「5年間のタモキシフェンと5週間の放射線治療について患者とどのように話せばいいのかいつも悩んでいます」2024年サンアントニオ乳癌シンポジウム(以降SABCS)の共同ディレクターであり、UTヘルス・サンアントニオMDアンダーソンがんセンターの乳がんプログラムのリーダーである司会者のバージニア・カクラマニ医師はそう述べました。
つい最近も非浸潤性乳管がん(以降DCIS)の治療について、このブログでも触れました。
その記事の中でも触れていますが、DCISは未だ皆さんが認識しているがんと呼べる状況にまで至っていない、前がん病変、未病です。ならばがんになるまで待っていても問題ないはず。つまり厳重経過観察していれば、DCISの段階でとどまっている限り、手術や、ましてホルモン剤、抗がん剤をしなくてもいいのではないか?と考えるのは当然です。
実際 今年のSABCSでは、 低リスクのDCISに対しては、厳重経過観察(これを積極的モニタリングと呼んでいます)でいい、いままでガイドラインで推奨されていた治療、つまり手術で切除する、必要なら放射線治療を加える、と比較しても、その後に本来の乳がん、つまり同側の浸潤がん(これこそがStage 1から4までに分類される乳がん)の発生率を高めることにはつながらなかったことが示されました。
それならばまして手術をきちんと受けて、DCISをしっかり切除された患者さんに、さらに放射線治療を加える必要があるのか(ガイドラインではYESとされていますが・・・)、まして術後に再発予防でホルモン剤を追加する必要があるのか、疑問に思って当然です。
乳がん治療においての世界的な権威であり、その最前線でガイドラインを”作成”している立場の先生ですら、ご自身の患者さんにどう説明していいか悩む、そう述べたのです。
今年のSABCSではDCISに関して、カクラマニ先生にそれを言わせた発表がありました。
乳房温存手術後に放射線療法を省略した「低リスク」(DCIS)患者においては、術後タモキシフェンの投与は、 15年間の同側乳がん再発および浸潤性同側乳がん再発のリスク低下と関連していることが、第3相NRG Oncology/RTOG 9804試験と第2相ECOG-ACRIN E5194試験の複合解析で明らかになったことが、今年のSABCSで発表になっています。
ここで注釈しますが、DCISは非浸潤性乳管がんです。通常の乳がんは浸潤性乳管がんです。
がんは浸潤します。浸潤する、それは多くの場合は乳腺から発生したがんがミクロの環境で血管や、リンパ管に”浸潤する”ことを意味します。ミクロの環境下では乳腺は乳腺であって、血管やリンパ管は乳腺ではありません。つまり浸潤がんは乳腺から発生した乳がん細胞が、乳腺以外の臓器に”浸潤”できることを意味します。そしてそれはつまりそのがん細胞は”転移できる”ことを意味します。
逆にDCISは浸潤できない、つまり転移できない。だとすれば切除さえしてしまえばまず治癒することになります。最近では浸潤できないのであれば、浸潤できないままでいる限り、手術せずに放置していてもいいのではないか、という考え方さえ出てきているのです。
英国キングス・カレッジ・ロンドンのコンサルタント臨床腫瘍医であるエリノア・ソーヤー博士はこの研究の協力者ですが、こう述べています。
「タモキシフェンによる同側浸潤性再発の減少は非常に重要です。なぜなら、DCIS後の浸潤性再発の発症は、純粋なDCIS再発よりも予後が悪いことを示す研究があるからです」
これについても以前触れました。
たとえ最初の手術でDCISである、と診断されても、その後にその同側の乳腺に再発が発生し、それが浸潤がんであった際には予後が悪いことが研究結果で示されているのです。
今回の発表では以下のことが示されました。
15年時点で、タモキシフェンを投与された患者は、投与されなかった患者と比較して同側乳房の再発が統計学的に有意に減少し(11.4% vs 19.0%)、同側乳がんの再発リスクが48%減少したことを示しました(P = .001)。
またタモキシフェンは浸潤性同側乳がんの発生に有意な影響を及ぼしており、15年再発率は、タモキシフェンを投与されなかった患者では6.0% vs 11.5%でした(P = .005)。
しかし、補助タモキシフェンは、タモキシフェンを投与されなかった患者と比較して、DCIS同側乳がんの15年再発リスクを有意に減少させませんでした(それぞれ5.5% vs 8.1% 注釈:減少はしていますが、統計的に有意とは言えなかったということです)。タモキシフェンは対側乳がんの発生率も減少させませんでした。
これらの結果から、この選択された患者群(すなわち、試験で定義された良好なリスク群)の場合、ホルモン治療の全過程を順守することを前提として、手術後の放射線治療を控えることが許容される可能性があることを示唆しています。
NRG Oncology/RTOG 9804 試験および ECOG-ACRIN E5194 試験には、乳房温存手術後に「良好リスク」DCIS と判断された患者が含まれました。この研究での「良好リスク」とは、腫瘍サイズが最大 2.5 cm、グレード 1 または 2、手術マージンの最低 3 mm の低または中グレード DCIS と定義されました。NRG Oncology/RTOG 9804 試験では、317 人の患者が良好リスクの定義を満たし、放射線療法を受けませんでした。ECOG-ACRIN E5194 試験では、561 人の患者が定義を満たし、解析には合計 878 人の患者が含まれていました。
タモキシフェンの使用は任意でした。
NRG Oncology/RTOG 9804 試験では、患者の 66% がタモキシフェンを使用し、34% が使用しませんでした。ECOG/ACRIN E5194 試験では、それぞれ 30% と 70% でした。
2 つの研究間でタモキシフェンの使用にこのようなばらつきがあるのは、DCIS に対するタモキシフェンの使用が標準化されていないことを反映しています。
患者の大多数は、処方された 5 年間のタモキシフェン投与コースを遵守しました。両方の試験を通じて、患者の平均年齢は 59 歳で、患者の 80% が 50 歳以上でした。また、患者の 89% が白人でした。
DCIS 患者のほぼ 3 分の 2 (61%) は手術マージン幅が 3 ~ 9 mm で、19% はマージン幅が 10 mm 以上でした(注釈:温存手術をしたときに、がんがある範囲から安全域を何mmとって切除されていたか、という意味です。ですのでマージン幅は広ければ広いほど、局所再発はしにくいとされます)。
患者の 48% は DCIS サイズが 5 mm 以下、35% は DCIS サイズが 6 ~ 10 mm、17% は DCIS サイズが 10 mm を超えていました。
患者の大半はグレード 2 の DCIS (56%) でした(注釈:グレードは病理医が判断したがん細胞の”悪性度”です。高いほど悪性度が高いとされます)。当初は低または中グレードに分類されていた患者のサブセットは、ECOG-ACRIN E5194 研究で病理学的検査を実施した後、グレード 3 (13%) に格上げされました。
主な結果については先に述べました。
さらに手術マージン幅が10 mm以上かつDCISサイズが10 mm以上の患者ではタモキシフェンの効果がより大きいことが示されました。
この研究ではタモキシフェンによる対側乳房イベントの減少が見られませんでした。15年間の対側乳房イベント発生率は、タモキシフェン群では5.6%、タモキシフェン非投与群では8.8%で、その差は統計的に有意ではありませんでした。
まとめ
非浸潤性乳管がん(DCIS)の治療については、今混乱の真っただ中だと思います。ガイドラインが作れない、といってもいい。
だから逆に現状では念をいれて手術もするし、放射線治療もするし、ホルモン剤も飲む、そういう考え方もあります。
ただ一部の低リスクとされるDCISの中には手術すら不要なものもあることは間違いないようです。手術するなら放射線治療をしなくていいものもあることも間違いないようです。
では手術しないなら、放射線治療はする?しない? 手術するならホルモン剤はする?しない?専門医であっても、いや専門医であるからこそ、それを患者さんに説明することが大変難しい。
DCISとはいったいどういう病態なのか、解明が待たれます。
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