2025.01.31
最近、転移を有しているステージIVの乳がん患者さんから、もし乳がんが再発したら、症状がなくても定期的に脳転移のスクリーニング検査をするべきかどうか、相談がありました。それについてタイムリーな記事が米国でありましたので、紹介してみたいと思います。
ただ最初に述べておきますが、現状では”症状がなければ定期的な検査はしない”ことがガイドライン上は正しいとされます。不安だから、興味があるから、調べておきたいから、という理由だけでは脳の検査に限らず検査は行われないのが普通です。それにより延命や、QOLの改善などメリットが得られなければ、検査は行われません。脳転移の定期的なスクリーニング検査にはメリットが証明されていないのです。
乳がんは全身のどこにでも転移をしますが、特によく転移を起こすのが骨です。肝臓、肺にも転移をします。骨転移、特に背骨や腰椎など、脊椎に転移をきたすと、骨髄にがん細胞が常に供給されるようになります。髄液中に浸潤し、がん細胞がその液体に乗って、”播種性”に脊髄、脳に転移をします。脊髄液にがんの種を混ぜて撒いているような感じです。ですので、播種と言ってばらばらと小さく広く転移をきたします。それ以外に血流から脳転移をきたすこともありますが、そういった場合には小さな結節で脳の実質の中に転移巣を形成します。
髄液は脊髄から脳の周辺を循環しており、これに乗って骨の転移巣からがん細胞が運ばれると、種をまくように小さな腫瘤が表面にばらばらと形成される形態をとって転移する
血流にのってがん細胞が運ばれてきて、脳に転移巣を形成すると、脳の実質の中に孤立性に腫瘤を形成する形態をとる。
ただ多くの場合、この両者は混在している。
脳は体のパーツの中でも特別大切な臓器なので、転移があるからと言って全部切除する、という治療方法はとれません。部分的に切り取ることも非常に難しい臓器です。
もし乳がんの脳転移が、孤立性に腫瘤を形成する後者の形態で発生したなら、極端に言えばそこを手術で切除する、ガンマナイフや重粒子線を使って焼く、という治療方法が取れる可能性があります。
しかし前者のように小さいながらもばらばらと脳や脊髄の表面全体に広く”播種”してしまうと、そこだけを治療することはできません。
そこで全脳照射という方法をとることになります。脳全体を放射線治療で焼くという方法であり、やはりそれなりの大きな副作用を覚悟しなければいけなくなります。
そのことを踏まえた上で下記の考え方が出てきます。
定期的に脳転移をチェックしておき、播種をきたす前に、孤立性の転移で済んでいるうちに転移を発見できれば、全脳照射を避けることができ、そこだけを焼くような治療ができるのではないか。大きな副作用を覚悟せずとも延命できるのではないか。
現代の乳がん治療では免疫療法、抗がん剤治療、ホルモン治療の進歩によって、がんの進行を抑制し、全身に転移をきたした状態でも何年も延命できるようになりました。がんを完全に根絶できなくても、共存しながら何年も粘っていけるようになっています。しかし様々な理由があって薬物治療は脳転移には効きにくいのです。ですので、近年、せっかく肝臓や骨の転移は薬で抑え込めているのに、脳転移だけがじわじわ進展してきている、という患者さんが大変多くなってきているのです。
乳がん治療において、脳転移のコントロールは、現代医療においても最後に立ちふさがっている大きな壁なのです。
定期的に脳転移のチェックをする。それはCTやMRIの力を借りなければなりませんが、決して不可能ではありません。ただ、現在の米国立総合がんネットワーク(NCCN)のガイドラインにおいて「乳がん患者の脳MRI検査は、症状がある場合にのみ行うべきである」と明記されています。
それは、かならずしも血行性の転移(後者)が先に起こり、それから播種性の転移(前者)が順番通り怒るとは限らないからです。前述しましたが、乳がんはよく骨転移します。そこから髄液にがん細胞が落ち、播種するのであればむしろ播種が先に起こることも珍しくはありません。ですので、定期的に脳のチェックをして、播種する前に孤立性の転移で見つける、ということは難しいと考えられているのです。
ただ最近になって、フロリダ州タンパのモフィットがんセンターのカムラン・アーメド医師らは、そうとも言えないのではないか、という論文をNeuro-Oncology誌に発表しました。
彼らは、症状のない乳がん脳転移に関する前向きのデータを収集するため、ステージ IV 乳がん患者を対象に単群非ランダム化第 II 相試験(数を集めて観察する)を実施しました。
HR 陽性/HER2 陰性乳がん患者は、転移性疾患に対する治療を少なくとも 1 回受けている人が選ばれました。トリプルネガティブ乳がん(TNBC) または HER2 陽性乳がんの患者さんは、以前の治療回数に関係なく今回の観察に参加しました。脳転移の症状がすでにある患者は除外されました。
研究対象患者 101 名の内訳は、HR 陽性/HER2 陰性乳がん患者 40 名、HER2 陽性疾患患者 33 名、TNBC 患者 28 名でした。うけた治療回数の中央値は、それぞれ 4 回、2 回、2 回でした。
観察開始時、つまり全く脳転移の症状がなかった最初の段階で施行した MRI スキャンにおいて、患者さんの 14% に脳病変がすでに検出され、TNBC 患者では 18%、HER2 陽性患者では 15%、HR 陽性/HER2 陰性患者では 10% でした。
その後 6 か月後のフォローアップ MRI の対象となる 87 人の患者のうち、66 人がフォローアップ評価に参加しました。フォローアップ MRI の完了後、脳転移の累積発生率は、TNBC で 25%、HER2 陽性で 24%、HR 陽性/HER2 陰性疾患で 23% でした。
最初の MRI スキャンが陰性であった 乳がん患者さんのうち、10 人の患者さんが、スキャン間の 6 か月の間隔中に脳転移を発症しました。
転移を有する乳がん患者さんではその4分の1が、MRIによる観察研究に参加してから6か月以内に無症状の脳転移が検出されました。観察開始の脳MRIの結果においても、101人の患者のうち14%にすでに無症候性の脳病変があり、トリプルネガティブ(TNBC)およびHER2陽性の腫瘍を持つ患者では、ホルモン受容体(HR)陽性/HER2陰性の腫瘍を持つ患者よりもその割合が高いという結果でした。6か月後の追跡MRI評価後、総発生率は24%に増加し、それは乳がんのサブタイプ間で同様であり、これまで認識されていたよりも高いものでした。
MRI で脳転移が検出された患者のうち、16 人 (67%) が局所定位放射線治療 (SRS) を受け、1 人が術前 SRS 後に外科的切除を受け、3 人が海馬回避型全脳照射( WBRT) を受け、2 人が従来の WBRT を受けました。9 人 (38%) の患者は脳転移の診断後に全身療法が変更になりました。
この結果をWBRTにならずに済んだ方が多い、とみるか、結局WBRTが必要になる方では必要になる、とみるかは、今後、定期的に脳転移をチェックした群と、しなかった群を比較しないと結論は出せない、と言えます。ただ今回の試験に参加しなかったらこれらの患者さんは皆さん脳転移が発見されるのは症状が出現するまであり得ないので、もっと遅くなったはずです。そうなればWBRTの必要になった方はもっと多くなった可能性もあるといえます。
カムラン・アーメド医師らは、MRI検査を定期的に行わなければ、症状が出て初めて脳転移が発見されます。しかし乳がん患者が脳転移の症状を呈したときには、その病状がより進行している傾向があることは間違いありません。そうした患者さんでは全脳放射線療法(WBRT)を必要とすることが多くなります。
今回の研究結果は、症状のある脳病変にのみMRI検査を支持する現在の臨床ガイドラインの再検討が必要なのではないか、ということを示唆していると、カムラン・アーメド医師らは報告しています。
まとめ
乳がんが肺、肝臓、骨などに転移再発した際、たとえ症状がなくてもすでに10%以上の方で脳転移も同時に伴っている可能性があります。それはさらに6か月経過することで20%以上に増加します。定期的に脳の検査をすれば、症状がないうちからその転移を発見することができ、全脳照射を避けることができる可能性があります。
しかし、定期的に脳の検査をすることで全脳照射を避けることができたとしても、現段階ではそのことが最終的な延命につながるという結果は出ておらず、QOLを改善できることも証明されていません。
現状、乳がんの転移があれば定期的な脳の検査をするべきである、という結論までには至っていません。
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