乳腺と向き合う日々に

2025.06.24

最新のASCO Educational BOOK =教育本から 乳がん術後の長期にわたるケアとその戦略 その3

筋骨格痛および関節痛

閉経後の患者さんがアロマターゼ阻害薬(AIs)を使用している場合や、閉経前の患者さんで卵巣機能抑制(OFS)と併用してAIsを使用している場合には、ビタミンDや骨に作用する薬剤(ゾレドロン酸など)の併用により、骨粗鬆症の予防を行うことが推奨されます。

骨の健康と関節痛との病態生理学的な関連は明確ではありませんが、内分泌療法を受けている女性の間では、関節痛の有病率は非常に高いことが報告されています。特に、BMIが正常範囲(<25 kg/m²)の女性においてより多くみられ、BMIが25~30 kg/m²の女性や、過去にタキサン系薬剤による治療を受けた方と比べて発症しやすい傾向があります。

経口鎮痛薬による対症療法は、全体の63%の患者さんにおいて無効であることが示されており、そのため他の治療選択肢を優先的に検討することが重要です。

第一選択としてよく用いられるのが身体活動(運動療法)であり、これは関節の機能を改善し、痛みを軽減する効果があることが示されています。

また、デュロキセチン(商品名 サインバルタ🄬)(最初の1週間は1日30 mg、その後11週間は1日60 mg)は、乳がん患者さんの関節痛症状の軽減に有効であることが確認されています。

さらに、例えばAIからタモキシフェンに変更するなどの内分泌療法の変更(スイッチ)も選択肢のひとつです。ATOLL試験では、このようなアプローチが治療関連の関節痛に対して有効であることが示されており、その根拠となります。

加えて、補完療法としては、鍼治療やヨガが痛みの軽減や身体的ウェルビーイングの改善に効果があると報告されています。

がん関連疲労(Cancer-Related Fatigue, CRF)

乳がんサバイバー(BCS)におけるがん関連疲労(CRF)の原因と病態生理は、非常に複雑で多因子的です。治療中に経験される疲労の有病率は文献によって大きく異なり、30%未満から90%以上まで幅があります。自己申告によるCRFの報告率は、医師による報告率よりも有意に高く、医療現場での疲労の見落としが示唆されています。疲労の効果的な管理には、正確な知識、時間、そして適切な評価・管理ツールの利用可能性が重要です。

米国臨床腫瘍学会(ASCO)のガイドラインでは、すべての患者に対してCRFのスクリーニングを実施すること、そして中等度から重度のケースには治療介入を行うことが推奨されています。

治療の副作用が重複して現れることが多いため、疲労の管理においては、痛み、うつ、不安、不眠、栄養不良、貧血、薬物の副作用といった併存疾患の評価が必要となります。

ASCOが発表しているがんサバイバーにおける疲労管理のガイドラインは、内分泌療法中の乳がんサバイバーにも広く適用可能です。筆者らの見解では、内分泌療法においては、治療中と治療後の推奨事項を区別する必要はなく、両者を相互に適用することが可能と考えています。

有酸素運動、筋力トレーニング、またはその組み合わせを含む運動プログラムは、疲労の軽減に効果的であり、積極的に推奨されます。運動は患者さんの体力や状況に応じて個別に調整されるべきであり、指導付きでも自己管理でも構いません。

また、太極拳、気功、ヨガといった穏やかな身体運動療法も、疲労軽減に有益であることが示されています。認知行動療法(CBT)やマインドフルネスを基盤としたプログラムも、CRFを管理するための有効な戦略として知られています。

一方で、ASCOのガイドラインとは異なり、内分泌療法を受けている乳がんサバイバーに対しては、高麗人参(ジンセン)の使用は避けるべきです。抽出方法によってジンセノサイドの組成と作用が異なり、メタノール抽出ではエストロゲン様作用を示す一方で、水抽出ではそのような作用はみられません。

しかしながら、製品の成分や抽出法が明確に表示されていないことが多く、内分泌療法中の乳がんサバイバーにおいては、疲労対策として高麗人参の使用は推奨されません。

さらに、覚醒促進薬、精神刺激薬、抗うつ薬などの薬物療法は、CRFの軽減に有効であるという証拠が乏しく、日常的に使用すべきではないとされています。

骨の健康(Bone Health)

女性における骨密度(BMD)のピークは通常20代前半に達し、その後は徐々に低下していきます。特にエストロゲンの減少後には、骨密度の低下速度が加速します。

閉経前女性においては、タモキシフェンの使用によるBMDの減少は最小限にとどまりますが、それでも年間でおよそ1~2%の骨密度低下がみられます。一方で、卵巣抑制療法(ゾラデックスやリュープリンなど)(OFS)や、それとアロマターゼ阻害薬(AIs)の併用は、さらに骨密度の低下を助長し、骨粗鬆症のリスクを高めることが知られています。

SOFT/TEXT試験においては、骨粗鬆症(Tスコア < –2.5)の発症率は以下のとおり報告されています
エキセメスタン+OFS群:14.8%
タモキシフェン+OFS群:7.2%
タモキシフェン単独群:3.9%

閉経後女性では、タモキシフェンは骨密度のさらなる減少にはつながらないとされています。しかし、AIsはタモキシフェンと比較して骨折リスクが上昇し、オッズ比は1.45(95%信頼区間 1.33~1.60、P < .001)(これは骨折を起こすリスクが1.45倍という意味)と報告されています。

内分泌療法(ET)を開始する際には、骨の健康への影響およびリスク因子について、患者さんに十分に説明する必要があります。リスク因子には以下が含まれます。

脆弱性骨折の既往・親族の大腿骨骨折歴・1型または2型糖尿病・BMI < 20 kg/m²・関節リウマチ・過去1年間に2回以上の転倒歴・プレドニゾロン換算で1日7.5mgを超える3か月以上のステロイド使用・現在喫煙中・アルコール摂取が適量を超える場合

さらに、骨保護のために運動(特に荷重運動)を推奨することが重要です。ただし、運動のみで骨密度に有意な影響を与えることを示した大規模な研究はまだ存在していません。

診断的な評価としては、デュアルエネルギーX線吸収測定(DEXA)による骨密度検査を治療開始時および治療中に定期的に実施することが望まれます。また、十分なビタミンDとカルシウムの摂取も推奨されます。現在のガイドラインでは、以下の患者さんにビスホスホネート製剤の使用を推奨しています。

閉経後の全患者で、全身的な抗腫瘍治療を受けている方・OFSを受けているすべての閉経前患者

ビスホスホネートは骨密度保護だけでなく、遠隔再発のリスク低下(HR 0.82[95% CI: 0.74–0.92], P = 0.0003)および乳がん死亡率の低下にも寄与することが、大規模メタアナリシス(18,800人、追跡期間中央値5.6年、3,453件の再発)で示されています(HR 0.82[95% CI: 0.73–0.93], P = 0.002)。

一方で、デノスマブ(Denosumab)は、骨粗鬆症治療には有効ですが、生存率に対する効果は認められていません。