乳腺と向き合う日々に

2026.02.10

乳腺の自己チェックで大切なこと ~乳がんは触ってわかるのか 隠された事実~

最初に述べますが、このブログは必ず最後まで読める方が読んでください。抜き出しや、最初だけ読む、は厳禁です。誤って受け取られる可能性が高いからです。そのつもりで読んでください。

私のブログでも、また私の外来でも、また著作でも、講演でも、私はずっと乳腺の自己チェックの大切さを説き、そして勧めてきました。

その際に多くの方からされる質問は、「本当に 乳がんは触ってわかるのか?」です。

誤解を恐れずに驚くような解答をします。「乳がんは自己チェックではわからない」が答えです。

皆さんが、自分で触っていて、これががんだ、と確信できるようであればもはや遅い可能性が高いのです。だからがんを探そうとしてはいけないのです。もちろん、乳がんはどんどん大きくなってくるので、進行がんにまで至れば必ずわかります。
「本当に 乳がんは触ってわかるのか?」の質問には、「触っていたら早期で発見できるのか?」「乳がんで死なずにすむのか?」という内容が省略されています。自己チェックで乳がんは本当に早期発見できるか? 触っていれば、乳がん死は防げるか? これは現状では実は否定されています。「乳がん」を自己チェックする、という指導方法では死亡率は下げられないことがすでに分かっているのです。

この問題は非常に誤解を生みやすいのであえて触れないようにしてきました。ただとても大事なことなので、包み隠さず言わなければ真意が伝わらないことに気付きました。その真意とは、私は乳腺の自己チェックにおいて、

がんを探せとは言っていません。
先月と比べて変化を見落とすな、と言っています。

変化に気付く、そのためには同じ条件で比較する必要があります。また過去と比較しなければならないので、あまり間隔が空くと難しくなります。だから生理後に、定期的に必ずチェックする習慣をつけてください、と申しているのです。乳がんと確信できる段階まで待ってはいけないのです。変化の段階で気づく必要がある。

これは私の外来に来られた方のほとんどは聞いておられると思います。

もはや頭がこんがらがってきたと思います。だから避けてきた話題なのです。
それでもなんとかその解説をしてみようと思います。

スペース

定期的な乳腺の自己チェックのエビデンス

定期的な乳腺の自己チェックを「教える/毎月やるよう指導する」よう介入することで、乳がん死は減少するか、について主要なエビデンスは、大規模なクラスターランダマイズ前向き試験が2本(中国・上海とロシア)で行われました。これらをまとめたCochraneレビューというものが公表されています。

Cochraneレビューでは、2つの大規模試験データから、乳がん死亡の減少は示されず、一方で害(良性病変の発見増・生検増)が増えるため、スクリーニングとしての自己チェックは推奨できないと結論づけています。また論考として Hackshawら(2003)が、生検が有意に増える(相対リスク 1.53, 95%CI 1.44–1.63)一方で、死亡減少は示されない、という要旨を示しています。

中国・上海(JNCI 2002 最終報告)では乳腺の自己チェック指導群 vs 対照群で、乳がん死亡は差がなかった(累積RR ≈ 1.04, 95%CI 0.82–1.33)一方で、良性乳房病変の診断が増える(=偽陽性→精査・生検が増える方向)という結果になりました。ロシア(St Petersburg/WHO関連の試験報告)でも、要約レベルではありますが、良性・悪性の検出や生検適応が介入群で増えることが示されています(=過剰精査方向)。

米国のUSPSTF(2009)(マンモグラフィ検診は2年おき、40歳から74歳まで、と決定した米国の公的機関)は「乳腺の自己チェックを教えることに反対(D推奨)」を明記しています。American Cancer Society(ACS)も、FAQで「BSEは(ルーチンとして)もはや推奨しない」旨を述べています。

ここまで読まれて皆さんもビックリされたと思います。

40歳を超えられた女性なら、昔乳がんの検診といえば、お医者さんのところに行って、”視触診”をされていたのを覚えておられる方もいると思います。現在ではそれは全くされていませんよね。
何度も言いますが、乳がんは大きくなってくるので、大きな乳がんは必ずわかります。医者が触っても、皆さんがご自身で触っても、です。しかしそれが早期でなければ、乳がん死の抑制は期待できません。つまり医者が触れば乳がんは見つかるのか 皆さんが触れば見つからないのか ではなくて、医者が触れば皆さんが触るより、早期、つまり乳がんを小さく見つけられる、だから乳がん死を抑制できる、その証拠がないと、わざわざ検診を受ける意味はないのです。

それは結局証明されませんでした。だから現在されていないのです。

そして同じく、皆さんに自己チェックを勧めても、早期がんで発見することはできなかった、むしろいらない検査ばかり増えた、だから推奨しない、となったのです。

ではなぜ私は自己チェックを勧めているのか?

それを知っていてなぜ私は乳腺の自己チェックを勧めるのか?

それは自己チェックの目標を変える必要がある、そして目標を変えれば有効である、と考えているからです。「がんを見つける」という指導から、「条件をそろえて変化に気付く」指導に切り替える必要がある、そうすれば早期がんで乳がんのしこりに気付けるのではないか、そして本当の乳がん以外のものを気にしてしまい、不要な検査を受けることも防げるではないか、と私は考えているのです。

だから「乳腺を自己チェックしていれば、がんはわかりますか?」という質問には、わかります、と答えてはいけないように考えています。それはその方は間違いなく、がんを探しているからです。私は、条件をそろえて比較することで、先月との違いに気付いてほしい、と言っているのです。

現在 30歳代の女性の乳がん死が増えてきています。そして30歳代の女性には検診を付与する公的なルールがありません。もし乳がんに罹患されても自分で気づくしか助かる道はないのです。
検診は行われていない、そして自分で触っても早期では見つからない、無駄な検査が増えるだけ、もしそうだとしたら30歳代で、もっといえば20歳代で、日本では60歳以上で乳がんになったら、もはや死ぬしかありません。運が悪かった、そうなります。

それは嘘です。検診で発見されていなくても、自分で早期で乳がんを見つけて医療機関を受診され、ちゃんと助かっている方も多いからです。

下の図を見てください。自分で見つけてこられた方の中でステージ I 早期がんの方の割合と、検診で見つかったがんの患者さんの中でのステージ I 早期がんの方の割合はそんなに違わないのです。ステージ 0はDCISといってしこりをそもそも作らないので、自分ではまず見つけられません。

自分で見つけても、検診でみつけても、ステージ Iの比率はそれほど変わらない。とすればその自分で早期で乳がんに気付いた人にどんな特徴があったのか、を見直す必要がある。早期で見つけられなかった人にどんな反省点があったのか、を見直す必要があると考えます。

グラフ1_20210419C

なぜ自分で発見された乳がんに早期発見と進行がんの違いが出てしまうのか?

まず 検証の必要すらないことに、定期的にチェックする習慣があったのか? は言うまでもないでしょう。それ以外のヒントを提示したいと思います。

私のクリニックで、ビー玉チェックをされていて、乳がんに気付かれてこられた4人の患者さんについてお話ししたいと思います。ちなみにビー玉を見つけたと言ってこられて、乳がんではなかった方は2名です。当院では毎年述べ2万人強が受診されていて、乳がんは200名以上見つけています。その中の4名はまださみしい数ですが、考えてみてください。その4名の方は定期的に当院で乳腺の検診を受けていて、その検診と検診の間で自分で乳がんを見つけているのです。

その4名の方には共通の特徴があります。

まず検診を受けて異常なし、とされて、およそ3-5か月で、ビー玉に気付かれている。
(これは検診をしているものにも脅威です。まず前回の検診の際にもちいさながんは発生していたはずです。見つけられなかった、ということですので。)

マンモグラフィではすべて確認できませんでした。乳腺超音波検査で、訴えられているしこりの位置に異常を認め、測定上 5㎜が3名 8㎜が1名でした。8㎜だった方は乳腺の乳頭より下側でした。5㎜の方は乳腺が比較的薄い上側でした。

また非常に印象深いのは、来られた際のお話から、実は外来に来られるその1か月前から固い変化に気付いておられたそうです。でも自信がなかったからもう1か月待ってみた。生理が終わったので触ってみたら間違いなく、「大きくなっていた」から受診した、と言われたことです。乳がんではなかった2名の方はビー玉を見つけてすぐに受診された方でした。

逆に、最近の話題で 梅宮アンナさんが毎年検診を受けていたのに、進行がんとして発見された、ということがあります。北斗晶さんも同様です。お二人とも、毎年検診されていました。
つまり検診を受けることで安心してしまえば、乳がんがかなり大きくなるまで気づきにくくなることもまたあり得ると思います。

「検診を受けていても、いなくても」「生理後に条件をそろえて」 「定期的にチェックを行い」「乳腺の変化を見落とさない」これをそろえることで初めて自己チェックの効果が出てくるのではないか、私が生きている間に、38万人のデータまでは無理であっても、自己チェックを肯定する証拠が出せればと思っています。

大変長くなりました。

この内容は非常に誤解を生みやすく、今まで避けてきた話題です。しかしお付き合いいただけた方はわかっていただけたと思います。私は乳腺の自己チェックで早期がんを発見できる、と考えているのです。ただそれには正しい教育が不可欠で、間違った教育をすればしないほうがましな事態に陥ることも確実なのです。だからあえてこの記事を書きました。

もう一度 ここで強調しておきます。

がんを探せとは言っていません。

私は、先月と比べて変化を見落とすな、と言っているのです。

皆さんが娘さんや、周囲の方に、自己チェックを勧める際、ぜひ、がんを探せ、という言葉を使わないでほしいのです。もしそう教えてしまえば、もしなにか異常があっても、痛くないから乳がんじゃないだろう、動くから乳がんじゃないだろう、と自分で判断して相談してくれない。変化があればその段階で気にしておく必要があるのです。自分でもはっきりがんだとわかったら遅い。「変化を見落とすな」「もし気づいたらすぐにお母さんに言いなさい」「相談しなさい」 これ一択です。

付記

実際のガイドラインとのズレ
国際的な医学ガイドライン(米国がん協会や英国NICEなど)は、近年では かつて推奨されていた自己触診(BSE:Breast Self-Examination)を「強く推奨しない」方向に変えています。代わりに「乳房に変化がないかに留意する(Breast Awareness)」という概念が重視されています。つまり、州法で教育が義務づけられている内容と最新の医学的推奨にはズレがあることがわかります。つまり米国でも法律上は自己チェックを勧める、となっているのですが、その内容はすでに、自己チェックから「乳房に変化がないかに留意する(ブレスト・アウェアネス)」に変化しているのです。

医師による触診による検診
これに関してはほぼ否定されたと思っています。医師の触診では過去と比較ができない、それが致命的に弱点です。微細な変化に気付けない。医師が前回の触診を覚えているはずがないからです。おそらく覚えていて比較ができるのは、こんなところに固いところが先月あったっけ、そう気づくことができるのはご本人だけでしょう。

2026.02.07

乳がんは 痛いのか? についての解説

当クリニックは検診を目的に来院される方が主になりますが、それでもさまざまな乳腺にまつわる主訴をもって飛び込んで来られる方がおられます。そしてその中で最も多い主訴が”乳腺の痛み”です。その訴え方は様々で、それこそ「痛い」から始まって、「ちくちくする」、「違和感がある」、「なんか張るような感じがする」、など総じて程度に差があります。

その際に、「痛み止めが必要ですか?」と尋ねると、「それほどではない」と言われる方がほとんどで、ではなぜ受診されたのですか? といえば、「やはりがんが気になったから」となるのです。

これに関しては、その痛みはいつからですか? どこが痛みますか? 生理周期と関係がありますか? 波がありますか? 今までに経験したことのない痛みですか? といった質問をしていくことで原因がはっきりしてきます。この流れは以前このブログで整理していますので、もしよかったら先にそちらを参考にしてみてください。

乳腺痛について・・・その1
乳腺痛について・・・その2
乳腺痛について・・・その3

重要なことは、乳がんではなかった際に、ではなぜ痛いのか、が漠然と残ってしまうことにあります。そうなれば、この先も何か痛みがあるたびに気になってしまうので、結局問題が何も解決しません。
また娘さんや、職場の後輩の女性に、聞かれた際にもなにも参考になることが答えられず、不本意な思いをします。たとえば「もしかして、何かピルとか、生理不順でお薬とか飲んでいる?」と聞けたなら。実は不妊治療や、生理不順で使われるお薬の中には、副作用として乳腺の張りとか痛みがあるものが多いのです。それを知っていれば一つヒントになりますよね。
よかったらぜひ上の1,2,3を参考にしてみてください。今、現在読み返してみても、よくまとまっていて、付け足すことがありません(自画自賛で恥ずかしいですが)。皆さんのような一般の方が読んでいく中である程度原因が絞り込めるように書いています。できれば医療機関を受診して、必ず医師の診断を仰いでほしいですが、そうするとしても知識はあって邪魔になりません。

スペース

そして 「乳がんは痛むのか」についてです。

これにこたえるには、先に示した 乳腺痛について・・・その2 が解答になります。

神経の細胞は、急激に引き延ばされることで痛みの信号を出し、脳にそれを伝えます。
妊娠されたときに、あれだけおなかが大きくなっても痛みが少ないのは10か月かけて徐々に引き延ばされているからです。でも出産の際に会陰部は48時間ほどで一気に引き延ばされます。当然激しい痛みを伴います。

これが がん の場合であっても同じことが起こります。

もともとがん細胞は周辺の神経も冒し、破壊していくので痛みは出にくい傾向にあります。しかしがんが及んでいなくても、周辺には網の目のように神経は通っているので、そちらが信号を出します。

早期がんも、進行がんも、それを構成する細胞の数こそ違いますが、分裂速度そのものに差はありません。1㎜が2㎜に倍になるのも、10㎜が20㎜に倍になるのも理論的には同じ時間で起こります。しかしがんのしこりが大きくなることによって、その周囲に存在し、引き延ばされる神経にとって、1mmが2mm、と 10mmが20mmの変化、そのどちらが”急激”に引き延ばされているか、については言うまでもありません。だから乳がんも進行して、大きくなってくれば痛みを感じるようになる、が正しい回答になります。

ではどれくらいの大きさになったら痛みを感じるのか

これについてもすぐに想像がつきます。
現在9人に一人の女性が乳がんに罹患され、残念ながら早期では発見されず、大変多くの方が毎年亡くなっておられます。そこからわかることは少なくとも、十分に治癒できる早期の状態の乳がんでは痛みはない、だから気が付かない、ということが簡単に想像できるのです。

乳がんを早期で見つけるためには、痛みなどの自覚症状は全く参考にできない、のです。

乳がんが痛いかどうか、を気にされておられる方は、やはり痛みを参考にしてがんを発見しようとされていることは間違いないでしょう。でもおそらくそれががんによる痛みであるならば、自分で触って異変に気付く、固い、しこっている、しこりがあるなど、つまりがんの存在に気付くと思います。痛んでいるのなら、まず進行がんだからです。

痛くても、痛くなくても、常に、定期的に乳腺の状態を自分でチェックし、先月と変化しているところがないか、に注意を払っておくことが重要です。
痛みを無視しろ、と言っているのではありません。痛みをがんと結びつけて考えることはよくない、と言っているのです。痛みがあるからがんを調べる、のが間違いではありません。でも痛みがないからがんを調べない、のは間違いです。またがんでなければ痛みは調べない、もまた間違いです。他の重要な原因が隠れているかもしれないからです。

ややこしくなりましたね。

痛みの大原則ですが、もしがんで痛んでいるのなら、それは少しずつ悪くなっていきます。何にも治療せずに回復することは原則ありません。生理の周期と一致していたり、一過性にあったけれど、次第に回復してくるようなら、まずがんは関係ないでしょう。がんは治療することなしに自然に回復することはないからです。
そしてもし次第に増悪してくる痛みであるのなら、それはもしがんではない、と診断されても放置していてはいけません。他の病気の関与を疑って、たとえば総合内科、たとえば整形外科を受診するべきです。

下記に同じく乳腺痛について、動画にしました。よかったら見てください。

乳腺痛
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早期乳がんを切らずに治す ~ラジオ波による焼却療法~

ラジオ波焼却療法は、肝臓がんではかなりの歴史があり、もちろん保険適応の標準治療としてすでに確立した治療方法になります。

これは簡単に言えば、腫瘍の中心部にラジオ波を放射できる先を持つ針を刺し、そこから発せられるラジオ波(簡単に言えばそとにラジオ波を放射できる電子レンジです)で、腫瘍を完全に焼いてしまおうという治療法です。この場合、検査で分かっている腫瘍よりもより広い範囲を焼くことで、周辺を含めてがん細胞を完全に焼き切ってしまうことを目的としています。

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針の先の一部分からラジオ波が照射されます。それによって発熱が起こり、その周辺が球状に焼かれます。

肝臓がんを担当されている先生であれば施行したことがない方はおられないくらい一般的に広く行われている手技であり、安全性も危険性もほぼ確立されています。

それを乳がんに適応するものです。

上の図を見られればわかりますが、だいたい球状に焼けるので、その範囲内から逸脱する範囲にがんが及ぶ可能性があれば適応できません。したがってどうしても大きさの制限があります。

また切らないので、皮膚に傷は残りませんが、わずかにやけどを負う可能性はあります。また焼かれた腫瘍はそのまま固い瘢痕、つまりやけど後のケロイドとして残ります。がん細胞は死んでいるはずなのに、しこりは手術前から変わらずにそこにある、と感じられる患者さんがほとんどです。

ラジオ波による乳がんの治療は、日本を中心にして臨床試験が行われました。

肝臓がんでは確立した手技ではあるものの、果たして乳がんにそれを適応しても安全か? なにより乳がんはキチンとなおるのか? もともと手術で完全に治すことができるとされる早期の小さな乳がんが適応とされたため、その成績が手術に劣ることは許されません。

そして日本で厳密に行われてきたRAFAELO/PO‑RAFAELOなどの臨床試験および適応検討の記載から、早期乳がんのラジオ波治療はついに保険に収載されることとなりました。

その意味で私自身も早期乳がんは切らずに治せる、と確信はしていますが、実際にラジオ波治療の対象とされている条件はかなり明確かつ、厳密に規定されています。

先にラジオ波治療の適応とされる早期乳がんの定義を示します。

「画像・病理で確認された径1.5–2 cm以下の単発乳管癌(Stage 0–I, cN0)、EICや多発/多中心病変なし、術後に乳房照射と必要な全身療法を行うことを前提に、RFA単独で腫瘍を局所制御しうる症例」

これでは難しいので、下記に列記します。

腫瘍側の条件

早期乳がん(Stage 0–I)

TisN0M0, T1N0M0, T1N1miM0 が対象

腫瘍径が小さいこと(最大径 1.5–2.0 cm 以下 を条件としている。RAFAELO第III相試験では単発腫瘍で最大径1.5 cm以下を適格条件と明記 されている)

単発・限局性病変(単発の局在腫瘍(solitary localized tumor)であること)

組織型

乳管癌(ductal carcinoma) であること

びまん性石灰化や広範囲乳管内進展(EIC)を伴う症例は除外されている

画像上、境界明瞭で多発・多中心性の所見がないこと(乳腺超音波検査やMRIで辺縁明瞭、multifocal/multicentricを認めない早期病変が前提である)

リンパ節・遠隔転移

画像診断上臨床的N0(一部のプロトコールでは、センチネルリンパ節生検で微小転移(N1mi)までは許容しているが、マクロ転移は除外される)

遠隔転移(M1)は当然ながら適応外。

患者側・治療全体の条件

乳房温存手術+放射線が原則可能な全身状態(麻酔・照射に耐えうること)であること。ちなみにラジオ波治療後は、必要に応じて乳房への放射線治療、ER/HER2・リンパ節・グレードに応じた薬物療法(内分泌/化学/抗HER2)を併用することが前提とされている。

不完全焼灼や残存病変が疑われた場合には、部分切除へ移行できることを前提とする。

まとめ

2023年12月に、早期乳がんに対するラジオ波焼灼療法(radiofrequency ablation: RFA)が健康保険の適用対象として認められました。現状 保険診療でRFAを受けられるためには、以下のような基準があります。腫瘍サイズが 1.5 cm 以下の限局性早期乳がん(腋窩リンパ節転移・遠隔転移なし)であること。患者さん本人がその治療に適格であり、医師が適正と判断すること。日本乳癌学会の術者・実施施設認定を受けた医師・医療機関で行われること。

実際にこの治療は 標準治療(手術)と同等の長期成績が確立している段階ではありませんが、短期成績は初期手術と同等と認められて保険適用されました。

制限はあるものの、2024〜2025年現在、多くのがん専門病院や大学病院で保険診療として保険の範囲内で治療が実施可能になっています。

当院で早期発見された乳がんの患者さんで、ラジオ波治療の適応ですよ、と言える方がおられます。また実際に切らずに治療される方も出てきています。厳密には切らないだけで、焼いてはいますが、せっかく早期で発見されたのに切るのですか? と言われる患者さんに、切らないでも治す方法が取れますよ、といえる時代になったと言えると思います。

2026.02.06

乳腺の自己チェックについて 動画で公開します

昨年 私のクリニックでは、「乳がん 自己チェックの始め方 母へ娘へ」という本を出しました。
これに合わせて、当クリニックの外来待合室では自己チェックの具体的な方法について、その内容を動画にし、常に流しています。そこではその際に使うビー玉も無償で提供しています。

ビー玉を使うのには大きな理由が3つあります。

1 使っているビー玉は1.7㎝です。乳がんは発見された際の病理学的なサイズ、つまり切除して顕微鏡で観察し、そのがんが及んでいる範囲が2㎝を超えていた場合、進行がんであると診断されます。早期発見であるためには何としても2㎝以内でなければなりません。ちなみに2㎝ぎりぎりで見つけても、それから受診し、検査し、手術にするまでの期間があるので、どうしても余裕を見る必要があります。ですので1.7cmなのです。
 自己チェックで乳がんを早期発見するには、そのサイズを頭の中で理屈で分かっているだけではなく、具体的に自己チェックを行う手の”触覚”で知っておく必要があります。
 ビー玉を乳腺に押し当てて、イメージトレーニングすることでそのことに対する感覚を覚えておく必要があります。

2 ビー玉を常に例えばお風呂場、たとえば鏡台など、目につくところにおいておけば、自己チェックを思い出しやすい。習慣になればもう忘れないですが、始めたばかりの際にはつい忘れてしまいます。お風呂の石鹸置き場など、どうしても目につくところにおいておけば忘れにくくなります。

3 お風呂場や洗面所など、鏡があって、家族全員が使う場所においておけば、たとえば娘さん、たとえばお母さん、など、自己チェックが必要なみんなにそれを伝え、思い出してもらうきっかけになることができます。

 このビー玉を使って乳腺の自己チェックを始め、続けていく、というところが私のアイデアであり、この本の要点です。

 この本にはビー玉が付録しています。

 このように 私の勧める 自己チェックの始め方では、どうしてもビー玉が鍵になるため、そのやりかたの動画は作成したものの、このブログで公開することは今までしていませんでした。わざわざそのサイズのビー玉を探して購入する人手間が必要になれば、とにかく気楽に、そして正しく始めてほしい私の考えとすこしずれてしまうからです。また直接お会いしたことのない方に、これを勧めて本当に正しく伝わるだろうか、という疑問もありました。

 それでもこれを読んでおられる方にも是非 乳腺の自己チェックを始めてほしい そういった強い気持ちはあります。

 そこで今年の1回目のブログとして、この動画を公開します。下のQRコードを読み取っていただければご覧になることができます。一応このQRコードを見た方のみの限定公開になります。一般公開は今はしていないので、ご了承ください。

 よろしければブログだけで私をご存じの方も、ぜひこれをご覧になり、正しいサイズ(1.7㎝)のビー玉をお求めになって、自己チェックを始めてください。

 そしてもし、乳がんに罹患され、苦しい思いをされ、また今もされておられる方がおられましたら、自分の経験も踏まえて、周囲の大切な女性に自己チェックを勧めてあげてください。

 普段から乳がんに関心を持っておられない一般女性に、いきなりマンモグラフィによる乳がん検診を受診するよう勧めることはかなり高いハードルになります。また40歳以下のクーポン検診の対象にはなっておられない、しかし乳がんにならないとは決して言えない若い娘さんをお持ちの方もおられるでしょう。そういった方にはまずは自己チェックを勧めてください。

 歯磨きをきちんとされている女性は、やはりきちんと定期的に歯科受診をする傾向があります。

 普段歯磨きもしない女性に(そんな女性はいませんが)、いきなり歯医者に行けと言ってもそれは難しい。だからまず自己チェックから勧めて、始めてもらうのです。

 よかったらご検討ください。

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2026年2月現在、一般公開はしていません。

ご了承ください。

2025.12.20

乳がん検診の課題 検診と予防の結合の観点から

たとえば、高濃度乳腺と呼ばれる、乳腺の密度が高い方では、マンモグラフィ検診の有効性が落ちるだけではなく、乳がんのリスクそのものも高いことが指摘されています。乳腺の濃度は、若年者はもちろん出産経験のない方では高い傾向があります。現在のような少子化の時代では女性の大部分が高濃度乳腺科、不均一高濃度乳腺に属しているため、この問題は検診の現場においても、また検診をどのように受けていけばいいのかについても大きな影響を及ぼしています。

2025年12月 ドイツ・RWTHアーヘン大学の Christiane Kuhl 医師(MD, PhD) により、シカゴで開催された 北米放射線学会(RSNA)年次総会 において発表された、FDA(米国食品医薬品局)に最近承認された画像のみを用いるマンモグラフィ診断のための人工知能(AI)モデルを用いた研究結果では、米国および欧州から集められた24万件超の両側2Dスクリーニングマンモグラフィを対象とした解析において、AIによって高リスク群(National Comprehensive Cancer Networkの基準に基づいて分類)と判定された群は、平均リスク群と比べて乳がん発症率が4倍以上高かった(5.9% 対 1.3%)ことがわかりました。

Kuhl氏によれば、AIによるリスク評価では、「平均リスク女性において、観察された5年乳がん発症リスクが、設定された(想定)リスク値とほぼ完全に一致しており、同様にリスク上昇群でも良好な一致が見られ、さらに高リスク群と分類された女性では、はるかに高い発症率が観察されました」

さらに「乳房密度評価には問題があり、放射線科医によって判断が異なる」と述べています。
「AIによって自動化された乳房密度評価は、放射線科医による評価との相関が乏しく、従来の密度に基づくリスク認定は不正確であり、追加のスクリーニング方針を決定する目的には、おそらく有用ではありません」。(筆者注:我々医師が濃度が高いとか低いとか判断していますが、それと乳がんのリスクはそれほど相関していないことを指摘されています。AIで自動的に判断されたもののほうがはるかにリスク評価に役に立った、彼女はそう述べています。)

「AIモデルは、マンモグラフィから乳房密度をはるかに超える多くの情報を抽出することができます」とKuhl氏は続けました。「マンモグラフィにおける線維腺組織(乳腺実質)のテクスチャを解析し、それを用いて5年乳がんリスクをより包括的に推定できるのです」。
「このモデルは、人間の目では見えない乳房組織の変化を検出することができます。これは放射線科医には担えない作業です。検出や診断とは別次元のタスクであり、AIの力と画像に潜在している未活用の情報を活かすことで、まったく新しい医学の分野を切り開くでしょう」。

米国ではマンモグラフィ検診にAIが導入され、すでに実践に用いられていることがわかります。またAIによる乳腺実質そのものの評価によって、乳がんがその後に発生するリスクすら判定できる、つまり予防の観点から個別の検診スケジュールを提案するレベルにいたっていることも同時にわかります。

最近発表された研究においては、合計 42,236 件の 2D マンモグラフィー検査を受けた 42,100 人の女性で、単独の放射線科医による読影、2 人の放射線科医による読影、人工知能 (AI)による読影 (Transpara バージョン 1.7.0、ScreenPoint Medical)、そして ”AI を補助に使った一人の放射線科医による評価”を比較しました。

研究著者らは、  ”AI を補助に使った一人の放射線科医による評価”が、放射線科医二人による二重読影(51.7%)、放射線科医一人による評価(46.9%)、単独AI(48.6%)と比較して、最も高い感度(がんをがんとして発見する)(60.2%)を示したことを明らかにしました。また、 ”AI を補助に使った一人の放射線科医による評価”は、二重読影(97.7%)、放射線科医単独による読影(97.7%)、単独AI(97.8%)と同等の特異度(がんでないものをがんでないと否定する)(95.8%)を示しました。

研究者は「AIは、人間による評価では発見される乳がんを見逃す一方で、読影を行う放射線科医が見逃す乳が​​んを同程度検出します」と述べています。つまりAIは人間の読影を補填するのです。

このように今後はAIを用いて検診をし、さらに予防の観点からがんそのもののリスクすら評価を行っていく時代が来ています。しかしAIの導入はいいことばかりではありません。たとえば・・・

大腸内視鏡検査は、ポリープ(腺腫)の検出と除去を可能にし、大腸がんの発生を予防します。この分野においても、多くの試験において、大腸内視鏡検査にAIを活用することで腺腫の検出率が向上し、AI技術への関心が高まっていることが示されています。

しかしBudzyńらがThe Lancet Gastroenterology & Hepatologyに発表した論文によれば、大腸内視鏡検査を支援する人工知能(AI)の導入と日常診療における使用によって、AIの支援なしで大腸腺腫を検出する内視鏡医の能力の低下につながる可能性があることが示されました。

本研究は、2021年9月から2022年3月にかけて、ポーランドの4つの大腸内視鏡検査センターで実施されました。 AI非併用大腸内視鏡検査における腺腫検出率は、AI曝露前の28.4%(n = 226/795)からAI曝露後の22.4%(n = 145/648)へと有意に減少し、相対的に20%、絶対的に6%の腺腫検出率の低下に相当しました。AI併用大腸内視鏡検査では、腺腫検出率は25.3%(n = 186/734)でした。

検診分野へのAIの導入は、がんの発見率の向上に役立つばかりか、たとえば乳がんリスクの評価につながるなど、さまざまな福音をもたらしますが、検診に関与する医師に、けっしていい影響ばかり与えるわけではなさそうです。それに頼るあまり、どうしても”さぼって”しまい、日常の検診の中で同時に行なわれている”訓練”の密度も落ちるため、能力の低下につながるのです。これは簡単に予想できることでもありますよね。つまりいったんAIを導入すれば、AIのなかった時代には戻れない、ということです。

今後は その個人個人のたとえば家族歴、既往歴、そして出産歴などの評価に加えて、乳腺そのものの評価、生活習慣の評価などをAIを用いて評価して、その人その人に応じた検診のスケジュールや内容を提示していく時代が来ると思われます。

またたとえばBRCAという遺伝子を持たれたHBOC症候群の女性では、予防的に乳房切除を行うこともすでにわが国では保険適応とされており、乳がんの予防も可能になっています。
そこまでのことはできなくても、たとえばホルモン剤を予防的に投与され、引用している女性も海外では普通におられるようです。わが国ではまだそれは保険適応とされていませんし、それを管理する医療施設も整っていません。

AIの力を借りて、個別にリスクを”評価”し、その方に応じた”検診”を提示、施行し、可能であれば”予防”する、ことがすでに試みられ始めています。

2025年はお世話になりました。
このコラムを読んで、遠方からセカンドオピニオンに来てくださった方もおられました。その方々からいただいたお言葉も大変励みになりました。
来年も張り切って記事を書いていきますので、よろしくお願い申し上げます。

2025.12.13

乳がん検診の課題 ーまとめー

前回の結論は「乳がん検診はリスクに応じて2年おきでも問題はない」という結論でした。ただこのブログでも何度も述べてきましたが、米国の乳がん検診は、そして我が国の乳がん検診の現状も、”一律に2年に1回”です。ですので、この試験において、比較対象群として ”一律に毎年” を置いたのは現状を反映していません。ですので、この試験を計画している医師は、「リスクがない方でない限りは2年に1回ではなく、毎年検診を受けておくべきだ」ということが証明したかったのではないか、とも考えられます。ではそのリスクとは何でしょうか。

乳がんの現状と課題

乳がんは、アメリカで女性に最も多く診断されるがんであり、今もなおがんによる死亡原因の上位を占めています。2025年には、約32万人の女性が乳がんと診断され、約4万人が亡くなったと推定されています。これは、女性が一生のうちに約8人に1人の割合で乳がんになることを意味します。このような状況は、予防・検診・治療のさらなる改善が必要であることを示しています。

乳がん検診のメリットと限界

乳がん検診は、一部のがんを早期に見つけ、治療しやすくするという利点があります。しかし、乳がんそのものを予防するわけではありません。

また、検診には次のような害もあります。実際にはがんでないのに「疑いあり」とされる(偽陽性) 一生問題にならないがんを見つけてしまう(過剰診断)筆者注: これは驚かれた方も多いと思います。たとえば非浸潤がん(DCISやLCIS)と呼ばれるStage 0の乳がんは、それが最終的に命を奪うような皆さんの知る浸潤がんに、どの程度のものが移行するのか、どういうものが移行するのか、何年で移行するのか、よくわかっていないのです。こうしたStage 0乳がんの中には一生そのまま、生命の脅威にならずにおとなしくしているものもいることが分かっています。ただ実際に移行するものもあります。結局それを見分ける方法が見つかっていないので、現状では原則切除となっているのです。
ほかにもたとえば甲状腺にできる乳頭がんという種類のがんは、かなりの確率で一生そのままであることが分かっています。たとえば未分化転化など、リスクを理解し、受け入れてもらったうえで、そのまま切除せず、経過観察されている方もおられるがんです。
ただ、いまのところはDCISを経過観察で対応するのは標準治療とは言えず、臨床試験段階の域は出ていません。)

これらは、不安や不要な検査・治療、費用の増加につながります。

つまり、検診は多ければ多いほど良いとは限らないのです。

一律の年齢別検診の問題点

これまでの乳がん検診は、「○歳になったら全員同じ方法で」という年齢を基準にした一律のやり方が中心でした。しかし、乳がんになるリスクは人によって大きく異なります。

アメリカ女性の平均的な生涯リスクは約13%ですが、これはあくまで平均値です。実際には、多くの女性は平均より低いリスクであり、一部の女性は非常に高いリスクがある、といった風に偏りがあります。

特にリスクが高いのは、BRCA1などの遺伝子変異を持つ人、非浸潤性小葉がん(LCIS)の既往がある人です。

リスクが低い人では、検診による害(過剰診断や偽陽性)の影響が相対的に大きくなります。そのため、検診を控えめにする合理性があります。一方、リスクが高くなるほど、検診でがんを見つけられる可能性が高くなり、より頻回・別の方法の検診が有効になります。

リスクに基づく検診とは

リスクに基づく検診とは、検診を始める年齢 検診の間隔 使用する検査方法を、その人の乳がんリスクに合わせて調整する考え方です。これにより、早期発見の利点を保ちつつ、検診の害を減らすことが期待されます。

今回紹介したJAMAでは、Essermanらが、WISDOM試験という無作為化臨床試験の主要な結果を報告しています。これは、リスクに基づく検診の効果を実際の医療現場に近い形で検証した、初めての試験です。さらにこの研究は、個人に合わせた乳がん予防にもつながる可能性を示しています。

WISDOM試験の概要

WISDOM試験では、女性を以下の2つのグループに分けました。1 リスクに基づく検診 と 2 毎年一律にマンモグラフィを受ける従来型検診(筆者注:繰り返しになりますが現状 わが国では2年おきですし、米国でも推奨は実は2年おきです)です。

リスク評価には、1 個人のリスク因子 2 家族歴 3 遺伝子検査 4 乳腺の密度 が含まれていました。(ご自身の乳がんリスクに関して知りたいと感じられた方は、乳腺科のDrに一度は検診を受けに受診し、尋ねてみられることを勧めます。)

最もリスクが高い人には、6か月ごとにマンモグラフィとMRIを交互に実施。最もリスクが低い50歳未満の人には、検診を行わないという方針が示されました。

主な評価項目は、進行乳がん(ステージIIB以上)が増えていないか 針で突いたり、一部を採取するなど、侵襲を伴う検査=生検の回数が減ったか でした。

試験結果のポイント

約28,000人の女性が参加しましたが、参加者の集まりが想定より遅く、追跡期間が延長されました。

リスクに基づく検診グループでは、約10%が「高リスク」と判定され、そのグループにおける実際のがんの発生率は、予想通り、リスク評価と一致していました。

低リスク群でも、高リスク群でも、発見された際に進行乳がんであった割合は、従来型検診と比べて悪化はせず、低リスク群では2年おきの検診でも問題ないとする安全性は確認されました。
(筆者注:本来米国の検診は2年おきです。ですので対象は毎年一律に検診する、ではなく2年おきに一律に検診する、にするべきでした。ただ2年おきだともともと多くの進行がんが見つかることが分かっているので、1年おきを比較対象とするいびつな研究になっています。ですので、この結果は、高リスクの人を問題にするよりも、「低リスクの方では2年おきの定期健診で問題ない」という結果だとみるべきなのです。)

しかし、生検の回数は減りませんでした。

予防への応用という強み

WISDOM試験の大きな強みは、検診を個別化するだけでなく、予防につなげられる可能性を示した点です。(この表現は誤解を生みやすいと思いますが、重要なことを述べています。検診にがんを予防する効果はありません。こうしたリスク評価を検診時にすることで、リスクが高いとされた女性がその後の生活習慣を改善する効果が副次的に生まれ、そのことで乳がんだけではなく、様々な病気が予防される、ということが認められた、と言っています。つまり検診そのものよりも、その女性のリスクを評価し、啓蒙することが、大きな予防効果を生む、ということが今回わかったのです。)

乳がんの主な生活習慣リスクには、閉経後の肥満 飲酒 運動不足 授乳経験の少なさ ホルモン剤の使用があり、これらは乳がんの最大25%に関係するとされています。

本試験では、リスクが高いと知らされた女性で、飲酒量の減少や運動量の増加がみられました。

薬による予防(化学予防)

一定以上のリスクがある女性では、タモキシフェン ラロキシフェン アナストロゾール エキセメスタン といった薬により、乳がんリスクを30~65%下げることができます。効果は治療終了後も長く続きます。これらは、個人にも社会にも非常に有効で、費用対効果の高い予防法です。(筆者注:これはわが国では保険適応とされていません。また乳がん患者さんにしようされるホルモン剤で、乳がんを予防する、という考え方はまだ一般まで普及していません。もちろん副作用もありますので、厳重な管理が必要な予防対策ということになります)

実際には使われていないという現実

ガイドラインでは推奨されているにもかかわらず、実際に予防薬を使っている人は非常に少ないのが現状です。WISDOM試験でも、使用率はわずかでした。

その理由として、自分が高リスクだと知らない 医師も患者も予防薬の存在を知らない 専門的な相談体制が不足している といった問題があります。

今後に向けて 乳がん予防は主にかかりつけ医が担いますが、専門医の関与があると予防薬の使用率は大きく向上します。理想的には、専門医が初期説明と導入 かかりつけ医が継続管理 という連携体制が望まれます。(これも日本と異なる点になります。疾患に罹患する前に、健康な状態でかかる、予防や、検診を担当するかかりつけ医がいる、ということです。)

肺がん検診が禁煙支援と結びついているように、乳がん検診も予防と一体化すべきです。

まとめ

WISDOM試験は、リスクに基づく乳がん検診が安全で実施可能であることを示しました。ただし、実際の効果を最大限に引き出すには、検診と予防を意図的に統合する仕組みが必要です。

2025.12.13

乳がん検診の課題

乳がん検診は、これまで主に「年齢」に基づいた一律の方法で行われてきました。わが国では市町村単位で違いがありますが、姫路市では40歳から60歳まで、隔年、つまり2年おきにクーポン配布によって実施されています。しかしその考え方は、乳がんの複雑さが十分に分かっていなかった時代の研究データに基づいています。

現在では、乳がんは一つの病気ではなく、いくつものタイプがあることが分かっています。腫瘍の性質に合わせた治療は、すでに20年以上前から標準的に行われています。
そしてもちろん女性が乳がんになるリスクは人によって大きく異なり、どのタイプの乳がんになりやすいかも人それぞれです。最近の乳がんリスク評価では、乳腺の密度(マンモグラフィでは高濃度乳腺、不均一高濃度乳腺では、その検診精度は低くなってしまう)や、遺伝子のわずかな違いを組み合わせた「遺伝的リスクスコア」が使われるようになっています。また、生涯の乳がんリスクを大きく高めることが分かっている遺伝子も、比較的低コストで調べることができます。

乳がんによる病気や死亡を減らすための公衆衛生の取り組みは、主に「多くの人を対象にした一斉検診」に重点を置いています。しかし、この方法にはいくつかの問題があります。

まず、マンモグラフィ検診が普及したことで、早期(ステージ I)の乳がんは増えましたが、進行した乳がんが減ったわけではありません。また、がんになる前段階とされる「非浸潤がん(ステージ 0)」は大きく増えた一方で、初期の浸潤がんが同じように減ったとは言えません。

次に、進行しやすいタイプや悪性度の高い乳がんは、検診と検診の間に症状が出て見つかることが多いという問題があります。実際、進行乳がんを対象とした研究では、約8割のがんが検診では見つかっていませんでした。

さらに、検診による「要精密検査」や生検の多くが、結果的には良性であることも問題です。アメリカでは、検診をきっかけに行われた生検の約75%が、がんではありませんでした。

加えて、現在の検診のやり方は非常にコストがかかります。アメリカでは、乳がん検診にかかる年間総費用が、疾病予防を担う公的機関の主要予算を上回っており、どのガイドラインを採用するかによって費用は4倍近くも変わります。
遺伝的要因を含めた個人ごとのリスク評価を行うことで、こうした問題の多くを改善できる可能性がありますが、現状では十分に活用されていません。

そこで、リスクの低い人への過剰な検査を減らし、リスクの高い人に重点的に資源を使うことを目的とした「リスクに基づく検診」の考え方が提案されています。これは、進行がんを増やさずに、全体としての負担や害、費用を減らすことを目指すものです。ただし、この方法には賛否があり、これまで無作為比較試験では検証されていませんでした。

WISDOM(Women Informed to Screen Depending on Measures of Risk)研究は、こうした背景を踏まえ、乳がん検診のあり方を根本から見直すために計画されました。この研究では、まず個人のリスクを評価し、それに基づいて 1 検診の頻度 2 検診を始める時期 3 用いる検査方法 を決め、さらに乳がんを予防するための対策につなげることを目指しています。

2025年12月 JAMAという権威のある雑誌に掲載された論文では、WISDOM研究において行われた、「リスクに基づく検診」と「毎年の一律検診」を比較した無作為化試験の方法と、その主要な結果が報告されています。

リスク評価では、1 乳がんになりやすさに関係する9つの遺伝子の検査 2 多数の遺伝子の小さな違いを組み合わせた遺伝的リスクスコア 3 乳がん監視コンソーシアム(BCSC)モデル を用いました。こうして個別にリスクを評価し、「リスクに基づく検診」グループでは、評価結果に応じて次の4つのいずれかの勧めを受けました。比較対象として「毎年一律に検診するグループ」ランダムに振り分けられました。

最もリスクが高い人(5年以内の乳がんリスクが6%以上、または強い影響を持つ遺伝子変異がある場合)
→ マンモグラフィとMRI検査を6か月ごとに交互に実施し、専門的なカウンセリングを行う。

リスクが高めの人(年齢別で上位2.5%に入るリスク)
→ 毎年マンモグラフィを行い、リスクを下げるための指導を受ける。

平均的なリスクの人
→ 2年に1回のマンモグラフィ。

リスクが低い人(40~49歳で、5年以内のリスクが1.3%未満)
→ リスクが1.3%以上になるか、50歳になるまで検診は行わない。

主な評価項目(何を比べたか)

主な評価項目は2つありました。1 進行した乳がん(ステージIIB以上)が増えていないか 2 生検(組織を取る検査)の回数を減らせたか です。
そのほか、ステージIIA以上の乳がんの発見、マンモグラフィの回数、高リスクの人で予防対策がどの程度行われたか、観察研究の参加者がどちらの検診方法を選んだか、非浸潤がん(DCIS)、MRI検査の回数、ステージ別のがん発生率、なども調べました。

結果

合計 28,372人の女性が無作為に割り付けられました。平均年齢は54歳で、多くは白人女性でした。進行した乳がん(ステージIIB以上)の発生率は、リスクに基づく検診、毎年一律に行う検診の間で差はなく、リスクに基づく方法でも安全性は保たれていました。(筆者注:この結果は、リスクに基づく検診をすれば早期がんの発見率が上がるわけではない、という風に読むのではなく、リスクが少ない人では毎年検診しなくても、2年に1回でも進行がんとして見つかったり、中間期がんとして見つかる確率が上がるわけではない、という解釈をします。裏を介せばリスクの高い方では最低毎年検診しておかないと、こうしたリスクが上がっている可能性も示唆されます。)

一方で、マンモグラフィの回数はリスクに基づく検診の方が少なかったにもかかわらず、生検の回数は減りませんでした。また、がんの発生、生検、マンモグラフィ、MRI検査、はいずれも、リスクが高い人ほど多くなるという結果でした。

観察研究の参加者では、約9割(89%)がリスクに基づく検診を選択しました。

結論

遺伝子検査を含めたリスクに基づく乳がん検診は、個人のリスクに応じて検診の強さを安全に調整することができました。しかし、生検の回数を減らす効果は認められませんでした。

次回 まとめに続きます。

2025.11.26

HPVワクチン接種で子宮頸がんのリスクが大幅に減少 ― 大規模な研究2本が、安全性と効果を改めて裏付け

「先生、子宮頸がんのワクチンって、本当に安全なのですか?」 

私自身、専門家ではないこともあって、親しくしている産婦人科の部長に質問したことがあります。産婦人科部長先生には、「先生までそんなこと聞くの?」といって叱られました。今回は忙しい部長先生に余計な時間を使わせた、その懺悔としてこのトピックを紹介します。

HPVワクチンは子宮頸がんの発症を大幅に減らすことが判明

子宮頸がんのワクチン接種では、さらに、がんの前段階の病変や尖圭コンジローマ(性器いぼ)も減少することが明らかになりました。重大な副作用の増加は確認されませんでした。

最新の2つの大規模な研究(メタ解析)によると、HPVワクチンには次のような効果があることがわかりました。ちなみにメタ解析というのは、多くの別々に発表された研究をさらにまとめて、一つの結論を導き出す手法です。医学だけに限らず、すべての研究の分野において、一つの疑問に対する現段階での完全な解答を与える手法として認められています。

① 1つ目のメタ解析(132万人超を含む225研究のまとめとして)

16歳までにHPVワクチンを受けた女性は、受けていない人に比べて子宮頸がんになる確率が約80%低いことが示されました。さらに、4.4万人以上を追跡した別の長期研究では、ワクチン接種後の子宮頸がんリスクが63%低下していました。

② 子宮頸がんの前がん病変(CIN3+)も減少

23の研究から、「CIN3以上」と呼ばれる高度異形成(がんの直前の状態)もワクチン接種で明らかに減ることが示されています。特に16歳までに接種した場合、長期的にはCIN3+が74%減少していました。

③ 効果は「早く接種するほど高い」

研究者たちは次のように述べています:思春期早期(性的活動が始まる前)にHPVワクチンを接種した女性では、高度異形成や子宮頸がんの発生が一貫して減っている。ワクチンは若いほど、より大きな予防効果が得られる。

④ 2つ目のメタ解析(RCT 60件・約15万人)

この解析では臨床試験の期間が不十分で、がんそのものの発症は評価できませんでしたが、前がん病変(がんの芽)や性器いぼの発生を減らす効果が確認されています。また、重大な副作用が増えるという証拠は見つかっていませんでした。

HPVワクチンは、前がん病変や性器いぼを大きく減らすことが判明

――特に15〜25歳女性で明確な効果

① 15~25歳の女性では、CIN2+(中等度以上の前がん病変)が減少

研究では、15〜25歳の女性がワクチンを受けると:すべてのHPV型によるCIN2+が6年後に30%減少する(リスク比0.70:ワクチン接種者は非接種者の70%の発症率)。ワクチンがカバーするHPV型によるCIN2+は6年後に60%減少する(リスク比0.40)、とまとめられました。

② 外陰・膣の高度異形成も軽度に減少

15〜25歳の女性では、ガーダシル(4価)やガーダシル9(9価)でカバーされているHPV型による外陰部・膣の高度異形成(前がん状態)もわずかに減ったと報告されています。ちなみにガーダシル(Gardasil)とは、ヒトパピローマウイルス(HPV)感染を予防するワクチンです。日本でも承認されており、子宮頸がんの予防ワクチンとして使用されています。ガーダシルの種類には種類があって、① ガーダシル(4価ワクチン) 対応するHPV型:6・11・16・18型 予防できる疾患:子宮頸がん(主に16・18型)、尖圭コンジローマ(性器いぼ:6・11型) 一部の外陰がん、膣がん、肛門がんの前がん病変。日本でも使用されてきた「HPVワクチン」として代表的なものです。② ガーダシル9(9価ワクチン)対応する型がさらに拡大:6・11・16・18・31・33・45・52・58型 予防効果がより広く、世界的には現在の主流のHPVワクチンである。※ 日本でも2021年に承認され、順次使用が広がっています。

③ 男性(男性と性交渉を行う人)でも効果の可能性

ある研究では、男性同性愛者において肛門の高度異形成が25%少なかったという結果が出ましたが、統計的には明確とは言えず「確実性は低い」とされています。

④ 性器いぼ(尖圭コンジローマ)も大幅に減少

3つのランダム化比較試験(約2万人)では:ワクチン接種した1,000人につき25人分、性器いぼの発生が減少(HPV型にかかわらず、4年後)しました。観察研究47件でも:12か月〜5年で47%減少、5年以上の追跡では53%減少と、大きな効果が確認されています。
研究者は次のように述べています:RCT(臨床試験)で、HPVワクチンがCIN2+や性器いぼを減らす確かな証拠がある。

⑤ HPVワクチンの効果は「短期=RCT」「長期=実社会の研究」で一致

専門家のコメント:①RCTでは短期的に前がん病変の減少が確認されている。②実社会の大規模データでは長期的に子宮頸がんの減少が確認されている。この2つがそろうことで、ワクチンの有効性が非常に確かなものになったと言えます。

⑥ 若年での接種がもっとも効果的

専門家のコメント:より若い年齢でワクチンを接種した女性ほど、効果が高い。そのため、学校での集団接種や、15歳未満での接種が強く推奨される。

⑦ 医師への提言:「自信をもって勧めて良いワクチン」

臨床医はHPVワクチンを自信を持って勧め、安全性に対する患者さんの不安に丁寧に答えるべきです。特に“早期接種”が最大の予防効果につながることを勧めてください。

安全性に問題なし:リスク低減は確認され、副作用の増加は見られず

2つの大規模な解析では、HPVワクチンを接種しても重大な副作用が増えることはなかったと結論づけています。

① 9万7千人以上を対象にした39件の臨床試験では、重大な副反応の頻度はワクチン群と非接種群でほぼ同じであった。

最大6年間の追跡で重大な副作用の頻度に差はほとんどありませんでした(リスク比0.99 ワクチンを受けていない方を100とすれば、受けた方では99ということです。つまりワクチンが原因とは言えない、ともいえます)。これは「ワクチンを受けても重大な副作用が増えたとは言えない」という意味です。

② SNSでよく話題になる“ワクチンの副作用”も増えていない

研究では、SNSでよく言及される症状についても調べられましたが、HPVワクチンとの関連は見られませんでした。

増えていないと示されたもの:

体位性頻脈症候群(起立性の脈の異常)
慢性疲労症候群(CFS)/筋痛性脳脊髄炎(ME)
早発卵巣不全(POF)
麻痺
不妊
複合性局所疼痛症候群(CRPS)

さらに、確実性は高くないものの、ギラン・バレー症候群のリスクが増える証拠もなかったとされています。

③ 研究の限界点:研究の多くは「先進国」で行われた

ただし研究者たちは、今回の解析に以下の限界があると述べています:多くの研究は 欧米・日本などの高所得国 で行われている一方、子宮頸がんが特に多く、検診も普及していない低中所得国ではデータが不足しています。ワクチンの効果自体は期待できるが、地域差を考える必要があるという指摘です。

SNSでよくみられる誤情報 科学的に確認された事実(エビデンス)
「HPVワクチンは危険で、重大な副作用が多い」 重大な副作用は増えていない。 97,272人を含む39件のRCTで、重大な有害事象は接種群と非接種群でほぼ同じ(RR 0.99)。
「体が動かなくなる、麻痺を起こす」 麻痺の増加は認められない。 CRPS(複合性局所疼痛症候群)や麻痺のリスク増加は確認されず。
「ギラン・バレー症候群が増える」 リスク増加を示す確かな証拠なし。 低確実性ながら増加は見られなかった。
「不妊になる」「卵巣が機能しなくなる」 不妊や早発卵巣不全との関連なし。 大規模疫学研究でもリスクは増えていない。
「慢性疲労症候群(CFS)やMEが増える」 CFS/MEも増えていない。 SNSでよく言われるが、関連を示すデータはなし。
「起立性調節障害(POTS)になる」 POTSも増えていない。 ワクチンとの関連なし。
「接種した国で問題が続出している」 世界中で長期データが蓄積され、安全性は国際的に確認済み。 日本・欧米・豪州・北欧など複数の国で同じ結果。
「ワクチンは効かない」 明確に有効。 子宮頸がんリスクは最大80%減少。前がん病変(CIN3+)は74%減少。性器いぼは50%以上減少。
「自然感染で十分」 自然感染では予防できない。 HPVは再感染しやすく、がんリスクも残る。ワクチンはがん関連型を事前に防ぐ。
「ワクチンは新しいから危ない」 すでに17年以上のデータあり、安全性は確立。 1億人以上接種。最も広く研究されたワクチンのひとつ。

ESMO2025から 特にHER2陽性乳がん(Luminal B-HER)についての 新しい知見

今回の記事は乳がんの医療に携わる方向きに書いています。難しいと思われたら、赤で囲まれたまとめだけ目を通していただいても、と思います。

乳がん治療薬エンハーツ🄬( T-DXd) が、転移性乳がんだけでなく「治せる段階」つまり早期乳がんの再発予防にも貢献する可能性

2025年のヨーロッパ臨床腫瘍学会(ESMO)で発表された2つの重要な研究により、エンハーツ🄬(T-DXd)」という新しい抗体薬物複合体(ADC)が、これまでの転移性乳がん治療に加え、早期のHER2陽性乳がんでも「治癒を目指す段階」での使用が期待されることが示されました。

第III相「DESTINY-Breast05試験」では、術前の抗がん剤治療(ネオアジュバント療法)を受けた後も、がんが残っていたHER2陽性乳がん患者1,635人を対象に、現在の標準治療であるT-DM1(カドサイラ🄬)とT-DXd(エンハーツ🄬)を比較しました。

結果として、T-DXdのほうが再発や死亡のリスクを大幅に減らすことがわかりました。

3年後の「無病生存率(がんが再発していない割合)」は、T-DXd群でT-DM1群より約9%高く、再発や死亡のリスクを53%減少させました(ハザード比0.47、P<0.0001)。

この成果は、以前のKATHERINE試験でT-DM1がトラスツズマブ(ハーセプチン)より50%リスクを減らしたことに匹敵する、新たな治療上の飛躍とされています。

ピッツバーグ大学のチャールズ・ガイヤー医師は次のように述べています。「T-DXdは高リスクの早期HER2陽性乳がん患者において、T-DM1を上回る効果を示しました。副作用も管理可能で、今後の新しい標準治療となる可能性があります。」

クリーブランド・クリニックの血液・腫瘍内科部長であり研究の統括者でもあるジェイム・エイブラハム医師も、「これは医療現場の常識を変える発見です。特に、脳への転移(中枢神経再発)を減らす可能性も示されており、承認され次第、医師たちはすぐに使いたがるでしょう」と述べています。

T-DXd(エンハーツ🄬)は、がん細胞表面のHER2というたんぱく質を標的にし、抗がん剤を直接送り込む「抗体薬物複合体(ADC)」というタイプの薬です。これまで転移性乳がんで効果が確認されていましたが、今回の研究で早期乳がんの再発予防にも有効であることが示されました。副作用はあるものの管理可能で、治癒を目指す段階の治療にも有効である可能性が広がっています。

手術前治療でもT-DXdが優れた効果を発揮 ― DESTINY-Breast11試験

2025年のヨーロッパ臨床腫瘍学会(ESMO)の特別シンポジウムでは、HER2陽性乳がんを対象としたもう一つの重要な研究「DESTINY-Breast11試験」の結果も発表されました。

この試験では、手術の前(術前化学治療:ネオアジュバント)に行う治療として、T-DXd(エンハーツ🄬)を使った新しい治療法の効果が調べられました。研究はドイツ・ミュンヘン大学病院のナディア・ハーベック医師らによって実施されました。

この試験には、HER2陽性で再発リスクの高い乳がん患者927人が参加しました。比較されたのは次の2つの治療法です:

1 T-DXd+THP療法(THP=パクリタキセル+トラスツズマブ+ペルツズマブ)
2 現在の標準治療であるAC-THP療法(アントラサイクリン+シクロホスファミド後にTHP)

結果、T-DXdを含む治療では67.3%の患者で「病理学的完全奏効(手術時にがんが見つからない状態)」が得られ、標準治療の56.3%を大きく上回りました(差:+11.2%、P=0.003)。この「がんが完全に消えた割合」は、これまでのHER2陽性乳がんの術前治療を対象とした国際試験の中で最も高い値とされています。

また、2年間の追跡調査では、再発や進行のない状態で過ごせた人の割合もT-DXd群で高く(96.9% vs 93.1%)、良好な傾向が見られました(ハザード比0.56)。

ハーベック医師は次のようにまとめています:「T-DXd+THP療法は、従来のアントラサイクリン(心臓への負担がある薬)を使わずに済む新しい選択肢として、より効果的で副作用が少ない可能性があります。高リスクのHER2陽性早期乳がんの治療法として、新たな標準になるかもしれません。」

T-DXd(エンハーツ🄬)は、これまで転移がんや再発予防で有効とされてきましたが、今回の研究で手術前の治療(ネオアジュバント)でも非常に高い効果を示しました。今後、心臓への負担が少ない新しい術前治療法として、世界的に注目されると見られています。

DESTINY-Breast05試験:T-DXdが遠隔再発や脳転移を減らす可能性も

「DESTINY-Breast05」試験では、術前化学療法後も乳房やリンパ節にがんが残っているHER2陽性乳がん患者1,635人を対象に、T-DXd(エンハーツ🄬)とT-DM1(カドサイラ🄬)を比較しました。この両薬剤とも「抗体薬物複合体(ADC)」というタイプで、HER2というたんぱく質を標的に抗がん剤を直接送り込む仕組みを持っています。治療は3週間ごとに投与され、T-DXdは5.4mg/kg、T-DM1は3.6mg/kgの量で、合計14回(約10か月)行われました。

(ADC:免疫は抗原抗体反応という働きを利用します。体にとって有害なものを免疫細胞(多くはマクロファージ)が攻撃、認識し、その特徴を免疫細胞に伝えます。それを受けて、最終的にはB細胞というリンパ球がその特徴に特異的にくっつくことができる抗体を作り出します。いったん抗体にくっつかれると、体はそれを敵と認識し、様々な免疫細胞が攻撃を始めるのです。ADCはHER2を標的とする抗体を作成し、それに抗がん剤をタグ付けしました。これによってHER2を持つ細胞を特異的に抗がん剤で攻撃することが可能になりました。)

放射線治療も併用可能で、患者の状況に応じて前後どちらでも実施されました。
主要な評価項目は「無侵襲疾患生存率(再発や転移のない期間)」でした。

研究代表の**チャールズ・ガイヤー医師(ピッツバーグ大学)**は次のように報告しています
「T-DXdは、全体的な再発抑制効果だけでなく、遠隔転移(特に脳転移)を防ぐ効果も見られました。死亡数も少なく、安全性もこれまでの知見と大きく変わりませんでした。」

以前の「KATHERINE試験」では、T-DM1によっても脳転移のリスクは減らせませんでしたが、今回のDESTINY-Breast05では、脳内再発はT-DM1群で26人、T-DXd群で17人と減少傾向がありました。遠隔転移なしで生存していた割合はT-DXd群で93.9%、T-DM1群で86.1%(リスク約半減、HR=0.49)。全生存率もT-DXd群で97.4%、T-DM1群で**95.7%**と良好な傾向でした(HR=0.61)。

副作用は管理可能 ― 間質性肺炎には注意

重い副作用(グレード3以上)の発生率は、T-DXd群で50.6%、T-DM1群で51.9%とほぼ同程度でした。ただし、T-DXdでは注意すべき副作用として、間質性肺疾患(ILD:肺炎の一種)が約9.6%の患者に見られ、2名が亡くなっています。

多くの症例は、薬の中止とステロイド投与で回復しました。詳細な回復データは今後発表予定です。

また、吐き気や嘔吐の副作用も比較的多く見られ、
吐き気(グレード2:27.8%、グレード3:4.5%)
嘔吐(グレード2:10.9%、グレード3:1.1%)と報告されています。

そのため、予防的な制吐剤(吐き気止め)をあらかじめ使用することが推奨されています。

さらに、放射線治療後のCT検査で確認された放射線性肺炎も、T-DXd群で28.8%、T-DM1群で27.0%に見られましたが、その多くは軽症(グレード1〜2)で、重症例はありませんでした。

T-DXdはHER2陽性乳がんの再発予防において、T-DM1より優れた効果を示しました。特に脳転移を減らす可能性が注目されています。副作用として間質性肺炎や吐き気が見られるため、慎重なモニタリングと早期対応が重要です。今後、T-DXdは高リスクの早期乳がんに対する新しい標準治療として導入が期待されています。

DESTINY-Breast11試験:10年以上ぶりの新しい術前化学治療 ― 効果と安全性の両立を示す

ドイツ・ミュンヘン大学病院のナディア・ハーベック医師によると、HER2陽性乳がんの「手術前化学治療(ネオアジュバント療法)」において、新しい薬が登場するのは10年以上ぶりです。

これまでの標準治療では、ホルモン受容体陽性(ER/PgR陽性)や腫瘍が大きい・リンパ節転移が多い患者では、抗がん剤治療を行っても、がんが完全に消える割合(病理学的完全奏効率)が低いことが課題でした。(ホルモン受容体陽性HER2陽性乳がんをLuminal BーHERタイプ乳がんと呼びます。ホルモン受容体陰性HER2陽性乳がんはHER2-Enrichタイプと呼び、このタイプではハーセプチンを中心とした抗がん剤がよく効くことが知られています。)

ハーベック医師は次のように述べています 「手術前にがんが完全に消えると、その後の治療負担や副作用を大きく減らせます。しかし、従来の標準治療では短期的にも長期的にも副作用が重いことが問題でした。転移性乳がんで生存期間を延ばしたT-DXdを術前に使えば、より安全で効果的な治療ができるのではと考えました。」

主な結果(DESTINY-Breast11の追加解析)

ホルモン受容体の有無による効果

ホルモン受容体陽性の患者では、T-DXd+THP群:61.4% > 標準治療(AC-THP)群:52.3%
ホルモン受容体陰性では、T-DXd+THP群:83.1% > 標準治療群:67.1%
いずれのタイプでもT-DXdのほうが高い効果を示しました。

残存がんの少なさ(RCB:Residual Cancer Burden)

手術後の乳房やリンパ節にどれだけがんが残っているかを示す「RCB」でも、

T-DXd+THP群の81.3%が “がんがほとんど残っていない(RCB-0または1)”状態となり、標準治療群の69.1%を上回りました。特に、ホルモン受容体陽性の約8割がこの良好な状態を達成しました。

副作用(安全性)の比較

T-DXd+THPは、副作用の発生率が全体的に低く、安全性が高いことが確認されました。

副作用項目T-DXd+THPとAC-THP(現在の標準治療)の比較において
重い副作用(グレード3以上)37.5% <55.8%
左心室機能低下(心臓への負担)1.3% <6.1%
吐き気(グレード3以上)1.9% 0.3%
間質性肺疾患(ILD)4.4% <5.1%
ILDの重症例(グレード3以上)0.6% <1.9%
血液異常・疲労感少ない多い
➡ 心臓への負担や血液毒性が少なく、副作用の質が改善しています。

 T-DXd単剤(1剤療法)の結果(速報)

T-DXdだけで治療した患者の結果は、2024年3月の時点で中間解析が行われ、完全奏効率は43.0%~51.4%でした。標準治療よりはやや劣るものの、単剤でも十分に強い抗腫瘍効果が見られたと報告されています。独立データ監視委員会はこの結果を受け、T-DXd単独治療を継続または標準治療への切り替えを推奨しました。

T-DXd+THP療法は、HER2陽性・高リスク早期乳がんの新しい術前治療候補になります。がんが完全に消える割合が高く、心臓などへの副作用が少ない。特にホルモン受容体陽性(Luminal B-HER)乳がんでも高い効果を示した点が注目されます。T-DXd単剤でも一定の効果があり、より簡便で負担の少ない治療の可能性が見えています。

専門家の意見として

米ハーバード大学医学部准教授で、ダナファーバーがん研究所乳がん部門長のサラ・トラネイ医師は、DESTINY-Breast05試験の成果について次のように述べました。「T-DXd(エンハーツ)を使った補助療法で再発が大きく減少したことは、HER2陽性乳がんの治療において極めて重要な前進です。これにより、早期乳がん患者の大多数が完治を目指せる時代が近づいています。」

DESTINY-Breast05試験では、手術前にHER2標的治療を受けたあともがんが残っていたHER2陽性乳がん患者を対象に、T-DXd(エンハーツ🄬)とT-DM1(カドサイラ🄬)を比較しました。結果、T-DXdを使った群では再発リスクがT-DM1の約半分(53%減)となり、3年間で9%もの差が生まれました。

トラネイ医師は、次のように提言しています。「T-DXdは、手術時にリンパ節転移があるか、もしくは手術が困難なHER2陽性乳がん(T3/T4またはN2/N3)に対して、新しい標準治療とすべきです。一方で、手術可能でリンパ節転移がない患者では、従来通りT-DM1を使うべきです。」

2019年の「KATHERINE試験」では、T-DM1がトラスツズマブ(ハーセプチン)よりも再発を50%減らし、さらに全生存率を34%改善させました。この研究によって、「手術前治療の反応に応じて治療を調整することの重要性」が確立しましたが、それでも一部の高リスク患者には再発が残る課題がありました。

トラネイ医師は言います。「T-DXdは、その作用機序(薬ががん細胞内で抗がん剤を放出する仕組み)から、さらなる改善をもたらすと考えられました。DESTINY-Breast05はまさに、KATHERINE試験で高リスクとされた患者を対象に設計され、結果は予想を上回るほど優れていました。」

T-DXdは顕著な効果を示しましたが、その一方で注意点もあります。トラネイ医師は次のように述べています。「T-DXdは驚くほどの効果を見せましたが、副作用の管理が重要です。重い副作用や間質性肺炎の発生、投与中断や中止の頻度がやや多い傾向があります。」つまり、T-DXdは高い治療効果を持つ一方で、副作用のモニタリングをより慎重に行う必要があるということです。

T-DXd(エンハーツ)はHER2陽性乳がんの再発を半分に減らすことが確認されました。特にリンパ節転移がある・手術が難しい高リスク患者での効果が大きく、新しい標準治療となる見込みです。T-DM1は、リンパ節転移がない低リスク患者で引き続き推奨されます。副作用への注意と個別化治療の重要性が強調されています。

アメリカ・シアトルのフレッド・ハッチンソンがんセンターのサラ・ハービッツ医師は、DESTINY-Breast11試験について次のようにコメントしました。「この研究は、手術前の乳がんの抗がん剤治療(ネオアジュバント療法)で、従来の化学療法を抗体薬物複合体(ADC)に置き換えることで、がんの完全消失率が改善することを初めて示した第III相試験です。」

ハービッツ医師は、試験結果から次の点を指摘しました。今 標準治療とされるアントラサイクリン系薬剤(心臓への負担が大きい従来型抗がん剤)は、今回使用されたエンハーツを併用する非アントラサイクリン療法より副作用が多いことが確認されました。

一方で、T-DXdを使った群では、副作用による治療中止や手術の遅れがやや多かった結果になりました。しかし重篤な副作用である間質性肺炎(ILD)の発生率は低く、転移性乳がん治療時より少なかった。これは、術前では投与回数が4〜8回と短いことが関係していると考えられます。

ハービッツ医師は、今回の試験で比較対象となる標準治療群として使われたアントラサイクリンベースのAC-THP療法についても言及しました。「もし比較対象を、より現在一般的なTCHP療法(ドセタキセル+カルボプラチン+トラスツズマブ+ペルツズマブ)にしていたら、もっと現実的な差が見えた可能性があります。TCHPなら奏効率がさらに高かったかもしれません。」また、TCHPとT-DXd+THPの安全性の差がどうなるかは現時点で不明だと述べました。

ハービッツ医師によると、現在のところT-DXd術前投与で再発のない期間(イベントフリー生存期間)は良好な傾向(ハザード比0.56)を示しており、有望です。しかし、データの成熟度はまだ約4.5%(追跡期間が短い)であり、長期的に生存率が向上するかどうかは今後の検証が必要です。

また、T-DXd単剤での術前治療は高リスク乳がんには不十分との初期結果も示されています。

T-DXdは「術前」か「術後」どちらで使うべきか、について、T-DXdはすでに術後補助療法(DESTINY-Breast05)と術前療法(DESTINY-Breast11)の両方で有効性が確認されました。では、どちらで使うのが望ましいのでしょうか?

この点について、トラネイ医師(ハーバード大学)とハービッツ医師は次のように議論しています。術前(手術前)で使う利点:がんの完全消失率が高まり、腋窩リンパ節の手術を減らせる可能性がある。術前では投与回数が4回程度と少なく, 副作用も少なく生活の質が保たれやすい。一方で、もしタキサン系+パージェタ🄬&ハーセプチン🄬の二重HER2ブロック(THP)だけで完全奏効が得られれば, T-DXdを使わずに済む可能性もある。

両医師は、将来的には「バイオマーカー(遺伝子やたんぱく質の指標)」を使って、誰にT-DXdが必要かを見極める時代になると述べています。具体的には、HER2DXのような遺伝子解析検査が注目されており、これにより治療反応が良い人はT-DXdを使わずに済み、効果が限定的な人にはT-DXdを追加する、といった反応に応じた治療(response-guided therapy)が可能になると期待されています。

「今後は、個々の患者に合わせた“オーダーメイド治療”を進めるための、バイオマーカー研究が鍵になるでしょう。」(トラネイ医師)

T-DXd(エンハーツ🄬)は、術前治療としても初の第III相試験で有効性を示しました。副作用は従来治療より軽めだが、治療中止や吐き気、肺炎リスクに注意が必要です。術前か術後、どちらで使うかは今後の研究で明確化される見込み。HER2DXなどのバイオマーカー検査が、治療の最適化(過不足のない使い方)に役立つ可能性が高いとされます。

筆者: ここまで付き合った方でお医者さんではない方はすごい勉強熱心な方だと思います。今回の結果はじつは標準治療が書き換わることになるものだったので、医師・看護師など乳がん治療に携わる方向けに書いているつもりです。

ただこれだけ抗がん剤が種類も、同じ種類の中であっても多数の新薬が開発され、選択肢が多岐にわたる時代です。本来標準治療は唯一のはずですが(最善は常に一つ)、抗がん剤一つとってももはや何が標準治療か言い切れません。その理由の一つが、乳がんも単純に乳がんというものではなく、何種類もに分類され、さらに遺伝子の解析で反応性が予測され、さらに加えて、治療後の血液内のctDNAを解析することでさらに再発リスクも加味される。こうしたことそれぞれに応じて最適な抗がん剤、ホルモン剤治療が選択される、つまり標準治療が異なるのです。そんな時代が来ていることを踏まえて、「これ、人間で判断できる?」と思えてなりません。

今後 乳がんの化学治療は、というよりもその方に最適化された標準治療は、おそらくAIによって決定される時代が確実に来ると思っています。(一度でもAIに頼ったら、人間は怠け者ですので、それ以降はずっと頼ると思います。)

米国では最近、ホワイトカラー(医師や弁護士など、体ではなく頭脳で仕事をする人たち)よりもブルーカラー(電気工事、大工さんなど体と技術で仕事をする人たち)のほうが給料が高くなる逆転現象が起こっているようです。つまりAIがホワイトカラーの仕事を奪っているのです。AIロボットが誕生するのはまだ先でしょうから、まずはホワイトカラーから仕事がなくなっているのです。おそらくいまの内科医の地位>外科医の地位みたいな医療界の伝統も、どこかで逆転されてきそうな気がしています。さすがに手術ができるロボットはまだできないでしょう。ただ手術が永遠に必要とされるかは別ですが。

良くも悪くもAIは、そしてその影響も、今後もう消えないでしょう。

それを受け入れてどうしていくか、医療もそれを踏まえて考えていかないといけない時代なんだと思います。

2025.10.25

乳腺良性疾患の取り扱いについて・・・その5 乳腺線維腺腫の解説

線維上皮性病変(FEL)、線維腺腫(Fibroadenoma)、および良性葉状腫瘍(BPT)に関するガイドライン

総論・一般的なコメント(General / Overall Comments)

線維腺腫(fibroadenoma)は、女性乳腺における最も一般的な良性腫瘤の一つであり、主に生殖年齢の女性に発生します。この腫瘍はエストロゲン感受性(女性ホルモンに反応する)であり、初経以降に出現し、月経周期に伴って大きさが変動することがあり、妊娠中に増大し、閉経期には縮小(退縮)するといった特徴を示します。

世界保健機関(WHO)の乳腺腫瘍分類では、線維腺腫は以下の3つの病理学的亜型に分類されています:
Cellular(細胞型)/ Complex(複合型)/ Juvenile(若年型)
しかし、これらの型の臨床的挙動はほぼ同様であるため、管理方針も共通とされています。また、粘液型線維腺腫もこれらと同様の方針で管理可能です。
線維腺腫が悪性化する確率は非常に低く(0.1%未満)であることが報告されています。
(注:それならば細胞型(単純型と呼ばれたりします)、複合型(複雑型と言われたりします)と分ける必要がないではないかと思います。実際複合型では周辺に異型のある細胞が認められる際に指摘される分類であり、このタイプの線維腺腫では将来悪性化する(周囲にがんが発生する)可能性が、単純型よりも高いとする論文があります。ただ今回のガイドラインでは分類する必要はない、とする立場をとっています。)

診断時の画像検査

線維腺腫は、臨床診察で「可動性のある、境界明瞭な腫瘤」として触知されることが多く、またはマンモグラフィや超音波検査で発見されます。画像上では一般に、楕円形で境界明瞭、皮膚面に平行な位置にあり、内部が均一なエコーパターンを呈することが特徴です。

生検で線維腺腫と確定診断された場合、年齢に応じた通常の乳がん検診以外の追加画像検査は不要です。(注:とすれば線維腺腫を疑ったらとりあえず生検することになってしまいます。画像上線維腺腫と診断されたものすべてに生検は不要で、大部分は経過観察で十分でしょう。)

経皮的治療

コンセンサスパネル(専門家委員会)は、以下のような経皮的(切開しない)治療法について議論し、条件付きで推奨しました:凍結治療(cryoablation)/ 超音波ガイド下高強度集束超音波治療(HIFU)/ 吸引式生検装置による摘出(vacuum-assisted excision)

これらの手技は、乳腺超音波に熟練しており、経皮的介入手技に十分な経験を有する臨床医によって行われる場合に限り、選択肢として検討可能とされます。複数の研究(主に10年以上前の報告を含むが、一定の質を持つもの)では、3cm未満の線維腺腫に対して凍結治療を行うことで病変体積の縮小が得られ、患者満足度も高かったことが示されています。

そのため、専門家の意見として、コンセンサスパネルは以下のように結論づけています
「3.0 cm未満の線維腺腫で、目立つ瘢痕を残さずに摘出を希望する患者に対しては、これらの経皮的治療法を妥当な選択肢と考えることができる。」

線維腺腫の外科的切除の適応

針生検で線維腺腫と確定診断され、異型が認められない場合(注:複合型ではないかぎり)、管理方針は以下の複数の要素を考慮して決定されます:患者の年齢/ 随伴症状(疼痛や違和感など)/ 線維腺腫の大きさ・位置/ 増大速度(急速に大きくなるかどうか)/ 腫瘤の数(単発か多発か)/ 併存疾患/ 患者本人の希望

定型的切除の非推奨

生検で診断が確定し、画像と病理が一致しており、異型のない線維腺腫については、定型的な外科的切除は推奨されません。特に、乳房症状の改善を目的とした切除には注意が必要です。
外科的切除を行っても、乳房痛(特に周期性または両側性)が解消されないことが多いためです。

腫瘍サイズと切除の判断

腫瘍の大きさは病理学的悪性化リスクの信頼できる指標ではなく、特定のサイズを境にリスクが急増する「閾値」は存在しません。しかし、腫瘤が大きいほど、生検で十分にサンプリングされていない可能性が高く、最終病理で葉状腫瘍と診断される可能性が増します。
そのため、4〜6 cmというサイズを、明確なエビデンスに基づくものではなく、専門家の意見により、切除を検討すべき目安として採用しています。

経過観察と増大時の対応

線維腺腫はホルモン感受性であり、時間の経過とともに増大することがあります。パネルは、生検で確定診断された一致例に対しては定期的な画像フォローアップは不要としています。ただし、検診や診察で増大傾向がみられた場合には、スクリーニング画像や診断目的の追加撮影で経過を確認します。

一般的に、生検で良性と確定した線維腺腫では、6か月あたり20%以内の増大が「良性の範囲内」とされています。この20%を超える増大が認められた場合、再度の経皮的生検、または外科的切除を検討してよいとされています。

ただし、この増大率を一律の外科的切除基準として用いるべきではなく、実際の「良性範囲での増大」は年齢によって異なり、20%を超えることもあるため、臨床判断が重視されます。

多発性・両側性の病変

多発性または両側性で、明瞭な境界を持つ腫瘤については、切除を要しないことが示されています。これは、21施設で6000件以上の検診データを解析した国際多施設共同前向き研究によって確認されています。

要点まとめ

生検で確定し、異型のない(複合型でない)線維腺腫は基本的に切除不要。

症状改善目的での切除は慎重に。

4–6 cmを超える場合や急速な増大では切除を検討。

6か月で20%程度の増大は生理的範囲内。

両側・多発性病変は切除不要。

スペース

手術手技の実施

生検で診断が確定した線維腺腫を切除する際には、切開部位の選択と剥離方法に特に注意が必要です。切開部位を決める際には、以下の要素を総合的に考慮します:整容性/ 将来の授乳への影響/ 葉状腫瘍へのアップグレードの可能性(注:切除してみたら葉状腫瘍だったという可能性)/ 乳頭・乳輪複合体の感覚保持

線維腺腫の切除においては切除断端を陰性にすることは不要です。腫瘤は完全に摘出する必要がありますが、切断や細断は避けるべきです。手術中は頻繁に腫瘤を触診し、その位置を確認するとともに、腫瘤の一部を切断したり、不要に多くの正常組織を切除したりしないようにします。(これは前にも解説しましたが、外科医がきちんと取り切れたと判断していれば、病理の先生が顕微鏡で見て残っている可能性を示唆したとしても問題はない、ということです。ただ切除の際に、腫瘍をばらばらにして取り出したり、ちょっとずつ切って言ったりはするべきではない、ということです)

特に小児・思春期患者で線維腺腫を切除する場合、外科医は以下を心がける必要があります:正常な乳腺実質を温存すること/ 乳頭・乳輪複合体の周囲を避けて剥離し、乳腺芽および中心乳管を保護すること(注:これはある意味外科医の腕の見せ所です。こうしたことに配慮しながらきれいに腫瘍だけを残らず切除する、これこそ本領発揮です。)

非手術的管理

線維腺腫に対する薬物療法は、いくつかの研究で検討されています。これには無作為化比較試験も含まれます(注:きちんと正式な手続きを踏んでなされた研究もあるが、と前置きしています)。しかし、これらの治療法は臨床的効果が限定的であり、われわれのコンセンサスパネルは薬物療法の使用を支持しないという立場をとっています。

フォローアップケア

われわれ委員会は、生検で診断が確定した線維腺腫患者のフォローアップ方針を検討しました。結果として、以下について強い合意が得られました:

画像診断と病理診断が一致している線維腺腫に対しては、追加の画像検査や臨床フォローアップは不要である。これらの患者は、年齢に応じた通常の乳がん検診に戻ってよい。後ろ向き研究(247例、平均フォローアップ31か月)では、約80%の線維腺腫はサイズが安定していました。増大した症例のうち、切除されたもので、切除してみたら良性葉状腫瘍だったとなったいわゆるアップグレードは1例のみでした。

再受診の目安

以下の場合には、再度外科医への相談が推奨されます:線維腺腫が明らかに増大した場合/ 腫瘤のサイズが4〜6 cmに達した場合/ これらの状況では、外科的切除を含む対応方針を再検討します。(注:以前も触れましたが少なくとも米国では乳腺の自己チェックは高等教育に組み込まれており、しているのが常識です。)

多発性・両側性の病変

両側性または多発性で、画像上良性と判断される境界明瞭な腫瘤については、追加の画像検査や臨床フォローアップは不要であるとされています。この結論は、21施設で6,000件以上の検診データを解析した国際共同前向き研究によって裏付けられています。

まとめ

  • 手術時は整容性・授乳機能・感覚温存に配慮。陰性マージンは不要。

  • 薬物治療は効果が乏しく推奨されない。

  • 生検で確定した線維腺腫は基本的に追加フォロー不要。

  • ただし、4〜6cmへの増大や急速な成長時は再評価を推奨。

  • 多発・両側例は経過観察で問題なし。