乳腺と向き合う日々に

2025.06.24

最新のASCO Educational BOOK =教育本から 乳がん術後の長期にわたるケアとその戦略 その6

リンパ浮腫の予防と管理

リンパ浮腫とは、高タンパク性のリンパ液が間質空間に慢性的に貯留することにより、四肢やその他の体の部位に腫脹を引き起こす、生涯にわたる慢性疾患です。この状態は、リンパ系の損傷や輸送機能の破綻により、リンパ液を適切に移動できなくなることで発生します。

乳がんとその治療に伴って生じる二次性リンパ浮腫は、特に乳がんサバイバー(BCS)に多くみられ、推定20~30%の患者さんに発症します。

慢性的な乳がん関連リンパ浮腫は、腕・前腕・手、あるいは乳房や胸壁の腫れとして現れることがあります。リンパ浮腫は蜂窩織炎(セルライト)を発症しやすくなるだけでなく、機能障害、疼痛、心理社会的問題も引き起こし、生活の質(QOL)やメンタルヘルスに悪影響を及ぼします。

また、リンパ浮腫は経済的負担も大きく、罹患していないBCSと比べて自己負担医療費が高くなる傾向があります。(これは意外と見落とされがちです。保険収載されていない治療が多いのです。)

そのため、監視・予防・早期発見および治療介入を行うことが重要であり、腫脹の進行や合併症を防ぎ、医療費の削減にもつながることが示されています。

リンパ浮腫のリスク因子

リンパ浮腫のリスク因子は多岐にわたりますが、主な因子としては以下のものがあります。

  1. 腋窩リンパ節郭清(ALND)
  2. リンパ節への放射線照射(特に広範囲)

ALNDの手術範囲が広いほどリンパ浮腫のリスクは高くなります。一方、センチネルリンパ節生検(SLNB)は、ALNDと比較してリスクが低いとされています。

Naoumらの研究では、5年間のリンパ浮腫累積発生率は、ALNDで24.9%、SLNBで8.0%と報告されています。また、放射線の種類と照射領域もリスクに影響を与えており、SLNB+領域リンパ節照射で10.7%、ALND+領域リンパ節照射で30.1%のリンパ浮腫が確認されています。

さらに、タキサン系化学療法の使用がリンパ浮腫のリスクを高める可能性があると指摘されています。

肥満も重要なリスク因子であり、BMIが25~29の過体重の方ではリスクが上昇し、BMIが30を超える肥満者ではさらにリスクが高まるとされています。

また、最近の研究では、農村部(地方)に居住していることもリンパ浮腫のリスク因子として報告されています。(これは土いじり、草抜きなど、小さなけがを手に負ってしまって細菌感染する機会が多くなるからではないか、と考えられます。)

予防戦略

乳がん関連リンパ浮腫は、症状による負担が大きく、経済的にも大きな影響を与える慢性疾患です。近年では、前向きなサーベイランス(監視)と予防を組み合わせたモデルが標準的なケアとして注目されており、患者の転帰の改善とコスト削減の両立が期待されています。

最新のガイドラインでは、監視と早期発見の重要性が強調されており、リスクのある患者さんに対して治療開始前に基礎測定を行うことが推奨されています。また、生体インピーダンス法(bioimpedance spectroscopy)の利用により、無症候性の早期リンパ浮腫(subclinical lymphedema)を検出する手段としての有用性も近年注目されています。(これは体脂肪率がはかれる体重計がありますよね。あの理屈と同じ方法です。体のある部分に異常に水分の組成が大きければそこには浮腫があると考えられます。)

サーベイランス(監視)の意義

サーベイランスを行うことで、まだ可逆的な段階にある無症候性のリンパ浮腫を早期に発見できるため、慢性の乳がん関連リンパ浮腫への進行を防ぐことが可能です。しかし、このような予防プログラムへのアクセスが限られている現状もあります。

リンパ浮腫のモニタリングには、以下のような複数の方法が用いられています。

  1. 周径測定(巻き尺)
  2. 生体インピーダンス測定(bioimpedance spectroscopy)

巻き尺による測定はコストが低いという利点がありますが、測定者間の誤差が大きいという課題があります。一方、生体インピーダンスを用いたモニタリングは、リンパ浮腫の慢性化を大幅に抑制できることが複数の研究で示されています。たとえば、PREVENT試験では、生体インピーダンスでモニタリングされ、圧迫療法を受けた患者の92%が、3年間にわたって慢性リンパ浮腫に進行しなかったことが報告されています。

サーベイランスモデルの例

典型的なサーベイランスモデルは以下の要素を含みます。

  1. 治療前のベースライン測定
  2. 患者教育
  3. 最初の3年間は3か月ごとの定期的なフォローアップ
  4. 4年目・5年目は6か月ごとのフォローアップ

生体インピーダンスのスコアが上昇した場合は、早期介入として昼間の間、圧迫用スリーブなどを1か月間装着します。その後再測定を行い、スコアが正常範囲に戻っていれば圧迫装着は中止し、通常のサーベイランスに戻ります。

もし臨床的な腫脹が認められた場合には、複合的除圧療法(CDT:Complete Decongestive Therapy)が推奨されます。

リンパ浮腫の監視、そして対応するには、理学療法士の協力が欠かせませんね。当院には常勤してくれています。

治療アプローチ

乳がん関連リンパ浮腫の評価には、周径測定(巻き尺)、生体インピーダンス法、ペロメトリー(光学式計測)、リンパシンチグラフィー、インドシアニングリーン(ICG)リンパ管造影など、さまざまな方法が用いられます。

リンパ浮腫は進行の可能性がある疾患であるため、早期発見と治療の開始が極めて重要です。

基本的な治療戦略

リンパ浮腫の治療においては、複合的除圧療法(CDT:Complete Decongestive Therapy)と圧迫着衣(compression garments)が中心的な役割を果たします。

CDTはリンパ浮腫の体積を減少させることを目的とし、以下の要素を含みます。

  1. 徒手リンパドレナージ(MLD)
  2. 短伸縮性包帯を用いた圧迫包帯法
  3. 運動療法
  4. 皮膚衛生の管理
  5. 患者教育
  6. 維持期の圧迫着衣の使用

この治療フェーズの後には、日中の圧迫着衣の装着と、自己リンパドレナージ(self-MLD)を含む生涯にわたる自己管理が必要となります。リンパ浮腫の重症度に応じて、夜間用の圧迫着衣や在宅用空気圧ポンプ装置の使用が適応になることもあります。皮膚の衛生管理は感染予防のために極めて重要です。

運動と外科的治療

近年の研究では、かつて推奨されていなかった抵抗運動を含む運動療法が、リンパ浮腫の管理において効果的であることが示されています。

さらに、外科的治療の選択肢もあります。代表的なものに、リンパ管静脈吻合術(lymphatic-venous anastomoses)などのマイクロサージェリー(顕微鏡下手術)があり、近年では予防的に用いられる場面も出てきています。

また、進行したリンパ浮腫で脂肪・線維組織の割合が高い場合には、吸引法(脂肪吸引)を用いた減容手術も選択肢として検討されます。

これに関しては形成外科のDrの助力が必須です。当院と同じビルにはこのリンパ管静脈吻合術(lymphatic-venous anastomoses)などのマイクロサージェリー(顕微鏡下手術)の名手の先生がおられます。