乳腺と向き合う日々に

2025年07月

2025.07.04

ホルモン”補充”療法について・・・その2

「重度の更年期症状を経験している女性や、例えば卵巣がんや卵巣嚢腫などで摘出を受けるなどしてホルモンレベルに影響を与える手術を受けた女性の生活の質は大きく損なわれます。ホルモン補充療法は、そういった問題を大きく改善することができます」と、国立衛生研究所(NIH)国立環境衛生科学研究所(NIEHS)の筆頭著者であるケイティ・オブライエン博士は述べています。

「本研究は、そうした様々な種類のホルモン補充療法に伴うリスクについての理解を深めるものであり、患者と医師が正しい情報に基づいた治療計画を立てるのに役立つことを期待しています。」

Hormone therapy use and young-onset breast cancer: a pooled analysis of prospective cohorts included in the Premenopausal Breast Cancer Collaborative Group
Lanset Oncology Volume 26, Issue 7, p911-923, July 2025

今回ケイティ・オブライエン博士らは、E-HT(エストロゲン単独療法)療法と、EP-HT療法(エストロゲン+プロゲスチンホルモン療法)の、2種類の一般的なホルモン補充療法が55歳未満の女性の乳がんリスクに影響を与える可能性があることを明らかにしました。

E-HT療法(エストロゲン単独療法)を受けた女性は、ホルモン補充療法を受けなかった女性よりも乳がんを発症する可能性が低いという結果でした。
さらに、エストロゲン+プロゲスチンホルモン療法(EP-HT療法)を受けた女性は、このタイプのホルモン療法を受けなかった女性よりも乳がんを発症する可能性が高いという結果でした。

本研究で分析された2つのホルモン補充療法は、更年期障害や子宮摘出術、卵巣摘出術後の症状管理によく用いられます。E-HT療法は、子宮がんリスクとの関連が知られているため、子宮摘出術を受けた女性にのみ推奨されます。

ケイティ・オブライエン博士らは、北米、ヨーロッパ、アジア、オーストラリアの55歳未満の女性45万9000人以上のデータを含む非常に大規模な分析を実施しました。

E-HT(エストロゲン受容体拮抗ホルモン療法)を受けた女性は、E-HTを受けたことがない女性と比較して、乳がん発症率が14%低下しました。注目すべきは、この予防効果は、E-HTを若い年齢で開始した女性や、より長期間使用した女性でより顕著であったことです。

一方、EP-HTを受けた女性は、EP-HTを受けなかった女性と比較して乳がん発症率が10%高く、EP-HTを2年以上使用した女性は、EP-HTを受けたことがない女性と比較して、乳がん発症率が18%高くなりました。
著者らによると、この結果は、EP-HT使用者の55歳までの乳がん累積リスクが約4.5%となる可能性があることを示唆しています。一方、このタイプのホルモン療法を一度も使用したことがない女性では4.1%、E-HTを使用した女性では3.6%でした。

子宮がん 乳がん

E-HT療法

エストロゲン単独

リスクを上昇させる
そのため原則子宮を摘出されている人にしか勧められない

リスクは低下する
ホルモン補充を受けたことのない女性と比較して14%低下する

EP-HT療法

エストロゲン+プロゲステロン

リスクは上昇しない
生理が来るため、子宮内膜は剥落し、ゆえに子宮体がんのリスクは上昇しない

リスクが上昇する
ホルモン補充を受けたことのない女性と比較して10%上昇する
2年以上継続すると18%も上昇する

さらに、EP-HTと乳がんの関連性は、子宮摘出または卵巣摘出術を受けていない女性で特に高い傾向がありました。このことは少なからず女性ホルモンがベースに分泌されている可能性がある女性に、さらにEP-HTによる補充を行うと、より乳癌のリスクが上昇することを示唆しています。子宮がある状態では原則としてEP-HTが考慮されるため、これは乳がんの観点からみるとホルモン補充療法開始の際にリスクを評価するのであれば、婦人科手術の既往を考慮することの重要性を浮き彫りにしていると研究者らは指摘しています。

「これらの研究結果は、ホルモン補充療法を検討する際には、その人その人それぞれに個別化された医療アドバイスが必要であることを示しています」と、NIEHSの科学者で上級著者のデール・サンドラー博士は述べています。

「女性とその医療従事者は、更年期に伴う症状の緩和のメリットと、ホルモン補充療法、特にEP-HTに伴う潜在的なリスクを比較検討する必要があります。子宮と卵巣が正常な女性の場合、EP-HTによる乳がんリスクの上昇があることは重要で、適応には慎重を要することを示しています。」

著者らはまた、今回の研究は、高齢女性および閉経後女性におけるホルモン補充療法と乳がんリスクとの同様の関連性を示した過去の大規模研究と整合していると指摘しています。
私のブログでも過去にこの問題について、大規模な研究結果を紹介しています
今回の新たな研究は、これらの知見を若年女性にも拡張し、閉経期を迎える女性の意思決定を支援するための重要なエビデンスを提供するものであるといえるでしょう。

2025.07.03

ホルモン”補充”療法について・・・その1

私は男性なのでわかりようがないといえばないのですが、女性で更年期障害で悩まれている方は意外と多いという印象です。こうした方々は、婦人科で相談します。そうすると女性ホルモンの補充療法を受けることになる。女性ホルモンはどちらにしても年齢によって減少していくのですが、それが急激だから更年期障害が強く出てしまう。だからそれを補うことによって、ホルモンの急激な減少をすこし緩やかにして、更年期になれる期間を作ろうという考え方です。ですのでホルモン補充療法もいずれは少量になります。一生補充するということは原則ありません。

ただこうした治療を受けておられる方が、乳がんが気になるのできてみました、というパターンが増えています。本来下がってしまうタイミングで補充すれば、いわば若返ることになる。若い人の乳がんは進行も早く予後不良のことが多い。私もそのリスクがあるのではないか。なによりそんな年齢とともに減るホルモンを足すなんてことをして大丈夫だろうか?

そう思われる方は多いでしょう。今回そのホルモン補充療法と乳がんについての話です。

女性ホルモンと呼ばれるものは一般的には”エストロゲン”です。これは卵巣ホルモンと呼ばれるものです。女性に特有の現象として生理がありますが、この生理はエストロゲンだけで起こされるものではない。黄体ホルモンと呼ばれるプロゲステロンも関与します。この二つのホルモンのダイナミックな変化が生理という現象に結び付いています。

月経周期の流れとホルモンの役割

女性の体は、約1か月のサイクルで「妊娠に備える準備」と「リセット」を繰り返しています。このサイクルを調整しているのが、主にエストロゲンとプロゲステロンという2つの女性ホルモンです。

  1. 生理(月経)が始まる頃:子宮内膜がはがれて経血として出る(これが生理)。
    ホルモンは低下中で、体も心も元気が出にくい時期。
  2. 排卵まで(卵胞期):脳からの指令で卵巣が働き、卵子を育て始める。
    この時期に活躍するのがエストロゲン。

    「エストロゲンは、美肌・元気ホルモン」とも言われ、体調が整い、気分も上向きになる時期です。

  3. 排卵(中間点):成熟した卵子が排卵される(妊娠のチャンス)。エストロゲンがピークを迎える。
  4. 排卵後(黄体期):排卵後はプロゲステロンが分泌され始める。

    「プロゲステロンは、休息・妊娠の準備ホルモン」。体温が少し上がり、眠気が出たり、むくみやすくなったりします。

  5. 妊娠しなかった場合:プロゲステロンとエストロゲンが減り、子宮内膜が剥がれて次の生理が始まる。

ホルモン補充療法 

そこで更年期障害に対するホルモン補充療法ですが、エストロゲンを足す、そしてエストロゲンとプロゲステロンの両方を足すという考え方が出てきます。もちろん閉経に伴う更年期障害ですから、閉経前に戻すという考え方からはこの両方を補充する方が自然に思えます。

「unopposed estrogen hormone therapy =E-HT」とは、

エストロゲン単独補充療法(エストロゲンのみを使用するホルモン補充療法)のことを指します。

「unopposed(拮抗しない)」という語は、「プロゲスチン(黄体ホルモン)を併用しない」という意味になります。エストロゲン単独で補充すると、子宮内膜が増殖するのですが、生理が来ないため、増殖ばかりが継続します。このため増殖症や子宮体がんのリスクが上がるため、子宮がある女性には通常推奨されません。しかし、すでに子宮摘出(子宮全摘)をしている女性ではこのリスクがないため、エストロゲン単独療法(unopposed estrogen therapy)が選択されることがあるのです。

ですので、子宮が残っている女性には原則禁忌(子宮内膜が刺激され、子宮がんリスクが上昇するため)、乳がん既往歴がある場合や血栓症リスクが高い場合には慎重投与または禁忌とされます。

製品名 成分 投与形態 特徴
エストラーナ®テープ エストラジオール 経皮パッチ 生体同一型。肝臓を経由せず副作用が少ない。
クリマラ®テープ エストラジオール 経皮パッチ エストラーナと同様。貼付面積がやや小さい。
プレマリン®錠 結合型ウマエストロゲン(CEE) 経口錠 日本でも古くから使われる。
ジュリナ®錠 エストラジオール(生体同一型) 経口錠 体内の自然なエストロゲンと同一構造。用量調整可能。
Estrogen + Progestin Hormone Therapy (EP-HT) とは

対照的にEP-HT療法とは、子宮が残っている女性に用いられる治療で、プロゲスチンで子宮内膜を保護し、がんのリスクを減らします。

使用薬剤 成分 投与形態 特徴・備考
エストラーナ®テープ + デュファストン® エストラジオール + ジドロゲステロン パッチ + 錠剤 代表的なHRTの組み合わせ。自然な月経周期に近い。
クリマラ®テープ + デュファストン® エストラジオール + ジドロゲステロン パッチ + 錠剤 同様の経皮製剤。肝初回通過を避け副作用が少ない。
エストラーナ® + プロベラ® エストラジオール + メドロキシプロゲステロン酢酸エステル パッチ + 錠剤 長期処方でも比較的安定したプロゲスチン作用。
プレマリン® + プロベラ® 結合型エストロゲン + メドロキシプロゲステロン酢酸エステル 錠剤 + 錠剤 子宮内膜保護のため必ず併用。

ここまで ホルモン補充療法を、E-HTとEP-HTの二つに分けて、子宮がんの観点から話をしてきました。もちろん婦人科でこれらのお薬を処方してもらっていて、定期的に子宮がんの検診をされておられる方であれば、子宮がある方でE-HTをされていても過度に心配なさる必要はないと考えます。

ただ今回はこのE-HT療法と、EP-HT療法と、乳がんとの関係について考察していきたいと考えています。