2025.06.24
乳がんに対する全身治療には、化学療法、免疫療法、ホルモン療法、およびアベマシクリブ・リボシクリブ・オラパリブなどのCDK4/6阻害剤をはじめとする分子標的治療を含む多様な治療法があります。これらの治療法は乳がんの治療において有効性が示されている一方で、急性期治療後の長期的影響や、ホルモン剤による治療の経口薬の長期使用に起因する持続的な副作用が幅広く報告されています。
乳がんに対して全身治療を受ける患者において、最も一般的にみられる副作用は以下の表になります。
これらの副作用は一般的には生命を脅かすものではないものの、生活の質を大きく損ない、特に長期にわたる治療が必要なホルモン療法ではアドヒアランス(きちんと引用を継続すること)の低下を招く可能性がある点に注意が必要です。
このため、症状の積極的なマネジメントが不可欠であり、薬物療法と非薬物療法の両方を統合した多職種連携アプローチによって、内分泌療法に伴う有害事象に効果的に対処することが求めらます(表2)
表2. 内分泌療法(ET)に関連する副作用の管理戦略
副作用 | 管理戦略 |
---|---|
関節痛(アロマターゼ阻害薬によく見られる) | アセトアミノフェン、NSAIDs、ビタミンD補充、運動、鍼治療、オメガ3脂肪酸、アロマターゼ阻害薬の変更(例:レトロゾール→アナストロゾール) |
ほてり・ホットフラッシュ | ベノフラキサン、デスベンラファキシン、ガバペンチン、アカリブ、鍼治療、瞑想、リラクセーション法 |
疲労 | 身体活動の増加、睡眠の改善、心理療法、鍼治療 |
性機能障害(性欲減退、膣乾燥) | 膣用潤滑剤・保湿剤、骨盤底理学療法、性機能カウンセリング、非ホルモン治療(例:オキシブチニン) |
気分変調(抑うつ、不安) | カウンセリング、心理療法、認知行動療法(CBT)、必要に応じて抗うつ薬の使用 |
ホットフラッシュ(ほてり)は、乳がんに対する内分泌療法(ET)を受けている患者さんによくみられる症状のひとつです。特に、年齢が若い方、卵巣抑制を受けている方、または治療中に体重が増加した方で多くみられる傾向があります。ホットフラッシュに対するホルモン治療は禁忌とされていますが、薬物療法および非薬物療法のいずれにおいても、ホルモン補充を行わない選択肢は存在します。
北米更年期学会(North American Menopause Society)による推奨は、必ずしも内分泌療法中の乳がんサバイバーに特化したものではありませんが、一般的に広く応用することが可能です。
科学的に効果が証明されている推奨治療法としては、認知行動療法(CBT)、臨床催眠、鍼治療、ヨガ、マインドフルネス、選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)/セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)、ガバペンチン、プレガバリン、クロニジン、フェゾリネタント、オキシブチニン、星状神経節ブロックなどが挙げられます。
ただし、一般的に用いられる抗うつ薬は、口渇、不眠、性機能障害などの副作用を引き起こす可能性があります。また、これらの抗うつ薬とタモキシフェンの間のCYP2D6を介した相互作用については、現在も議論が続いています。(タモキシフェンはホルモン受容体乳がんの手術後の再発を抑える治療や転移のある方の病勢を抑える治療として用いられます。ただし、タモキシフェンはそのままではほとんど乳がんに対して働かず、体内の肝臓にあるCYP2D6という酵素により、タモキシフェンがより有効な形に変換されることでがんに対する効果を発揮します。このCYP2D6の活性には民族差や個人差があり、特に日本人においては約7割で遺伝的に活性が低く、欧米白人の5割に比べて頻度が高いことが知られています。
薬物療法の中では、ベンラファキシン(商品名 イフェクサー 抗うつ剤です)が最も研究されており、症状を最大60%まで軽減させる効果が報告されています。副作用の増加を避けるためには、徐々に用量を増加させる方法が推奨されます。その他の薬物選択肢には、クロニジン、ガバペンチン、プレガバリン、オキシブチニン、さらには近年注目されているニューロキニン受容体拮抗薬などがあります。
クロニジン(α作動薬)は、ほてりを50%以上軽減することが知られていますが、ベンラファキシンよりも効果は劣るとされています。ガバペンチンはベンラファキシンと同等の効果を示しますが、乳がん患者さんの中では好まれない傾向があるという報告もあります。
オキシブチニン(1日2回、2.5~5mg)は、過活動膀胱の治療薬として承認されている抗コリン薬で、ホットフラッシュの有意な軽減と生活の質の改善に寄与しますが、副作用にも注意が必要です。
フェゾリネタント(1日1回45mg)は、乳がん歴のない更年期症状のある女性を対象とした試験において、ホットフラッシュを約50%軽減する効果が示されました。また、エリンザネタント(1日1回120mg)は、ホットフラッシュの有意な軽減が認められました。、内分泌療法中の乳がんサバイバーにおける有効性が評価されており、初期のデータは良好な結果を示唆しています。
乳がんサバイバーに対する非薬物療法としては、認知行動療法(CBT)に効果があるという明確なエビデンスがあります。そのほか、催眠療法、鍼治療、ヨガ、マインドフルネスにも一定の効果があることが示唆されています。
また、体重増加がホットフラッシュのリスクを高めることが報告されていることから、体重管理は生活の質や心血管イベントのリスク改善の観点からも推奨されます。
加えて、快適さを保ち、症状を和らげるための実用的な対策として、軽い衣服を着る、スプレーボトルや扇風機を手元に置く、辛い食べ物やアルコール、カフェインを避けるなどの工夫も有用とされています(これらについては乳がんサバイバーに特化した研究はありませんが、一般的に勧められる内容です)。
女性ホルモンであるエストロゲンは、女性生殖器のさまざまな解剖学的・機能的側面を維持するうえで重要な役割を果たしています。具体的には、粘膜の弾力性の維持、ラクトバチルス(乳酸菌)の増殖促進、子宮頸部および粘膜の水分保持、腟壁のひだ(rugae)の維持、外陰部および腟への十分な血流の確保などが挙げられます。
閉経や、内分泌療法(ET)、または化学療法に伴う卵巣抑制などによるエストロゲン欠乏状態においては、エストロゲンの減少により、腟のかゆみ、刺激感、乾燥感、性交時の痛み(性交痛)といった症状が引き起こされます。これらの症状は、総称して「閉経関連泌尿生殖器症候群(GSM)」と呼ばれます。
GSMは乳がんサバイバーの最大70%に影響するとされており、主に支持的な局所療法(潤滑剤、保湿剤、pHバランスジェルなど)によって管理されます。非ホルモン性の腟用保湿剤の中では、ヒアルロン酸の使用が有望であるという報告があります。
がんサバイバーでは、一般的な閉経と比べて保湿剤の使用頻度がより多くなる傾向があり、週に3~5回程度を目安に、腟内、腟口、外陰部のひだに塗布することが推奨されています。
また、性交痛に対する疼痛緩和として、局所リドカイン溶液の使用が有効であるという**ランダム化比較試験(RCT)**の結果も報告されています。
非ホルモン療法で十分な効果が得られない場合には、リスクとベネフィットを慎重に評価したうえで、腟用エストロゲンの使用が選択肢となることがあります。腟内投与量が低用量(10μg以下)であっても、体内への吸収がわずかにあり血中で検出されますが、これは閉経後の通常のホルモンレベルを下回る範囲にとどまります。重要な点として、腟用エストロゲンの使用が乳がんの再発リスクや乳がん特異的死亡率を増加させるという明確な証拠は幸いに示されていません。
また、腟レーザー治療は、後ろ向きおよび前向きコホート研究において良好な結果を示していますが、適応を明確にするための確定的な試験が進行中です。
さらに、乳がんサバイバーの50~70%が性欲低下を経験するとされます。しかし明確な効果は示されていません。
全体的なエビデンスは、がん関連の性機能障害に対しては、生物学的・心理的・対人関係的・社会文化的要因を総合的に捉える「統合的バイオサイコソーシャル・アプローチ」が必要であることを強く示唆しています。つまり、腟乾燥や性交痛などの局所的な問題にとどまらず、婦人科的評価、骨盤理学療法(必要な場合)、心理カウンセリングなどを含む包括的な支援が求められます。
このような状況において、認知行動療法(CBT)が有用であるというエビデンスも示されています。
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