでのHER2陽性乳がんの術前治療を対象とした国際試験の中で最も高い値とされています。

また、2年間の追跡調査では、再発や進行のない状態で過ごせた人の割合もT-DXd群で高く(96.9% vs 93.1%)、良好な傾向が見られました(ハザード比0.56)。

ハーベック医師は次のようにまとめています:「T-DXd+THP療法は、従来のアントラサイクリン(心臓への負担がある薬)を使わずに済む新しい選択肢として、より効果的で副作用が少ない可能性があります。高リスクのHER2陽性早期乳がんの治療法として、新たな標準になるかもしれません。」

T-DXd(エンハーツ🄬)は、これまで転移がんや再発予防で有効とされてきましたが、今回の研究で手術前の治療(ネオアジュバント)でも非常に高い効果を示しました。今後、心臓への負担が少ない新しい術前治療法として、世界的に注目されると見られています。

DESTINY-Breast05試験:T-DXdが遠隔再発や脳転移を減らす可能性も

「DESTINY-Breast05」試験では、術前化学療法後も乳房やリンパ節にがんが残っているHER2陽性乳がん患者1,635人を対象に、T-DXd(エンハーツ🄬)とT-DM1(カドサイラ🄬)を比較しました。この両薬剤とも「抗体薬物複合体(ADC)」というタイプで、HER2というたんぱく質を標的に抗がん剤を直接送り込む仕組みを持っています。治療は3週間ごとに投与され、T-DXdは5.4mg/kg、T-DM1は3.6mg/kgの量で、合計14回(約10か月)行われました。

(ADC:免疫は抗原抗体反応という働きを利用します。体にとって有害なものを免疫細胞(多くはマクロファージ)が攻撃、認識し、その特徴を免疫細胞に伝えます。それを受けて、最終的にはB細胞というリンパ球がその特徴に特異的にくっつくことができる抗体を作り出します。いったん抗体にくっつかれると、体はそれを敵と認識し、様々な免疫細胞が攻撃を始めるのです。ADCはHER2を標的とする抗体を作成し、それに抗がん剤をタグ付けしました。これによってHER2を持つ細胞を特異的に抗がん剤で攻撃することが可能になりました。)

放射線治療も併用可能で、患者の状況に応じて前後どちらでも実施されました。
主要な評価項目は「無侵襲疾患生存率(再発や転移のない期間)」でした。

研究代表の**チャールズ・ガイヤー医師(ピッツバーグ大学)**は次のように報告しています
「T-DXdは、全体的な再発抑制効果だけでなく、遠隔転移(特に脳転移)を防ぐ効果も見られました。死亡数も少なく、安全性もこれまでの知見と大きく変わりませんでした。」

以前の「KATHERINE試験」では、T-DM1によっても脳転移のリスクは減らせませんでしたが、今回のDESTINY-Breast05では、脳内再発はT-DM1群で26人、T-DXd群で17人と減少傾向がありました。遠隔転移なしで生存していた割合はT-DXd群で93.9%、T-DM1群で86.1%(リスク約半減、HR=0.49)。全生存率もT-DXd群で97.4%、T-DM1群で**95.7%**と良好な傾向でした(HR=0.61)。

副作用は管理可能 ― 間質性肺炎には注意

重い副作用(グレード3以上)の発生率は、T-DXd群で50.6%、T-DM1群で51.9%とほぼ同程度でした。ただし、T-DXdでは注意すべき副作用として、間質性肺疾患(ILD:肺炎の一種)が約9.6%の患者に見られ、2名が亡くなっています。

多くの症例は、薬の中止とステロイド投与で回復しました。詳細な回復データは今後発表予定です。

また、吐き気や嘔吐の副作用も比較的多く見られ、
吐き気(グレード2:27.8%、グレード3:4.5%)
嘔吐(グレード2:10.9%、グレード3:1.1%)と報告されています。

そのため、予防的な制吐剤(吐き気止め)をあらかじめ使用することが推奨されています。

さらに、放射線治療後のCT検査で確認された放射線性肺炎も、T-DXd群で28.8%、T-DM1群で27.0%に見られましたが、その多くは軽症(グレード1〜2)で、重症例はありませんでした。

T-DXdはHER2陽性乳がんの再発予防において、T-DM1より優れた効果を示しました。特に脳転移を減らす可能性が注目されています。副作用として間質性肺炎や吐き気が見られるため、慎重なモニタリングと早期対応が重要です。今後、T-DXdは高リスクの早期乳がんに対する新しい標準治療として導入が期待されています。

DESTINY-Breast11試験:10年以上ぶりの新しい術前化学治療 ― 効果と安全性の両立を示す

ドイツ・ミュンヘン大学病院のナディア・ハーベック医師によると、HER2陽性乳がんの「手術前化学治療(ネオアジュバント療法)」において、新しい薬が登場するのは10年以上ぶりです。

これまでの標準治療では、ホルモン受容体陽性(ER/PgR陽性)や腫瘍が大きい・リンパ節転移が多い患者では、抗がん剤治療を行っても、がんが完全に消える割合(病理学的完全奏効率)が低いことが課題でした。(ホルモン受容体陽性HER2陽性乳がんをLuminal BーHERタイプ乳がんと呼びます。ホルモン受容体陰性HER2陽性乳がんはHER2-Enrichタイプと呼び、このタイプではハーセプチンを中心とした抗がん剤がよく効くことが知られています。)

ハーベック医師は次のように述べています 「手術前にがんが完全に消えると、その後の治療負担や副作用を大きく減らせます。しかし、従来の標準治療では短期的にも長期的にも副作用が重いことが問題でした。転移性乳がんで生存期間を延ばしたT-DXdを術前に使えば、より安全で効果的な治療ができるのではと考えました。」

主な結果(DESTINY-Breast11の追加解析)

ホルモン受容体の有無による効果

ホルモン受容体陽性の患者では、T-DXd+THP群:61.4% > 標準治療(AC-THP)群:52.3%
ホルモン受容体陰性では、T-DXd+THP群:83.1% > 標準治療群:67.1%
いずれのタイプでもT-DXdのほうが高い効果を示しました。

残存がんの少なさ(RCB:Residual Cancer Burden)

手術後の乳房やリンパ節にどれだけがんが残っているかを示す「RCB」でも、

T-DXd+THP群の81.3%が “がんがほとんど残っていない(RCB-0または1)”状態となり、標準治療群の69.1%を上回りました。特に、ホルモン受容体陽性の約8割がこの良好な状態を達成しました。

副作用(安全性)の比較

T-DXd+THPは、副作用の発生率が全体的に低く、安全性が高いことが確認されました。

副作用項目T-DXd+THPとAC-THP(現在の標準治療)の比較において
重い副作用(グレード3以上)37.5% <55.8%
左心室機能低下(心臓への負担)1.3% <6.1%
吐き気(グレード3以上)1.9% 0.3%
間質性肺疾患(ILD)4.4% <5.1%
ILDの重症例(グレード3以上)0.6% <1.9%
血液異常・疲労感少ない多い
➡ 心臓への負担や血液毒性が少なく、副作用の質が改善しています。

 T-DXd単剤(1剤療法)の結果(速報)

T-DXdだけで治療した患者の結果は、2024年3月の時点で中間解析が行われ、完全奏効率は43.0%~51.4%でした。標準治療よりはやや劣るものの、単剤でも十分に強い抗腫瘍効果が見られたと報告されています。独立データ監視委員会はこの結果を受け、T-DXd単独治療を継続または標準治療への切り替えを推奨しました。

T-DXd+THP療法は、HER2陽性・高リスク早期乳がんの新しい術前治療候補になります。がんが完全に消える割合が高く、心臓などへの副作用が少ない。特にホルモン受容体陽性(Luminal B-HER)乳がんでも高い効果を示した点が注目されます。T-DXd単剤でも一定の効果があり、より簡便で負担の少ない治療の可能性が見えています。

専門家の意見として

米ハーバード大学医学部准教授で、ダナファーバーがん研究所乳がん部門長のサラ・トラネイ医師は、DESTINY-Breast05試験の成果について次のように述べました。「T-DXd(エンハーツ)を使った補助療法で再発が大きく減少したことは、HER2陽性乳がんの治療において極めて重要な前進です。これにより、早期乳がん患者の大多数が完治を目指せる時代が近づいています。」

DESTINY-Breast05試験では、手術前にHER2標的治療を受けたあともがんが残っていたHER2陽性乳がん患者を対象に、T-DXd(エンハーツ🄬)とT-DM1(カドサイラ🄬)を比較しました。結果、T-DXdを使った群では再発リスクがT-DM1の約半分(53%減)となり、3年間で9%もの差が生まれました。

トラネイ医師は、次のように提言しています。「T-DXdは、手術時にリンパ節転移があるか、もしくは手術が困難なHER2陽性乳がん(T3/T4またはN2/N3)に対して、新しい標準治療とすべきです。一方で、手術可能でリンパ節転移がない患者では、従来通りT-DM1を使うべきです。」

2019年の「KATHERINE試験」では、T-DM1がトラスツズマブ(ハーセプチン)よりも再発を50%減らし、さらに全生存率を34%改善させました。この研究によって、「手術前治療の反応に応じて治療を調整することの重要性」が確立しましたが、それでも一部の高リスク患者には再発が残る課題がありました。

トラネイ医師は言います。「T-DXdは、その作用機序(薬ががん細胞内で抗がん剤を放出する仕組み)から、さらなる改善をもたらすと考えられました。DESTINY-Breast05はまさに、KATHERINE試験で高リスクとされた患者を対象に設計され、結果は予想を上回るほど優れていました。」

T-DXdは顕著な効果を示しましたが、その一方で注意点もあります。トラネイ医師は次のように述べています。「T-DXdは驚くほどの効果を見せましたが、副作用の管理が重要です。重い副作用や間質性肺炎の発生、投与中断や中止の頻度がやや多い傾向があります。」つまり、T-DXdは高い治療効果を持つ一方で、副作用のモニタリングをより慎重に行う必要があるということです。

T-DXd(エンハーツ)はHER2陽性乳がんの再発を半分に減らすことが確認されました。特にリンパ節転移がある・手術が難しい高リスク患者での効果が大きく、新しい標準治療となる見込みです。T-DM1は、リンパ節転移がない低リスク患者で引き続き推奨されます。副作用への注意と個別化治療の重要性が強調されています。

アメリカ・シアトルのフレッド・ハッチンソンがんセンターのサラ・ハービッツ医師は、DESTINY-Breast11試験について次のようにコメントしました。「この研究は、手術前の乳がんの抗がん剤治療(ネオアジュバント療法)で、従来の化学療法を抗体薬物複合体(ADC)に置き換えることで、がんの完全消失率が改善することを初めて示した第III相試験です。」

ハービッツ医師は、試験結果から次の点を指摘しました。今 標準治療とされるアントラサイクリン系薬剤(心臓への負担が大きい従来型抗がん剤)は、今回使用されたエンハーツを併用する非アントラサイクリン療法より副作用が多いことが確認されました。

一方で、T-DXdを使った群では、副作用による治療中止や手術の遅れがやや多かった結果になりました。しかし重篤な副作用である間質性肺炎(ILD)の発生率は低く、転移性乳がん治療時より少なかった。これは、術前では投与回数が4〜8回と短いことが関係していると考えられます。

ハービッツ医師は、今回の試験で比較対象となる標準治療群として使われたアントラサイクリンベースのAC-THP療法についても言及しました。「もし比較対象を、より現在一般的なTCHP療法(ドセタキセル+カルボプラチン+トラスツズマブ+ペルツズマブ)にしていたら、もっと現実的な差が見えた可能性があります。TCHPなら奏効率がさらに高かったかもしれません。」また、TCHPとT-DXd+THPの安全性の差がどうなるかは現時点で不明だと述べました。

ハービッツ医師によると、現在のところT-DXd術前投与で再発のない期間(イベントフリー生存期間)は良好な傾向(ハザード比0.56)を示しており、有望です。しかし、データの成熟度はまだ約4.5%(追跡期間が短い)であり、長期的に生存率が向上するかどうかは今後の検証が必要です。

また、T-DXd単剤での術前治療は高リスク乳がんには不十分との初期結果も示されています。

T-DXdは「術前」か「術後」どちらで使うべきか、について、T-DXdはすでに術後補助療法(DESTINY-Breast05)と術前療法(DESTINY-Breast11)の両方で有効性が確認されました。では、どちらで使うのが望ましいのでしょうか?

この点について、トラネイ医師(ハーバード大学)とハービッツ医師は次のように議論しています。術前(手術前)で使う利点:がんの完全消失率が高まり、腋窩リンパ節の手術を減らせる可能性がある。術前では投与回数が4回程度と少なく, 副作用も少なく生活の質が保たれやすい。一方で、もしタキサン系+パージェタ🄬&ハーセプチン🄬の二重HER2ブロック(THP)だけで完全奏効が得られれば, T-DXdを使わずに済む可能性もある。

両医師は、将来的には「バイオマーカー(遺伝子やたんぱく質の指標)」を使って、誰にT-DXdが必要かを見極める時代になると述べています。具体的には、HER2DXのような遺伝子解析検査が注目されており、これにより治療反応が良い人はT-DXdを使わずに済み、効果が限定的な人にはT-DXdを追加する、といった反応に応じた治療(response-guided therapy)が可能になると期待されています。

「今後は、個々の患者に合わせた“オーダーメイド治療”を進めるための、バイオマーカー研究が鍵になるでしょう。」(トラネイ医師)

T-DXd(エンハーツ🄬)は、術前治療としても初の第III相試験で有効性を示しました。副作用は従来治療より軽めだが、治療中止や吐き気、肺炎リスクに注意が必要です。術前か術後、どちらで使うかは今後の研究で明確化される見込み。HER2DXなどのバイオマーカー検査が、治療の最適化(過不足のない使い方)に役立つ可能性が高いとされます。

筆者: ここまで付き合った方でお医者さんではない方はすごい勉強熱心な方だと思います。今回の結果はじつは標準治療が書き換わることになるものだったので、医師・看護師など乳がん治療に携わる方向けに書いているつもりです。

ただこれだけ抗がん剤が種類も、同じ種類の中であっても多数の新薬が開発され、選択肢が多岐にわたる時代です。本来標準治療は唯一のはずですが(最善は常に一つ)、抗がん剤一つとってももはや何が標準治療か言い切れません。その理由の一つが、乳がんも単純に乳がんというものではなく、何種類もに分類され、さらに遺伝子の解析で反応性が予測され、さらに加えて、治療後の血液内のctDNAを解析することでさらに再発リスクも加味される。こうしたことそれぞれに応じて最適な抗がん剤、ホルモン剤治療が選択される、つまり標準治療が異なるのです。そんな時代が来ていることを踏まえて、「これ、人間で判断できる?」と思えてなりません。

今後 乳がんの化学治療は、というよりもその方に最適化された標準治療は、おそらくAIによって決定される時代が確実に来ると思っています。(一度でもAIに頼ったら、人間は怠け者ですので、それ以降はずっと頼ると思います。)

米国では最近、ホワイトカラー(医師や弁護士など、体ではなく頭脳で仕事をする人たち)よりもブルーカラー(電気工事、大工さんなど体と技術で仕事をする人たち)のほうが給料が高くなる逆転現象が起こっているようです。つまりAIがホワイトカラーの仕事を奪っているのです。AIロボットが誕生するのはまだ先でしょうから、まずはホワイトカラーから仕事がなくなっているのです。おそらくいまの内科医の地位>外科医の地位みたいな医療界の伝統も、どこかで逆転されてきそうな気がしています。さすがに手術ができるロボットはまだできないでしょう。ただ手術が永遠に必要とされるかは別ですが。

良くも悪くもAIは、そしてその影響も、今後もう消えないでしょう。

それを受け入れてどうしていくか、医療もそれを踏まえて考えていかないといけない時代なんだと思います。

2025.10.25

乳腺良性疾患の取り扱いについて・・・その5 乳腺線維腺腫の解説

線維上皮性病変(FEL)、線維腺腫(Fibroadenoma)、および良性葉状腫瘍(BPT)に関するガイドライン

総論・一般的なコメント(General / Overall Comments)

線維腺腫(fibroadenoma)は、女性乳腺における最も一般的な良性腫瘤の一つであり、主に生殖年齢の女性に発生します。この腫瘍はエストロゲン感受性(女性ホルモンに反応する)であり、初経以降に出現し、月経周期に伴って大きさが変動することがあり、妊娠中に増大し、閉経期には縮小(退縮)するといった特徴を示します。

世界保健機関(WHO)の乳腺腫瘍分類では、線維腺腫は以下の3つの病理学的亜型に分類されています:
Cellular(細胞型)/ Complex(複合型)/ Juvenile(若年型)
しかし、これらの型の臨床的挙動はほぼ同様であるため、管理方針も共通とされています。また、粘液型線維腺腫もこれらと同様の方針で管理可能です。
線維腺腫が悪性化する確率は非常に低く(0.1%未満)であることが報告されています。
(注:それならば細胞型(単純型と呼ばれたりします)、複合型(複雑型と言われたりします)と分ける必要がないではないかと思います。実際複合型では周辺に異型のある細胞が認められる際に指摘される分類であり、このタイプの線維腺腫では将来悪性化する(周囲にがんが発生する)可能性が、単純型よりも高いとする論文があります。ただ今回のガイドラインでは分類する必要はない、とする立場をとっています。)

診断時の画像検査

線維腺腫は、臨床診察で「可動性のある、境界明瞭な腫瘤」として触知されることが多く、またはマンモグラフィや超音波検査で発見されます。画像上では一般に、楕円形で境界明瞭、皮膚面に平行な位置にあり、内部が均一なエコーパターンを呈することが特徴です。

生検で線維腺腫と確定診断された場合、年齢に応じた通常の乳がん検診以外の追加画像検査は不要です。(注:とすれば線維腺腫を疑ったらとりあえず生検することになってしまいます。画像上線維腺腫と診断されたものすべてに生検は不要で、大部分は経過観察で十分でしょう。)

経皮的治療

コンセンサスパネル(専門家委員会)は、以下のような経皮的(切開しない)治療法について議論し、条件付きで推奨しました:凍結治療(cryoablation)/ 超音波ガイド下高強度集束超音波治療(HIFU)/ 吸引式生検装置による摘出(vacuum-assisted excision)

これらの手技は、乳腺超音波に熟練しており、経皮的介入手技に十分な経験を有する臨床医によって行われる場合に限り、選択肢として検討可能とされます。複数の研究(主に10年以上前の報告を含むが、一定の質を持つもの)では、3cm未満の線維腺腫に対して凍結治療を行うことで病変体積の縮小が得られ、患者満足度も高かったことが示されています。

そのため、専門家の意見として、コンセンサスパネルは以下のように結論づけています
「3.0 cm未満の線維腺腫で、目立つ瘢痕を残さずに摘出を希望する患者に対しては、これらの経皮的治療法を妥当な選択肢と考えることができる。」

線維腺腫の外科的切除の適応

針生検で線維腺腫と確定診断され、異型が認められない場合(注:複合型ではないかぎり)、管理方針は以下の複数の要素を考慮して決定されます:患者の年齢/ 随伴症状(疼痛や違和感など)/ 線維腺腫の大きさ・位置/ 増大速度(急速に大きくなるかどうか)/ 腫瘤の数(単発か多発か)/ 併存疾患/ 患者本人の希望

定型的切除の非推奨

生検で診断が確定し、画像と病理が一致しており、異型のない線維腺腫については、定型的な外科的切除は推奨されません。特に、乳房症状の改善を目的とした切除には注意が必要です。
外科的切除を行っても、乳房痛(特に周期性または両側性)が解消されないことが多いためです。

腫瘍サイズと切除の判断

腫瘍の大きさは病理学的悪性化リスクの信頼できる指標ではなく、特定のサイズを境にリスクが急増する「閾値」は存在しません。しかし、腫瘤が大きいほど、生検で十分にサンプリングされていない可能性が高く、最終病理で葉状腫瘍と診断される可能性が増します。
そのため、4〜6 cmというサイズを、明確なエビデンスに基づくものではなく、専門家の意見により、切除を検討すべき目安として採用しています。

経過観察と増大時の対応

線維腺腫はホルモン感受性であり、時間の経過とともに増大することがあります。パネルは、生検で確定診断された一致例に対しては定期的な画像フォローアップは不要としています。ただし、検診や診察で増大傾向がみられた場合には、スクリーニング画像や診断目的の追加撮影で経過を確認します。

一般的に、生検で良性と確定した線維腺腫では、6か月あたり20%以内の増大が「良性の範囲内」とされています。この20%を超える増大が認められた場合、再度の経皮的生検、または外科的切除を検討してよいとされています。

ただし、この増大率を一律の外科的切除基準として用いるべきではなく、実際の「良性範囲での増大」は年齢によって異なり、20%を超えることもあるため、臨床判断が重視されます。

多発性・両側性の病変

多発性または両側性で、明瞭な境界を持つ腫瘤については、切除を要しないことが示されています。これは、21施設で6000件以上の検診データを解析した国際多施設共同前向き研究によって確認されています。

要点まとめ

生検で確定し、異型のない(複合型でない)線維腺腫は基本的に切除不要。

症状改善目的での切除は慎重に。

4–6 cmを超える場合や急速な増大では切除を検討。

6か月で20%程度の増大は生理的範囲内。

両側・多発性病変は切除不要。

スペース

手術手技の実施

生検で診断が確定した線維腺腫を切除する際には、切開部位の選択と剥離方法に特に注意が必要です。切開部位を決める際には、以下の要素を総合的に考慮します:整容性/ 将来の授乳への影響/ 葉状腫瘍へのアップグレードの可能性(注:切除してみたら葉状腫瘍だったという可能性)/ 乳頭・乳輪複合体の感覚保持

線維腺腫の切除においては切除断端を陰性にすることは不要です。腫瘤は完全に摘出する必要がありますが、切断や細断は避けるべきです。手術中は頻繁に腫瘤を触診し、その位置を確認するとともに、腫瘤の一部を切断したり、不要に多くの正常組織を切除したりしないようにします。(これは前にも解説しましたが、外科医がきちんと取り切れたと判断していれば、病理の先生が顕微鏡で見て残っている可能性を示唆したとしても問題はない、ということです。ただ切除の際に、腫瘍をばらばらにして取り出したり、ちょっとずつ切って言ったりはするべきではない、ということです)

特に小児・思春期患者で線維腺腫を切除する場合、外科医は以下を心がける必要があります:正常な乳腺実質を温存すること/ 乳頭・乳輪複合体の周囲を避けて剥離し、乳腺芽および中心乳管を保護すること(注:これはある意味外科医の腕の見せ所です。こうしたことに配慮しながらきれいに腫瘍だけを残らず切除する、これこそ本領発揮です。)

非手術的管理

線維腺腫に対する薬物療法は、いくつかの研究で検討されています。これには無作為化比較試験も含まれます(注:きちんと正式な手続きを踏んでなされた研究もあるが、と前置きしています)。しかし、これらの治療法は臨床的効果が限定的であり、われわれのコンセンサスパネルは薬物療法の使用を支持しないという立場をとっています。

フォローアップケア

われわれ委員会は、生検で診断が確定した線維腺腫患者のフォローアップ方針を検討しました。結果として、以下について強い合意が得られました:

画像診断と病理診断が一致している線維腺腫に対しては、追加の画像検査や臨床フォローアップは不要である。これらの患者は、年齢に応じた通常の乳がん検診に戻ってよい。後ろ向き研究(247例、平均フォローアップ31か月)では、約80%の線維腺腫はサイズが安定していました。増大した症例のうち、切除されたもので、切除してみたら良性葉状腫瘍だったとなったいわゆるアップグレードは1例のみでした。

再受診の目安

以下の場合には、再度外科医への相談が推奨されます:線維腺腫が明らかに増大した場合/ 腫瘤のサイズが4〜6 cmに達した場合/ これらの状況では、外科的切除を含む対応方針を再検討します。(注:以前も触れましたが少なくとも米国では乳腺の自己チェックは高等教育に組み込まれており、しているのが常識です。)

多発性・両側性の病変

両側性または多発性で、画像上良性と判断される境界明瞭な腫瘤については、追加の画像検査や臨床フォローアップは不要であるとされています。この結論は、21施設で6,000件以上の検診データを解析した国際共同前向き研究によって裏付けられています。

まとめ

  • 手術時は整容性・授乳機能・感覚温存に配慮。陰性マージンは不要。

  • 薬物治療は効果が乏しく推奨されない。

  • 生検で確定した線維腺腫は基本的に追加フォロー不要。

  • ただし、4〜6cmへの増大や急速な成長時は再評価を推奨。

  • 多発・両側例は経過観察で問題なし。

2025.10.25

乳腺良性疾患の取り扱いについて・・・その4

線維上皮性病変(FEL)、線維腺腫(Fibroadenoma)、および良性葉状腫瘍(BPT)に関するガイドライン

線維上皮性病変(Fibroepithelial Lesions; FEL)は、線維腺腫(fibroadenoma;FA)葉状腫瘍(phyllodes tumor; PT)の両者を含みます。これらはいずれも上皮成分と間質成分を併せ持つ二相性腫瘍(biphasic tumor)であり、構造的にも類似しています。
(乳腺は間質成分に支えられる上皮成分(ミルクを作って運ぶ)で構成されています。ケーキのクリーム(上皮)とスポンジ(間質)みたいなものです。これがしっかり分かれているのが良性、つまり二層性が保たれているといいます。がんではこの二層性が壊れてごっちゃになっているのが特徴です。ちなみに”相”と”層”がごっちゃになっていますが、故意に使い分けています。)

初期のゲノム研究では、線維腺腫は上皮成分・間質成分のいずれも主にポリクローナルであることが示されました。これは、線維腺腫が刺激によって起こる可逆的な過形成であることを示唆しています。(注:これも難しいです。クローナル(clonal)**とは、「1つの細胞が異常を起こして増殖し、同じ性質をもつ細胞集団(クローン)をつくること」を意味します。モノクローナル(monoclonal)であれば、がんや腫瘍のように、1個の細胞の遺伝子変化から始まった異常な増殖を示唆します。一方、ポリクローナル(polyclonal)とは、「複数の細胞がそれぞれ独立に増えている状態」であり、特定の“がん化細胞”が優勢になっているわけではありません。
つまり、ポリクローナルな増殖は、がんのように異常をきたした細胞が増え続けてしこりになっているのではなく、いろいろな細胞がそれぞれで増殖しているので、反応性・過形成的(非腫瘍性)な増殖を意味します。ただ線維腺腫ではMED12という遺伝子に異常をきたしていることも指摘されており、あくまで現時点ではそう考えられている、ということにとどまります。)

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線維上皮性病変(FEL)の診断に関して病理医間で差があるため、臨床医は施設内の病理医と報告基準について相談すべきとされます。施設によっては線維腺腫と線維上皮性病変(FEL)を区別せず報告することがあり、その場合でも臨床的・病理学的に良性葉状腫瘍が疑われる病変は切除すべきとされます。

臨床的にもこの考えは支持されており、

・思春期や妊娠期にみられるホルモン依存性の発育

・通常2〜3 cm程度で成長が停止すること、

・時間の経過とともに自然退縮すること、
などがその根拠です。

一方で、葉状腫瘍も上皮成分はポリクローナルですが、間質成分は主にモノクローナルであり、これは腫瘍性に増殖していることを示唆します。そのため、時間経過による成長停止や病変が自然に小さくなることがないのが特徴です。

良性葉状腫瘍と診断された患者では、多世代にわたる家族歴を確認することが推奨されます。また、個人や家族のがん歴を踏まえた上で、生殖細胞系列遺伝子検査*の実施を検討する必要があります。
最近の研究では、葉状腫瘍患者250例のうち12.1%において、病的または病的の可能性が高い生殖細胞系列変異が認められ、その半数以上が常染色体優性遺伝のがん関連遺伝子に存在していました。


診断精度と生検の役割

画像所見と一致する乳腺コア針生検は、線維腺腫の診断において非常に高い精度を示します。しかし、一部の症例では線維腺腫と葉状腫瘍の鑑別が困難な場合があり、そのような症例では良性線維上皮性病変(benign FEL)という診断名が用いられることがあります。

一般的に、コア針生検は低い偽陰性率を持ち(がんを、誤ってがんではないと診断してしまうことを、偽の陰性として偽陰性と呼びます)乳腺疾患診断の標準的手法とされています。

また、アメリカ放射線学会が定める「超音波ガイド下経皮的乳腺介入手技の実施基準によれば、超音波ガイド下のコア生検は外科的切除生検と同等の精度を有すると報告されています。

2025.10.25

乳腺良性疾患の取り扱いについて・・・その3 (良性葉状腫瘍)

ASCOから乳腺の良性疾患の取り扱いに関するガイドラインが出ました。良性疾患についてはそもそも研究がなされる機会が少なく、治療も含めて対応方法がしっかりと示されていませんでした。ここでは学会として初めて指針を出した点で、我々医師にとっても大変重要なものになります。

今回は良性葉状腫瘍の取り扱いについて触れている表を示します。

Table 2. 良性葉状腫瘍(BPT)の管理に関するガイドライン
項目 合意

1. 一般的コメント

1a. 良性葉状腫瘍(BPT)患者では、乳がん・卵巣がん・膵がん・大腸がん・肉腫・Li-Fraumeni関連腫瘍などを含む包括的ながんの家族歴を取得し、遺伝性腫瘍症候群が疑われる場合は遺伝カウンセリング/遺伝学的検査を検討すべきである。 強い合意

2. 画像診断

 2a. 手術的生検前には、すべての患者で年齢に応じた対側乳房の診断画像検査を行うべきである。 強い合意
2b. BPTと診断された患者に対しては遠隔転移の評価は不要である。 強い合意

3. 外科的切除の適応

3a. 乳腺コア生検で線維上皮性病変(FEL)と報告された場合、その病変は外科的切除の対象とすべきである。 強い合意
3b. コア生検または吸引式生検で葉状腫瘍の疑い否定できない、あるいは懸念が示された病変は、外科的切除生検を行うべきである。 強い合意

4. 手術手技

4a. コア生検で線維上皮性病変(FEL)と診断された患者では、陰性切除縁を意図せず、病変の完全切除を行うことが推奨される。 強い合意
4b. 葉状腫瘍の疑い・否定不能・懸念を示す病変に対しても、腫瘤を切断または細断せず完全切除を行うべきである。  強い合意
4c. 線維上皮性病変(FEL)または良性葉状腫瘍の切除においては、局在化法の手法に優劣はない。必要に応じて選択すればよい。 強い合意
 4d. 急速な増大・多数の有糸分裂像・間質拡張を伴う大きな線維上皮性病変(FEL)または良性葉状腫瘍では、陰性マージンを確保する切除を考慮してよい。
強い合意
4e. 良性葉状腫瘍に対して細断・切断を伴わない完全切除が行われた場合、陰性切除縁は不要である。 強い合意
4f. 良性葉状腫瘍不完全切除であった場合、腫瘤が切断されていた、あるいは残存病変が疑われる場合には、再切除を考慮すべきである。
(この記載は4e、4gと矛盾して読める。これは外科医はとり切れている、と判断している、けれども病理医は顕微鏡で見ると残っている可能性がある、と診断された場合を想定するとわかる。外科医が取りきれたと判断しているのなら、顕微鏡レベルで残っている可能性が示唆されても再切除は不要、と述べている)
強い合意
4g. 良性葉状腫瘍で腫瘍陽性マージンがあっても、再切除は不要である。 強い合意

5. 非手術的管理

5a. 良性葉状腫瘍患者に対しては、陽性マージンを含むいかなる場合でも放射線治療は不要である。 強い合意

6. フォローアップ

6a.線維上皮性病変(FEL)や葉状腫瘍の疑い病変が外科的切除されなかった場合は、臨床診察および同側乳房の画像検査6・12・24か月後に実施して経過を観察すべきである。24か月経過後に変化がなければ、通常の年齢別乳房検診に戻ってよい。 強い合意
6b. 良性葉状腫瘍を切除済みの患者は、年齢に応じた通常の乳がん検診を継続するよう推奨される。 強い合意

線維上皮性病変(FEL)の診断に関して病理医間で差があるため、臨床医は施設内の病理医と報告基準について相談すべき。施設によっては線維腺腫と線維上皮性病変(FEL)を区別せず報告することがあり、その場合でも臨床的・病理学的に良性葉状腫瘍が疑われる病変は切除すべきとされる。

2025.10.24

乳腺良性疾患の取り扱いについて・・・その2(線維腺腫)

ガイドライン策定のプロセス

運営委員会は、各疾患群に関する専門知識と経験(過去の学術論文やアメリカ乳腺外科学会委員会での活動実績など)を有する専門家を選出し、それぞれの分野に対応するエキスパートパネルを編成しました。

各パネルには、乳腺画像学会からの代表者も含まれています。

これらの専門家は、文献レビューに積極的に参加し、運営委員会およびコンサルタントの監督のもと、4つの乳腺良性疾患の領域(前回お示しさせていただいた表を参照ください)間で一貫性を保ちながら初期ガイドライン文案を作成しました。

ガイドライン策定は、まず文献の系統的レビューから始まり、文献要約表として整理されました。

その後、前述の臨床質問に基づき、初期のガイドライン文案が作成されました。

最終的なガイドライン文(Table 1・2)および診療アルゴリズム(Figure 1・2)**は、エキスパートパネル、SG、そしてコンセンサスパネルによって承認されました。

ガイドライン作成に関与したすべてのメンバーは、ASBrSの利益相反(COI)開示書を提出し、学会の利益相反方針に従うことに同意しました。

Table 1. 線維腺腫(FA)の管理に関するガイドライン
項目 合意レベル

1. 一般的コメント(General overall comments)

1a. 手術で間質異型(stromal atypia)を伴う線維腺腫(FA)と診断された患者には、生涯にわたる乳がんリスクが上昇していないことを説明すべきである。他の乳がんリスク因子を除けば、薬剤による予防や高リスクであるとするカウンセリングは不要である。 強い合意
1b. 細胞型・複合型・若年型のFAは、標準的なFAと同様に管理すべきであり、推奨は変わらない。 強い合意
1c. 妊娠中または将来的に妊娠を希望する女性でFAが診断された場合、典型的なFAとして管理すべきである。ただし、持続的または急速な増大がある場合は再評価および再生検が望ましい。 強い合意

2.経皮的治療

2a. 症候性で(何らかの症状があって)、生検により診断されたFAに対しては、腫瘤径が2.0cm未満であれば凍結療法(cryoablation)を検討してよい。施術者は十分な超音波技術と凍結治療の経験を有することが前提。 合意
2b. 同様に、2.0cm未満の症候性FAに対しては吸引式生検装置による切除(vacuum-assisted excision)も検討可能である。施術者が十分な技術と経験を有する場合に限り、術後に完全切除を画像で確認すべき。  合意

3. 画像診断

 3a. 組織的な生検で確定したFAでは、追加の画像検査は不要。年齢に応じた通常の検診を行えばよい。 強い合意

4. 外科的切除の適応

4a. 生検で確定した一致例のFAに対して定型的切除は推奨されない。 強い合意
4b. 患者の希望または症状に基づいて切除を検討してよい。 合意
 4c. 臨床的に明らかな増大がある場合は切除すべきである。 合意
4d. 腫瘤径が4〜6cmを超える場合は切除すべきである。 強い合意

4e. 画像診断医により「不一致(discordant)」と判断されたFAは切除すべきである。 
(注:組織診断で線維腺腫とされても画像的におかしい部分があれば切除をすべき)

強い合意
4f. 内在性または隣接する異型(atypia)を伴うFAは切除すべきである。 該当なし(NA)
4g. 両側多発で画像上良性と判断されるFAは通常、切除を要しない。 強い合意

5. 手術手技

5a. 生検確定FAを切除する場合、切断(transection)や細断(morcellation)を避け、完全摘出を行うことが推奨される。 強い合意
 5b. 切除法の局在化(localization)に関しては、特定の方法が他より優れているとは限らない。 強い合意
5c. 切開部位は整容性、授乳機能、乳頭皮膚感覚を考慮して決定すべきである。 強い合意
5d. 切除時は、腫瘤被膜を確認するまで触診を継続し、過剰切除や変形を避けるべきである。 強い合意
5e. 小児例では乳腺芽および乳頭・乳輪複合体を温存し、損傷を避けるべきである。 強い合意

6. 非手術的管理

 6a. FAに対して推奨される薬物療法は現在存在しない。 強い合意

7. フォローアップ

7a. 生検で確定した一致例FAでは、追加の画像フォローは不要であり、通常の年齢別検診に戻ってよい。 強い合意
7b. 生検確定FAが増大傾向を示すか、4〜6cmに達した場合は再診して切除を検討する。  強い合意
 7c. 両側多発で画像上良性と判断されるFAでは、追加フォローアップ不要。通常の年齢別検診を継続。 強い合意

2025.10.24

乳腺良性疾患の取り扱いについて・・・その1

先日、乳腺の良性疾患、特に線維腺腫や良性の葉状腫瘍を中心に、その取扱いについてのガイドラインが米国で出されました。我々医師にとっても重要な指標になります。できるだけ皆さんにもわかりやすいように長くなりますが、全文を訳してみたいと思います。
American Society of Breast Surgeons and Society of Breast Imaging 2025 Guidelines for the Management of Benign Breast Fibroepithelial Lesions Breast Imaging 2025 Guidelines for the Management of Benign Breast Fibroepithelial Lesions JAMA Surg Published Online: October 22, 2025 doi: 10.1001/jamasurg.2025.4392

最初に

米国では2025年に、30万件を超える新たな乳がん症例が診断されると推定されています。しかしそれよりももっと多くの女性が、医療的あるいは外科的な処置を必要とすることの多い良性の乳腺疾患を発見され、診断されています。マンモグラフィ検診の広範な普及や、近年ではトモシンセシス(3Dマンモグラフィ)が検診に日常的に導入されるようになったことにより、針を刺して乳腺の組織の一部を採取して検査する経皮的コア針生検(core needle biopsy)の件数も増加しています。

良性乳腺疾患とされる病態は非常に多くみられるにもかかわらず、これらの疾患の管理に関するガイドラインはほとんど存在しません。良性乳腺疾患は乳腺に影響を及ぼす幅広い病態を含んでおり、その治療方針は時代とともに変化しています。

かつては当たり前に切除されていた多くの病変が、現在では経過観察されるようになってきました。
感染性・炎症性疾患についてはより複雑化しており、その管理戦略をめぐって議論が続いています。

良性乳腺疾患の管理に関して一定のコンセンサスを作成するため、アメリカ乳腺外科学会は、乳腺画像学会(SBI)と協力して、すでに証明された医学的な事実に基づき、専門家の合意形成によって策定された管理ガイドラインを作成するための運営委員会を設立しました。
この良性乳腺疾患ガイドラインの策定は、アメリカ乳腺外科学会の使命――すなわち「乳腺疾患患者のケアにおいて卓越性を追求する外科医の代弁者として、乳腺外科の実践を継続的に改善する」という目的――に沿った取り組みです。

運営委員会は、ガイドライン策定が特に求められる4つの分野を特定しました:
1 良性線維上皮性病変(benign fibroepithelial lesions; FELs)
2 感染性・炎症性病変
3 異型増殖性病変/高リスク病変(proliferative lesions with atypia or high-risk lesions)
4 その他の良性乳腺病変
これら4領域はいずれも、管理法が限られている・議論が多い・過去10年間で大きく変化した良性乳腺疾患をほぼ包含しています。

本ガイドラインで示される「良性線維上皮性病変の管理」には、線維腺腫(fibroadenoma)および良性葉状腫瘍(benign phyllodes tumor; BPT)が含まれます。
なお、本ガイドラインにおいて「線維腺腫」とは、特に明記がない場合、上皮性の異型を伴わない線維腺腫を指します。(注:これに関しては以前から”複雑型”と分類されている、線維腺腫、あるいはその周囲の乳腺上皮細胞に異型があるもの、これを除く、と定義しているようだ。異型というのは、乳がんが発生されるといわれる乳腺上皮細胞と呼ばれる細胞に、顕微鏡で見たときに例えば大小不同があったり、あるいは細胞の構築に乱れがあったり、あまり正常な状況では見られないものが認められた際に使われる用語である。もちろん癌細胞はすべて異型な細胞である。型にはまらないという意味にとっていただいてもいい。)

方法とこの良性乳腺疾患ガイドラインの限界

アメリカ乳腺外科学会(ASBrS)の特別運営委員会(ad hoc Steering Group; SG)は、乳腺画像学会(SBI)と協力して、新たに開発された良性乳腺疾患(Benign Breast Disease: BBD)管理ガイドラインの策定・執筆・公表を監督しました。

これらのガイドラインは、以下の医療従事者を対象としています:一般外科医および乳腺外科の専門医 放射線科医 高度実践看護師(advanced practice practitioners) 産婦人科医 内科・家庭医などのプライマリケア医 研修医・専攻医 

特別運営委員会は、各疾患の有病率・臨床的特徴・治療的特徴に基づいて、良性疾患の分類群(補足資料 )を定めました。本ガイドラインの範囲は、診断後の良性疾患の管理に限定されており、診断に至るまでの過程は対象外です。本ガイドラインの前提として、画像検査結果と生検による病理診断が一致している場合において、良性乳腺疾患全般での整合性が確保されているものとします。(注:つまり画像上もそこから行われた診断過程において、憂いなく、間違いなく、良性疾患と診断されたものについての取り扱いについて述べている、と前振りしているのです。一部でもがんの合併が疑われるようなものは外しているということです。)

また、「年齢に応じたスクリーニング(age-appropriate screening)」とは、年齢およびその他の乳がんリスク因子を考慮した検診を意味します。

良性線維上皮性病変(benign fibroepithelial lesions; FELs)に関しては、高品質な無作為化試験(RCT)が限られており、エビデンスの質が不十分であるため、文献の「グレーディング(エビデンスレベル付与)」は行いませんでした。無作為化臨床試験、メタアナリシス、系統的レビューを優先しましたが、それらが存在しない場合はコホート研究や症例対照研究も採用しました。ただし、10年以上前の研究や症例数100例未満の研究は除外しました。

多くの推奨項目は、非無作為化研究や専門家の意見・解釈に基づいています。したがって、同分野の他の専門家が本ガイドラインの一部推奨に異議を唱える可能性があることを認識しています。

最終的な推奨の強度は、専門家パネル内での合意度および一般から寄せられたコメントによって決定されました。

分類

見出し(Header)

感染・炎症性病変

肉芽腫性乳腺炎 Granulomatous mastitis (GM)

授乳期乳腺炎 Lactational mastitis (LM)

いわゆる乳輪下膿瘍(乳管の扁平上皮化成に伴う乳管周囲炎)Periductal mastitis with squamous metaplasia of lactiferous ducts (PDMSMOLD) 

良性 線維上皮性病変

線維腺腫 Fibroadenomas Fibroepithelial lesions (FEL)

良性葉状腫瘍 Benign phyllodes tumors (BPT) 

異型を伴う、ハイリスクな増殖性病変

Atypical ductal hyperplasia (ADH)

Lobular neoplasia: atypical lobular hyperplasia (ALH)

Lobular carcinoma in situ (LCIS)(all types)

Flat epithelial atypia (FEA) 

注:癌にまでは至らないものの、リスクが高い病理学的な変化を指しています。これに関しては専門の人間でなければ分からないと思います。ここでは解説しないでおきます。

その他の病変

乳頭腫 Papillomas

Radial scars/sclerotic disorders 

Pseudoangiomatous stromal hyperplasia (PASH)

硬化性腺症 Sclerosing Adenosis 

注:これもそう診断されたことのある方でなければ参考にはならないと思います。

続きます。

2025.10.16

骨粗しょう症の予防は「骨折してから」では遅い という話

乳がん術後 ホルモン剤としてアロマターゼ阻害剤(アリミデックス🄬 アロマシン🄬 フェマーラ🄬)を使用している方では、この薬のエストロゲンを抑える作用のために、どうしても避けられない副作用として骨粗しょう症があります。骨粗しょう症の予防は「骨折してから」では遅い、という考え方からお薬を使われている場合も多いと思います。(よく誤解されますが、タモキシフェンは、女性ホルモンの乳腺に対する作用は押さえますが、骨と子宮に対する作用はむしろ増幅するので、骨粗しょう症はむしろ予防的に働きます。)

アメリカ・ニューメキシコ大学のE.マイケル・ルイエッキ医師はこう話します
「現在の多くのガイドラインでは、骨折リスクが低い人には生活習慣の改善を、高い人には骨吸収を抑える薬を、そして非常に高い人には骨を作る薬を使うという考え方です。しかし、骨密度(Tスコア)が−2.5より上で、まだ骨折していない女性でも、薬による予防を検討してよい場合があります。」

ちなみにTスコアとはTスコアとは、あなたの骨密度が「健康な若い成人(おおむね20〜30歳女性)」の平均値と比べてどのくらい低いかを示す数値です。つまり、若いころの平均的な骨の強さを基準に、どのくらい骨が弱くなっているかを表しています。参考までに計算方法を示しますが、病院で骨塩定量を調べてもらった際に計算してもらうのが簡単です。
Tスコア =(あなたの骨密度 − 若年成人の平均骨密度) ÷ 若年成人の標準偏差(SD)
0 … 若い成人と同じ骨密度
−1 … やや減っている(約10〜12%骨密度が低下)
−2.5 … 約25〜30%ほど骨密度が減少している → このあたりから、骨折リスクが急激に上昇します。

予防の考え方

閉経期の女性では、ホルモンの変化で骨の密度が急激に低下しやすくなります。骨が弱くなり、内部の構造が壊れると、元に戻すことは難しくなるため、早い段階での予防が重要です。つまり骨粗しょう症は進むと巻き戻しをすることは基本的はできない。つまり一方通行なのです。

ニュージーランド・オークランド大学のイアン・リード医師とアメリカ・オレゴン骨粗しょう症センターのマイケル・マックラング医師は、「単に骨密度(Tスコア)だけで治療を決めるのではなく、年齢・骨折歴・人種などを含めた全体的なリスクで判断すべきだ」と述べています。

骨密度が−2.5以下なら骨粗しょう症ですが、−2.5から−1.0の間は「骨量減少(オステオペニア)」と呼ばれます。この範囲の人は個人差が大きく、骨折リスクはさまざまです。実際には、骨粗しょう症と診断されている方よりも、骨量減少の範囲に収まる方が人数が圧倒的に多いため、骨折の大部分はこの群で起きています。

現在使われている予防薬

多くの骨粗しょう症治療薬は、骨粗しょう症の「予防」にも承認されています。

ホルモン療法(エストロゲン・エストロゲン+黄体ホルモン・ラロキシフェン)

閉経後の女性で、ほてりなどの更年期症状がある場合は、ホルモン補充療法(エストロゲンなど)が予防に有効とされます。
ただし、エストロゲンは乳がんの発症や再発リスクを高める可能性があるため、乳がん既往者や高リスクの方には注意が必要です。アメリカ臨床内分泌学会(AACE)のガイドラインでも、「骨粗しょう症以外に適応がない場合は、エストロゲン以外の薬を優先すべき」とされています。

骨吸収抑制薬(ビスホスホネート系・デノスマブなど)

代表的なビスホスホネート系薬剤には、アレンドロネート・リセドロネート・イバンドロネート・ゾレドロン酸(ゾレドロネート)*などがあります。これらは骨の分解を抑え、骨折を防ぐ薬です。
ゾレドロン酸は特に人気があり、年1回または5年に1回と投与間隔が長く、効果が5年以上続くことが分かっています。(ただわが国ではゾレドロン酸は骨粗しょう症に保険適応がありません。○悪性腫瘍による高カルシウム血症 ○多発性骨髄腫による骨病変及び固形癌骨転移による骨病変が適応です)

ただし、ビスホスホネートにはまれに「あごの骨が壊死する」重大な副作用(顎骨壊死)が報告されています。歯の抜歯や感染がきっかけで起こることがあるため、治療前には歯科のチェックが推奨されます。
また食道アカラジアによって胃炎や食道炎が起こったり、背部痛、筋肉痛、関節痛、骨痛などの副作用もあります。

どの薬を選ぶか

閉経直後で更年期症状がある女性ではホルモン療法が向くこともありますが、乳がんが心配な人やホルモン治療が合わない人では、ビスホスホネート系薬が第一選択となります。

骨折リスクがそれほど高くない人では、服薬による利益が小さく、副作用や費用を考慮して「薬を使わない選択」も妥当です。治療を受けるかどうかは、患者本人の意向を尊重して決めるのが理想です。

骨を「作る」タイプの薬(テリパラチド、アバロパラチド、ロモソズマブ)は、骨折リスクが非常に高い人に使われます。これらは治療目的でのみ承認されており、予防目的では使われていません。