2023.07.11
ここからは残された疑問に関して、この論文のまとめを引用していきます。
私が多少の解説を加えて医師以外でも読みやすくしています。ただPFS OS IDFSなどの言葉がわからないと、まずちんぷんかんぷんになるでしょう。その1から3までを読んでから挑戦してください。IDFSは我々にも少しなじみがない指標ですが、乳房以外の二次悪性新生物、乳房内であっても乳管内がんでの局所再発が発生しても再発とせずに統計を行い、再発無しでの生存期間を調査したという値になります。
1 すべてのCDK4/6阻害剤は ホルモン感受性ありHER2陰性の閉経後転移性乳がんのPFSを延長する。しかし転移性乳がんのOSの延長効果と、術後補助療法での無再発生存期間における効果はイブランス🄬にだけ認められないのはなぜか。
筆者はこの問題に焦点を当てながら 2-5の疑問点への回答を探っていきます。
CDK4/6阻害剤は3剤ともほぼ1年PFSを延長しました。つまりいままでのホルモン剤単独であれば1年程度で効かなくなっていたものを2年程度まで効果を持続させることに成功したのです。であるならば、乳がんが再発してから亡くなるまでの最終な生存期間であるOSも1年延長していてもいいはずです。PALOMA-2の90か月(8年間)の経過観察で、結局イブランスはOSの延長を証明できませんでした。実際にはホルモン剤単独51.2か月のOSを、ホルモン剤にイブランス🄬の併用で53.9か月としたのみです。
たいしてキスカリ🄬は51.4か月を63.9か月まで延長しています。ベージニオ🄬の最終結果は2023年発表ですが、54.5か月を67.1か月に延長しそうです。残り2剤はPFSを延長した分、OSもきちんと延びていそうだ、と言えます。
しかしなぜイブランスだけOSを延ばせなかったのでしょうか?
現在はキスカリ🄬だけが、閉経後、そして閉経前ホルモン受容体陽性HER2陰性転移性乳がんにおいてもゾラデックス🄬などのLH-RH阻害剤併用を行うことによって、一次治療において、OSに有意差を証明しています。
二次治療ではどうでしょう。転移再発後、一次治療をおこない、それが効果がなくなった後であっても、キスカリとフェスロデックス🄬の併用療法は12.8か月を20.5か月までOSを延長しました。ベージニオとフェスロデックス🄬の併用は9.4か月延長しました。
要約すると、キスカリ🄬 とベージニオ🄬 はホルモン剤と併用することで、ホルモン感受性HER2陰性転移再発乳がんのPFSが延長した分の OS も改善しますが、イブランス🄬では PFSは延長しますが、OS での利点は実証されませんでした。
さらに加えて転移が想定される環境では一貫して PFS を改善する薬剤が、術後補助治療環境では OS も IDFS も改善しないのはなぜかという大きな疑問が残っています。CDK4/6阻害剤はホルモン剤に反応する転移再発乳がんの治療において、一律にPFS=無増悪期間を延長します。しかし高リスク乳がんと呼ばれるたとえ早期発見されていても、微小転移が存在していることが予想される乳がんに対して、予防的に術後に投与しても効果が一律には得られないのです。現在その目的で保険収載され、使用されているのはベージニオ🄬だけですが、キスカリ🄬もその効果が認められました。
IDFS には乳房以外の二次悪性新生物が含まれることが制限されていますが、パルボシクリブ🄬はIDFSを他薬剤ほど改善しませんでした。
これらのデータは、治療にあたる主治医が 数種類あるCDK4/6阻害剤を、同等のものとして互換的に処方すべきではないことを示唆しています。 患者には慎重にカウンセリングを受け、副作用プロファイルとOSに関して観察された一貫した差異に基づいて治療法を個別化して受ける必要があります。
残された疑問2から6に関与して、CDK4/6阻害剤を使用後 もしその効果が得られず、あるいは得られなくなり、再進行開始後にホルモン剤単剤治療は効果があるのでしょうか?
これに対する回答としてCDK4/6阻害剤併用のホルモン治療後に、転移性乳がんが再進行した後、標準的なアプローチは現在ありません。
オプションには alpelisib (日本未認可、ホルモン剤併用) 、アロマシン🄬とmTOR 阻害剤エベロリムス(アフィニトール🄬)などがあげられます。ただ複数の研究で、ホルモン受容体陽性HER2陰性の進行あるいは転移性乳がん患者のCDK4/6阻害剤(主にパルボシクリブ🄬)併用による内分泌療法治療後、再燃した場合のホルモン剤単独療法群におけるPFSが驚くほど短いことが確認されました。現在日本では保険未収載の強力な臨床抗腫瘍活性を示した経口選択的エストロゲン受容体分解剤の多くもまた、残念ながらCDK4/6阻害剤による治療後は限定的な臨床活性を示しました。
イブランス🄬使用後、再進行が始まった後の二次治療ホルモン剤単剤療法では急速な進行が起こることが知られています。この急速な進行の1つの説明は、CDK4/6阻害剤の中止後に、それまでせき止められていた細胞分裂回転(G1/S)の遮断が急激に解放された腫瘍細胞が放出されることだと考えられています。 注目すべきことに、この現象は、キスカリ🄬投与後の進行後治療の統合解析では観察されませんでした。
イブランス🄬投与によって達成された PFS の改善は、二次治療に入った段階では維持されず、むしろ増悪速度が上昇するため、これが OS の利点の欠如に寄与している可能性があることを示唆しています。
筆者注:ここまで書いていて怖くなりました。ちなみにこの論文の筆者のO'Sullivan先生の研究はLily社から資金提供を受けています。たくさんの製薬会社から受けておられますが、筆頭はLily社でした。日本ではイーライリリー社です。
ベージニオはイーライリリー社の薬剤です。
キスカリ🄬はノバルティス社です。
イブランス🄬はファイザー社です。
あとはお察しください。ただこの論文はいま医師たちによく読まれていることは事実です。
私はどの会社からも資金提供は受けていません。
2 CDK4/6阻害剤は基本的に高価である。そして副作用もある。ホルモン感受性ありHER2陰性の閉経後再発乳がん患者さんは、全員にCDK4/6阻害剤を併用したほうがいいのだろうか?としたらどのCDK4/6阻害剤を選べばいいのだろうか。ホルモン感受性が非常に高い再発の一次治療の際、いままでホルモン剤単独療法で対応して、必ずしも悪い結果ではなく、何年もそれだけで問題なかった症例は存在していた。そういう患者さん、つまりとりあえず一次治療は今まで通りホルモン剤単独でいい患者さんを見分けるマーカー、指標のようなものはないのだろうか?ホルモン剤による一次治療に反応しなくなった際に初めてCDK4/6阻害剤の使用を勧める、これを見分ける指標はあるのだろうか?
Lum AとLum Bタイプで比較した際、HER2の陽性細胞の比率が高いほど、ホルモン剤単剤での治療と比較してキスカリ🄬の併用が有意に優れたPFSを示しています。(この研究はHER2陰性を対象に行われましたが、HER2陽性細胞が0というわけではなく、少ない、あるいは発現が弱いものも陰性としています。一般にLumBタイプの方がLumAタイプの方と比較してHER2にわずかながらでも発現している乳がん細胞が多い傾向があります。)
→ HER2陰性であっても、わずかでも発現していればそれが強ければ強いほどCDK4/6阻害剤の併用を勧めた方がいい。
内臓転移、特に肝転移をともなう閉経後転移性乳がん症例では、ホルモン剤単剤よりも、ベージニオ🄬併用のほうが効果が期待できることが示されています。
De novo Stage IV乳がんではホルモン剤単独療法と比較して、最初からキスカリ🄬を併用することで予後が改善することがわかっています。
(「De novo Stage IV」という用語は、がんのステージング(進行度分類)に関連しています。ステージIVは、がんが最も進行したステージであり、他の臓器や組織に広がっていることを示します。「De novo」は、ラテン語で「新たに」という意味です。したがって、「De novo Stage IV」は、「最初からステージIV」という意味で、がんが最初の診断時点で既に他の臓器に広がっていることを指します。これは、初めてがんが見つかった段階でがんが進行転移していることを示す用語です。通常、がんは初期ステージで発見され、進行するにつれてステージが上昇していきます。しかし、De novo Stage IVの場合、がんが最初の診断時点ですでに進行しており、他の臓器に転移していることが明らかになっています。)
副作用について
ホルモン剤単独療法と比較して、CDK4/6阻害剤を併用すると、副作用が増加する可能性がありますが、全体的な生活の質の低下は観察されていません。
イブランス🄬とキスカリ🄬の場合は、最もみられる比較的重篤な副作用は好中球減少症です。キスカリ🄬は、QTcF 間隔の延長(キスカリ🄬とタモキシフェンの投与を受けた患者では約 16%、キスカリ🄬とアリミデックス🄬あるいはフェマーラ🄬 の投与を受けた患者では 7%)と、血清トランスアミナーゼの上昇(肝機能異常)を引き起こす可能性があり、これが治療中止に至る最も頻度の高い理由です。
(筆者注:QTcFは、心電図(ECG)の解析において使用される指標であり、心臓の電気活動の正常性を評価するために使用されます。QTcFの延長は、心臓の電気活動に異常があることを示す可能性があります。正常な心電図は、一定の間隔で心室の収縮と再分極が行われます。しかし、心臓の特定の状態や薬物の副作用などによって、QTインターバルが長くなることがあります。QTcFの延長は、心室頻拍(ventricular tachycardia)や心室細動(ventricular fibrillation)などの異常な心拍を引き起こす可能性があります。特定の薬物は、QTcFを延長させることが知られており、これは重篤な副作用を引き起こす可能性があるため、医師は薬物の使用に際してQTcFのモニタリングに注意を払うことがあります。)
ベージニオ🄬は、イブランス🄬やキスカリ🄬とは異なる薬理学的および毒性プロファイルを持っています。ベージニオでは好中球減少症は少ないですが、下痢、吐き気が多く、頻度は低いですが静脈血栓塞栓性イベント(5%)が発生します。下痢は 一般に悪性度は低く、減薬や入院につながることはほとんどありません(筆者注 でも下痢止めの薬を併用しておくことがほぼ必須です)。臨床試験において患者の約 81% が下痢を報告しました(筆者注:これは多いでしょう。それに生活の質は落ちないと書かれていますがやはり落ちるでしょう。)。
CDK4/6阻害剤による好中球減少症の発生率は高いですが、発熱性好中球減少症はまれです。またこれが起こった際には用量をそれに応じて次第に減量していくことが多いのですが、それを減量してもPFS に悪影響を及ぼしません。その他のまれなことですが、 重篤な副作用には、間質性肺疾患/肺炎および静脈血栓塞栓症イベントが含まれます。
まとめ(これは私が書いています)
ホルモン感受性あり、HER2陰性乳がんがたとえばリンパ節転移が激しい、皮膚に著明に浸潤しているなど、進行して見つかった場合、また残念ながら再発してしまった場合は、やはり現状ではホルモン剤とCDK4/6阻害剤の併用が最初から勧められると思われる。
長期間(5年以上)ホルモン剤を飲用しながら経過していて、骨転移で再発が見つかった(つまり肺や肝臓など内臓に転移がなければ)場合などで併用しないことも検討される。
早期乳がんであっても、LumBタイプでHER2がわずかでも陽性である、Ki67の値が20%を超えるなど、悪性度の高い乳がんであった場合は、再発予防の観点からCDK4/6阻害剤の数年間の併用を行っておくことが勧められる。
この論文からはイブランス🄬に有利な点は読み取れない。しかし実際の使用感からはイブランス🄬は比較的副作用がコントロールしやすく、軽いという特徴がある。CDKをすべてブロックすると副作用が強すぎて薬としか使えないことから、CDKをどこまでブロックするか、効果と副作用の兼ね合いで検討する必要があるのだろう。CDK4/6阻害剤の併用の有無、薬の選択については、費用、副作用、そしてその方のがんの状況によって複雑に影響されるため、主治医としっかり話し合って決めていく必要があるだろう。
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