2025.06.24
乳がんに対する手術、すなわち乳房部分切除術(ルンペクトミー)、乳房温存術、乳房全摘術、センチネルリンパ節あるいは腋窩リンパ節郭清(ALND)、および乳房再建術は、長期的にさまざまな後遺症を引き起こす可能性があります。
これには以下のような症状が含まれます。
・しびれ・感覚の鈍麻(防御感覚の喪失)・疼痛・異常感覚(ピリピリ感など)・関節可動域の制限・筋力低下・美容上の変形・ボディイメージの悪化・性的満足度の低下
Marcoらは、こうした機能障害の範囲を以下の3つに分類しています。
1 神経筋系の問題(例:術後痛症候群、幻肢乳房症候群)
2 筋骨格系の問題(例:筋膜性疼痛、癒着性関節包炎=いわゆる五十肩)
3 リンパ・血管系の問題(例:リンパ浮腫、コーディング)
神経筋系の問題には、術後急性期を過ぎても続く持続性の疼痛(術後乳房痛症候群)や、存在しない乳房に痛みや感覚を感じる幻肢乳房症候群があります。たとえば、乳房にかゆみを感じるのにかけないといった訴えがよく聞かれます。
筋骨格系の問題としては、筋膜性の痛みや癒着性関節包炎による可動域制限が挙げられます。
リンパ・血管系の問題では、リンパ浮腫や、腋窩皮下に硬く細長い索状の組織が形成される「コーディング」があります。これは腕や胸壁の内側に沿って伸びることがあります。(モンドール病として我々の施設では説明しています。乳がん術後でなくても発生します。)
慢性疼痛は術後に最大32%の女性にみられる可能性がありますが、術式によって慢性の術後痛や神経因性疼痛の発症率に有意差はないとされています。ただし、術前からの疼痛がある患者では、術後の慢性疼痛のリスクが高くなることが示されています。
また、気分状態・痛みの誇張傾向・睡眠の質に関しても、術式の種類による有意差はみられていません。一方で、リンパ浮腫の有無に関わらず、乳房痛に関するデータは不足しているのが現状です。
これらの患者の管理においては、症状を認識・受容し、他の原因がないか評価することが重要です。
一部の文献では、自家組織を用いた乳房再建術(ABR)を施行することによって、
・感覚の回復の改善・異常感覚の減少・感覚関連QOLの向上・
が示されており、特に神経吻合を付加しておけばその傾向が強いとされています。
なお、乳房温存術または部分切除術に放射線療法を加えた乳房温存療法(BCT)は、低侵襲であると考えられがちですが、長期的にサバイバーに重大な影響を与える症状が出現する可能性があり、後年になって医療機関を受診する契機となることもあります。
BCTから数年後にみられる代表的な訴えには以下が挙げられます。
・乳房の左右差(サイズ・形・下垂の程度)・乳頭の偏位・輪郭の変形・放射線照射による毛細血管拡張(テランジェクタジア)・硬く線維化した瘢痕組織・既に豊胸術を受けていた方における被膜拘縮
切除乳房体積が全乳房体積の20%を超える場合は、満足度が低くなる大きな要因となります。このようなケースでは、以下のようなオンコプラスティック手技を用いることで、左右対称性や美容的結果、患者の満足度の向上が期待できます。
・体積置換術(フラップなどによる再建)・体積移動術(乳房挙上術や局所組織の再配置)・対側乳房の縮小術
また、放射線治療に伴う毛細血管拡張症の治療に関しては、美容皮膚科医が治療に関与することもあります。
これらに関しては形成外科のDrの助力が必要ですね。
乳房切除後放射線療法(PMRT:Postmastectomy Radiotherapy)は、腫瘍が大きい患者さんやリンパ節転移のある患者さんに対する治療の柱のひとつとなっており、全生存率および局所制御率の向上に寄与しています。
一方で、PMRTは以下のような重篤な有害事象を引き起こす可能性があることも知られています。
・放射線肺炎・心膜炎や心嚢液貯留・血管肉腫(放射線誘発性)・乳房再建への悪影響(術後合併症・再手術率・罹患率の増加)
放射線はまた、再建部位の軟部組織に著しい変化(菲薄化・硬化・線維化)を引き起こし、インプラントによって再建された乳房の形状に不均衡な歪みをもたらすことがあります。
インプラントを用いた乳房再建術においては、PMRTにより・感染率の上昇・被膜拘縮(カプセル収縮症)・修正手術の必要性・再建の失敗率の増加、が報告されています。
また、自家組織を用いた乳房再建術(ABR)においても、PMRTは線維化や皮弁の収縮を引き起こし、追加的な修正手術が必要となる場合があります。
乳がんサバイバーが手術や放射線治療後に特定の悩みを訴えた場合、以下の対処策を組み合わせて検討します。
これらの手段を必要に応じて組み合わせ、多職種チームで包括的にケアすることが望まれます。
乳房再建にシリコンインプラントを用いた患者さんは、美容的な理由(しわ寄せ・位置ずれ・インプラントの輪郭の目立ちなど)による懸念を訴えることがあります。また、高度の被膜拘縮(カプセル収縮症)がある場合には、痛みや乳房の変形を伴うこともあります。
さらに、インプラントは反対側の自然乳房や体重変動に伴って大きさを変えることができないため、長期的に美容面での不均衡が生じやすくなります。
シリコンインプラントは優れた再建結果をもたらしますが、破損しても臨床的に気づかれにくいため、画像検査による定期的な評価が必要です。現在、アメリカ食品医薬品局(FDA)は、インプラント挿入から5~6年後、以後は2~3年ごとに超音波またはMRIによるスクリーニング検査を推奨しています。
医療者および患者さんは、以下のような稀ではあるが重要なインプラント関連腫瘍にも注意を払う必要があります。
これらの腫瘍の原因はまだ十分に解明されておらず、世界中で報告された症例数はBIA-ALCLが1,355例、BIA-SCCが16例と非常に稀です。BIA-ALCLはテクスチャードインプラント(特にAllergan社製Biocell製品)との関連が知られており、腫脹・しこり・痛みなどの症状として現れることが多いです。
また、最近では「乳房インプラント疾患(Breast Implant Illness:BII)」と呼ばれる、以下のような明確な診断基準のない多様な症状が注目されています。
これらはインプラントの使用と関連付けられていることがあるものの、医学的にはいまだ議論のある領域です。インプラント再建を受けた患者さんには、長期的かつ定期的に形成外科を受診し、評価とアドバイスを受けることが最善の管理方法とされています。テクスチャードインプラントを使用している患者さんには、BIA-ALCLのリスクが高いことを説明し、新たな腫脹・しこり・痛みが出現した際にはすぐに報告し、画像診断を含む精査を受けるよう指導することが重要です。
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