2025.01.31
最近、転移を有しているステージIVの乳がん患者さんから、もし乳がんが再発したら、症状がなくても定期的に脳転移のスクリーニング検査をするべきかどうか、相談がありました。それについてタイムリーな記事が米国でありましたので、紹介してみたいと思います。
ただ最初に述べておきますが、現状では”症状がなければ定期的な検査はしない”ことがガイドライン上は正しいとされます。不安だから、興味があるから、調べておきたいから、という理由だけでは脳の検査に限らず検査は行われないのが普通です。それにより延命や、QOLの改善などメリットが得られなければ、検査は行われません。脳転移の定期的なスクリーニング検査にはメリットが証明されていないのです。
乳がんは全身のどこにでも転移をしますが、特によく転移を起こすのが骨です。肝臓、肺にも転移をします。骨転移、特に背骨や腰椎など、脊椎に転移をきたすと、骨髄にがん細胞が常に供給されるようになります。髄液中に浸潤し、がん細胞がその液体に乗って、”播種性”に脊髄、脳に転移をします。脊髄液にがんの種を混ぜて撒いているような感じです。ですので、播種と言ってばらばらと小さく広く転移をきたします。それ以外に血流から脳転移をきたすこともありますが、そういった場合には小さな結節で脳の実質の中に転移巣を形成します。
播種性転移:髄液は脊髄から脳の周辺を循環しており、これに乗って骨の転移巣からがん細胞が運ばれると、種をまくように小さな腫瘤が表面にばらばらと形成される形態をとって転移する
血行性転移:血流にのってがん細胞が運ばれてきて、脳に転移巣を形成すると、脳の実質の中に孤立性に腫瘤を形成する形態をとる。
ただ多くの場合、この両者は混在している。
脳は体のパーツの中でも特別大切な臓器なので、転移があるからと言って全部切除する、という治療方法はとれません。部分的に切り取ることも非常に難しい臓器です。
もし乳がんの脳転移が、孤立性に腫瘤を形成する後者の形態で発生したなら、極端に言えばそこを手術で切除する、ガンマナイフや重粒子線を使って焼く、という治療方法が取れる可能性があります。
しかし前者のように小さいながらもばらばらと脳や脊髄の表面全体に広く”播種”してしまうと、そこだけを治療することはできません。
そこで全脳照射という方法をとることになります。脳全体を放射線治療で焼くという方法であり、やはりそれなりの大きな副作用を覚悟しなければいけなくなります。
そのことを踏まえた上で下記の考え方が出てきます。
定期的に脳転移をチェックしておき、播種をきたす前に、孤立性の転移で済んでいるうちに転移を発見できれば、全脳照射を避けることができ、そこだけを焼くような治療ができるのではないか。大きな副作用を覚悟せずとも延命できるのではないか。
現代の乳がん治療では免疫療法、抗がん剤治療、ホルモン治療の進歩によって、がんの進行を抑制し、全身に転移をきたした状態でも何年も延命できるようになりました。がんを完全に根絶できなくても、共存しながら何年も粘っていけるようになっています。しかし様々な理由があって薬物治療は脳転移には効きにくいのです。ですので、近年、せっかく肝臓や骨の転移は薬で抑え込めているのに、脳転移だけがじわじわ進展してきている、という患者さんが大変多くなってきているのです。
乳がん治療において、脳転移のコントロールは、現代医療においても最後に立ちふさがっている大きな壁なのです。
定期的に脳転移のチェックをする。それはCTやMRIの力を借りなければなりませんが、決して不可能ではありません。ただ、現在の米国立総合がんネットワーク(NCCN)のガイドラインにおいて「乳がん患者の脳MRI検査は、症状がある場合にのみ行うべきである」と明記されています。
それは、かならずしも血行性の転移(後者)が先に起こり、それから播種性の転移(前者)が順番通り怒るとは限らないからです。前述しましたが、乳がんはよく骨転移します。そこから髄液にがん細胞が落ち、播種するのであればむしろ播種が先に起こることも珍しくはありません。ですので、定期的に脳のチェックをして、播種する前に孤立性の転移で見つける、ということは難しいと考えられているのです。
ただ最近になって、フロリダ州タンパのモフィットがんセンターのカムラン・アーメド医師らは、そうとも言えないのではないか、という論文をNeuro-Oncology誌に発表しました。
彼らは、症状のない乳がん脳転移に関する前向きのデータを収集するため、ステージ IV 乳がん患者を対象に単群非ランダム化第 II 相試験(数を集めて観察する)を実施しました。
HR 陽性/HER2 陰性乳がん患者は、転移性疾患に対する治療を少なくとも 1 回受けている人が選ばれました。トリプルネガティブ乳がん(TNBC) または HER2 陽性乳がんの患者さんは、以前の治療回数に関係なく今回の観察に参加しました。脳転移の症状がすでにある患者は除外されました。
研究対象患者 101 名の内訳は、HR 陽性/HER2 陰性乳がん患者 40 名、HER2 陽性疾患患者 33 名、TNBC 患者 28 名でした。うけた治療回数の中央値は、それぞれ 4 回、2 回、2 回でした。
観察開始時、つまり全く脳転移の症状がなかった最初の段階で施行した MRI スキャンにおいて、患者さんの 14% に脳病変がすでに検出され、TNBC 患者では 18%、HER2 陽性患者では 15%、HR 陽性/HER2 陰性患者では 10% でした。
その後 6 か月後のフォローアップ MRI の対象となる 87 人の患者のうち、66 人がフォローアップ評価に参加しました。フォローアップ MRI の完了後、脳転移の累積発生率は、TNBC で 25%、HER2 陽性で 24%、HR 陽性/HER2 陰性疾患で 23% でした。
最初の MRI スキャンが陰性であった 乳がん患者さんのうち、10 人の患者さんが、スキャン間の 6 か月の間隔中に脳転移を発症しました。
転移を有する乳がん患者さんではその4分の1が、MRIによる観察研究に参加してから6か月以内に無症状の脳転移が検出されました。観察開始の脳MRIの結果においても、101人の患者のうち14%にすでに無症候性の脳病変があり、トリプルネガティブ(TNBC)およびHER2陽性の腫瘍を持つ患者では、ホルモン受容体(HR)陽性/HER2陰性の腫瘍を持つ患者よりもその割合が高いという結果でした。6か月後の追跡MRI評価後、総発生率は24%に増加し、それは乳がんのサブタイプ間で同様であり、これまで認識されていたよりも高いものでした。
MRI で脳転移が検出された患者のうち、16 人 (67%) が局所定位放射線治療 (SRS) を受け、1 人が術前 SRS 後に外科的切除を受け、3 人が海馬回避型全脳照射( WBRT) を受け、2 人が従来の WBRT を受けました。9 人 (38%) の患者は脳転移の診断後に全身療法が変更になりました。
この結果をWBRTにならずに済んだ方が多い、とみるか、結局WBRTが必要になる方では必要になる、とみるかは、今後、定期的に脳転移をチェックした群と、しなかった群を比較しないと結論は出せない、と言えます。ただ今回の試験に参加しなかったらこれらの患者さんは皆さん脳転移が発見されるのは症状が出現するまであり得ないので、もっと遅くなったはずです。そうなればWBRTの必要になった方はもっと多くなった可能性もあるといえます。
カムラン・アーメド医師らは、MRI検査を定期的に行わなければ、症状が出て初めて脳転移が発見されます。しかし乳がん患者が脳転移の症状を呈したときには、その病状がより進行している傾向があることは間違いありません。そうした患者さんでは全脳放射線療法(WBRT)を必要とすることが多くなります。
今回の研究結果は、症状のある脳病変にのみMRI検査を支持する現在の臨床ガイドラインの再検討が必要なのではないか、ということを示唆していると、カムラン・アーメド医師らは報告しています。
まとめ
乳がんが肺、肝臓、骨などに転移再発した際、たとえ症状がなくてもすでに10%以上の方で脳転移も同時に伴っている可能性があります。それはさらに6か月経過することで20%以上に増加します。定期的に脳の検査をすれば、症状がないうちからその転移を発見することができ、全脳照射を避けることができる可能性があります。
しかし、定期的に脳の検査をすることで全脳照射を避けることができたとしても、現段階ではそのことが最終的な延命につながるという結果は出ておらず、QOLを改善できることも証明されていません。
現状、乳がんの転移があれば定期的な脳の検査をするべきである、という結論までには至っていません。
2025.01.28
米国では退役軍人が医療保険において一つの集団として観察対象とされており、データがきちんと取られています。そこでその多くが高齢者である退役軍人を対象としたCOVID、インフルエンザ、さらに代表的な風邪症状を引き起こすRSウィルス感染に関する遡及的コホート研究が行われました。
それによると、2022~2023年の呼吸器疾患シーズン中、新型コロナであるSARS-CoV-2感染はインフルエンザやRSウイルス(RSV)よりも重篤な疾患結果と関連していましたが、2023~2024年のシーズンではその差はそれほど顕著ではなかったことがわかりました。
オレゴン州退役軍人局ポートランド医療システムのクリスティーナ・L・バジェマ医学博士らは、2022~2023年シーズンの30日間の死亡リスクは、COVID-19では1.0%、インフルエンザとRSウイルス感染症ではともに0.7%であったのに対して、2023~2024年シーズンはCOVID-19では0.9%、インフルエンザとRSウイルス感染症ではともに0.7%だったと報告しました。
JAMA内科医学誌で、2022~2023年シーズンの30日間以上の入院リスクは、COVID、インフルエンザ、RSウイルスでそれぞれ17.5%、15.9%、14.4%、2023~2024年シーズンではそれぞれ16.2%、16.3%、14.3%だったと指摘しました。
一方、2022~2023シーズンの30日間の集中治療室(ICU)入院のリスクは、インフルエンザとRSウイルスを比較した場合は同程度(リスク差-0.3%)でしたが、COVIDをインフルエンザまたはRSウイルスと比較した場合にはリスクが高いという結果でした(リスク差はそれぞれ2.2%と1.9%)。
2023~2024シーズンのリスクパターンも同様でした。
注目すべきは、180日経過した時点での死亡リスクは両シーズンを通じてCOVIDの方が高かったことです。2022~2023シーズン中、COVIDとインフルエンザおよびRSウイルス感染症との間で、180日時点での推定リスク差は1.1%でした。2023~2024シーズン中、180日時点での死亡リスク差は、COVIDとインフルエンザの間で0.8%、COVIDとRSウイルス感染症の間で0.6%、高いという結果でした。
退役軍人が、ワクチン接種を受けていない場合、インフルエンザで死亡するよりも、COVIDで死亡する可能性は高いという結果が出ました。
しかし罹患した病気に対するワクチン接種を受けていた場合の死亡率は同程度でした。
テネシー州ナッシュビルのヴァンダービルト大学医療センターのウィリアム・シャフナー医学博士は、この研究は「退役軍人の集団にとってCOVIDが引き続き深刻な感染症であり、インフルエンザやRSウイルスによる感染症よりも深刻な病気や死亡を引き起こしていることを示している」と語りました。
「重要なのは、ワクチン接種によって重篤で命に関わる病気のリスクが軽減されることも示されたことだ」と同氏は付け加えた。「これは、COVID、インフルエンザ、RSウイルスなど、呼吸器系ウイルスのワクチン接種が病気を予防し、命を救うことができることをタイムリーに思い出させてくれるものだ」
この研究で、バジェマ氏らは、2022年8月から2023年3月まで、または2023年8月から2024年3月までの間にSARS-CoV-2、インフルエンザ、RSウイルスの即日検査を受け、感染と診断された入院していない退役軍人の国立退役軍人保健局の電子健康記録データを使用しました。年齢の中央値は66歳で、87%が男性でした。
更新されたCOVIDワクチン接種は、2022-2023シーズン中は2022年9月1日から検査日の7日前までに二価ワクチンを接種し、2023-2024シーズン中は2023年9月12日から検査日の7日前までに一価XBB.1.5ワクチンを接種したものと定義されました。
インフルエンザの場合、ワクチン接種は、8月1日からインデックス日の14日前までに同じシーズンのインフルエンザワクチンを接種したものと定義されました。
RSウイルスのワクチン接種はまれであったため、ワクチン接種サブグループ分析には含まれませんでした。
2022~2023年シーズンに呼吸器疾患を患った退役軍人6万8581人のうち、9.1%がRSウイルス感染症、24.7%がインフルエンザ、66.2%がCOVID-19でした。
2023~2024年シーズンでは、退役軍人7万2939人のうち、13.4%がRSウイルス感染症、26.4%がインフルエンザ、60.3%がCOVID-19だった。
研究者らは、陽性反応が出た初日から、30日間の入院、ICU入院、30日後、90日後、180日後の死亡を全原因で追跡しました。
まとめ
米国では 高齢者の呼吸器感染症の6割以上がいまだCOVID感染によるものであることは脅威と言えます。昨年に比較すれば重症度は落ちているようですが、ワクチンを接種していない場合は、やはりインフルエンザと比較しても、集中治療が必要となるなど重症化しやすく、また死亡する確率も高いようです。
ただそれはワクチン接種をしていない場合であり、接種していればインフルエンザと比較しても差がないという結果になったようです。副作用が判然としないなど、話題が尽きないワクチンではありますが、ワクチン接種は少なくともCOVIDの重症化を抑えることには有効であることは間違いない、という結論になりました。
「5年間のタモキシフェンと5週間の放射線治療について患者とどのように話せばいいのかいつも悩んでいます」2024年サンアントニオ乳癌シンポジウム(以降SABCS)の共同ディレクターであり、UTヘルス・サンアントニオMDアンダーソンがんセンターの乳がんプログラムのリーダーである司会者のバージニア・カクラマニ医師はそう述べました。
つい最近も非浸潤性乳管がん(以降DCIS)の治療について、このブログでも触れました。
その記事の中でも触れていますが、DCISは未だ皆さんが認識しているがんと呼べる状況にまで至っていない、前がん病変、未病です。ならばがんになるまで待っていても問題ないはず。つまり厳重経過観察していれば、DCISの段階でとどまっている限り、手術や、ましてホルモン剤、抗がん剤をしなくてもいいのではないか?と考えるのは当然です。
実際 今年のSABCSでは、 低リスクのDCISに対しては、厳重経過観察(これを積極的モニタリングと呼んでいます)でいい、いままでガイドラインで推奨されていた治療、つまり手術で切除する、必要なら放射線治療を加える、と比較しても、その後に本来の乳がん、つまり同側の浸潤がん(これこそがStage 1から4までに分類される乳がん)の発生率を高めることにはつながらなかったことが示されました。
それならばまして手術をきちんと受けて、DCISをしっかり切除された患者さんに、さらに放射線治療を加える必要があるのか(ガイドラインではYESとされていますが・・・)、まして術後に再発予防でホルモン剤を追加する必要があるのか、疑問に思って当然です。
乳がん治療においての世界的な権威であり、その最前線でガイドラインを”作成”している立場の先生ですら、ご自身の患者さんにどう説明していいか悩む、そう述べたのです。
今年のSABCSではDCISに関して、カクラマニ先生にそれを言わせた発表がありました。
乳房温存手術後に放射線療法を省略した「低リスク」(DCIS)患者においては、術後タモキシフェンの投与は、 15年間の同側乳がん再発および浸潤性同側乳がん再発のリスク低下と関連していることが、第3相NRG Oncology/RTOG 9804試験と第2相ECOG-ACRIN E5194試験の複合解析で明らかになったことが、今年のSABCSで発表になっています。
ここで注釈しますが、DCISは非浸潤性乳管がんです。通常の乳がんは浸潤性乳管がんです。
がんは浸潤します。浸潤する、それは多くの場合は乳腺から発生したがんがミクロの環境で血管や、リンパ管に”浸潤する”ことを意味します。ミクロの環境下では乳腺は乳腺であって、血管やリンパ管は乳腺ではありません。つまり浸潤がんは乳腺から発生した乳がん細胞が、乳腺以外の臓器に”浸潤”できることを意味します。そしてそれはつまりそのがん細胞は”転移できる”ことを意味します。
逆にDCISは浸潤できない、つまり転移できない。だとすれば切除さえしてしまえばまず治癒することになります。最近では浸潤できないのであれば、浸潤できないままでいる限り、手術せずに放置していてもいいのではないか、という考え方さえ出てきているのです。
英国キングス・カレッジ・ロンドンのコンサルタント臨床腫瘍医であるエリノア・ソーヤー博士はこの研究の協力者ですが、こう述べています。
「タモキシフェンによる同側浸潤性再発の減少は非常に重要です。なぜなら、DCIS後の浸潤性再発の発症は、純粋なDCIS再発よりも予後が悪いことを示す研究があるからです」
これについても以前触れました。
たとえ最初の手術でDCISである、と診断されても、その後にその同側の乳腺に再発が発生し、それが浸潤がんであった際には予後が悪いことが研究結果で示されているのです。
今回の発表では以下のことが示されました。
15年時点で、タモキシフェンを投与された患者は、投与されなかった患者と比較して同側乳房の再発が統計学的に有意に減少し(11.4% vs 19.0%)、同側乳がんの再発リスクが48%減少したことを示しました(P = .001)。
またタモキシフェンは浸潤性同側乳がんの発生に有意な影響を及ぼしており、15年再発率は、タモキシフェンを投与されなかった患者では6.0% vs 11.5%でした(P = .005)。
しかし、補助タモキシフェンは、タモキシフェンを投与されなかった患者と比較して、DCIS同側乳がんの15年再発リスクを有意に減少させませんでした(それぞれ5.5% vs 8.1% 注釈:減少はしていますが、統計的に有意とは言えなかったということです)。タモキシフェンは対側乳がんの発生率も減少させませんでした。
これらの結果から、この選択された患者群(すなわち、試験で定義された良好なリスク群)の場合、ホルモン治療の全過程を順守することを前提として、手術後の放射線治療を控えることが許容される可能性があることを示唆しています。
NRG Oncology/RTOG 9804 試験および ECOG-ACRIN E5194 試験には、乳房温存手術後に「良好リスク」DCIS と判断された患者が含まれました。この研究での「良好リスク」とは、腫瘍サイズが最大 2.5 cm、グレード 1 または 2、手術マージンの最低 3 mm の低または中グレード DCIS と定義されました。NRG Oncology/RTOG 9804 試験では、317 人の患者が良好リスクの定義を満たし、放射線療法を受けませんでした。ECOG-ACRIN E5194 試験では、561 人の患者が定義を満たし、解析には合計 878 人の患者が含まれていました。
タモキシフェンの使用は任意でした。
NRG Oncology/RTOG 9804 試験では、患者の 66% がタモキシフェンを使用し、34% が使用しませんでした。ECOG/ACRIN E5194 試験では、それぞれ 30% と 70% でした。
2 つの研究間でタモキシフェンの使用にこのようなばらつきがあるのは、DCIS に対するタモキシフェンの使用が標準化されていないことを反映しています。
患者の大多数は、処方された 5 年間のタモキシフェン投与コースを遵守しました。両方の試験を通じて、患者の平均年齢は 59 歳で、患者の 80% が 50 歳以上でした。また、患者の 89% が白人でした。
DCIS 患者のほぼ 3 分の 2 (61%) は手術マージン幅が 3 ~ 9 mm で、19% はマージン幅が 10 mm 以上でした(注釈:温存手術をしたときに、がんがある範囲から安全域を何mmとって切除されていたか、という意味です。ですのでマージン幅は広ければ広いほど、局所再発はしにくいとされます)。
患者の 48% は DCIS サイズが 5 mm 以下、35% は DCIS サイズが 6 ~ 10 mm、17% は DCIS サイズが 10 mm を超えていました。
患者の大半はグレード 2 の DCIS (56%) でした(注釈:グレードは病理医が判断したがん細胞の”悪性度”です。高いほど悪性度が高いとされます)。当初は低または中グレードに分類されていた患者のサブセットは、ECOG-ACRIN E5194 研究で病理学的検査を実施した後、グレード 3 (13%) に格上げされました。
主な結果については先に述べました。
さらに手術マージン幅が10 mm以上かつDCISサイズが10 mm以上の患者ではタモキシフェンの効果がより大きいことが示されました。
この研究ではタモキシフェンによる対側乳房イベントの減少が見られませんでした。15年間の対側乳房イベント発生率は、タモキシフェン群では5.6%、タモキシフェン非投与群では8.8%で、その差は統計的に有意ではありませんでした。
まとめ
非浸潤性乳管がん(DCIS)の治療については、今混乱の真っただ中だと思います。ガイドラインが作れない、といってもいい。
だから逆に現状では念をいれて手術もするし、放射線治療もするし、ホルモン剤も飲む、そういう考え方もあります。
ただ一部の低リスクとされるDCISの中には手術すら不要なものもあることは間違いないようです。手術するなら放射線治療をしなくていいものもあることも間違いないようです。
では手術しないなら、放射線治療はする?しない? 手術するならホルモン剤はする?しない?専門医であっても、いや専門医であるからこそ、それを患者さんに説明することが大変難しい。
DCISとはいったいどういう病態なのか、解明が待たれます。
「5年間のタモキシフェンと5週間の放射線治療について患者とどのように話せばいいのかいつも悩んでいます」
2025.01.02
基本的に本能によるものではない人間の行動には意思が必要です。何か目的がなければ人間は動きません。そしてその目的は突き詰めれば自分やその家族の利益のためであり、純粋に他人のために無償で自己を犠牲にして何かをすることはないでしょう。
その例外は宗教でしょう。死後天国に行きたい、極楽浄土に往生したい、そういう意味ではそれも自分のためであるかもしれませんが、そういう因果応報を信じておられる方であれば、この現実世界にいる間はその人は一見他人のために自分を犠牲にして行動してくれます。
政治家は、国民のためになることを一生懸命考えて行動する、それを誓って選挙に出て、そして給料をもらっています。ただ基本は自分を政治家にしてくれる票のために行動しています。政治家の評価は、誓っている公約にせよ、実現した政策にせよ、その人の得票に反映されます。票に反映しないことはいくらそれが国民のため、市民のため、と言ってみても独りよがりとされます。票につながることが政治の行動原理です。
繰り返しになりますが、治療法は年々確実に進歩し、治癒率はあがっているのに、諸外国と比較して我が国、日本では乳がんによる死亡率が減少に転じていません。
WHOの提示しているこのデータは以前も引用しましたが、何度見ても納得できない。
日本は一番下、赤色の線です。
治療法が普及するのに何年かのラグがあるとしても、日本の線が一切の”折れ曲”を示すことなく一直線に上がっていることはどうしても納得できません。日本の乳癌学会の治療のガイドラインは米国のものとほとんど同じ、というよりもそれを日本語訳したもの、とも言えます。治療薬のラグはあっても2年程度です。治療そのものにはほとんど差がありません。コロナのワクチンで分かると思います。病気の治療薬は必要であるならばもはや年単位で入手が遅れるようなことはあり得ないのです。
日本も上昇していますが、フランスも上昇しています。ドイツのデータは1990年以前のものはありませんが、やはり同様です。これらの国も少なくとも先進国です。けれども減少に転じているとはいいがたい。
治療法、治療薬、これに関して、これら6つの国で差がないと仮定すると、そして乳がんという疾患に人種による差はないとすると、この違いを生み出しているのはただ国が違うということだけ、になります。だとすればそれは政治が原因となります。
昨日も述べましたが、全身治療の進歩はまだ乳がん細胞を根絶するところにまでは至っていません。だから手術という局所治療がいまだに生き残っているのです。がんが全身に拡散してしまえば原則現代でも確実に直せる方法はない。いまの全身治療の薬剤の進歩とは、1年のところを1年半生きられる、1年半のところを1年9カ月、と延命しているだけなのです。治癒させているのではない。
もちろんそれには大きな意味があります。たとえば100年延命できたなら、たとえ根絶できない、治せない、と言ってもそのがんでは死ななくなります。腎不全は治せませんが、透析をする限りは生きていられます。それと同じです。ただそこまでできないから、今でもたくさんの方が乳がんでなくなっているのです。
つまり米国、カナダ、英国では1990年ごろから急速に検診が普及し、早期で乳がんが発見されるようになった。そういう政策がとられた。それ以外の国では今でも早期で発見される努力がなされていない。だから死亡率は下がらない。そういうことなのです。
そしてそれは乳がんを早期発見しようとする努力、それはその国では票につながらないから、ということにもなります。
乳がんを早期発見するための努力、それは検診の啓発活動に集約されるでしょう。
そしてその啓発活動ですが、日本では民間が草の根的に行っており、少なくとも政治が手掛けているイメージはありません。政治家が悪い、そういう言い方もできますが、少なくともそれが票につながらないから政治家も行動しないのです。つまりわが国では乳がんに対する危機意識が薄い。
日本:
主体:民間団体や企業が中心
活動内容:ピンクリボン運動や企業のCSR活動が主な啓発手段
自治体や学校での取り組みは比較的小規模
乳がん自己チェックについては主に民間の啓発活動として広がっている
米国:
主体:政府、自治体、民間企業、医療機関などが共同で啓発
活動内容:政府主導の啓発キャンペーンや保健センターでの啓発活動が強調
乳がん自己チェックや早期発見の指導は学校教育や地域コミュニティでも行われる
英国:
主体:政府、公共機関、自治体、民間団体などが共同で啓発
活動内容:国や地域単位での健康教育、啓発キャンペーンが多い
乳がん自己チェックや検診促進活動が公共サービスとして提供される
上記の違いについては過去にも触れました。
残念ながらこのブログもその一つです、民間、企業の取り組みにすぎません。
結局、多くの皆さんの意識が変わらない限り、乳がんの死亡率は上がり続けます。政治もみなさんの希望の反映にすぎません。政治家が、国が、行政が、乳がんの検診を啓蒙し続けていくことが自分のためになる、票につながる、と認識してくれない限り変わらないのです。
日本の乳がんによる死亡率がこのまま上場を続けて、米国、英国並みの高さまで到達した時、皆さんの意識が変わるかもしれません。だとしたら、もうあと少しなのかもしれません。
しかしそうなる前に変わることができればそれが理想のはずです。
まずは自分から規則正しい自己チェックをはじめましょう。そして周囲にもひろげましょう。まずは皆さんの家族から。それは皆さんの意識を変えることにつながると思います。そして最終的に政治を動かし、国をあげての啓蒙活動につながっていく。
まずは自分のこと、自分のため、そこから始めてみてください。
2025.01.01
皆さんあけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。
お正月にもかかわらず、このブログを訪問されておられる方は、現在年をまたいで治療を受けられている方、あるいは年明けに手術の予定が控えられている方だと思います。
私も基幹病院に勤務している時にはいつも年をまたいで手術の予定がびっしり入っていました。
年末に手術をして、年をまたいで翌年に退院の方はお正月を病院で過ごされていますので、他の先生方と交代で回診に訪れていました。その際に、こんなことになってと嘆かれていたり、家族みんな私が入院していると思っているので、逆に初めてと言っていいくらいのんびりした正月になりました、と言われたり、いろいろなことを口にされていたのを覚えています。
病院のベッドでたくさんの時間を持て余しておられて、このブログを読まれている方もおられるでしょう。手術の成功と、皆さんのご健康を祈念します。
さて
ここ数年、乳がん治療の大きな変化と言えば、免疫療法、そしてCDK4/6阻害剤の導入でしょう。
また抗HER2療法が、HER2の弱陽性の方にまで拡大されたことも大きいと思います。
また放射線治療は2Gyを25回から、寡分割照射と呼ばれる2.66Gyずつ16回、42.56Gy当てる方法に変わりつつあります。週5日を5週間続けるよりも、3週間と1日ですからずいぶん短縮になりました。去年までなら年をまたいで放射線治療をしていた方も今年はまたがないでもOKになっているかもしれません。
こうしたことをこの1年つらつらと書いてきて、読んでいただいた方もおられるでしょう。
ただ昨年暮れにも書きましたが、諸外国と異なり、ここ何十年も日本の乳がんによる死亡率は下がっていません。
乳がんに限りませんが、いったん全身転移を来してしまったがん細胞を薬で根絶する方法はまだ見つかっていません。ある程度の確率では根絶できることもありますが、基本あまり期待できない。だからこそ今でも手術が生き残っているのです。手術や、放射線治療は切ったところ、当てたところしか治せない。これを局所治療と言います。対してホルモン治療や抗がん剤治療は全身に向けて、見えているもの、見えていないものすべてのがん細胞を根絶する目的で行われるので全身治療と呼ばれます。
もし全身治療でがん細胞が”必ず”根絶できるなら、すでに局所治療はなくなっているはずなのです。
早期の乳がんの宣告を受けた患者さんに、手術は必要ですか?、と聞かれることがあります。
もちろんです。手術でしっかり治りますよ、と答えます。
聞かれた方が本当に聞きたかったのはそういうことではなく、手術しないでも治るか、という質問。
わかっています。
しかし手術で根治するように見つけるのが早期発見であり、手術はできませんと言われればそれは手術で根治できないということを意味します。全身治療で根治できるなら手術は不要です。早期でも、末期であっても、全身にがんが転移していても、全身治療は全身に”効く”のですから、もし全身治療で根治できる日が来れば、もちろん局所治療はなくなりますし、そもそも早期、末期というステージの概念もなくなります。つまりそのがんは克服されます。
典型的なのが血液のがんです。血液のがんは最初から全身にがん細胞が拡散しています。血が通わない組織はほぼないからです。ですので血液のがんにはほぼステージの概念がなく、局所治療が存在しません。常に全身治療しかないのです。その全身治療が効くか?効かないか?それが最も重要です。ただし正常な細胞まで全滅させる薬はだめです。がん細胞だけを、それも必ず、根絶できる、理想の全身治療です。
固形がんとも呼ばれるがん、乳がんもその一つですが、全身治療では原則根絶できない。あるいはその確率が低い。だから局所治療で直せる段階で発見することが求められており、それが早期発見と呼ばれるのです。固形がんでは早期発見こそが治癒につながる最も重要な要素になるのです。
免疫療法、CDK4/6療法(ベージニオ®や イブランス®など)は全身治療です。抗HER2療法(エンハーツ®など)ももちろん全身療法です。もちろんそれによって全身に転移したがん細胞が根絶できることもあります。けれども本当にそれが期待できるなら、本来乳腺の手術は必要ないはずです。
たとえば先に抗がん剤をして、もともとあった乳がんがほぼ消えてしまった。それを確認するために手術をする、それはありです。でもそれなら全摘は必要ないでしょう。リンパ節を調べる必要もなくなるはずです。見かけ上のがんが消えたように見えていても、根治できていない可能性があることをしているから、がんが残っていないかどうか調べているのでしょう。
全身治療では、乳がんはまだ治せない、治せるとは言えないのです。全身治療の進歩にばかり目を向けていても、いつまでたっても死亡率は減少に転じてくれません。昨年暮れにも書きましたとおり、諸外国では乳がんによる女性の死亡率はさがっているのに、日本では下がるどころか上昇が続いているのです。それは全身治療の進歩ばかりに目を向けている今の医療の在り方に問題があるとしか思えない。
いつかはそうなるかもしれません。全身治療で乳がんが根治できる。
けれども副作用の問題もあります。なによりコストの問題もある。
現在、歯科治療ではインプラントの技術が進歩し、一見見かけ上は自然の歯と区別がつかない、おまけにしっかり噛めてメンテナンスも自分の歯と変わらない、そんな治療ができるようになりました。歯を丸ごと入れ替えてしまうのですから、どんな虫歯でもある意味で治ります。
それでも虫歯にならずに一生自分の歯で噛んで食べられる方がいいと誰でも思うはずです。何よりすべての歯をインプラントにするなんて、いくらお金がかかるか大変です。ちいさな手術で腫瘍を切除して、抗がん剤は必要なく、ほぼ100%近く完治できる早期での発見の重要性を否定する先生はいないはずです。同じ治療にコストをかけるなら検診にかけたほうがよほど患者さんには幸せだと思います。
虫歯の予防には、日常にしっかりと意識して行う歯磨きが最も重要です。歯科医による定期的なチェックの重要性はその次になるでしょう。歯磨きなしでチェックしていても意味はない。
乳がんの検診も、乳腺は自分で触ることができる臓器です、日常にしっかりと意識して自己チェックすることが重要です。またそれが可能です。
マンモグラフィや、人間ドックも重要ですが、2年に1度、あるいは1年に1度でしょう。さらに忙しかったり、なにかと用事があれば間隔も空きがちです。私は検診を受診してくださった皆さんに、日常の自己チェックこそが一番重要であり、何年かに一度のマンモグラフィや超音波検査などの皆さんの意識している検診だけでは不十分ですよ、と説明しています。
今年こそ、それを皆さんにしっかり伝えていく年にしたいと考えています。
今年もよろしくお願い申し上げます。
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