乳腺と向き合う日々に

2025.10.16

骨粗しょう症の予防は「骨折してから」では遅い という話

乳がん術後 ホルモン剤としてアロマターゼ阻害剤(アリミデックス🄬 アロマシン🄬 フェマーラ🄬)を使用している方では、この薬のエストロゲンを抑える作用のために、どうしても避けられない副作用として骨粗しょう症があります。骨粗しょう症の予防は「骨折してから」では遅い、という考え方からお薬を使われている場合も多いと思います。(よく誤解されますが、タモキシフェンは、女性ホルモンの乳腺に対する作用は押さえますが、骨と子宮に対する作用はむしろ増幅するので、骨粗しょう症はむしろ予防的に働きます。)

アメリカ・ニューメキシコ大学のE.マイケル・ルイエッキ医師はこう話します
「現在の多くのガイドラインでは、骨折リスクが低い人には生活習慣の改善を、高い人には骨吸収を抑える薬を、そして非常に高い人には骨を作る薬を使うという考え方です。しかし、骨密度(Tスコア)が−2.5より上で、まだ骨折していない女性でも、薬による予防を検討してよい場合があります。」

ちなみにTスコアとはTスコアとは、あなたの骨密度が「健康な若い成人(おおむね20〜30歳女性)」の平均値と比べてどのくらい低いかを示す数値です。つまり、若いころの平均的な骨の強さを基準に、どのくらい骨が弱くなっているかを表しています。参考までに計算方法を示しますが、病院で骨塩定量を調べてもらった際に計算してもらうのが簡単です。
Tスコア =(あなたの骨密度 − 若年成人の平均骨密度) ÷ 若年成人の標準偏差(SD)
0 … 若い成人と同じ骨密度
−1 … やや減っている(約10〜12%骨密度が低下)
−2.5 … 約25〜30%ほど骨密度が減少している → このあたりから、骨折リスクが急激に上昇します。

予防の考え方

閉経期の女性では、ホルモンの変化で骨の密度が急激に低下しやすくなります。骨が弱くなり、内部の構造が壊れると、元に戻すことは難しくなるため、早い段階での予防が重要です。つまり骨粗しょう症は進むと巻き戻しをすることは基本的はできない。つまり一方通行なのです。

ニュージーランド・オークランド大学のイアン・リード医師とアメリカ・オレゴン骨粗しょう症センターのマイケル・マックラング医師は、「単に骨密度(Tスコア)だけで治療を決めるのではなく、年齢・骨折歴・人種などを含めた全体的なリスクで判断すべきだ」と述べています。

骨密度が−2.5以下なら骨粗しょう症ですが、−2.5から−1.0の間は「骨量減少(オステオペニア)」と呼ばれます。この範囲の人は個人差が大きく、骨折リスクはさまざまです。実際には、骨粗しょう症と診断されている方よりも、骨量減少の範囲に収まる方が人数が圧倒的に多いため、骨折の大部分はこの群で起きています。

現在使われている予防薬

多くの骨粗しょう症治療薬は、骨粗しょう症の「予防」にも承認されています。

ホルモン療法(エストロゲン・エストロゲン+黄体ホルモン・ラロキシフェン)

閉経後の女性で、ほてりなどの更年期症状がある場合は、ホルモン補充療法(エストロゲンなど)が予防に有効とされます。
ただし、エストロゲンは乳がんの発症や再発リスクを高める可能性があるため、乳がん既往者や高リスクの方には注意が必要です。アメリカ臨床内分泌学会(AACE)のガイドラインでも、「骨粗しょう症以外に適応がない場合は、エストロゲン以外の薬を優先すべき」とされています。

骨吸収抑制薬(ビスホスホネート系・デノスマブなど)

代表的なビスホスホネート系薬剤には、アレンドロネート・リセドロネート・イバンドロネート・ゾレドロン酸(ゾレドロネート)*などがあります。これらは骨の分解を抑え、骨折を防ぐ薬です。
ゾレドロン酸は特に人気があり、年1回または5年に1回と投与間隔が長く、効果が5年以上続くことが分かっています。(ただわが国ではゾレドロン酸は骨粗しょう症に保険適応がありません。○悪性腫瘍による高カルシウム血症 ○多発性骨髄腫による骨病変及び固形癌骨転移による骨病変が適応です)

ただし、ビスホスホネートにはまれに「あごの骨が壊死する」重大な副作用(顎骨壊死)が報告されています。歯の抜歯や感染がきっかけで起こることがあるため、治療前には歯科のチェックが推奨されます。
また食道アカラジアによって胃炎や食道炎が起こったり、背部痛、筋肉痛、関節痛、骨痛などの副作用もあります。

どの薬を選ぶか

閉経直後で更年期症状がある女性ではホルモン療法が向くこともありますが、乳がんが心配な人やホルモン治療が合わない人では、ビスホスホネート系薬が第一選択となります。

骨折リスクがそれほど高くない人では、服薬による利益が小さく、副作用や費用を考慮して「薬を使わない選択」も妥当です。治療を受けるかどうかは、患者本人の意向を尊重して決めるのが理想です。

骨を「作る」タイプの薬(テリパラチド、アバロパラチド、ロモソズマブ)は、骨折リスクが非常に高い人に使われます。これらは治療目的でのみ承認されており、予防目的では使われていません。

2025.10.03

局所的なホルモン剤の使用(具体的には膣錠など)は、がんの再発リスクを上昇させない

乳がんの治療で使われるホルモン療法(タモキシフェンなど)には副作用として「膣の乾燥や痛み」といった症状が起こることがあります。ご高齢女性では起こることが、ホルモンを抑制することで若い時から発生してしまうのです。つらい方も多いと思います。高齢女性はこれに対して膣に使うエストロゲン薬があり、とても有効なのですが、乳がんの方では「乳がんが再発するのでは?」という不安から、多くの患者さんが使用を避けています。

今回、65歳以上の乳がん患者さん約1万8千人を対象に調べた結果膣エストロゲンを使った人の方が、むしろ生存率が高かったことが分かりました。乳がんで亡くなる確率も下がっていました。特に長く使用した人ほど効果が見られました。思っていたのと逆で驚きの結果です。

この研究から、膣エストロゲンは「乳がんを悪化させないどころか、生存率を改善する可能性がある」と示されました。生存率を高めるために、わざわざ使うこともないかもしれませんが、それで困っておられる方が使用をためらう理由はありません。症状がつらいのに不安で使っていない方には、新しい安心材料になるかもしれません。

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米国アリゾナ大学 医学部・公衆衛生学部・がんセンターにおいて、2010〜2017年に乳がんと診断された65歳以上の女性18,620人を対象に、SEER-MHOSという米国の大規模データベースを用いた後ろ向き研究が行われました。そのうち膣エストロゲンを使用した患者(800人)と使用しなかった患者(17,820人)を比較し、主に「全生存率(全ての死因を含む)」を、次に「乳がん特異的生存率(乳がんによる死亡に限る)」を評価しました。年齢、人種、がんの進行度、治療内容などを考慮に入れた解析を行いました。

結果:膣エストロゲンを使用した患者では、使用しなかった患者に比べて 全生存率(HR=0.56, p<0.0001)も乳がん特異的生存率(HR=0.53, p=0.014)も有意に改善していました。特に7年以上使用した患者では、より大きな全生存率の改善が見られました(HR=0.01, p<0.0001)。
ホルモン受容体陽性乳がんに限定した解析でも、膣エストロゲン使用群は全生存率が有意に改善していました(HR=0.62, p=0.0007)。

結論:膣エストロゲンを使用した乳がん患者は、生存率が改善しており、少なくとも悪化はしていませんでした。この結果は「膣局所エストロゲンは再発リスクを高めない」という新しい考え方を支持し、患者の生活の質を改善できる可能性がある重要な臨床的意味を持ちます。

ChatGPT Image 2025年10月3日 10_59_28

今回の結果は、ハザード比で0.56という驚異的な結果です。
これは乳がんによる死亡を半分近くまで抑制していることになります。これだけを理由に使用を考える方もいておかしくないレベルです。
ただ私はこの結果を膣剤の使用だけが原因ではないのではないか、と考えます。少なくともパートナーと良好な関係がなければ、危険なのではないか、と考えられている現状でそれを押し切ってエストロゲン膣剤を使用される女性はいないはずです。まずパートナーとの良好な関係があり、生活も充実しているからそういう動機づけがある。加えて、そういった女性なら、乳がんだけではなく、食生活や、運動など、身の回りの健康的な生活まで配慮している可能性が高い。こうしたことが驚くほどの差になってでているのでは、と考えます。先の人種による乳がん死亡率の違いの話題と同じ視線ですね。こうした数字には目に見えない違いが潜んでいる、あれです。

たとえ乳がんになられても、前向きに健康な生活に向き合い、努力する、ご自身の幸せを追求する姿勢をあきらめない。

おそらくそれこそが寿命を延ばす最大の理由になるように思います。

2025.10.03

トリプルネガティブ乳がんの発生には人種間で差があるか、について

以前から、米国アフリカ系の祖先をもつ方ではトリプルネガティブの乳がんが異常に多く発生することが分かっていました。

何らかの遺伝的な異常ではないか、生まれつき持っている遺伝子の異常が原因ではないか、と考えられてきましたが、どの遺伝子が原因なのかは同定されていません。最近これに関する研究結果が発表されました。

米国のしかもブラックと呼ばれる人種の方の話で関係ない、と思う方もおられるかもしれませんが、内容が非常に示唆に富むものだったので、紹介します。

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研究の背景:トリプルネガティブ乳がん(ホルモン受容体やHER2が陰性の乳がん)は、特にアフリカ系アメリカ人女性で発症率が高いことが知られています。長年「人種によってがん細胞の遺伝的な特徴が違うのではないか?」という疑問がありました。

研究の方法:米国ロズウェルパークがんセンターの研究チームは、アフリカ系アメリカ人の女性462人のトリプルネガティブ乳がんについて、がん組織の遺伝子解析(エクソーム解析・RNA解析)を行い、他の人種の患者と比べました。

主な結果:結果として、がん細胞に後から起こる遺伝子変化(体細胞変異)については、人種間で大きな違いは見られませんでした

TP53遺伝子の異常が非常に多い:アフリカ系アメリカ人女性の95%にTP53という遺伝子の変異があり、これは従来考えられていたより高率でした。(TP53遺伝子はがん抑制遺伝子です。癌を抑制する遺伝子が壊れることでも、癌は発生しやすくなります。) 乳がんの発生にはPIK3CAという遺伝子も重要ですが、この変異は少数であることが分かりました。

最終的に発症に関わる2つの道筋があることが判明しました。

若い人に多い「DNA修復の不具合によるタイプ」

高齢や肥満に関連する「加齢や生活習慣に関わるタイプ」

この発見から、トリプルネガティブ乳がんは「若い女性だけの病気ではなく、肥満や加齢も関係する場合がある」ことが分かりました。さらに遺伝子の特徴によって患者をいくつかのタイプに分けられる可能性があり、今後は免疫療法や分子標的治療などのより効果的な治療につながることが期待されています。

まとめ(ポイント):アフリカ系女性でトリプルネガティブ乳がんが多いのは「がん細胞の遺伝子の違い」ではなく、他の要因(社会的環境など)が関与している可能性が高い。

非常にセンシティブな問題なので、明言を避けていますが、アフリカ系の先祖を持たれている方ではトリプルネガティブ乳がんを発生させる明確な遺伝的な素因があるのではなく、その後の生活習慣にその原因がある可能性がある、と結論付けています。
その代表的な要素が肥満です。こうした生活習慣によりもたらされた後天的な要素のほうが大きいと述べているのです。

乳がんはたしかに遺伝の要素が大きいがんです。しかしそれだけではない。

たとえば乳がんの自己チェックを米国では学校で教えていますが、それは”高等”教育の現場です。
高校生にしか講義がないのであれば、中学校で教育から離れ、仕事に就いた方では乳腺の自己チェックの基礎的な考え方を身につけ、習慣づけを行うチャンスがなかった可能性があります。まして両親も高等教育を受けておらず、子供も受けられなかったとすれば、なおさらです。生活習慣が、乳がんによる死亡率に影響を与えている可能性は否定できません。

がんの発生、そして予後、それを考える際にはこうした隠れた要素も無視できないことが分かります。

以前、日本人は乳がんの発生が非常に少ない、しかしハワイに住んでいる日本人には米国にオリジンがある方と変わらず乳がんが発生する。なぜだろう、日本人はみそ、豆腐、など大量に大豆製品を取っている、大豆に含まれるイソフラボンが乳がんにいいのではないか、そう考えられた時期がありました。
しかしそれから40年ほど経過して、日本人の乳がん発生率はすさまじい勢いで増加して、すでに9人に1人とほぼ欧米に追い付きました。

40年で全く食生活が変わり、欧米化したからだ。そうでしょうか?
もう欧米と変わらない、ということはもう食生活もまったく欧米と一緒になったということですか?
それならばなぜ欧米で日本食がブームなのですか?日本に来られた外国の方が日本での食事が楽しいのはなぜですか?自国と違うからではないですか?

取れる作物も異なるし、気候も違うので、食事内容を全くほかの環境の違う国と同じにすることはむしろ大変難しいことです。40年でそれを完全に変化させ、ほかの国と同じにする、その理由もありません。

乳がんが急激に増加している理由、だから食事だけではないのです。そんな単純なものではない。

見直せるところから見直す。そういう身近なところから対策していくことが重要な気がします。できることからやっていく、それで十分なのではないでしょうか。

2025.09.25

ピンクリボン姫路で 自己チェックについてしゃべります ネットで聴けます

このブログを読んでいただいている方には、何度も乳腺自己チェックの必要性についてお話をしてきたと思います。ブログで読んでいただけた方、本を読んでくださった方もおられるかもしれません。
私は乳腺の自己チェックをする、しない、ではなく、習慣にしていただきたい、と主張してきました。しっかり歯磨きをされる習慣を持っておられる方のほうが、定期的に歯科受診されています。横断歩道を渡るときにきちんと左右確認される習慣を守っておられる方のほうが、信号もよく守られる。
乳腺の自己チェックも同じ。きちんと自己チェックをされていれば自然と検診も受けられる。
そして正しい自己チェックの習慣をきちんと身につけられたなら、それを娘さん、妹、姪御さん、大切な人に伝えてください、とお願いしてきました。

★2025ピンクリボンひめじチラシ

今回 ピンクリボンで、自己チェックについて講演することになりました。
直接私が身振り手振り、口頭でも指導できることになっています。
幸いネット参加可能となっています。日本国中どこでも参加可能です。
ただし事前登録が必要とのことでしたので、もし参加希望の方がおられましたら利用してください。

また私のところに検診に来られている方でも、娘がいるのですが、遠方なので、と言われる方がおられます。そうした方も是非この機会に利用していただければ幸いです。

事前参加登録のQRコードが小さかったので、別に載せておきます。
リンク先は https://forms.gle/DVtmgPeMw4UZdkgZ6 とのことです。

利用してください。

会場に来られる方には、特注サイズの自己チェック用ビー玉を無料配布します。この機会に手に入れてください(用意していた分がなくなったら申し訳ありません)。ビー玉がなくなっても、当日にはビー玉付録の自己チェックの本を販売していますので、それをご購入していただくことも可能です。

アクリエ姫路は姫路駅から歩いてすぐですので、公的機関を使っても簡単に行けます。

QR_セミナー申し込み

それではみなさんに会えるのを楽しみにしています。
この機会に乳腺の自己チェックをぜひ始めてください。

2025.09.22

「ではもうマンモグラフィ検診なんて受けても受けなくてもいっしょなんじゃないですか?」

先日 尾道で乳腺の自己チェックについて講演させていただきました。
このブログを読んでおられる方で先に言えよ、と思われた方はすいません。次回10月4日にアクリエ姫路でしゃべりますので、よかったら参加してください。

私はその公演でも、また10月4日にも乳腺の自己チェックの必要性を繰り返し述べてきました。もちろんこのブログの中でもです。

理由はいくらでもありますが、2つ挙げてみます。
1 乳がんの5割以上はいまでもご自身で気づかれることによって見つかっています。自分で見つけるのだとしても早期発見するに越したことはありません。工夫したり、正しく施行することでよりちいさなしこりに気付けるのなら努力すべきです。
2 現状のマンモグラフィ検診による死亡抑制効果は30%強しかありません。乳がん患者さんの6割以上の方はたとえ検診を受けられていたとしても亡くなっていることになります。その6割の方が、検診と検診の間で自己チェックしておられたら、もしかすると小さな段階で気づけたかもしれない。
では正しい自己チェックの方法とはどういうものですか、となり、それを様々な形でお話ししてきたわけです。

しかし、そう話をすると、必ず「ではもうマンモグラフィ検診なんて受けなくてもいっしょなんじゃないですか?」という疑問が出てきます。先日の講演の際にもそうした質問を受けました。
これ本当に会場で聞いていただけたら大変ありがたい質問になります。これに応えておくことが非常に重要だからです。

この疑問に対する私の回答は二つあります。

子供さんがおられる方は、子供さんが横断歩道を渡るときに、かならず右をみて、左をみて、もう一度右を見て渡りなさいと教えるはずです。
「お母さん、信号は青なのに、なんで見ないといけないの?」
聞かれたらこう答えるはずです。
「本当は見なくてもいいよね。でもね、不注意で信号で気が付かないまま走ってくる車や、アクセルとブレーキを踏み間違えてしまうご高齢の方の事故もあったりしているから、気をつけておかないといけないんだよ。」

この会話に際して、子供さんがこう言われたらどうですか?
「どうせ自分で見て判断して渡らなければいけないなら、信号なんてなくていいんじゃないの?」

これと同じですよね。自己チェックは必要です。でもだからといってマンモグラフィ検診がいらないことにもならないし、まして意味がないことはなりません。

二つ目の根拠を示します。

歯をきちんと毎食後に磨いて普段から気を付けておられる人。
適当に磨く方、さすがに全く磨かない方はおられないでしょうが。

この二人の方のうち、歯科を定期的に受診して、チェックもしてもらっている可能性が高いのはどちらの方でしょうか。

もちろん前者ですよね。
本来逆でもいいはずです。でもそうなっていません。普段から自分の健康に気を配っておられるから検診も受診されるのです。普段から自分の健康に関心がない方は、まず検診も受診されません。この二つは比例するのです。

私は、乳腺の自己チェックは、歯磨きと同じように母から娘に習慣として教育してもらいたい、教育するものだと思っています。そしてそうした習慣づけがしっかりできておられる方は、検診に行け、と言われなくても必要な年齢になったら自発的に行くようになる。
検診を受診してその際に医師から習慣づけをしてもらう。これは歯科受診させればきちんと歯を磨くようになることを期待しているのと同じです。痛い思いをして反省させれば磨くようになるかもしれませんが、それは親が望むことではないでしょう。
そもそも歯も磨かずに歯科受診される方をどう思いますか?

健康に関して、きちんと自己管理する。
その延長線上に検診や人間ドックがあります。
毎日の習慣と、年に1-2回受診する検診、どちらも大事ですが、私は前者なしの後者はありえない、と考えます。煙草を吸いながら肺がんを気にして肺がん検診を受けるようなものです。それが悪いとは言いませんが、検診を受けても肺がんにならないようにはできない。早期発見ができるだけです。まずは肺がんにならない努力をすべきです。それをせずに、早期発見のための努力は惜しまない、それはやらないよりやったほうがいいですが、そもそも矛盾しています。

自己チェックは必要です。それは普段から意識する健康管理の一つです。
マンモグラフィ検診もその延長線上として必要であり、どちらかをすればどちらかがいらなくなるものではそもそもないのです。

2025.08.22

インプラントで乳房再建術を受けられた方に発生する悪性リンパ腫について・・・その2

さてリンパのがん、悪性リンパ腫の話を聞いて、どう思われたでしょうか?

いや私だったら再建しないな、そう思われた方もおられるかもしれません。
しかしこのデータ、かけているものがあると思うのです。インプラントは再建術だけで使われるのではない。豊胸術でも使われています。豊胸術を受けた方で、悪性リンパ腫を発生している方はどれくらいおられるのでしょうか。もしそれが比較して少ないのなら、乳がんの方はもともと刺激で悪性リンパ腫も発生しやすいだけなのではないでしょうか。

これについて、再建術でインプラントを入れている方、豊胸術でインプラントを入れている方の比較をした論文は実は存在しないのです。米国でも豊胸術を受けられた方の追跡データがもともと存在しないので、調査のしようがないのです。もちろん米国でも豊胸術は盛んにおこなわれており、再建術よりもよほど多く施行されている可能性が高い。しかももっと古くから行われている可能性がある。わが国でもそうです。再建術が保険適応にされる前から、美容整形で豊胸術は自費で行われてきました。

しかし皆さんは今の今まで悪性リンパ腫になる可能性が高まるという話を聞いたことがありますか?

インプラントを用いた豊胸術と悪性リンパ腫

非常に少ないのですが、これに関する論文を探してみました。

米国のデータではその1でも紹介した大規模な追跡調査によって、再建術後にインプラントによって引き起こされる悪性リンパ腫は、人口100万人あたり年間で10~15人程度発生していました。

50歳で乳がんになってその後80歳まで生きたとします。統計的には無茶苦茶な計算ですが、年間10人発生するなら30年で300人発生します。100万人で300人であれば1万人に3人になります。このように数値は見方によって異なってしまうので、比較をするには条件をそろえないといけません。

同じく米国のコルデイロ医師による報告ではざらざらタイプのインプラントを用いた乳がん再建術後のBIA-ALCL発症リスクは1/355人(0.311/1000人年, 95%CI 0.118-0.503)と報告されています。中央値11.5年の追跡で10例発症したそうです。
Cordeiro PG, Ghione P, Ni A, Hu Q, Ganesan N, Galasso N, et al. Risk of breast implant associated anaplastic large cell lymphoma (BIA-ALCL) in a cohort of 3546 women prospectively followed long term after reconstruction with textured breast implants. J Plast Reconstr Aesthet Surg. 2020 May;73(5):841-46.

これをその1で紹介したやり方で計算すれば1万人当たり3人になるので大体同じです。計算方法によってずいぶん多い印象に見えるものですね。

そしてインプラントを用いた豊胸術後のリンパ腫のBIA-ALCL発症リスクは1/2832~1/30,000と幅広く報告されています。ただしこれはざらざらタイプに限定されていないことに注意が必要です。もし最大限に見積もるのなら1/2832人となります。
Wang Y, Zhang Q, Tan Y, Lv W, Zhao C, Xiong M, et al. Current Progress in Breast Implant-Associated Anaplastic Large Cell Lymphoma. Front Oncol. 2021;11:785887.

豊胸術でインプラントを用いる方が、再建術で用いるよりも悪性リンパ腫の発生リスクは低いのではないか、と考えられます。

しかしテビス先生の発表では、BIA-ALCL患者の61.5%が豊胸術後、36.5%が再建術後だったとあります。もともと豊胸術でインプラントを入れている方の方が圧倒的に多いでしょうからこれは当たり前ですが、ただ皆さんが知らないだけで豊胸術の方でも悪性リンパ腫は発生していることは現実のようです。
Tevis SE, Hunt KK, Miranda RN, Lange C, Pinnix CC, Iyer S, et al. Breast Implant-associated Anaplastic Large Cell Lymphoma: A Prospective Series of 52 Patients. Ann Surg. 2022 Jan 1;275(1):e245-e49.

オイシ先生の論文によれば、インプラント関連ALCLは、低酸素性の腫瘍微小環境におけるリンパ増殖と悪性転換を促進する慢性炎症に起因すると考えられています。難しい話ですが、ただ単にインプラントが存在してリンパ球を刺激するだけでは発生しないのです。再建術後の血流が悪い環境下で免疫が刺激されることがリンパ球のがん化に影響しているという説があります。豊胸術では乳腺がまるまる残っていて、血流は全く問題ありません。再建術の際にはまず乳がんを直さないといけないので、乳腺そのものが切除されており、皮膚しかありません。おまけに腋窩のリンパ節も切除されたりして、インプラント周囲の環境の血流が悪くなっています。それががん化の舞台を作り出す、と考えられているのです。
Oishi N, Hundal T, Phillips JL, Dasari S, Hu G, Viswanatha DS, et al. Molecular profiling reveals a hypoxia signature in breast implant-associated anaplastic large cell lymphoma. Haematologica. 2021 Jun 1;106(6):1714-24.

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専門家としての医師の役割

乳腺外科の部長をしていた現役の時には、私もざらざらタイプのインプラントを使用してたくさんの乳がん患者さんに乳房再建を施行していました。幸い私はBIAーALCLを経験していませんが、これから発生するかもしれないことを考えて、それらの方の多くを今に至るまで定期的に検査をしています。

またインプラントは10年おきに入れ替えが必要です。もちろん入れ替えで対応する方も多いですが、入れ替えのタイミングで自家組織でインプラントを入れ替える手術を行って、最終の完成をさせることを勧めています。そうすればその後はリンパ腫のリスクがほぼなくなるからです。

それくらいなら最初から自家組織で再建すればよかったのではないですか?は誰でも考えますが、乳がんの手術に加えて、おなかにせよ、背中にせよ、正常な部分にメスを加えると、手術自体が非常に大きくなってしまいます。がんの手術においては、患者さんの負担を減らし、免疫能を落とさないようにすることは基本の基本です。たとえば手術時間を1分でも短く、出血量は1㏄でも少なく、と言われるのはそのためです。私はがんと同時に自家組織で再建することは負担が大きすぎると思っていて、いったんインプラントで再建しておいて、がん治療が落ち着いて、体力もしっかり戻ってくる5年目以降に自家組織で入れ替えるのが理にかなっていると考えています。

このようにリンパ腫の問題だけではなく、インプラントによる再建にはいろいろと複雑な選択肢があり、それに伴う問題があります。説明するのは本当に大変で、かつ理解が難しいと思います。

ただもし今のこの現状で外科部長をしていたとしても、そのままこの現状を話をした上で、患者さんに乳房再建を選択するかどうか、選んでいただくことをしているだろうと思います。自分が悲惨な悪性リンパ腫を経験していないからだ、と言われればそうですが、抗がん剤一つとってもその投与の副作用で患者さんがなくなることも0ではないのです。

患者さんには選択する権利があり、選択するのに必要な知識を得るために十分な説明を聞く権利があります。自分の判断を押し付けることが専門家の役割ではないからです。根気よく、「わかった」と言っていただけるまで説明し、納得した上で後悔のない選択をしていただく、そのことを目指すのが専門家の役割だと思っています。

2025.08.22

インプラントで乳房再建術を受けられた方に発生する悪性リンパ腫について・・・その1

相手に”選択肢を与える”ことには困難が伴います。医師と患者さんも同じです。
専門性が高いことに関して、一般の方に選択肢を与えるためにはまず十分な説明と、その方の理解が必要になります。どんなに説明に努力をしたとしてもその方にわからない、と言われてしまえば理解していただくことに失敗しているのですから、その後の選択に誤りが生じる事態に陥りがちです。ですので医師にとって患者さんに選んでもらう、ことは大変です。専門知識を理解できるまで説明しなければなりませんから。医師は先生ではない。損が多く、得は少ない作業になります。

専門家は一般の方には理解が難しいことを判断するために存在しているのだから、その専門家が正しいと思うことを患者さんにも選ばせればいいのだ、と考える医師は実は多くいます。そしてそれが間違いとも言えません。むしろそれを望む患者さんもおられます。

ただこれを国民と政治家に置きかえればその危険性がわかると思います。国民には政治はわからない。政治家は政治をするために国民に選ばれて存在しているのだから、国民に理解など求めず、正しいと思うことをやればいいのだ。実際そう思っている政治家は多そうですね(笑)。

患者に医療はわからない。医師は国家試験に合格し、専門性が高く、理解のできない医療を実践するためにいるのだから、患者に理解を求めず、正しいと思うことをやればいいのだ。

こうなります。

ただこれは間違いです。現実 裁判では医療側が何度も敗北しています。
乳腺専門医から見て、治療のためには絶対に温存はできない、全摘すべきだ、そう判断して全摘術を施行した医師がいます。事実、全摘が施行されて、その患者さんは治癒されています。しかし温存の選択肢を提示してくれなかった、という点で後に訴訟が起こりました。この裁判は医療側が負けています。

裁判官は、「温存でも治癒できるという医師は世界のどこにもいませんか?」と医師に尋ねました。

乳腺を専門にする医師であれば、この症例を温存はしません。温存は危険すぎます。そう医師は反論しました。けれどもそれは裁判官への解答になっていません。「いませんか?」

いや、それは探せばいるかもしれません。しかしガイドラインからも、いまの医療の現状からも正しい選択とは思いません。

裁判官はこう言いました。「しかしその医師の意見を、患者さんには聞く権利がある。」

選択肢を奪ったことで、医師は敗北したのです。

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もちろん医療としてなにも間違いはなされていないので、賠償額は微々たるものでした。精神的な慰謝料のみです。ただ論争としては医師側の負けなのです。選ぶのは患者さんなのです。

ただこの話はほぼ詰んでいます。
医者の話を完全に理解できる一般の方は絶対いません。医師には話をしている内容の前提となる基礎知識があります。何十年もかけて学んできた医学の基礎があるから、それぞれの各論も理解できるのです。掛け算がわからない人に微分積分の説明はできません。理解なんてできません。
完全にはわからないことをいくら話をしても、患者さんに選んでもらったというのは言い過ぎです。必ず医師による誘導が介入しています。

前提が本当に長くなりました。すいません。

乳房再建は、乳がんの治療上絶対に必要なものではありません。
患者さんが選択して初めて施行される術式なのです。その意味において医師からの誘導も本来ありえません。患者さん以外に乳房が再建されることを望む主体はおられないからです。現実的には乳房全摘が必要とされた患者さんがそれを悲しみ、再建を希望されるところから話が始まります。医師はそれに伴う危険性、あり得る将来のデメリット、それを説明します。それでもなお患者さんが希望された時、それを施行しているはずです。

シリコンインプラントを用いる乳房再建

一言に乳房再建と言っても様々な方法があります。今回話題にしたいのはシリコンインプラントを用いた乳房再建です。失われた乳腺の代わりに皮下にシリコンインプラントを留置して乳房のふくらみを再現する方法です。

IMPザラザラ

上に示したのがその表面がざらざらしたタイプのコヒーシブと呼ばれるシリコンバック、インプラントです。表面がざらざらしているのには理由があります。適度に皮膚と癒着し、中でゴロゴロと動かなくなるのです。つるつるしていると、中で動いて手術の時に決めた場所からズレていってしまうことがあります。一時はこのざらざらタイプが乳房再建の主役だったくらいです。

ところが最近になってこの”適度に癒着”することが問題であることがわかってきました。完全にはわかっていないのですが、この癒着する際に起こる刺激が免疫に悪影響するらしいのです。免疫細胞であるリンパ球がその刺激でがん化する、というリスクが認められたのです。ただしそれは本当に非常にまれなこともわかっています。

コロンビア大学アーヴィング医療センター アルフレッド・ノート博士を中心とするグループは2022年に米国における乳がんの未分化大細胞リンパ腫(BIA-ALCLと呼ばれています)の発生率を2000年から2018年において追跡調査し、発表しました。これを受けて、米国食品医薬品局(FDA)はすべての乳房インプラントに対して黒枠での警告を発令しました。FDAはインプラントに関連するものとして、未分化大細胞性リンパ腫に限らず、全てのリンパ腫に広げて今後追跡調査していくことを宣言したのです。これは大問題になりました。
Kinslow CJ, Kim DK, Lowe LS, Cheng SK, Yu JB, Kachnic LA, et al. Lymphomas of the Breast After Postmastectomy Implant-Based Breast Reconstruction. JAMA Network Open. 2025;8(8):e2525820.

インプラントに合併する悪性リンパ腫

米国のSurveillance, Epidemiology, and End Results (SEER) データベースを用いて、2000 年 1 月 1 日から 2020 年 12 月 31 日までの間に乳房切除術後のインプラント再建術を受けた女性を特定し、1年以上経過された方を追跡調査しています(1年以内であればもともと発症していた可能性があるため)。最終的に私たちは、乳がんと診断された約6万人の女性を対象に、平均で7年以上追跡調査を行いました。

私たちは、乳がんと診断された約6万人の女性を平均7年以上追跡しました。その結果、乳房に「悪性リンパ腫」と呼ばれるがんが15例見つかりました。特に「未分化大細胞型リンパ腫(ALCL)」というタイプは7例で、通常に比べておよそ40倍多く発生していましたその他のリンパ腫も8例見つかり、こちらは通常の約3倍でした。

診断されたリンパ腫には、びまん性大細胞型B細胞リンパ腫や小リンパ球性リンパ腫といった種類も含まれており、5例は最初の乳がんとは反対側の乳房にできていました。乳がんの治療歴を見ると、放射線治療を受けていた人はいませんでしたが、化学療法を受けていた人が5人いました。

乳房にリンパ腫ができるまでの期間は、平均して約7年でした。発症のリスクを人口100万人あたりで換算すると、通常に比べて年間で10~15人程度多く発生していることになります。ただし、乳房以外にリンパ腫が増える傾向や、ホジキンリンパ腫という別のタイプの増加は見られませんでした。

また、乳房切除術を受けた人(インプラントを入れない場合)や、部分切除術を受けた人(放射線治療の有無に関わらず)では、乳房のリンパ腫が増える傾向は見られませんでした。

この研究では、乳房インプラントと、B細胞型やT細胞型と呼ばれる種類の悪性リンパ腫との関連が見つかりました。インプラントと関係があるとされてきた「未分化大細胞型リンパ腫(ALCL)」だけでなく、びまん性大細胞型B細胞リンパ腫や小リンパ球性リンパ腫、末梢性T細胞リンパ腫といった他のタイプのリンパ腫でも、通常より発症のリスクが高くなっていました。

ALCLがインプラントと関連すると考えられる理由のひとつは、インプラントの周りで慢性的な炎症が起こり、そこで細胞が増えやすくなったり、酸素が足りない状態が続くことで、がん化が進みやすくなるためとされています。今回見つかった他のリンパ腫も、同じような仕組みで発症する可能性があります。

ただし、ここで強調すべき大事な点は、リンパ腫になる絶対的なリスクは非常に低いということです。ALCLもその他のリンパ腫も、起こる頻度はきわめてまれです。また、米国食品医薬品局(FDA)は、乳房インプラントに関連するがんとして「乳房の扁平上皮がん」も報告していますが、私たちの研究や他の研究では、乳房再建を受けた人にそのリスクの増加は確認されていません。

続きます>

2025.07.26

検診で見つかった乳がんと、自分で見つけた乳がんと

2025年5月にジャン・シーリー医師によって発表された最新の研究結果によりますと、乳がん検診で乳がんが見つかった女性と比較して、症状が出た乳がんの女性では乳房切除、化学療法の使用、乳がんによる死亡率が有意に高いことが明らかになっています。
Impact of Method of Detection of Breast Cancer on Clinical Outcomes in Individuals Aged 40 Years or OlderRadiology: Imaging Cancer Vol. 7, No. 3: May 30 2025https://doi.org/10.1148/rycan.240046

乳がんはたとえどんなに気にされていない方であっても、また検診を受けておられない方でも、いつか必ず発見され、診断されることになります。命に係わる疾患だからです。
ただがんは恐ろしい病気です。現代でもそのすべてが治せるわけではない。それが早期発見でなければ、まして末期で発見されてしまえば治癒させることは難しい。
「余命 ○○か月です」というテレビなどででてくるあのシーンにつながることになります。

がんの検診とはもともとそうならないために、何としても早期で発見するために行っているものであり、受診もされていることと思います。症状があってから受診した、それが実はがんによるものであった、その状況の恐ろしさは皆さんも常識としてご存じのことでしょう。

ジャン・シーリー医師らによる新たな研究により、定期的な検診が多い年齢層(50~74歳の女性)と比較して、マンモグラフィー検診の実施頻度が低い年齢層(40代の女性および75歳以上の女性)では、症状から乳がんが発見される割合がはるかに高いことが明らかになりました。

Radiology: Imaging Cancer誌に掲載されたこの研究では、乳がんを患った女性821名(平均年齢62.5歳)のデータを解析しました。

それによると40代女性では72.9%、75歳以上の女性では70.4%が症状があって乳がんと診断されていたのに対し、50代女性では49.5%、60~74歳女性では33.3%と明らかに少ない割合であったことが明らかになりました。つまりマンモグラフィ検診の対象外の年齢層の女性ではほぼ7割以上の方が症状があってから病院を受診し、乳がんと診断されている。対して50から60歳代の検診の対象年齢では症状から発見されている乳がんは半分以下でした。

症状が認められた乳がんは乳房切除、化学療法による治療、進行した症状の出現率が有意に高いことにも関連していました

・症状から乳がんが発見された女性では、進行がんである割合が6.6倍高いという結果でした。

・化学療法が必要となる可能性はほぼ2倍でした。

・乳房切除が必要となる可能性もほぼ2倍でした。

シーリー医師はまた、症状が認められたがんの女性のうち、6.7年間の追跡期間内に死亡した割合が21.7%であったのに対し、検診で乳がんと診断された女性では14.5%であったことを指摘しました。

シーリー博士によると、症状が認められたがんの女性では死亡率が1.6倍高かったとのことです。

「乳がん検診による早期発見の促進と、乳がんの発見方法が予後予測に大きく影響することを示す必要性が、今回の研究で改めて認識されました」と、オタワ病院画像診断科乳房画像診断部門長のシーリー医師は強調しています。

2025.07.04

ホルモン”補充”療法について・・・その2

「重度の更年期症状を経験している女性や、例えば卵巣がんや卵巣嚢腫などで摘出を受けるなどしてホルモンレベルに影響を与える手術を受けた女性の生活の質は大きく損なわれます。ホルモン補充療法は、そういった問題を大きく改善することができます」と、国立衛生研究所(NIH)国立環境衛生科学研究所(NIEHS)の筆頭著者であるケイティ・オブライエン博士は述べています。

「本研究は、そうした様々な種類のホルモン補充療法に伴うリスクについての理解を深めるものであり、患者と医師が正しい情報に基づいた治療計画を立てるのに役立つことを期待しています。」

Hormone therapy use and young-onset breast cancer: a pooled analysis of prospective cohorts included in the Premenopausal Breast Cancer Collaborative Group
Lanset Oncology Volume 26, Issue 7, p911-923, July 2025

今回ケイティ・オブライエン博士らは、E-HT(エストロゲン単独療法)療法と、EP-HT療法(エストロゲン+プロゲスチンホルモン療法)の、2種類の一般的なホルモン補充療法が55歳未満の女性の乳がんリスクに影響を与える可能性があることを明らかにしました。

E-HT療法(エストロゲン単独療法)を受けた女性は、ホルモン補充療法を受けなかった女性よりも乳がんを発症する可能性が低いという結果でした。
さらに、エストロゲン+プロゲスチンホルモン療法(EP-HT療法)を受けた女性は、このタイプのホルモン療法を受けなかった女性よりも乳がんを発症する可能性が高いという結果でした。

本研究で分析された2つのホルモン補充療法は、更年期障害や子宮摘出術、卵巣摘出術後の症状管理によく用いられます。E-HT療法は、子宮がんリスクとの関連が知られているため、子宮摘出術を受けた女性にのみ推奨されます。

ケイティ・オブライエン博士らは、北米、ヨーロッパ、アジア、オーストラリアの55歳未満の女性45万9000人以上のデータを含む非常に大規模な分析を実施しました。

E-HT(エストロゲン受容体拮抗ホルモン療法)を受けた女性は、E-HTを受けたことがない女性と比較して、乳がん発症率が14%低下しました。注目すべきは、この予防効果は、E-HTを若い年齢で開始した女性や、より長期間使用した女性でより顕著であったことです。

一方、EP-HTを受けた女性は、EP-HTを受けなかった女性と比較して乳がん発症率が10%高く、EP-HTを2年以上使用した女性は、EP-HTを受けたことがない女性と比較して、乳がん発症率が18%高くなりました。
著者らによると、この結果は、EP-HT使用者の55歳までの乳がん累積リスクが約4.5%となる可能性があることを示唆しています。一方、このタイプのホルモン療法を一度も使用したことがない女性では4.1%、E-HTを使用した女性では3.6%でした。

子宮がん 乳がん

E-HT療法

エストロゲン単独

リスクを上昇させる
そのため原則子宮を摘出されている人にしか勧められない

リスクは低下する
ホルモン補充を受けたことのない女性と比較して14%低下する

EP-HT療法

エストロゲン+プロゲステロン

リスクは上昇しない
生理が来るため、子宮内膜は剥落し、ゆえに子宮体がんのリスクは上昇しない

リスクが上昇する
ホルモン補充を受けたことのない女性と比較して10%上昇する
2年以上継続すると18%も上昇する

さらに、EP-HTと乳がんの関連性は、子宮摘出または卵巣摘出術を受けていない女性で特に高い傾向がありました。このことは少なからず女性ホルモンがベースに分泌されている可能性がある女性に、さらにEP-HTによる補充を行うと、より乳癌のリスクが上昇することを示唆しています。子宮がある状態では原則としてEP-HTが考慮されるため、これは乳がんの観点からみるとホルモン補充療法開始の際にリスクを評価するのであれば、婦人科手術の既往を考慮することの重要性を浮き彫りにしていると研究者らは指摘しています。

「これらの研究結果は、ホルモン補充療法を検討する際には、その人その人それぞれに個別化された医療アドバイスが必要であることを示しています」と、NIEHSの科学者で上級著者のデール・サンドラー博士は述べています。

「女性とその医療従事者は、更年期に伴う症状の緩和のメリットと、ホルモン補充療法、特にEP-HTに伴う潜在的なリスクを比較検討する必要があります。子宮と卵巣が正常な女性の場合、EP-HTによる乳がんリスクの上昇があることは重要で、適応には慎重を要することを示しています。」

著者らはまた、今回の研究は、高齢女性および閉経後女性におけるホルモン補充療法と乳がんリスクとの同様の関連性を示した過去の大規模研究と整合していると指摘しています。
私のブログでも過去にこの問題について、大規模な研究結果を紹介しています
今回の新たな研究は、これらの知見を若年女性にも拡張し、閉経期を迎える女性の意思決定を支援するための重要なエビデンスを提供するものであるといえるでしょう。

2025.07.03

ホルモン”補充”療法について・・・その1

私は男性なのでわかりようがないといえばないのですが、女性で更年期障害で悩まれている方は意外と多いという印象です。こうした方々は、婦人科で相談します。そうすると女性ホルモンの補充療法を受けることになる。女性ホルモンはどちらにしても年齢によって減少していくのですが、それが急激だから更年期障害が強く出てしまう。だからそれを補うことによって、ホルモンの急激な減少をすこし緩やかにして、更年期になれる期間を作ろうという考え方です。ですのでホルモン補充療法もいずれは少量になります。一生補充するということは原則ありません。

ただこうした治療を受けておられる方が、乳がんが気になるのできてみました、というパターンが増えています。本来下がってしまうタイミングで補充すれば、いわば若返ることになる。若い人の乳がんは進行も早く予後不良のことが多い。私もそのリスクがあるのではないか。なによりそんな年齢とともに減るホルモンを足すなんてことをして大丈夫だろうか?

そう思われる方は多いでしょう。今回そのホルモン補充療法と乳がんについての話です。

女性ホルモンと呼ばれるものは一般的には”エストロゲン”です。これは卵巣ホルモンと呼ばれるものです。女性に特有の現象として生理がありますが、この生理はエストロゲンだけで起こされるものではない。黄体ホルモンと呼ばれるプロゲステロンも関与します。この二つのホルモンのダイナミックな変化が生理という現象に結び付いています。

月経周期の流れとホルモンの役割

女性の体は、約1か月のサイクルで「妊娠に備える準備」と「リセット」を繰り返しています。このサイクルを調整しているのが、主にエストロゲンとプロゲステロンという2つの女性ホルモンです。

  1. 生理(月経)が始まる頃:子宮内膜がはがれて経血として出る(これが生理)。
    ホルモンは低下中で、体も心も元気が出にくい時期。
  2. 排卵まで(卵胞期):脳からの指令で卵巣が働き、卵子を育て始める。
    この時期に活躍するのがエストロゲン。

    「エストロゲンは、美肌・元気ホルモン」とも言われ、体調が整い、気分も上向きになる時期です。

  3. 排卵(中間点):成熟した卵子が排卵される(妊娠のチャンス)。エストロゲンがピークを迎える。
  4. 排卵後(黄体期):排卵後はプロゲステロンが分泌され始める。

    「プロゲステロンは、休息・妊娠の準備ホルモン」。体温が少し上がり、眠気が出たり、むくみやすくなったりします。

  5. 妊娠しなかった場合:プロゲステロンとエストロゲンが減り、子宮内膜が剥がれて次の生理が始まる。

ホルモン補充療法 

そこで更年期障害に対するホルモン補充療法ですが、エストロゲンを足す、そしてエストロゲンとプロゲステロンの両方を足すという考え方が出てきます。もちろん閉経に伴う更年期障害ですから、閉経前に戻すという考え方からはこの両方を補充する方が自然に思えます。

「unopposed estrogen hormone therapy =E-HT」とは、

エストロゲン単独補充療法(エストロゲンのみを使用するホルモン補充療法)のことを指します。

「unopposed(拮抗しない)」という語は、「プロゲスチン(黄体ホルモン)を併用しない」という意味になります。エストロゲン単独で補充すると、子宮内膜が増殖するのですが、生理が来ないため、増殖ばかりが継続します。このため増殖症や子宮体がんのリスクが上がるため、子宮がある女性には通常推奨されません。しかし、すでに子宮摘出(子宮全摘)をしている女性ではこのリスクがないため、エストロゲン単独療法(unopposed estrogen therapy)が選択されることがあるのです。

ですので、子宮が残っている女性には原則禁忌(子宮内膜が刺激され、子宮がんリスクが上昇するため)、乳がん既往歴がある場合や血栓症リスクが高い場合には慎重投与または禁忌とされます。

製品名 成分 投与形態 特徴
エストラーナ®テープ エストラジオール 経皮パッチ 生体同一型。肝臓を経由せず副作用が少ない。
クリマラ®テープ エストラジオール 経皮パッチ エストラーナと同様。貼付面積がやや小さい。
プレマリン®錠 結合型ウマエストロゲン(CEE) 経口錠 日本でも古くから使われる。
ジュリナ®錠 エストラジオール(生体同一型) 経口錠 体内の自然なエストロゲンと同一構造。用量調整可能。
Estrogen + Progestin Hormone Therapy (EP-HT) とは

対照的にEP-HT療法とは、子宮が残っている女性に用いられる治療で、プロゲスチンで子宮内膜を保護し、がんのリスクを減らします。

使用薬剤 成分 投与形態 特徴・備考
エストラーナ®テープ + デュファストン® エストラジオール + ジドロゲステロン パッチ + 錠剤 代表的なHRTの組み合わせ。自然な月経周期に近い。
クリマラ®テープ + デュファストン® エストラジオール + ジドロゲステロン パッチ + 錠剤 同様の経皮製剤。肝初回通過を避け副作用が少ない。
エストラーナ® + プロベラ® エストラジオール + メドロキシプロゲステロン酢酸エステル パッチ + 錠剤 長期処方でも比較的安定したプロゲスチン作用。
プレマリン® + プロベラ® 結合型エストロゲン + メドロキシプロゲステロン酢酸エステル 錠剤 + 錠剤 子宮内膜保護のため必ず併用。

ここまで ホルモン補充療法を、E-HTとEP-HTの二つに分けて、子宮がんの観点から話をしてきました。もちろん婦人科でこれらのお薬を処方してもらっていて、定期的に子宮がんの検診をされておられる方であれば、子宮がある方でE-HTをされていても過度に心配なさる必要はないと考えます。

ただ今回はこのE-HT療法と、EP-HT療法と、乳がんとの関係について考察していきたいと考えています。